12. 黄田 陽葵との密談
広間へ戻ると、扉のすぐ傍に黄田がいた。黄田は俺の肩に手を伸ばすと、俺の肩を掴んで体をくるりと反転させた。
「さ、最後の密談始めよっか」
彼女はそう言って、すぐに個室の扉を開いて俺を無理やり個室へと押し込んだ。
二人が個室に入り、バタンと音を立てて扉が閉まる。
「強引でごめんね。でも、時間が無いしなるべく急いだ方がいいかなって思って。真朝くんはきっと、あたしに聞きたい事がたくさんあると思うから。」
黄田はそう言ってにっこりと笑った。
「そうだな。聞きたいことはたくさんある。…まず、黄田が俺を見かけた事務所っていうのは、相澤組の事務所で合ってるよな?」
「うん、そう。大正解だよ。」
「黄田は、相澤組とどういう関係があって事務所に出入りしてるんだ?」
「相澤組組長の鳩羽さんはね、私のお客さんなんだ。」
黄田は言葉に詰まる様子はなく、すらすらとそう答えてみせた。彼女の職業を聞いた時から、なんとなく分かっていた。想定通りの答えだ。
相澤組の組長は、非常に好色な人物だった。事務所にはよく、黄田と同業の女性が数人出入りしていた。一階にいるのに、二階の部屋から女性の喘ぎ声が漏れて聞こえることもよくあった。当時高校生であった俺は、親のような存在の人とその声を聞くのが心底気まずくて嫌だった。
「鳩羽さんは、あたしのお客さんの中で一番の太客だった。逃がしたくない獲物だったから、鳩羽さんに気に入られるように必死で本営をかけてた。その甲斐もあって、あたしは鳩羽さんの一番のお気に入りまで上り詰めた。」
黄田は、自信満々にそう言い切った。
「随分な自信だな。自分が一番だって全く疑ってない様子だ。」
「ただの自惚れじゃないよ。あたしは他の子達と違って、鳩羽さんと一度も身体の関係を持ってない。それでも『いつでもおいで』って事務所の合鍵を渡されるほど信頼されてる。」
黄田は得意気な様子でそう言いながら、胸元から一つの小さな鍵を覗かせた。その鍵は見覚えがあり、確かに事務所の鍵のようだった。
鳩羽さんは女好きでありながら、同時に大の女嫌いでもあった。『女性は全員頭が悪い。会話をするのは時間の無駄だ』と、女性のいない場ではよく話していた。彼は女性を性欲処理の道具くらいにしか見ておらず、対等な人間として見ていない。
そんな女性蔑視の思考を持った男が、嬢とそんな関係性を築いているだなんてにわかに信じ難い。もし黄田が言っている事が本当なら、彼女は相当なやり手だ。
「あの鳩羽さんが…? 一体どうやってそんな信頼を勝ち取ったんだ?」
「別に、大したことはしてないよ。あの人に女嫌いの節があるのは、最初の雰囲気からなんとなく分かった。夜のお店に来るお客さんってね、意外と女嫌いの人も多いんだよ。何かしらコンプレックスやトラウマを抱えてたりしてね。でも鳩羽さんは、正確には女嫌いの人ではなかった。ただ、つまらない人が嫌いなだけの人だった。だからあたしは、営業トークをやめた。本物のあたしを全て曝け出して、鳩羽さんという人ときちんと向き合って話しをした。"ちゃんと会話した"。ただ、それだけ。」
『つまらない人が嫌いなだけ』…。確かにそう言われると、妙な納得感があった。彼は相手が男性であっても、人間味のないおべっかを使う人物をつまらないと一蹴する事があった。
彼女の言葉に一気に信頼感が増す。
「あたしには、父が事業で失敗して残した借金がある。あんな太客は滅多にいない。絶対逃がさないと思って、話しを合わせるために必死で勉強した。鳩羽さんは『君みたいに利発な野心家は嫌いじゃない』って言ってあたしを気に入ってくれたんだ。」
黄田は幸せそうな笑みを湛えながらそう言った。
「ちなみに、その借金っていくらくらいなんだ?」
「さぁね。もう完済したから忘れちゃった。」
