表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/23

16-1. 最終章-上

「佐野さんが到着するまでにここから脱出する算段を立てないと。猶予はそんなにない。」


 俺が実梅に向かってそう言うと、彼女はキリッとした表情で力強く頷いた。


「ココにある備品は自由に使っていいらしいし…、とりあえずコーヒー入れてくれねーか?」


 俺がそう言うと、彼女は呆気に取られたようにぱちくりと瞳を瞬かせた。


「随分と呑気ね。」


「ただの呑気じゃねーよ。コーヒーに含まれるカフェインには、中枢神経系を刺激して筋肉の収縮を助ける効果がある。佐野さんが来るまでに少しでも筋弛緩剤の効果をリバースしとかねーとな。実梅も眠気覚ましに一杯飲んどけ。」


「なるほど、分かったわ。そういう事ならとびきり濃いやつを入れてあげる。」


 実梅はそう言って笑うと、部屋の角の棚を開け、二人分のティーカップを取り出した。インスタントコーヒーの袋を破ってティーカップに開け、電気ケトルからお湯を注ぐ。ティースプーンでくるくるとカップの中をかき混ぜると、豊かで芳しいコーヒーの香りが鼻腔を擽った。


 彼女は二つのティーカップを持って、一つをこちらへ差し出した。少し手元が不安にはなるが、ティーカップを握れるくらいに回復している。


 実梅は俺にカップを手渡すと、ベッドの隅に腰掛けて自分の分のティーカップに口を付けた。


 俺は寝転がったまま軽く身体を捻らせ、カップをゆっくりと傾けてコーヒーを口に含んだ。ガッツリとしたキレのある苦味が身体に染み渡り、頭を冴えさせる。


 推理ショーで大分時間も稼げたし、少しは身体が動くようになってきた気がする。もう少し経てば、壁を伝って歩けるくらいにはなるはずだ。


「それで…、これからどうするつもりか、なんとなく作戦あるの?」

「いや、何にも。けど何とかするしかないだろ。」

「なんとかね…。」


 実梅は不安そうにそう呟いた。

 俺はティーカップの中のコーヒーを一気に飲み干すと、ベッドサイドのテーブルにティーカップを置く。


「実梅」


 俺はそう呼んで、彼女がこちらを向いたのを確認してから、彼女の目の前に拳を突き出し、それを上下に振った。一瞬のうちに、手のひらに赤色のバラの花が握られる。


「…袖から出してる所が丸見え。腕が落ちたわね。」


 彼女は呆れた様子でそう言って、再びコーヒーカップに口をつけた。


「うるせぇ。弛緩剤がなきゃもっと上手くやれてるよ。…って、そんな事はどうでもいい。今、俺は何故このマジックを出来てると思う?」


 そう尋ねると、彼女はよく分からないといった様子で首を傾げた。


「マジックには種も仕掛けも必要だ。なんで俺が、あの時無茶振りをされてこんなマジックを披露して見せられたと思う?」


「袖にバラを準備してあったから…?」


「そうだ。俺は常に袖にバラをしまっている。それだけじゃない。胸ポケットには輪ゴムとトランプ、ライターにフラッシュペーパー。足には透明のワイヤーとフック。俺はいつどこで何を所望されてもいいように、身体にあらゆるしかけを準備している。」


「すごいプロ根性ね。」


「霊能力者を騙ってたんだ。信者達は俺を本物だと思ってる。仕掛けが整ってないから今日は出来ませんなんて言い訳は通用しないからな。」


 披露するのは幸救会の信者だけじゃない。入信を迷ってる人や、イカサマを暴こうとするような人の前でも完ぺきにこなせなくてはいけない。今までだって、状況に合わせてアドリブで色んな困難を乗り越えて来た。きっと今回だってなんとかなる。


 俺は自身を奮い立たせるように、胸を拳で叩いた。


「俺の身体に仕込まれた仕掛けとこの部屋の備品をフル活用すれば、可能性は無限大。きっとここから脱出するためのトリックが見つかるはずだ。」


 びしっと力強くそう言うと、実梅は希望の光を宿した瞳を輝かせ、にっこりと口角を釣り上げた。


 それからすぐ、彼女ははっと何かを思い出したように真剣な顔に戻して口を開く。


「そういえばひとつ、勝算あるかも。」


 彼女はそう言って、ごそごそとドレスの裾を探る。そしてどこからか、一本の注射器を取り出した。先端は半透明のカバーで覆われており、中には禍々しい色の液体が揺れている。


