6. 紫乃 菖の証拠カード
【記者である赤池実梅の父は、幸救会の取材中に事故死している。】
「幸救会…? って何ですか?」
白河がそう言って首を傾げた。
「胡散臭い霊能力者が率いる新興宗教よ。歴史が浅くて、興ってからまだ十年も経ってない。」
少し声のトーンを落とし、必死に怒りを抑えているような声色で実梅が答えた。
「パパはね、今年の五月、幸救会のインチキ霊能力者を暴くために取材に行った。そしたら、パパはその霊能力者に『必ず死ぬ呪い』をかけられたらしいの。もちろんそんなものは信じてなかったから、パパはもう一度幸救会の元へ取材へ行ったわ。…そして、二度と帰ってくることはなかった。」
実梅はぎゅっと強く目を瞑り、拳を強く握りしめる。必死に涙を我慢するように、全身の筋肉に力を込めていた。
幸救会。俺はその名前を知っている。しかしこれもさっきと同様、彼女たちに明かす必要はない。
「幸救会、知らねぇ宗教だな。これも白河の件同様、どう関係してくる証拠なのかは分からねぇな。」
俺がさらっとそう言うと、実梅は勢いよく顔をこちらに向けて、涙の潤む瞳で強くこちらを睨みつけた。
そのままずかずかと勢いよくこちらに近づき、服が破けてしまいそうなほど強い力で俺の胸倉を掴んだ。
「とぼけないでよ!! あたし知ってるんだから!! アンタが幸救会を率いているインチキ霊能力者だって事をね!!!」
瞳が飛び出そうなほどに目玉をひん剝かせた彼女の瞳は、強い怨恨を一ミリも隠さずに垂れ流していた。
「もちろん呪いなんて信じちゃいなかったけど、パパがそいつに変なことされないか心配で、あの日私はパパの後をつけたの。アンタは、パパの前でお得意のマジックを披露した。パッとその場から消えるマジックよ。アンタはそれを神の力だと言い張り、周りの信者たちはアンタを崇めた。そしてアンタに盲信の信者達は、『穢れた魂を浄化して差し上げなさい』ってアンタの言葉で、パパを取り囲んで殺した。アンタがあたしのパパを殺したのよ!!!」
張り裂けんばかりの剣幕で彼女はそう叫んだ。狭い室内に彼女の叫び声がこだまする。
「…なんで、それが俺だと確信したんだ?」
「かつてのクラスメートの顔を忘れるわけないでしょ。アンタそんなに顔変わってないし。それに信者達はみんな『真朝様』って呼んでたんだから。」
実梅は真剣な表情で答えた。俺はそれに対して何も答えることができず、しばし沈黙の時間が流れる。
「…というかそれ、真朝さんに恨みを抱いているってことですよね? 赤池さんがクロであるという証拠では?」
沈黙を破ったのは紫乃だった。紫乃の言葉に、実梅はゆっくりと目を瞑ってため息をついた。それから彼女は俺のことを突き飛ばすようにして距離を離し、俺の胸倉を開放した。
そのまま実梅はつかつかとヒールの音を鳴らしながらソファへと歩き、そのまま大胆にどかっと腰かけた。足を組み、偉そうに背を逸らしながら、凍えるような表情で口を開く。
「…もう、ここまで来たら誤魔化しようもないわね。そうね、私はクロよ。」
彼女の告白に、四人は驚いた様子だった。
赤池 実梅がクロなのは分かりきっていた。彼女が俺のことを好きになるなんて、あり得ないのだから。分かってる。ちゃんと。分かってる。だから俺は、いちいちこの程度で心を揺らがせたりはしない。きっと今俺は、至って冷静な表情が出来ているはずだ。
「クロはあと三人もいるわけだし、一人くらいバレたっていいでしょ。…どうしても、知らないフリしてとぼけてるのが許せなかったの。感情的になって悪かったわね。」
実梅は開き直った様子で堂々とそう言った。他の四人はそれぞれの顔色を伺いながら、キョロキョロと周りを見渡した。
しばらく無言の時間が続いた後、再び実梅が口を開く。
「ほら、あたしに構わず続けて? 最後、黄田さんが証拠カードを開示する番でしょ。」
「あ…、うん、そうだね。」
黄田ははっとした様子で証拠カードを取り出し、こちらへ差し出した。みんなで証拠カードを覗き込む中、実梅だけはソファに座ったまま興味無さそうに床を見つめていた。