黄田はこちらに視線を合わせてにっこりと笑う。借金の事などもう忘れたと言わんばかりの快活な笑顔だ。
「ま、だから、あたしは相澤組の内情をそこそこ知ってる。…もちろん、キミがした事もね。」
黄田は優しく穏やかな表情でこちらを見つめる。
彼女がそれを知っているのは想定内。むしろ知らない方が疑わしい。
「キミ、盗んだお金そのまま使ったでしょ。」
「そのまま…? まぁ、使ったけど…。」
「ダメだよ。ああいうお金を使うなら、きちんと"洗って"からじゃないと。金庫内のお金は連番になってて、番号が控えられてた。相澤組には警察関係者にも協力者がいるんだから、普通に使ったらすぐに足がついちゃう。真朝くんの足取りは、意思が読み取れるくらいに丸見えだったよ。」
黄田は右目の前で親指と人差し指を使って円を作り、左目を瞑って片目で円の中を覗き込むような仕草をしてみせた。
「足取りが掴めているなら、なんですぐに殺しに来なかった?」
「ほとんどの組員は、すぐにキミを殺そうと息巻いてたよ。『裏切り者は絶対に許すな』が相澤組のスタンスだからね。でも、鳩羽さんは一人の組員の提案に心を動かした。それを実現するための準備に時間がかかったの。それが何かは、言わなくても分かるでしょ?」
その計画が、今ここで起きているデスゲームだという事だろう。
おそらくこのデスゲームはあのカメラで撮影され、配信されている。俺の処刑をエンターテインメントに昇華させて、視聴者から金銭を受け取って、俺が盗んだ一億の元を取ってから殺すつもりなんだろう。随分と悪趣味な計画だ。
「…あたしのこと、怪しく見えるでしょ?」
黄田は少し寂しそうな顔でそう尋ねる。
彼女の言うことが本当なら、彼女はこのデスゲームの主催者と関りがある人物であるという事だ。当然怪しく見える。
俺が言葉を詰まらせていると、黄田は真剣な表情でこちらの目を見つめ、俺の手を取った。
「でも、あたしは本気でキミのことが好きで、キミのことを助けられると思ってこのゲームに参加したんだよ。あたしにとってキミは、命の恩人みたいな存在。だから今度は、あたしがキミを助ける番。」
「命の恩人…? そんな存在になった記憶はないけど。」
「ここを出たら、全て話すよ。…今は、あたしの事を信じてほしい。」
黄田は真剣な顔でそう言った。
相澤組がこのゲームの主催であることも、明言せずに言葉を濁した。『組の監視下にあるこの状況では話せない』ということだろうか。
「そういえば真朝くん、双子だったんだね。全然知らなかった。キミが資金を盗んだ次の日、当たり前のようにキミが事務所に来たと思ったからびっくりしちゃった。彼、双子の弟なんだね。言われても全然信じられないくらい、本当にそっくり。」
黄田は一気に表情を和らげ、話題を変えた。
「…真夜は元気?」
「直接話したことはないからあんまりよく知らないんだけど、うまくやってるようには見えるよ。」
「うまくやってる…? へぇ…。真夜が?」
「うん。弟だもん、やっぱり心配だよね。…ね、双子ってさ、やっぱり見た目以外もそっくりなの? 自分がもう一人いるような感じ?」
「うーん、どうかな。クラスメイト達にはよく、性格は正反対だって称されてきた。勿論似てる所もあると思うけど、自分がもう一人いるようだとは思わねぇな。…むしろ、こんなに似てるのになんでこんなに違うのかって、違うところにばっかり目が向いてた。」
そこまで話して、知らず知らずのうちに自分の声色が沈んでいたことに気が付いた。それを察したのか、黄田は少し心配そうに眉を寄せる。
「ま、いいよ、俺の話しは。」
その沈んだ空気を切り裂くように、俺はぱんっと手のひらを叩きながらそう言った。
「そんな事より聞きたいことはまだたくさんある。白河との密談中、お前は実梅に話しかけに行ったらしいな。なんでわざわざ、クロ確の実梅に話しかけにいったんだ?」