「これ、真朝を殺すために持たされたやつ。注射器の中に毒が入ってる。死後も長い間、生者同様の新鮮な臓器を保つ特殊な毒薬らしい。この毒薬で殺す以外は死体を傷つけるなって念を押されたわ。」


 死体をなるべく傷つけずに高値で売ってしまおうって算段か。どこまでも金の事が考えられたゲームだな。


 毒殺であれば、素人でも失敗しにくい。一般人を集めたデスゲームにうってつけの殺害方法ってわけだ。


「これ、武器にならないかな。」

「うーん、どうかな…。相手はおそらく拳銃を持ってる。注射器で立ち向かうのは難しいかも。」


 俺はそう言って、ぐるぐると思慮を巡らせる。拳銃を持った相手に注射器で勝つ方法…。いくら考えてもビジョンが見えない。


 …まぁでも、何が起きるか分からない。武器は一つでも多い方がいいだろう。


「貸せ、いざとなった時は俺が殺る。」


 俺はそう言って、実梅の手から注射器を奪おうとした。すると実梅は、ひょいっと注射器を上に引き上げる。俺の手はそのまま空を掴んだ。


「いや、あたしがやる。霊能力者を騙れるくらいの天才マジシャンと、ただの大学生。佐野はあたしより真朝の方を警戒してるはず。あたしが行動した方が意表を突けるんじゃない?」


 彼女は得意げな様子でそう言った。


「なるほど。ミスディレクション、マジックの鉄板だな。…でも、分かってるのか? それを使うって事は、お前は…」

「人を殺すってこと。それくらい分かってるわ。元より、あたしはあんたを殺すつもりでこのゲームに参加してる。その対象が変わっただけよ。覚悟は出来てる。」


 実梅は、確かな意志を宿すスカーレットの瞳でしっかりとこちらを見据えた。彼女の表情からは確かな覚悟が見えた。


 佐野さんは、俺の人生を狂わせた人物。でも彼は、俺にとって第二の父のような存在だった。

 甘い考えが抜けきらない俺なんかより、きっと彼女の方がずっと強い意志を持っている。


「…分かった。ならそれは実梅に託す。」


 俺がそう言うと、彼女は力強く首を縦に振り、その注射器をドレスの中へとしまった。


 …さて、コーヒーを飲んでから少し時間が経った。俺は身体の様子を探ろうと、上体を起こそうと試みた。まだ筋肉がきしむ感じはあるものの、なんとか自力で上体を起こす事が出来た。


「すごい、大分回復したみたいね。」

「ああ。だけどまだあんまり体の自由がきかない。本当は部屋の中を探索して回りたいんだけどな。」

「あたしに任せて。あんたの代わりにあたしが隅々まで探索してあげる。」


 彼女はそう言って胸を叩くと、すぐに部屋の様子を見て回った。


「正面の扉の他に脱出できそうな場所はあるか?」

「天井の通気口はギリギリ人が通れそうな大きさかも。あとは壁掛けの薄い金庫みたいなものがあるけど、もしこの先が通路にでもなってるんだとしたら脱出できるかも。」


 彼女は部屋全体を軽く見て回った後にそう答えた。それから彼女は目をつけた二箇所を集中的に観察する。


「通気口はネジを回すことが出来れば開きそう。壁掛け金庫はダイヤル式のロックだから、番号が分かれば開く。正面の扉は電子ロックだし、ピッキングとかも無理そうね。」

「その三択なら、一番可能性がありそうなのは通気口か? 部屋のどっかにドライバーとかない?」

「ドライバーね…。小さいものを探すのはちょっと骨が折れそう。探してみるわ。」


 彼女はそう言って、棚の中を探った。するとすぐに、何かを見つけた彼女は笑顔で手に持つ物をこちらに見せつけた。


「懐中電灯があったわ。もしダクトを通るなら必要よね。」


 彼女はそう言って懐中電灯を俺の横たわるベッドサイドのテーブルに置いた。


 それからすぐ、棚の捜索へと戻る。こんなデスゲームの会場にしては、本当のホテルのように謎に充実している。


「ノートにボールペン、加湿器にアロマオイル。本当にホテルみたいなラインナップね。」


 実梅は見つけた物の名前を一つ一つ言いながら捜索する。


「使い切りのスキンケアのパウチ一式。ヘアオイル、整髪材。」


 実梅は一本のスプレー缶を手に持ってそう言った。


「整髪材のスプレー缶? それくれ。」


 俺がそう言うと、ぱあっと明るい笑顔で彼女はこちらを振り向いた。


「何かいいアイデアでも思いついた?」


 期待の声色でそう言って、スプレー缶をこちらに手渡した。


「…いや、ちょっと前髪のセットが崩れてたのが気になってたんだよな。目に入るのウザいから上げようと思って。」


 俺はそう言って、ジャカジャカとスプレー缶を上下に振る。キャップを外してスプレーボタンを押し、前髪に整髪剤を振りかけた。ちゃんと中身は十分にあるようで、噴射口からはきちんと整髪材が射出された。


