15-E. 黄田 陽葵を指名する
「俺は、黄田 陽葵を選択する。」
『承りました。』
スピーカー越しの声は、淡白にそう一言だけ返答を返した。それからぷつっとスピーカーが途切れる音が聞こえ、部屋が静寂に包まれる。
俺はそのままベッドに寝転がり、ぼーっと天井を眺める。
…どれくらい時間がたっただろうか。時計を見ると、まだ三分くらいしか経っていなかった。しかしこの落ち着かない空間で何の便りもなく過ごすのは、それだけでかなり神経をすり減らせるものだった。
落ち着かずにごろごろと何度も寝返りを打ちながら待っていると、ガチャリと扉の開く音が聞こえ、俺はびくりと体を跳ねさせた。その反動でそのまま身体を起こし、ベッドの上に座る姿勢になって扉をじっと見つめた。
開いた扉の合間から入ってきたのは、豪奢な黄色のドレスを身に纏う、黄田 陽葵だ。
「あたしを選んでくれたんだね。ありがとう。」
黄田はそう言って、安堵した様子で笑った。彼女はそのままこちらに近づき、密談の時のように俺の隣に腰かけた。
「せっかくだから聞かせてくれないかな。なんであたしを選んだのか、真朝名探偵の華麗な推理を。」
「…そんな風におだてられるほど複雑な思考はしてない。要は消去法だ。
まず、紫乃 菖。彼女の母親は幸救会の信者だった。ここまでならまずクロ。しかし彼女は母を恨んでいると言った。歪ではあるが、それなら彼女がシロの可能性もあると思った。俺はそういう崇拝者を何人も見てきたからな。しかし彼女は、母の作った指輪をつけていた。他に持っていないから惰性でつけているっていうのに納得しかけたけど、惰性でつけるにしてはあまりにもサイズがぶかぶかだった。あれじゃすぐに指から擦り落ちてしまう。そんな面倒なものを身に着け続けるなんて特別な思い入れなしじゃあり得ない。それに加え、彼女は年上の女性と一緒に白河の蕎麦屋に通っていた。その女性は同じ大学の同期だって言ってたけど、その人は随分特殊なタイパ主義者だった。紫乃の通うT大と西区の蕎麦屋は電車で一時間半ほど離れている。T大付近に住んでいるタイパ主義者が頻繁に通うのは不自然だ。紫乃が嘘を付いたとするなら、それは母親と一緒に通っていたことを隠そうとしたからだろう。よって彼女はクロだ。
次に白河 蘭。彼女は更科組という反社会的組織に嫌がらせをされている。そんなの俺が知ったことじゃない。しかし彼女は、更科組から嫌がらせをされる前、相澤組という別の反社会的組織から守られていた。しかしみかじめ料の値上げに応じなかった事で相澤組からの支援が途切れている。何故相澤組がみかじめ料の値上げなんて事を始めたのか? それは、もうひとつの情報である『資金総額一億円が盗まれた』ということと繋がってくる。資産が盗まれたのは三月、彼女がみかじめ料の値上げをされたのは四月。相澤組の経済状況の悪化はこの件が原因。組は犯人特定に躍起になっていて、少ないシノギの仕事に時間を割いている場合ではなかったはずだ。…そして、相澤組から資金を盗んだ犯人は、俺だ。そして、白河は俺が犯人であることを相澤組の連中から聞き、知っていた。それなら、彼女の蕎麦屋の経営不振に繋がった元凶が俺だと考えてもおかしくない。つまり彼女もクロだ。
次に桃瀬 莉桜。彼女はクロになる証拠もシロになる証拠もない。しかし彼女は意図的に場を掻き回すような発言が多かった。よって誰かに依頼されてクロとして潜り込んだ可能性が高い。それがクイーンビーだ。クイーンビーには身体にクモのタトゥーが刻まれている。クモのタトゥーといったら、真っ先に虫の蜘蛛を思い浮かべるだろう。しかし莉桜は、クモをもふもふしていて可愛いと言った。足に毛が生えている様子を可愛いと言う狂ったセンスの持ち主かと思ったけど、きっと彼女は空に浮かぶ雲を思い浮かべていた。真っ先に空の雲を想像したのは、クイーンビーに入っているタトゥーが空の雲のタトゥーだと知っていたからだろう。よって彼女もクロだ。