「それはもちろん、真朝くんのためだよ。あんな風に堂々と『自分はクロだ』って言っちゃった以上、実梅ちゃんはもうこれ以上真朝くんに情報を出すことはないでしょ。だからあたしが、雑談のフリして何か有用な情報を聞き出せないか探ってたの。…でも結局、あんまり有用な話しは聞き出せなかった。ごめんね。」
黄田は困り顔でそう言った。
「でも、一つだけ。実梅ちゃんは、真朝くんがお父さんを殺したこと、信じられないって言ってた。記憶の中の真朝くんは、いじわるで、デリカシーがなくて、ムカつく奴だったけど、あんな冷たい目をした人じゃなかったって。もし裏で手を引いているやつがいるなら、その人のことも自分の手で殺してやりたい。真実を知りたいって言ってた。」
「はぁ…!? アイツはバカか!? そんな事に首つっこんだら…」
「危険だよね。…キミが死んでも彼女の復讐は終わらない。実梅ちゃんを守りたいなら、キミが生きてここを出て、キミの手で彼女を守らないとね。」
真剣な表情で黄田はそう言った。俺の口からは自然と舌打ちが零れた。はぁっと大きくため息をついて、両手で髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きまわす。
「そういえば、《クイーンビー》は見つけられた?」
黄田は休む間もなく、そう話題を切り替えた。
「…いや。紫乃はクイーンビーじゃない。莉桜にはボディチェックを拒まれた。白河と実梅には話しを振り損ねた。」
「そっか。キミが密談してる最中、あたしも他の女の子たちの身体をチェックできないかなって激しめにボディタッチしたりしてたんだけど、うまいこといかなかったんだよねぇ。」
黄田はそう言って口を尖らせ、不満そうに身体を左右に揺らした。
「そういえば黄田は元々クイーンビーについて知ってたんだっけ。」
「名前だけね。相澤組が専属契約してる暗殺者なんだって。何があっても契約者を裏切らない忠誠心の強い暗殺者で、鳩羽さんのお気に入り。でも、どんな見た目かとかは全然知らない。ごめんね。」
「そうか。…にしても、クイーンビーってコードネームなのにタトゥーはクモなの、ちょっと変だよな。なんで蜂のタトゥーじゃないんだろう。」
「ああ、それはクイーンビーが所属している組織の名前が《クラウディ》だからだよ。クイーンビーに限らず、その組織に所属する暗殺者は全員、太陽を覆い隠す雲のタトゥーが入ってる。」
「太陽を覆い隠すクモ…? …あぁ、クモのタトゥーって、空に浮かぶ雲の事だったのか。俺はてっきり八本足の虫のことかと思ってたわ。」
「確かに、クモのタトゥーって言われたらまず最初にそっちの蜘蛛を想像するよね。知らなきゃ空の雲だとは思わないと思う。」
黄田はそう言ってころころと笑った。
そんな和らいだ雰囲気の中、コンコンと密談の終わりを告げる合図が鳴った。
「…時間だね。」
黄田はそう言って、少し名残惜しそうな視線をこちらに向けた。
「…ちょっと名残惜しいけど、大丈夫。あたしはキミの選択を信じてる。」
黄田はそう言って、鼓舞するように俺の背中をぽんっと叩いた。
『さて…、そろそろ時間だね。黒名 真朝。選択の準備はできた?』
広間に出ると、最初に聞こえてきたあの機械音声がスピーカー越しに語り掛けてきた。
時刻は二十三時五十分。運命の時刻まであと僅かだ。
俺はスピーカー越しの声を無視し、目を瞑って思考を整理する。五人から聞いた話と証拠カードの内容を頭の中でソートしていく。
そんな中、一番最初にスピーカー越しの声から言われたある言葉が頭を過った。
『生きて帰りたいのならば、君の犯してきた罪から目を背けないことだ。』
俺の罪。それと向き合わずして、真相にはたどり着けない。今の俺には、その言葉がとてもよく分かる。
時間が必要だ。俺自身の過去と向き合う時間が。