「…随分と呑気ね。」

「これは呑気。」


 彼女は呆れた様子でこちらを見て、すぐに捜索へと戻って行った。


 整髪材はいざと言う時使える。でも、俺と実梅の様子はカメラで覗かれている。もしこれを意味無く所持するところを見られたら警戒されるかもしれない。


 俺は呑気に髪の毛を整えるフリを続けた後、なんでもないフリをしてその整髪材を懐にしまった。


 俺がそうこうしている間に、実梅は棚の探索を終える。そして、床に置かれていた謎の木箱を手に取って蓋を開く。すると彼女の顔はみるみるうちに茹でダコのように真っ赤に染まっていき、やがて頂点に達したのか、バンっと大きな音を立てて勢いよく木箱の蓋を閉めた。


「…どうした?」

「な、何も無かったわ!」


 彼女は何故か、ひどく焦った様子でそう言った。


 そういえばあの木箱、どこかで見たような…?


 …ああ、思い出した。莉桜との密談の時、確か莉桜はあの箱に大量に詰められているアダルトグッズを見て笑っていた。

 それが入っているなら、実梅のその反応も頷ける。


「なぁ、その箱貸してくれ。」

「なんでよ、変態っ!」

「変態はお前だバーカ。こんな時に変に意識してんじゃねーよ。」


 俺が冷静にそう返すと、彼女は何か悔しそうに歯を食いしばった。


 火照って赤くなった顔のまま、彼女は無言でその木箱を俺の目の前まで運んだ。


 木箱の中には、王道のオモチャから、用途がよく分からないマニアックな物まで様々な種類のアダルトグッズが詰め込まれていた。


 俺はその中から、コードレスの電気マッサージ器…、電マを取り出した。電源を入れると、それはヴーッとモーター音を奏でながら一定のリズムで振動を始める。


「な、何やってんのよ…っ」


 実梅は指の先まで真っ赤に染めてそう尋ねる。

 そのいじらしい様子に、少し意地悪をしてやりたい気持ちになる。


「ただのごく一般的なマッサージ器を付けただけだけど? なんでそんな赤くなってんの?」


 にやにやと笑いながらそう言ってやると、まだまだ伸び代があったのかと感動さえ覚えるほど、彼女の顔は更に赤みが強まった。


 俺は彼女の片腕を掴んて引っ張る。バランスを崩した彼女は、俺の上に覆いかぶさった。そのまま彼女の耳元で小さく囁く。


「これを使えば、お前の"喜ぶこと"が出来るかもしれない。」

「な…、なっ、」


 実梅はひどく動揺した様子でそう言葉を漏らした。彼女の肩が緊張で強ばり、小刻みに揺れている。


 少し意地悪が過ぎたか。少しだけ反省して、彼女の肩を押して突き飛ばし、距離を離した。


「電マとアメピンで、そこのダイヤル式のロックをピッキングできるかもしれない。」


 俺はポケットから取り出したアメピンを持ち、真剣な表情へと戻してそう言った。


 彼女は放心した様子でぱちぱちと瞳を瞬かせる。


「そんな事出来るの…?」

「軽い知識はある。やったことはないけどまぁなんとかなるだろ。」


 その返答に疑問を持ったのか、彼女は少しだけ訝しげな視線をこちらに送った。


「金庫の前まで移動したい。ちょっと肩貸してくれ。」


 そんな彼女の視線には気づかないフリをして、俺は上体を起こしてベッドの側面に足を垂らす。半信半疑ながらも素直に肩を貸してくれた実梅に助けられながら、俺は金庫の前へと歩き、金庫の前へとしゃがみ込んだ。