次に赤池 実梅。これは彼女自身が認めた通りだ。幸救会に父を殺され、幸救会を率いる俺の事を恨んでいた。よって彼女もクロだ。
そして最後、黄田 陽葵。黄田は相澤組の組長の愛人だった。ここまでの四人の証拠カードを消していくと、最後に残るのは『相澤組の資金を盗んだ』だ。俺はずっと、このカードは俺の犯行を示すカードだと思っていた。しかし実際は違った。このカードは、俺と黄田二人の犯行を示す証拠カードだったんだ。俺がどうやって金を盗んだのかってところに話しを移そう。それは本当に偶然の重なりだった。卒業式後のクラス会で二次会に向かう途中に事務所の近くを通りかかった時、俺はなんとなく事務所に寄ってみることにしたんだ。窓が空いているか見てみようとしたら、なんと扉が開いていた。そして中に入ると、現金の入った金庫の扉が既に開かれていた。中には現金五千万円が入っていた。俺はそれを盗んで逃げた。…何故こんな出来た状況になっていたのか? そう。その時は、俺以外にその現金を盗もうとしていたやつの犯行の途中だったんだ。愛人である黄田は、事務所の合鍵を渡されていた。金庫の暗証番号も盗み見る隙があったんだろう。会合の最中に事務所に忍び込み、金庫を開けて現金を約半分ほど盗んだところで、誰かが入ってくる気配がした。それが俺だ。だから黄田は金庫をそのままに、慌ててどこかに隠れた。そして隠れた物陰から、俺が金を盗む所を見ていた。俺が五千万円しか盗んでいないのに証拠カードには一億盗まれてたと書かれていたのは、半分の五千万円は黄田が盗んでいたからだ。黄田はその後も相澤組との交流がつづいている。そして俺は相澤組に追われている。一億全てを俺が盗んだと相澤組の連中が思い込んでいるおかげで、黄田の罪は相澤組にバレなかった。俺は黄田にとって恩人になった。…つまり、黄田はシロだ。」
俺は一定の速度で、落ち着きながら自分の考えを全て話した。かなり長い話しになってしまったにもかかわらず、黄田は途中で口を挟むことなく、最後まで優しい笑顔で聞いてくれた。
最後まで話し切った後、黄田はじっくりと目を瞑り、何かを噛みしめるようにうんうんと何度もうなずいた。
そして彼女は眼を開き、俺の頬に手を添える。にっこりと笑ってこちらを見つめ、ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねた。優しく触れるだけのキスを落とした後、彼女はゆっくりと唇を離し、こちらを見つめる。
「大正解。あたしがシロだよ。」
黄田はそう言うと、すぐに感極まった様子で強く俺の身体を抱きしめた。痛いほど強い力で抱きしめる彼女の身体は、小刻みに震えていた。
「……良かった。本当に良かった。真朝くんが生きてくれて、本当に…。」
彼女は嗚咽交じりの声で、小さくそう呟いた。俺の肩を温かい液体が濡らしていく。俺はそのまま、彼女を優しく抱きしめ返した。
…ああ、よかった。俺の推理は合っていたのだ。
黄田 陽葵は、本物のシロだった。
緊張がほぐれて肩の荷が下りると、どっと体を疲れが襲ってきた。さっきまでの自分が、随分と気を張っていたことに気が付いた。
しかしきっと、これは俺だけじゃない。彼女も彼女で敵だらけの環境の中、必死に俺を助けようと奮闘してくれていた。よくよく考えれば、莉桜の誘導に乗らず証拠カードをオープンする流れに持っていってくれたのも、密談を提案してくれたのも黄田だった。彼女の尽力なしでは今の俺はないだろう。
