1. プロローグ
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
目が覚めると、見慣れない光景が広がっていた。
『とうとうこの時が来たか』と思ったが、周りを見渡すとそこは、自分が想像していたものとは大分違う異様な雰囲気である事が分かった。
ラグジュアリーな雰囲気の調度品。薄暗い中に複数の間接照明が置かれたメリハリのあるライティング。全体的にコントラストの強いギラギラの装飾が施されており、長く見ていると目がチカチカしてくる。高級感がありながらも上品さはない、猥雑な部屋だ。
四肢を拘束されている気配はなく、自由に身動きが取れる。
身体を起こそうと床に手をついてみると、そこはふかっと優しく手のひらを包み込んだ。ご丁寧にベッドで寝かされているらしい。クイーンサイズの大きなベッドに、美しく滑らかな皓白の布団。いつの間にか知らぬ所へ居たという状況にしては、随分と待遇が良い。
『おはよう。黒名 真朝。』
機械で加工された合成音声が、ザーッという荒い雑音と共に鳴り響いた。音のする方を見ると、正面の壁にスピーカーが取り付けられている。その上にはカメラらしき物もあり、俺が身体を起こしてすぐに声が聞こえた事からも、この部屋は監視されているのだろうという事が伺える。
スピーカーの下には、存在感の強いデジタル時計がかけられている。現在の時刻は二十一時を少し回った所だ。
俺は、壁にかかるカメラをぎっと強く睨み付ける。
「誰だ? ここは何処だ、お前の目的は?」
『まぁ、そう焦るな。右の扉を開いて外に出ろ。話しはそれからだ。』
右手の方向を見ると、そこには言葉通り扉があった。
"閉じ込められて出られない"なんてシチュエーションかと思えば、扉の外に出ろと言う。よく分からない状況を疑問に思いつつも、俺はベッドから降り、右手側にある扉の前へと歩いた。
左手をノブにかけ、ゆっくりと下へ倒す。思っていたより重たい扉なのか、抵抗感がある。俺はふぅっと一つ息をつくと、覚悟を決めてその扉を一気に押し開いた。
目いっぱいに光が入り込む。元々いた部屋との明るさの差に、俺は思わず右腕で目の前を覆うように庇を作り、ぐっと目を瞑った。目を慣らすため、腕をそのままにして少しづつ目を開いていく。
不安定な視界に、五人の人影が見えた。目が慣れてきて、俺は腕を外して部屋を見渡した。
先程の内装とは違い、この部屋は壁も床も白一色でシンプルだ。壁に沿うようにエル字型の黒のソファが置かれ、そこにそれぞれ赤・黄・白・ピンク・紫のドレスを身に纏う五人の女性が座っている。五人は等幅に距離を開けて座っており、仲の良さそうな雰囲気はない。
そして壁には先程の部屋にあったのと同じスピーカーとカメラ、そしてデジタル時計が設置されている。
『審理の間へようこそ』
先程と同じ合成音声が、この部屋のスピーカーから聞こえてきた。
「審理の間…? なんだよそれ。」
『ここにいる女性のうち、一人は君に恋心を抱いている。しかしそれ以外の全員が、君に殺意を抱いている。』
スピーカーから聞こえる声は、俺の質問を無視してそう言った。
「恋心に殺意? そんな気持ちを抱かれる心当たりはないどころか、全然知らねぇ奴ばっかだってのに?」
『君が彼女達を知らないだけで、彼女達は君のことをよく知っている。』
そう言われ、俺は改めてソファに座る五人の女性達に視線をやった。見覚えのある顔もあるが、ほとんどは全く知らない人だった。
『恋心を抱く女性をシロ、殺意を抱く女性をクロと呼称する。君にはこれから今日の二十四時までの間、彼女達と過ごしてもらう。そして二十四時になったら、君には彼女達の中から一人を選んで、その女性と二人きりで一晩を明かしてもらう。見事シロを指名し、朝まで生き残ることが出来たのなら無事ゲームクリア。しかし誤ってクロを指名してしまったのなら、君が明日の朝を迎えることは無いだろう。勿論、二十四時までの間は彼女達から君への手出しは禁止している。その点は安心していい。』
「はぁ…? なんだそれ、ゲームか? 何の目的でこんな事を…?」
『さあ。それが知りたければ、まずはこのゲームを勝ち抜くことだ。女性陣は、一人一枚ずつ【証拠カード】を持っている。そこには、所持者自身以外に関する情報が書かれている。尚、証拠カードに書かれていることは全て、必ず真実である。』
合成音声がそう言うと、黄色のドレスを着た女性がドレスと胸の間から名刺サイズの白い紙を取り出し、ユラユラと揺らしてこちらに見せつけた。おそらくあれが証拠カードというやつだろう。
『ルールは以上。二十四時になったらまたアナウンスをする。…最後に一つだけ、ヒントを贈ろう。』
合成音声はそう言うと、一呼吸おいてからこう続けた。
『生きて帰りたいのならば、君の犯してきた罪から目を背けないことだ。』
俺の犯してきた罪。…ああ、なんだ。やっぱりそういう事なんじゃないか。
「俺の処刑をこんなゲームに委ねちまっていいのか?」
『もちろん。』
「ゲーム形式にしても必ず殺せるってか? 随分とナメられたもんだな。俺様が誰か、本当に分かってんのか?」
捕まれば、百パーセント殺されるものだと思っていた。こんなにも呆気なく囚われてしまったのだから、俺を殺そうと思えばいつだって殺せたはずだ。だけどそうしなかった。こんなよく分からないデスゲームが開かれた。首謀者の目的は分からないが、一パーセントでも生き残る可能性があるなら俺にとっては都合がいい。
「必ずここから、生きて脱出してやるよ。」
俺はカメラを睨みつけながら、堂々とそう宣言した。