また約束を
翌日村人全員で赤子の供養が行われた。今まで白布を被り部屋から一歩も出ようとしなかった母親たちも参加している。みな久々に使う足を震わせながら手を合わせ祈っていた。
懺悔と後悔とそしてせめて次の未来では我が子に幸せになってほしいと神に頼んでいるに違いない。白露は崩れた井戸の周りに人々が集まっている光景を上から見下ろしていた。
山桜の木の枝に腰かけつまらなそうに下を眺める白露の側にひょいっとイタチが飛び乗ってきた。
「よお、シロ坊。主役の退治屋さんが下にいなくてもいいのか?」
「なにが主役だよ。本当の主役は赤子たちって分かっているのかよ」
村人たちは一様に鶺鴒へと頭を下げ粗品を手渡している。その貢物の多さに眩暈を覚えながらも、白露は盛大に舌打ちをした。
自分たちに感謝の品を送るくらいなら、赤子のために供物を捧げたらどうだと大声を張り上げたくなる。そんなことが出来るはずもなく唇を噛みしめた。
ただ、この村はこれから変わっていくだろうという確信が白露にはあった。
井戸の石を積み立て、地道に祠を作ろうとしている現頭首の手によって。
体の弱い雨水を気遣いながらも女中が手伝い、雨水の母である朧も久しく浴びていなかった日に目を細めながらも手を貸している。はれて現頭首となった雨水の周りには媚を売る大人達が集まり始めていたが、雨水は目もくれず赤子を供養するための祠をたて続けていた。
「いい兄ちゃんだな」
「雨水がきっとこの村を変えてくれるよ」
二度と悲惨な事が起こらない、誰よりも命を大事にする村へと。
白露の満足げな横顔を眺めたイタチは咳払いをし、躊躇ったように口を開いた。
「一緒に住まないかって件だが――」
「ごめん。まだこの森には帰れない」
白露の言葉はイタチが想像していたものとまったく同じだった。きっと白露は森には帰ってきてくれないだろうという確信がイタチにはあった。
「俺さ、まだこの世界の色んなところを見てみたいんだ。いっぱいこの世界をみて色んな人と出会ってきちんと成長してこの森に帰ってきたい。この森に帰ってきた時はイタチと一緒に高津賀の森を守りたい」
今まで漠然としていた将来が口に出したことで明確になった。これも言霊の力だろうか。
イタチは躊躇ったように「無理してこの森に帰ってこなくても――」と瞳を伏せた。
「無理してるわけじゃないよ。育った森で育ててくれたイタチと最期の時を過ごしたいと思っちゃダメかな? この世界を見て回るのに何十年もかかるかもしれない。けど最後には必ずここに帰ってくるから」
イタチは成長した白露の姿に目を細めた。きっとこれから先も白露は成長を続けるだろう。それを近くで見れないことは寂しかったが、送り出すのに勇気はいらなかった。
親としてとっくに白露を送り出す準備は出来ていたのだ。
「行って来いシロ坊。お前は妖怪と人間の気持ちが両方分かる優しい子だ。その手で色んな人を救ってやれ」
十七年。妖怪としてはまだまだひよっこだが、人間としては大人と言っていい年齢だ。これから白露は自分の道を歩んでいく。
イタチは我が子の帰りをこの森で静かに待っている。帰ってきた時に暖かい食事と温かい布団を用意できるように準備を整えながら。
「お帰りなさい」
といつでも言えるように。
白露は懐から二つの盃を取り出した。そしてふっと息を吹きかけ杯の底から酒を湧き上がらせる。
「高津賀の森の影響か?」
「うん。赤ん坊の時からこの森で育ってきたから森の妖力が俺にも少しあるみたい。鶺鴒なんかは高津賀の森の加護なんて呼んでるけどね」
「加護、か……。あながち間違いじゃないかもしれねえな」
ククと笑みを漏らしながらイタチは盃を受け取り酒で喉を潤した。
「ああ、美味い」
これは一種の誓い酒だ。白露がここに帰ってくる。イタチが白露の帰りを待つ。そういう誓いを深めるための酒だった。
暫く二人で下の光景を肴にしながら酒を飲む。すると突然白露が帯に挿していた簪を手に取った。
「なあ、俺たちも約束をしよう!」
「約束?」
白露は簪に指を這わせると躊躇うことなく真っ二つに折った。そしてふっと息を吹きかける。折れても花弁を落とさなかった簪は、息を吹きかけると呆気なく散ってしまった。
そして簪の先端に見覚えのある蕾が膨らむ。
「俺が約束通りこの森に帰ってきたら簪は大輪の花を咲かせるんだ」
片方をイタチへと授けた白露は再び別れた簪を帯へと挿した。イタチは擽ったそうに簪を眺めている。
気が早いが、簪が大輪の花を咲かせる光景を早く見たいと思ってしまった。
瞬間、まるで二人の約束を祝福するように真冬の空に大量の薄紅が散らばった。
季節外れの山桜が一瞬にして咲き乱れ視界を覆う。まるで赤子の解放を喜ぶように枝を揺らした山桜の向こうに見慣れ焦がれた姿が映った。
「母さん!」
思わず叫んだ白露の視線を追いイタチも件の姿を見つける。
二人の視線を穏やかに受け止めた件は清らかな笑みを浮かべた。その姿は段々と薄れ山桜の中へと消えていく。伸ばしかけた手を引っ込め、白露はぽろりと涙を溢した。
母を失って以来泣くことはなかった。
けど、自分の涙を止める暇もなく次から次へと想いが溢れかえってくる。イタチも髭を震わせ両目に薄い膜を張っていた。
零れた涙は盃に落ち、酒の色を淡い薄紅へと変える。
山桜からの些細な贈り物に、二人は暫し酔いしれた。