 金庫の扉の中央にはダイヤル式のロック。そしてその隣には鍵穴がある。


 アメピンの片端を歯で噛み、ぐっと引っ張って折り目を伸ばす。長くなったそれを、鍵穴へと突っ込む。


 指先の感覚に神経を集中させる。どうやら鍵内部のシリンダーは四ピンタイプのようだ。ピンを抜き差ししながら聴覚を研ぎ澄まし、僅かな音の変化を頼りに微調節を繰り返す。時折右手で隣のダイヤルを回し、回り方を確認する。


 それを繰り返していくと、ガチっと右手に大きな抵抗感が伝わってきた。先程までぐるぐると回っていた隣のダイヤルは、一定の角度で回らなくなる。ひとまず鍵穴のピッキングが成功した。俺は右手のアメピンがズレないように細心の注意を払いながら口を開く。


「実梅、俺の足首からテープを取ってくれ。」


 彼女は軽く返事を返し、ズボンの裾を捲る。裾にくっつけられているセロファンテープを取り、こちらに手渡した。


 ヘアピンの位置がズレないように注意しつつ、セロファンテープを細長く丸め、鍵穴の隙間を埋めるように詰める。後は外側をぐるぐると大量のテープで覆うように止めてヘアピンを完全に固定する。隣のダイヤルを回してみると、しっかり一定の角度で止まってくれた。なんとか無事ヘアピンの固定に成功したみたいだ。


 ふぅっと軽く一息ついた後、俺は電マのスイッチをオンにする。肌が痒くなるような微細な振動が指先に伝わる。電マの振動ヘッドの先端をダイヤルに垂直に押し当て、反対の手でぐりぐりとダイヤルを回していく。なかなかそれらしい反応が見られず、振動の強さのレベルを変えたり、ダイヤルを回す速度を変えたりして探っていく。手応えのなさに心が折れかけた時、指先に些細な手応えのある感触が伝わってきた。少しづつ角度を戻しながら、先程の感覚を探っていく。…間違いない。ここだけ感触がおかしい。


 俺は天に願う気持ちで、ダイヤルを掴み、ぐっと扉を引いた。


 カチャッと小さな音を立て、その金庫の扉が開かれた。


「本当に開いちゃった…! すごい…!」


 実梅は口元に手を当ててそう言った。


「当然だ。マジシャンの手先の器用さ舐めんなよ!」

「マジシャンすごぉ…」


 正直こんなに上手くいったのは奇跡だし、全然自信なんて無かった。でも上手くいってしまった今はなんとだって言える。俺は自慢気な表情を称え、あたかも最初からこうなることを確信していたかのように腕を組んだ。


「にしても、何これ…? ブレーカー…?」


 実梅は開いた扉の中を覗き込み、そう呟いた。


 金庫の中はそのまま壁で、そこにはブレーカーが取り付けられている。


 それは金庫というより、壁にかかったブレーカーを覆うようにかけられていたロックのようだった。


「脱出できるような通路じゃなかったわね。せっかく解錠して貰ったけど残念。また捜索し直しね。」


 実梅は小さくため息をついた。


「いや、待て。正面の扉は電子ロックなんだよな? なら、ブレーカーを落とせばそこの扉が開くんじゃねぇか…?」


 俺がそう言うと、実梅ははっとしたような顔になった。


「確かに! あんたやっぱ天才ね!」


 実梅は上機嫌でそう言って、俺の肩を叩いた。それから彼女はベッドサイドのテーブルへと駆け、懐中電灯を手に取って戻って来た。


 電子ロックの扉に電気の供給が無くなった時の動作パターンは三種類。状態の維持、自動施錠、自動解錠。


 部屋の扉に自動解錠の動作をさせることはまず無いから、維持か解錠の二択。扉が開く確率は二分の一だが、ブレーカーを自由に操作出来るならやり得だろう。


「それじゃ、落とすぜ」


 実梅が力強く首を縦に振ったのを確認して、俺は一思いにアンペアブレーカーを落とした。


 一瞬で部屋の照明が消え、懐中電灯の明かりだけが部屋を照らす。


 実梅の肩を借りながら、懐中電灯の不安定な明かりを頼りに部屋の正面の扉へとゆっくり足を進める。


 実梅が扉のノブに手をかける。


 どうか開いてくれ。俺は藁にもすがるような気持ちでそう祈った。


 そんな緊張の中、ノブがゆっくりと回される。そのままぐっとノブを押し込むと、重い扉はゆっくりと開かれていく。


「開いた…!」


 実梅は安堵した様子でそう言った。


 …本当に、脱出出来てしまった。これまでにない達成感で心が満たされる。浮き足立つ気持ちを抑えながら、俺たちは扉の外へ出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