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ワタリドリ  作者: 梔子依織
第六章
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星空

 鶺鴒と白露は作戦を実行するために節気清明の部屋へと来ていた。清明は仏頂面で二人を睨み付けている。

「今なんと言った?」

「……ですから村に伝わる赤子殺しの風習をやめ、今まで亡くなった赤子の供養を――」

「ならぬ! 断じてそのようなことはせぬ!」

 バシンと大きな音を鳴らし畳を叩いた声明は、唾を飛ばしながら激高した。

「どうしてですか? このままでは村全体が呪い殺されますよ」

 鶺鴒はピクリと眉を動かし声を沈めた。その言葉に嘘はない。これ以上赤子の怨恨を吸収すれば、狂骨は村の人々を呪い殺していくだろう。狂骨は人々の怨みによって作られる妖怪。それ故、かけられた呪いは強力で厄介なものなのだ。

 鶺鴒の言葉など聞く気はないとでもいうように清明は鼻を鳴らした。そして懐から出した金の扇で顔を仰ぎ始める。

「そもそもお前らに頼んだ依頼は愚息の病気を治すこと。外の人間が内に口出すことを許した覚えはない」

 あくまでも鶺鴒の言葉に耳を傾ける気はないらしい。何も言い返さない鶺鴒に向かって勝ち誇った笑みを浮かべた清明は調子よく言葉を吐いた。

「何百年も前から続いている掟なんだ。今更赤子が死のうが誰も気にしな――」

 ヒュンと男の扇が貫かれ宙を浮いた。男の手から離れた扇には一振りの刀が突き刺さっている。刀身を辿れば立ち上がり鞘を握っている白露の姿があった。

「貴様なにをする! たかが退治屋風情が!」

 そう言って白露に掴みかかろうとした清明に向かって鶺鴒は抜いた刀を突きつけた。刀身が青く光る破魔刀。その一撃は清明の体をいとも簡単にバラバラにしてしまうだろう。

 喉元に突き付けられた刀に一筋の冷や汗を垂らした清明は、震える声で「なにが目的だ」と呟いた。

「ちょっとついてきてもらうだけでいいんですよ。貴方のその傲慢で楽観的な姿勢を正してあげるだけですから」

 抵抗できないようにぐっと刃を当てた鶺鴒に清明は必死に頷いた。清明が動いた瞬間、赤い糸のような傷が首に浮かび上がってしまった。

 鶺鴒の作戦はどうやら成功のようだ。このまま清明を稚児喰みの井戸に連れて行って狂骨に会わせればいいだけだ。

「そういえば」

と鶺鴒は皮肉気に口を開いた。

「息子さんの病気は妖怪のせいでもなんでもないですよ。まあ、体が弱くても貴方より優秀な頭首になりそうですけどね」

 悔しげに睨み付ける清明を嘲笑し、鶺鴒は「行くぞ」と白露に声をかけた。

 清明の首筋に刃を当てたまま二人は逢魔が時の高津賀の森へと入って行く。比較的安全な南地区から、森の中央となる稚児喰みの井戸へと向かった。

 稚児喰みの井戸では既にイタチが待っていた。

 白露が清明を連れ立っているのをみると尻尾をピンと立て牙を剥き出しにした。唸り声を上げる獣に清明は不快感を露わにする。

「イタチ」

と白露が名前を呼び諌めると漸くイタチは牙を引込めた。

「シロ坊こいつがどんなやつか分かってるのか?」

 稚児喰みの井戸と関わっていただけあってイタチは清明があの村の頭首だということを知っていた。横で清明に刀を突きつける鶺鴒に一礼し、イタチはトコトコと白露の側へと寄る。慰めるようにイタチを抱きあげ、白露は頬ずりした。

