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10. 桃瀬 莉桜との密談

「わぁ! ベッド超大きい! なんかテンション上がっちゃうね!」


 個室の扉が閉められると、莉桜は無邪気にそう言って、ベッドの上に勢いよくダイブした。

 まるで子供のようにはしゃぐ彼女を尻目に、俺はベッドの端へと腰掛けた。


「この部屋にある備品は自由に使っていいらしいよ。コーヒーに紅茶、あとこういうのも揃ってるよ。」


 彼女はそう言って、ベッド脇に備えられていた木箱を開けた。その木箱の中には……、所謂『大人のオモチャ』と呼ばれるものたちが詰め込まれていた。


「っていうかラインナップ豊富すぎな! これとかどうやって使うのかも分かんないし!」


 莉桜はケラケラと笑いながら、木箱の中に乱雑に詰め込まれたアダルトグッズを漁っている。


「それを漁んのは夜でいいだろ。」

「それ、夜はこれを使ってあんな事やこんな事をされちゃうってこと!?」

「どうかな」

「やーん、真朝のエッチ! …ま、でも、今の君に必要なのは、莉桜のカラダじゃなくて情報だもんね。」


 莉桜はそう言うと、足を大きく上げてから、反動を利用して勢いよく体勢を起こした。そのままベッドから降り、先程の扉の前まで歩く。


「ねぇ、この扉の小さな穴から、あっち側を覗いて見た事はある?」


 莉桜は、広間へと続く扉の一箇所を指で指す。そこには確かに、一般家庭のドアに付いているようなドアスコープが付いていた。


「いや、ねぇな。スコープが付いてるのに今気づいたわ。」

「え~、勿体ないなぁ。みんなの意識が途切れて本音が見えるのは、真朝の目がないと思い込んでるこの瞬間なのに。」


 莉桜はそう言って、したり顔で笑う。


 一理ある。彼女達はみんな、俺の視線がある間はシロらしい振る舞いを徹底している。俺が見ていない間に彼女達がどんな行動をしているのか、知っておいて損は無い。


 俺は扉の近くへ行き、スコープを覗き込んだ。ぐにゃりと広角に歪んだ視界の中、ソファに固まって座り、仲良く談笑する四人の姿が見えた。


「シロ目線、他の四人は全員敵なわけじゃん? あんなに仲良く出来るのって怪しいと思わない? 最初の密談の最中、一番最初に口を開いたのは黄田サンだったよ。しかも黄田サンってば、真朝が個室に入った直後にすぐ、唯一の黒確である赤池サンに真っ先に話しかけに行ってた。まるで作戦会議でもしたいみたいじゃない?」


 ずっと黙ったままでいるのは気まずいだろうし、広間に残っている人たち同士でシロクロ関係なく会話が起こるのはない話しじゃない。


 でも確かに、わざわざクロ確である実梅を選んで話しかけに行っているのは少し引っかかる。


「黄田と実梅はどんな話しをしてたんだ?」

「最初のうちはただの世間話っぽかったな。その後莉桜は紫乃サンに話しかけられてお話ししてたんだけど、ふと黄田サン達の声が聞こえない事に気づいたんだ。二人の方を見ると、小さな声で何かひそひそ会話をしてる様子だった。おかしくない? 何か莉桜達に聞かれたらまずい会話でもしてんのかなって感じ。次の黄田サンとの密談の時につついた方がいいと思うよ。」


 ああ、なるほど。彼女の方から密談に立候補してきたのは、黄田より前のタイミングで密談をしたかったからか。


「ちなみに莉桜は、紫乃とどんな話しをしてたんだ?」

「まぁ普通に雑談だよ。初対面同士の適当な会話って感じ。紫乃サン、T大学の学生らしいよ。大学名聞いてもないのに『一応T大です』だってさ! 頭いいマウント取られた気分~。」


