4. 赤池 実梅の証拠カード
【伝説の暗殺者は、身体にクモのタトゥーが刻まれている】
「伝説の暗殺者…? 急に何の話だ?」
先程の証拠カードが名指しだったから、全部のカードがそれぞれ五人の情報になっているのかと思ったらフォーマットが変わった。これだけじゃ誰の事を指している証拠なのかすら分からない。
「伝説の暗殺者…、聞いた事あるなぁ。確か、ハニートラップを専門にした女の暗殺者だったはず。」
黄田は思い出すように上を見上げながらそう言った。ハニートラップ専門の暗殺者。まさにこの状況にはうってつけの人材ってことか。
「暗殺者とか、反社会的組織とか。黄田さん、随分とアンダーグラウンドな事情に詳しいのね。もしかして黄田さんもそっち系の人だったりするのかしら?」
実梅がそう尋ねると、黄田は複雑そうな笑みを湛えた。
「あたしは会員制のラウンジで働いてるんだ。お客さんと一緒にお酒を飲んで接待するの。厳密には違うけど、キャバ嬢って言ったら分かりやすいかな? 店には色んな人が来店するし、お話ししてると色んな情報が入ってくるの。まぁだからそっちの筋の人間ではない…って言いたいところだけど、普通の人からしたら、あたしも十分アングラな職業なのかもね。」
黄田はそう言って力なく笑った。
「あ、いや、そんなことを言いたかった訳じゃ…。」
そんな黄田の表情を見て、実梅は少し気まずそうに言葉を濁らせた。
「わざわざ証拠カードとして用意しているくらいですから、この五人の中にその暗殺者がいるって事でしょうか。」
紫乃が呟く。
「そういう事なんじゃないですかね? 意味のない証拠のカードを用意するとは思えないですし。私以外の四人のうちの誰かが、伝説の暗殺者。」
「なにちゃっかり自分だけ候補から外しちゃってんの? 五人の中の誰か、っしょ?」
白河の発言に莉桜が噛みつく。
「でも、私に関する証拠カードはもう出ましたよね? カードの枚数は五枚。それぞれ一人一枚づつ証拠が出ていると考えるのが妥当でしょう。」
「シロの分の証拠カードは用意されていない可能性だってある。それに、さっきのカードには白河サンの名前は書かれていたけど、白河サンが白か黒かを決定づける証拠ではないって判断された。つまり、あのカードが白河サン以外を指す証拠である可能性だって十分にあるってワケ。白河サンがクイーンビーじゃないとは言い切れないと思うなぁ。」
莉桜がそう言うと、白河は困った顔で頭をかいた。
「…確かに、そうかもしれませんね。」
白河は少し考えた後、諦めたようにそう言ってため息をついた。
「そんな小難しい推理なんて必要ない。この証拠カードが表している人物は誰なのか、簡単に証明する方法が一つだけあるじゃねぇか。」
俺がそう言うと、白河は不思議そうに首を傾げながらこちらを向いた。実梅は何かに気が付いたのか、嫌そうに眉を潜めた。
「タトゥーが入っているか、身体を検めさせてもらう。全員ここで服を脱げ。」
「最っ低! 嫌に決まってんでしょ、変態っ!」
想像通り、実梅はこちらを蔑むような目で見ながら、キャンキャンと甲高い声で鳴いた。
「うるせぇな、こっちは命がかかってんだ! 俺のことが好きだっつーんなら、くだらねぇ羞恥心くらい捨てろや!」
しかしこちらもただでは折れない。凄むようにしてそう返す。命がかかってるんだ、相手を気遣ってみすみす情報を逃すわけにはいかない。
全員が応じてくれるとは思ってない。ただ、ここで羞恥心よりも情報を優先して応じてくれる奴はシロの可能性が高い。その情報さえ取れれば十分だ。
嫌そうな顔の実梅を始め、他の四人も困惑した表情をしていた。
「いくら真朝くんのお願いでも、ちょっとな…。真朝くんだけに見せるならまだしも、多くの人に見られちゃうのは、ちょっと…。」
黄田は気まずそうに言葉を濁しながらそう言った。
「はぁ? 女同士だろ、何言ってんだ。」
「うーん、まぁ…。」
黄田は困った顔で体をくねらせ、ちらりと監視カメラの方へと視線をやった。
…ああ、なるほど。あのカメラ越しに見ている人が大勢いるって事か。
さっき証拠カードをオープンしたとき、莉桜が律儀にカメラの方にもカードをオープンしていたのが引っかかっていた。となると、あのカメラの裏には管理人的な人のほかに、初めて証拠カードを見る人がいる可能性がある。
もし映像が配信ないし録画をされているとすれば、彼女たちの裸はデータとして残り、ネットの海を漂うことになる。『一時的に羞恥心を我慢するだけ』では済まされない。それなら、シロでさえも協力を渋る事にも納得がいく。
「…わかったよ。ここで押し問答を繰り返すのも時間の無駄だ。一旦、次のカードの確認に移ろう。」
今の段階では、シロにとっても服を脱ぐことは可能な限り避けたい選択肢ではあるだろう。俺としても、避けられるなら避けたほうが夢見はいい。しかしゲーム終盤になってどうしても情報が足りないとなれば、シロは協力してくれるかもしれない。今は一旦、他の角度から推理を進めるしかないな。
「では次は、私がオープンしますね。」
そう言って白河が証拠カードをこちらに差し出した。