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ワタリドリ  作者: 梔子依織
第六章
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生まれてくれて

 節気家に帰った白露は屋敷の中を歩き回っていた。

「右右左の突き当りを振り返って一番奥だったかな?」

 ブツブツと呟きながら白露は昨日あった女性の部屋を探していた。適当に障子を開け閉めしたりしがら、なんとか辿りつけば女性は昨日と同じように座りこっちを見ていた。

「お父様でも女中さんでもない、昨日と同じ足音。今日も来てくれたのね、雨水」

 未だ勘違いしたままの女性の前に座り白露は静かに口を開いた。

「初めまして」

「……雨水じゃないの?」

 流石に声を聞けば自分の息子じゃないかは分かるらしい。女性は怯えたように後ずさったが、白露は諦めることなく「初めまして」ともう一度優しく言った。

「その布を外して俺のことをみてくれませんか?」

「駄目よ。この布は――」

「子供を殺した供養としてつけているんですよね? でもあなたは子供を殺してなんていない。十七年前、貴方は一人の妖怪と出会い子供を預けた。子供の名前は白露」

「どうしてそれを……」

 白露の淡々とした語り口に女性はぽかんと口を開けた。やはりそうだったかと女性の手に握られている簪を眺めながらも微笑む。

「その布外してはくれませんか?」

 もう一度そう言えば女性は唇を震わせただけだった。白露はそれを了承と取り、女性の布へと手をかける。そしてゆっくりと持ち上げた。

 赤い頬にスッと通った鼻筋、そして大きな黒い瞳が現れた。

 黒真珠のように輝く瞳は白露をみた瞬間海へと沈んだ。次から次へと塩辛い涙が女性の頬を伝う。初めて見た女性の顔には様々な苦悩を抱えたような深い皺が刻まれていた。

「白露、本当に白露なのね」

 女性は縋るように布を掴んだままの白露の手を握りしめる。白露は静かに頷き女性の布を取り外した。そして持っていた簪を目の前に差し出す。

「母さんとあなたの約束のことは聞きました。この簪が約束の証だって」

 女性の持つ簪と白露の持つ簪は瓜二つだった。簪はまるで半身との久しぶりの再会を喜ぶように花弁を大きくする。

 そして二つの簪が触れ合った瞬間、黄金に光り輝きすうっと一つに溶け合った。大輪の花を咲かせ元の姿に戻った簪は白露の手に収まる。その姿をみて女性はもう一粒涙を溢した。

「約束を、守ってくれたのね。心優しい件の妖怪さんが」

 大輪の薄紅の花に触れ女性は嬉しそうに微笑んだ。大きく頬を膨らませる独特な笑み。白露は今から言う言葉を躊躇した。

「一つ言っておかないといけないんです」

 女性はきょとんと瞳を瞬いて首を傾げた。それは見た目の割には年若い少女を連想させた。

「俺の母親は件だけで、貴方を母親だとは思えない」

「……そうよね。捨てといて母親と思って欲しいなんて烏滸がましいわよね」

 白露の言葉に女性は表情を陰らせながら俯いた。ぎゅっと着物を握った女性の手へと自分の手を重ねながら「でも」と白露は続けた。

「でも、これだけは言いたいんだ。産んでくれてありがとう。件に出会わせてくれてありがとう」

 せっかく止まった涙がまた零れ落ちてしまった。

この子のでは泣いてばかりだと女性――朧は涙を拭った。

 白露が立派に成長してくれた。愚かな私との約束を件は無下にせず叶えてくれた。それがどれだけ嬉しいか。

 朧も自分の言葉をとつとつと吐いた。

「こちらこそ、生まれてくれてありがとう。会いに、きてくれてありがとう」

 白露はそんな朧の手をしっかり握った。握った手は思ったよりも小さかった。想像していたよりも、産みの親は温かく小さくそして優しかった。

 白露と朧は何も言わなかった。何も言葉に出さず手を握りあう。今更言葉はいらなかった。

白露は自分が産まれた村にいるつもりはなかった。朧も白露を無理に引き留めるつもりはなかった。

 母親というものは不思議なもので、ただ元気で生きていてくれるだけで満足なのだ。側にいてくれなくても、生きていてくれればいい。

 朧の気持ちに気づいているのか、白露は日が暮れるまでただそうしていた。

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