 莉桜は唇の先端を尖らせ、不満そうな顔でそう言った。


 にしてもT大学って、西区からだとめちゃくちゃ遠くないか? 片道、電車で一時間半くらい。俺だったら絶対嫌になるな。


「てか、立ちっぱ疲れるしベッド座ろうよ。」


 莉桜はそう言って、今度は大人しくベッドの上に腰かけた。彼女の隣に腰掛けると、彼女は少し空いていた距離を埋めるように隣に詰め寄って来た。


「シロは真朝のことが好きだけどさ、真朝はシロの気持ちに応えるつもりってあるの?」


 莉桜は少しだけ真剣な表情になってそう問いかける。


「シロは俺にとって命の恩人になるわけだし、そんな人が俺のことを好きって言ってくれるなら、俺もその人を好きになるんじゃねーかな。」

「本当かなぁ。そんな事言って、結局赤池サンへの気持ちが捨てられなくて赤池サンを選んじゃったりして。」

「はぁ? なんで実梅の名前が出てくるんだよ。」

 聞きたくない名前に少しイラっとして、俺は少しだけ感情的になってそう返した。

「最初から赤池サンに対してだけ感情剥き出しにしてるくせに、バレてないと思ってるの爆笑なんだけど! 赤池サンがクロってわかった瞬間の真朝の顔やばかったよ?」


 莉桜は面白いものを見るような目で意地悪く笑う。


「赤池サンの事好きなんでしょ?」

「小四の頃からもう十年以上経ってる。とっくに吹っ切れてるっつーの。」

「ってことはやっぱ、当時は好きだったんだ!」


 莉桜は限界まで口角を吊り上げて笑いながら、肘でつんつんと俺の脇腹をつついた。俺は彼女の反対方向へ体を捻ってため息をついた。


「もしかして、ずーっとその初恋こじらせて恋愛経験なかったりして!」

「ナメんな。そういうのは人並み以上にある。自分で言うのも何だけど、俺はそこそこモテるんだよ。」

「へぇ? じゃあ、一番長く続いた彼女とはどのくらい?」

「一か月…? いや、三週間くらいか?」

「こじらせてんじゃん! 必死に忘れようとして色んな女の子とっかえひっかえしておきながら、結局忘れられなくて本当の恋に巡り合えてないんだ!」

「うるせぇな! 付き合ってみたらたまたま合わなかっただけだ! そういうんじゃねーよ!」


 冷やかすような態度で煽る莉桜にイライラして、俺は少し立ち上がって彼女と一歩距離を離した場所に座り直した。それでも虫の居所が落ち着かなくて、指先を何度も自身の膝に叩きつけた。


 莉桜はすぐに俺の傍に座り直して、もう一度俺の腕を取る。俺が振り払うも、何度も懲りずに腕を取ってきた。


「ごめんごめん、ちょっと煽りすぎた。…莉桜ね、赤池サンにちょっと、いや、めちゃくちゃ嫉妬してた。その気持ちを真朝にぶつけちゃった。ごめんね。」


 莉桜は少しだけしおらしくなって、俺の腕を掴みながらそう言った。

 謝られると少し気持ちが落ち着いて、俺は大人げなく彼女を振り払うことをやめた。


「シロは莉桜なのに、赤池サンに取られちゃうんじゃないかって不安でさ…。真朝が初恋をこじらせてたっていい。ちゃんと、シロのことを…、莉桜を選んでくれるなら、それでいいよ。」