彼女と抱き合っているとひどく安心する。これまでの疲れが染み出ていくようだった。俺たちはしばらくそのまま、無言のままに抱きしめ合った。時折見つめ合っては、どちらからともなくキスをした。唇を食み、足りなくなった何かを求めるように、忘れたい記憶から目を逸らすように、目の前の相手に意識を集中させた。薄く開いた唇の隙間から舌を差し入れると、迎え入れるかのように絡めとられた。徐々に深くなる口づけに、口端からどちらのものとも分からなくなった涎が垂れるのも厭わない。そのまま流れるように彼女の身体をベッドへと倒した。唇を重ねたまま、右手で彼女の腰元を撫で、ジッパーの場所を探る。すると彼女に左手を掴まれ、そのまま彼女の左の腰元へと招かれる。冷たい金属の感触が指先に伝わる。指の感覚だけを頼りにしてそれを摘み、ジーッと音を立ててゆっくりとそれを引き下げる。
そこまでして、ふとはっとなって我に返る。俺は何も言わず、部屋の壁に掛けられているカメラへと目線をやった。そんな俺の様子に気づいたらしい黄田は、にっこりと笑って口を開く。
「大丈夫だよ。シロが選ばれた場合、その時点でゲーム終了、配信も切るらしいから。」
黄田はそれだけ言うと、再び俺に口づけた。
こんな意味の分からないデスゲームを開催するような変態の言う事などどこまで信頼できるのか怪しいが、彼女がその気なのであればもう、細かいことはどうでもよかった。
彼女は一度唇を離すと、顔を近づけたままじっくりとこちらの目を見つめた。
「あたしね、佐野さんほどじゃないかもしれないけど、鳩羽さんを懐柔出来るくらいには交渉術に自信があるんだ。あたしの力とキミのマジックの実力、そして初期資金があれだけあれば、これから先もきっと困ることはないよ。…だから、あたしと一緒に生きよう?」
「…俺の事を好きだって言う割には、随分と打算的な告白だな。」
「その方が安心するくせに。…大丈夫。いつかあたしを一秒たりとも離したく無くなるほどに愛させてあげる。だから今は、キミの気持ちが別の方向を向いてたっていいよ。あたしが忘れさせてあげるから。」
彼女はにっこりと笑うと、俺の返事を待たずにもう一度口付けた。俺は返事の代わりに彼女の頭に手を添え、その口付けをさらに深めた。
それから俺達は、一言も言葉を交わさなかった。契約の意と、非日常から解放された一時の安寧を求めて、互いの身体を掻き抱いた。
素肌を撫でると、ライトオークルのきめ細やかな肌が手のひらに吸い付いた。艶めいた嬌声が漏れ、徐々に部屋の湿度を上昇させていく。薄暗い部屋を照らす間接照明が壁に落とす影が、海老のような美しい曲線を描いている。彼女の狭い指間腔を押し開くようにしながら指を絡ませると、汗ばんだ手のひらがぴったりと隙間なく密着する。
やがて二つの影が重なり合って一つの大きな塊へ変わると、不可能という言葉が似合わない、何かとても大きな存在になったかのような錯覚を覚えた。この行為はまさしく、彼女との契約だったのだ。一定のリズムを刻むスプリングの軋轢音が、二人の門出を祝うファンファーレのように聞こえた。
その音が鳴り止んだ後も、俺達はぎゅっと強く抱き締め合ったままでいた。しばらく経った後、互いに衣服を正すと、寄り添うように二人で横になる。ベッドに体重を預けると、じわじわと疲れが溶けて眠気を誘う。隣の黄田も、同じようにうとうとと長い瞬きを繰り返している。
薄れゆく意識の中を、空気が漏れるようなシューッという音が通り過ぎる。聞き覚えのない音に、俺の頭が徐々に冴えていく。やがて天井から細かいミストが降ってきている事に気がつくと、俺は一瞬で目が覚めた。
「なんだっ、これ…!?」
ミストを吸い込むと独特の臭いがして、俺と黄田はその場でごほごほと咳込んだ。
「何これ…っ!? こんなの聞いてない…っ!」
黄田は声色に焦りを滲ませて叫ぶ。
俺が噎せ続けている中、黄田は果敢に立ち上がり出入口の扉へと駆ける。ノブを下ろして扉を引くが、その扉は無情にもしんと佇んで開かない。
その直後、黄田ががくんと膝を曲げ、その場に倒れ込んだ。
「黄田…? どうした、大丈夫か?」
