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15-C. 桃瀬 莉桜を指名する

「俺は、桃瀬 莉桜を選択する。」

『承りました。』


 淡白な返答が聞こえたその瞬間、シューッという音が部屋に響き渡った。音と共に、天井から細かいミストが降ってきた。ミストを吸い込むと独特の臭いがして、俺はごほごほと咳込んだ。


「なんだっ、これ…!?」

『ただの筋弛緩剤だ』


 スピーカー越しの声が簡潔に一言だけそう答えた。


 言われて俺は、全身に力が入りにくくなっている事に気がついた。指先は辛うじてゆっくり動かせるものの、全身は寝返りをうつのがやっとで、身体を起こす事は難しそうだ。


 もしシロを外してしまったなら最悪返り討ちにすればいいと思っていたが、どうやらそれは難しそうだ。


 しばらくすると、ミストが止まる。それからカラカラと換気扇の回る音がしばらく続いた。


 十分くらい経っただろうか。力の入らない身体をぐったりとベッドに預けてぼーっと天井を眺めていると、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。


 開いた扉の合間から入ってきたのは、可憐なピンクのドレスを身に纏う、桃瀬 莉桜だ。


「莉桜の事を選んでくれるって信じてたよ。」


 莉桜はそう言ってこちらに駆け寄ると、ベッドに横たわる俺をぎゅっと抱き締めた、俺の胸に顔を埋めた。


「せっかくだし、なんで莉桜のことを選んだのか、名探偵真朝くんの推理を聞かせて貰っちゃおうかな?」


 莉桜は抱き締めた状態から顔だけをこちらに向けてそう言った。


 まるで俺に好意を向けているかのような甘い声色。しかしそれが幻想であることは知っている。


「俺は、莉桜の事をシロだとは思ってない。」


 俺がそう言うと、莉桜は豆鉄砲を食らったように大きく目を見開いた。


「じゃあ、なんで莉桜の事を指名したの? ミスってない?」


「まず莉桜、お前は相澤組に依頼されてやって来た暗殺者クイーンビーだ。お前は、クイーンビーにある『クモのタトゥー』を虫の蜘蛛ではなく空の雲であることを最初から理解していた。普通、クモのタトゥーと聞けば虫の蜘蛛を連想する。最初から空の雲を連想できるのは、それが空の雲だと認識している者だけだ。」


「…へぇ? そこまで解ってて、なんで莉桜を指名したの? もしかして、莉桜に惚れちゃった?」

「いや。俺はお前と交渉するために指名した。密談中、お前は言ったよな。『本当に一億全てを一人で盗み出したのか?』って。『共犯者を告発すれば助けてやる』とも。…俺は今から、あの日の出来事を全て告白しようと思う。」


 俺がそう言うと、莉桜はにっこりと微笑んだ。


「あの日、一億を盗もうとしていたのは黄田 陽葵だ。俺はたまたま彼女の犯行途中に事務所へ訪れた。黄田は俺が入ってきた事に驚き、金庫を開けっ放しにして咄嗟にどこかへ隠れた。俺は開けっ放しにされている金庫を見つけ、金庫の中に入っていた五千万円を盗んだ。残りの五千万円は、黄田 陽葵が持っている。」


 そう言い終えると、莉桜は黙って俺の顔を見つめた。部屋はしばしの静寂に包まれる。


「黄田サン売って自分だけ助かろうって? 悪い男だねぇ、サイテー。」


 そう言いながらも、莉桜はどこかにやにやと楽しそうに笑っている。


「でもま、そんな悪い所も嫌いじゃないよ。」


 莉桜はそう言ってベッドの上に乗り上げ、俺の上に覆いかぶさった。愛おしそうに優しく頬の輪郭を撫で、鎖骨にキスを落とす。そのまま彼女の唇が首筋を伝い、耳朶を軽く甘噛みした。


 そのまましばし耳の近くで彼女の口元が停滞し、すうっと息を吸う音が聞こえた。






「――でも、ざーんねん。助けるわけないじゃん。ばーか。」





 莉桜はそう言うと、耳朶を加えて強く引っ張った。軽い痛みが耳元に走る。


「黄田サンが盗んだ事なんて、最初から分かってたっつーの。あんな簡単な罠にかかっちゃうなんてまじ爆笑なんだけど。黄田サン売ってる時の必死な顔、しばらくずっと思い出して笑えそうだわ。最高。」


 莉桜はそう言ってけらけらと笑い転げた。


「せっかくだし、冥土の土産にちょこっとだけ遊んであげる。莉桜、テクニックには自信あるって言ったでしょ? それに処女だって話しも、両方嘘じゃないよ。だって、みんな最後までする前に死んじゃうんだもん!」


 そう言って莉桜は、甲高い声で勝ち誇ったように笑う。


 そして彼女はドレスの肩紐を外し、するりと腹部を露出させる。ドレスと同じピンク色のブラジャーの下、腹の周りには、太陽を覆い隠す雲のタトゥーが全面に広がっていた。


「キミとならしてもいいかなって思ってたんだけど、残念。筋弛緩剤が効いちゃってるから、キミが使い物にならないんだよねぇ。いやぁ、本当に残念だなぁ~。」


 一ミリも残念じゃなさそうな様子でそう言って、彼女はわざとらしく俺の腰周りを指先でなぞった。


「ま、こんな安っぽい嘘に騙されちゃうような馬鹿な男に、莉桜のヴァージンあげるなんてもったいないかぁ!」


 莉桜はそう言うと、どこからか取り出した注射器を構えた。カバーを取り外し、針の先端を俺の首筋に宛てがった。


 ちくりと針の刺さる感触がして、ゆっくりとピストンが押されていく。抵抗しようと試みても、弛緩剤の影響と馬乗りになられている態勢のせいで、身体は全く自由に動かせない。


 やがて針が引き抜かれると、すぐに目の前がかすみ始めた。


「ちゃんと後から黄田 陽葵も送ってあげるからさ。あとはそっちでよろしくやんなよ。ばいばい、真朝。」



【BAD END3 断罪の桜】

挿絵(By みてみん)

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