「…そんなに念を押されなくても、最初からそのつもりだっつーの。」


 俺は背けていた身体を彼女の方に向け直し、莉桜の目を見つめながらそう答えた。この返答に満足したのか、莉桜はにっこりと笑った。


「莉桜からばっか話しちゃったけどさ、真朝はなんか莉桜に聞きたい事とかないの?」


 莉桜は懲りずに俺の腕を掴み、俺の肩に頭を預けながらそう言った。


「沢山ある。…莉桜は、実梅が言う前から俺が双子である事を知ってたのか?」


 俺の質問が予想外だったのか、莉桜は目を丸くしてぱちぱちと数回瞬きをした。


「なんで?」

「実梅が話してる時、紫乃以外の三人は驚いた様子を見せてなかった。実梅が話す前から俺達のことを知ってたのかなって。」


 白河はマジックショーで真夜の存在を見てた。黄田が真夜を知っている理由はなんとなく想像がつく。莉桜だけは、俺の事をどこで、どこまで知ってるのか分からない。


 莉桜は少し黙って考えた後、いつものいたずらな笑みを湛えてこちらに擦り寄った。


「安心してよ。莉桜はちゃんと、真朝の事が好きだよ。真夜くんと混同したりしてない。」

「…名前を知ってるってことは、弟の事知ってるんだな。」


 俺がそう言うと、莉桜の笑顔は少しだけ強ばった。上手く躱したつもりだったんだろうか。


「地元じゃ有名だったし、そりゃ知ってるよ。真朝だって、自分で自覚あるでしょ?」


 莉桜はそう言ってにっこり笑う。

 彼女の言う通り、マジシャンとしての活動を知っているなら、俺のことも真夜のことも知っていておかしくはないか。


「他に確認したいことはある? ないなら莉桜からも聞きたいことあるんだけど。」


 莉桜は時計を横目でちらりと確認しながらそう言った。莉桜との密談時間は残り五分程。こちらから確認したいことはまだある。一つの話題に時間をかけ過ぎたら間に合わないかもしれないな。


 白河、紫乃、実梅の三名は名指しで証拠カードが出ている。残り二枚のうち一枚は俺に関する情報。となると残り一枚、暗殺者である人物は莉桜か黄田のどちらかである可能性が高い。この二人はタトゥーの有無を確認しておきたいところだ。


「身体にクモのタトゥーが入ってないか、検めさせてほしい。」


 俺は莉桜の方を見て、真剣な表情でそう言った。


「え~。嫌だなぁ。莉桜、自分を安売りするような真似はしたくないし。」


 莉桜はそう言って、監視カメラの方に視線をやった。


「さっきの密談中、紫乃がドレスを緩めて、その中に俺が顔を突っ込む形で確認させてもらった。この方法なら、監視カメラには映らない。」

「え、やば! 紫乃サンとそんなことやってたの!? 不埒~」


 莉桜はかろうじて笑顔を保ちつつも、その顔は少し引きつっている。そりゃ俺だって、普段ならその状況が人にドン引きされるほどおかしなことだってことくらい理解している。それでもそんな表情をされてしまうと、さすがに少しショックを受ける。


「…莉桜、そんなことされるのやだなぁ。」


 莉桜はいじらしい態度で小さくそう呟くと、彼女は俺の耳のすぐ近くに口元を寄せた。


「だって莉桜、処女だもん。」


 彼女はマイクが拾わないほどに小さな声で、甘くそう囁いた。


「『満足させられる自信がある』とか言ってたくせにか?」

「経験はなくても自信はあるよ。ダメ? ちゃんと満足させてあげるし、莉桜のハジメテもキミにあげる。…だから、大切にしてほしいなぁ。」


 莉桜は、きゅるきゅると媚びるような目でこちらの目を真っ直ぐ見つめてそう言ってきた。


「それにしても、暗殺者なのにクモのタトゥーって、なんかちょっとかわいいよね。」


 莉桜は媚びるような様子から、少しだけいつもの雰囲気に調子を戻してそう言った。


「かわいいか…?」

「かわいいじゃん! もふもふしてて!」


 莉桜の言葉に、俺の頭の中はびっしりと細かい毛の生えた蜘蛛の足で埋め尽くされた。そのあまりの気持ち悪さに、俺の身体はぶるっと震えて総毛立つ。


「想像したらキモすぎた…。莉桜、センス終わってるな。」

「え~? なんで? キモくはないっしょ!」


 莉桜は心底俺の気持ちが分からないと言った様子で、不満そうにそう言った。

 かと思うと、莉桜はすぐに表情を切り替えてこちらに向き直った。


「それで、あと他に聞きたいことはある?」


 白河と紫乃に聞いたように、彼女が他の四人をどう思っているのかも聞いておきたいところだったが…、莉桜の方からも確認したいことがあると言っていた。どちらかというとそっちの方が気になる。


「…いや、俺から確認したいことは一通り聞いた。」

「本当? 一億盗んだのは莉桜じゃないのかって聞かなくていいの?」


 莉桜は惚けた表情でそう尋ねる。


 名指しで出ている証拠カードの三枚を除くと『暗殺者』と『相澤組から一億を盗んだ』の二枚が残る。莉桜目線、『自分はその二枚のうちどちらかの主であると疑われている』と思うのが真っ当な推理だろう。そんな中、俺がそのうち一枚の情報についてしか言及をしないのはさぞ不気味だろう。