「力が…、入らない…っ」
言われて俺は、自分も全身に力が入りにくくなっている事に気がついた。指先は辛うじてゆっくり動かせるものの、全身は寝返りをうつのがやっとで、身体を起こす事は難しそうだ。
黄田は這うようにして俺の近くへ戻ろうとするが、上手く身体が動かせずなかなか進めない様子だ。
しばらくすると、ミストが止まる。それからカラカラと換気扇の回る音がしばらく続いた。
「なんで…っ、こんな事に…?」
黄田は小さく弱々しい声でそう呟いた。肩を揺らす彼女に、俺は何を答えるべきか分からなかった。
そうこうしていると、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。
扉の方を振り向くと、合間から一人の人影が見えた。
その人物は、可憐なピンクのドレスを身に纏う桃瀬 莉桜だった。
「やあやあ、随分とお楽しみでしたね~?」
莉桜はにやにやといやらしく笑いながらそう言った。
「二人とも、見事デスゲームの勝利おめでとう! いやぁ、莉桜も結構頑張ったつもりだったんだけどな~。黄田さんに邪魔されたし、真朝はツレないし~、いいプレーだったんじゃん? GG!」
莉桜はぱちぱちと手を叩き、狭い室内にまばらな拍手を響かせた。
「そんな二人に、莉桜から『永遠の愛』をプレゼントしちゃうよっ! 病める時も健やかなる時も、二人はずーっと一緒に居られるんだよ。――天国でねっ!」
莉桜は勝ち誇ったように高い声で笑うと、どこからか取り出した二本の注射器を両手に構え、俺達に見せつけた。
「なんで…っ? シロが勝ったら生き残れる約束じゃ…?」
「デスゲームの中ではね。でもゲームが終わった後に殺さないなんて言ってないじゃん?」
めちゃくちゃな理論をぶつける莉桜に、黄田は言葉を失った。
「莉桜が受けた依頼は二つ。『デスゲームが盛り上がるように掻き乱せ』と、『黒名 真朝と黄田 陽葵を殺せ』。…黄田サンはさ、真朝に全部罪を擦り付けられたと思ってるかもしれないけど、全部バレバレだから。最初からこのゲームは、真朝一人じゃなく黄田サンと真朝の二人を処刑するためのフロントアクトだったんだよ。」
黄田の瞼が半分落ち、その瞳から光が消えた。痛々しい程の絶望の表情に、莉桜は更ににやにやと瞳を歪ませた。
そのまま莉桜は黄田の上に跨ると、黄田の首筋に注射器の針を突き立てる。
「あーあ、そんな顔しちゃって。可哀想に。早く楽にしてあげるね? 怖がらなくても大丈夫だよ。この毒薬は特殊でね、痛みも苦しみも全くなく、眠るように死んでいける。そして死後も長い間、臓器が生者同様の新鮮な状態を保ち続ける優れ物。キミたちの身体はちゃーんとくまなく活用されるから、安心して?」
莉桜はそう言って、注射器のピストンをゆっくりと押し込んでいく。最後の力で辛うじて浮かせていた黄田の腕が、力なく床に落ちる。
それを見届けた莉桜は、今度は俺の近くへと歩み寄る。俺の恐怖を煽るように、ギラギラと光る針先を見せつける。
「なーんも力入んないっしょ? 女の子相手に抵抗一つ出来ないなんて無様だねぇ、真朝?」
莉桜はこちらを見下ろして嘲笑うようにそう言うと、針の先端を俺の首筋に宛てがった。
「『本当の意味でキミを助けられるのが誰なのか考えな』って、ちゃんと忠告してあげたのになぁ? 人の話しをちゃんと聞かないからこういう事になるんだよ?」
莉桜はそう話しながらも、手際よく俺のシャツのボタンを外し、首筋を露出させる。
ちくりと針の刺さる感触がして、ゆっくりとピストンが押されていく。抵抗しようと試みても、弛緩剤の影響で、身体は全く自由に動かせない。
やがて針が引き抜かれると、すぐに目の前がかすみ始めた。
「ま、あとはそっちで二人仲良くやんなよ。なかなか楽しかったよ。ばいばい、真朝。」
【BAD END4 掌の上の向日葵】