「言っただろ。今日で全てを終わらせるんだ」

「いったいどうやって……」

 そう疑問を溢すイタチの声に混じるようにズズ、ズズという独特な音が井戸から響いてきた。狂骨のお出ましだ。昨日よりも確実に大きくなった音は怨念が膨らんだ証拠だろう。

 鶺鴒の言う通りこのまま放置しておくのは危険すぎた。

「なんだ! なんなんだ!」

 不気味な音に清明は取り乱す。その清明の声に呼応するように、音は段々と膨れ上がり赤子の泣く声も混ざりはじめた。

 オギャア。ズズ、ズズ。オギャア。ズズ、ズズ。

 不協和音は井戸の淵に小さな骨の手がかけられるまで続いた。ピタリと止まった音。これこそ嵐の前の静けさというものだろうか。

 ゆっくりと現れた赤子の頭蓋骨が清明を視界に捉えた。瞬間、勢いよく井戸から飛び出し清明へと真っ直ぐ頭蓋骨が飛んでくる。

 すぐさま鶺鴒が向かってくる骨を持っていた破魔刀で切り伏せた。

 それを皮切りにガチャガチャと赤子のあらゆる部位の骨が井戸から溢れだす。昨日のように骨は寄り集まり、歪な塊へと変化を遂げる。

 清明はその禍々しさから尻をつき、小便を少し漏らした。鼻につく臭いが辺りを漂う。やっと自分の仕出かしたことの重大さに気づいたのだろう。

 手を擦り合わせ、経を唱え始めるがそんなもの効くはずがなかった。

「やっと自覚したか」

 鶺鴒は冷たく清明を見下ろし刃先を狂骨へと構え直す。清明は茫然とその光景を眺めていた。

「これを機に頭首の座をやめたらどうだ? 息子に譲るのも呪いから逃れる一種の手だと思うけどな」

 鶺鴒の言葉は暗に息子を犠牲にしろという意味が含まれている。自分の命が惜しい清明はその裏の意味を読み取りながらも、自ら頭首の位置を譲るだろう。

 それが全て作戦だとは知らずに。

 あとは狂骨を供養するだけだと、イタチを降ろし白露もまた自身の愛刀へと手を伸ばした。手に馴染んだ鞘をしっかりと握り、妖しく夕日に染まる空へと向かって抜く。

「童子丸」

 そう言霊を唱えれば妖刀は待ちわびたように刀身を輝かせた。

「イタチみてて」

 白露はそれだけ言うと躊躇うことなく骸骨の中へと飛び込んでいった。

 狂骨を供養するということは勿論祠を立てたり、経を読んだりもしなければいけない。しかし一番大事なのは狂骨をこの場へと縛り付ける井戸を破壊することだった。

 縛り付けるものがなくなってしまえば供養も円滑に進む。狂骨は元々井戸で死んだ者が居場所を知ってほしくて化けて出る妖。この赤子たちもここから解放されたくて、井戸から出たくて狂骨になったのかもしれない。

 骨はまるで白露が井戸に近づくことを拒むかのように四方八方から白露の体へと纏わりついてくる。しかし妖刀と腰帯に挿した簪にだけは触れようとはしなかった。

 イタチはそこで簪が大輪の花を咲かせていることに気づく。きっと産みの親に会ったのだろう。白露がどういう選択をしたのかは知らないが、簪を身につけていることが嬉しかった。

――件の嬢。お前の子はこんなに立派になったんだぞ。

 イタチは白露の一挙一動を見落とすまいとジッとその背を見つめた。白露の刀から溢れ出る冷気が狂骨の動きを鈍らせ始める。狂骨は最期の抵抗だと白露の髪へと纏わりついたが、白露はスッパリと長い髪を切り落とし井戸へと踏み出した。

 そして刀を振り上げる。

刃先が紫の空へと伸びたかと思うと枯井戸へと突き立てられた。溢れ出る狂骨の合間をすり抜け刃は確実に井戸を破壊していく。今まで築かれた呪いが壊れるのは一瞬の出来事だった。

 もしかしたら高津賀の森もいい加減この不浄を断ち切りたかったのかもしれない。

 ピシリと硝子が罅割れるような音が響いたかと思うと井戸は呆気なく崩れ落ちた。積まれていた石がごろごろと地面を転がる。灰となり風に舞い上がる狂骨が最後の抵抗とばかりに、頭蓋骨を清明に向かって飛ばした。が、難なく鶺鴒によって切り捨てられてしまった。

 これでよかったのだろうかと白露はぼんやりと考える。

 狂骨はただ怨みを晴らしたかったのだ。それを邪魔するようなやり方になってしまった。

 悩む白露の背中を押すように鶺鴒が言葉を紡いだ。

「あのまま怨霊となって人を呪い殺すのが本当に赤子のためになったと思うか?」

 その言葉に首を振る。

「赤子の魂を無垢なままに出来たんだ。お前は正しいよ」

 鶺鴒の優しい言葉に白露は刀を鞘に納めた。そうであればいいと願いながら。狂骨が消えた空は薄闇に包まれ、今までのことが全て水に流れたような清々しい星空が広がり始めていた。

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