 できるなら、必要以上に自分の罪を広めたくはない。どう返そうかと逡巡していると、莉桜が口を開いた。


「真朝、この証拠カードは自分のことを指してると思ってるでしょ。」


 莉桜がまっすぐにこちらを見据えてそう言う。どくんと大きく心臓が揺れた。

 莉桜は、ただでさえ密着しているその状況から、更に顔を近づけ、俺の耳元で囁く。


「だって、相澤組の資金を盗んだのは真朝だもんね。」


 蚊の鳴くような小さな声で、彼女はひっそりとそう言った。


 莉桜も、俺の罪を知っている…? 彼女は一体何者なんだ? 何を、どこまで知っている…?


 俺が何も言えずに硬直していると、莉桜は続けて口を開いた。


「でも、本当にそうかな? 真朝は本当に、自分一人だけの力で一億全てを盗みきったの? キミには共犯者がいたんじゃない?」


 彼女の言葉に、俺ははっと思い出す。俺が盗んだのは五千万円。この証拠カードでは一億と、金額が二倍に盛られていた。



 もしかしてこの証拠カードは、俺のことを示す証拠じゃないのか…?



「共犯者がいるなら教えてよ。もしそれを正直に吐けば、キミだけは助かるかもしれないよ?」


 莉桜はそう言って、いつものようにいたずらに微笑んだ。


 その時。


 コンコンコン、と扉が叩かれる音がした。…時間切れだ。


 莉桜はその音が聞こえるや否や、すぐにベッドから立ち上がった。そのまま扉の前へと駆け、ノブを掴んでからこちらを振り返った。


「本当の意味でキミを助けられるのが誰なのか、ちゃんと考えてね。」


 彼女はそれだけを言い残すと、こちらの言葉を待つことなく、扉を開けて広間へと戻っていってしまった。


 『本当の意味で俺を助けられる人』…?


 俺はこのゲームに勝ち抜き、シロを指名すれば生き残れるものだと思っていた。よくよく考えれば、この狂ったデスゲームの主催者に馬鹿正直に従って生き残ることができるのか?


 俺はもっと、このゲームを大枠で考える必要があるのかもしれない。


 しかし何分時間がない。ゆっくり考えている暇はない。今はとりあえず、彼女たちからより多くの情報を仕入れることが先決だ。


 俺は莉桜を追って広間へと出た。


 広間に出ると、扉の近くには莉桜と紫乃がいた。今回タイムキーパーを務めてくれていたのは紫乃らしい。


 俺は奥のソファに座る黄田に向かって声を張り上げた。


「黄田、密談行くぞ。」


 俺がそう言うと、黄田はソファから立ち上がるそぶりを見せないままにっこりと微笑んだ。


「あたし、せっかくなら最後に密談したいなぁ。」


 黄田はそう言うと、隣に座る実梅の背中を押し、ぐっと前に突き出した。


「実梅ちゃん、お先にどうぞ。」

「はぁっ!? 何言ってんのよ! あたしはクロ確なんだし、密談なんてするだけ無駄でしょ?」

「無駄かどうかは真朝くんに決めてもらおうよ。ね?」


 キンキンと甲高い声で叫ぶ実梅をよそに、黄田はにっこりとこちらに微笑みかけた。


 きっと、実梅と話せるチャンスは、今後の俺の人生の中でも今が最初で最後だろう。もし生き残ることができたとして、俺に恨みを持つ彼女と話すタイミングなんてやってこない。


 せっかく黄田がチャンスを作ってくれた。ここを逃して実梅と話すタイミングを失えば、なんとなく一生後悔してしまう気がした。


「…そうだな。実梅とも、話したい。」


 俺は真剣な表情で実梅を見てそう言った。


 実梅はこちらを鋭い目つきで睨みつけた後、目を閉じて大きくため息をついた。


「馬鹿ね。クロであることがバレたんだから、もうあたしから得られる情報なんてないのに。…まぁいいわ。十分時間を浪費できるなら、クロとして十分役目を果たせるもの。」


 実梅はこちらを見下すように失笑して、ソファから立ち上がる。カツカツとヒールの音を鳴らしてこちらに来ると、何も言わずに扉を開き、そそくさと個室の中へ入っていった。


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