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ワタリドリ  作者: 梔子依織
第六章
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狂骨

女は名前を(ろう)と名乗った。白露が推測した通り雨水の村に住む人間だった。楼はもう赤子を殺すことを諦めたのかずっと赤子の頬を撫でている。

「掟ってどういうことだ?」

 鶺鴒は井戸の淵に腰かけ楼を見下ろした。楼はごくりと唾を飲み込み躊躇ったように口を開く。

「村に伝わる古くからの掟です。村の女は一人しか子供を育てることを許されていないのです。二人目が産まれた場合、その子供は稚児喰みの井戸へと捨てなくてはいけません」

「随分勝手な掟だな」

 人の命を軽く扱う村の掟に鶺鴒は嫌悪を露わにした。楼は身を捩り鶺鴒の鋭い視線に耐える。

「子が二人いると争いが起きる。だから二人産むことは禁じているのです。子を殺した女は目を白い布で覆い部屋から一歩も出ることができない。それが私達母親なりの子供への供養なんです」

 そう言われて雨水の家にいた女性の姿が思い浮かんだ。彼女は自分の子供を殺したのか。

 湧き上がる虚しい感情に白露は舌打ちをした。鶺鴒は難しい顔をして「自分が殺されるというのは」と楼に問い掛けた。

「自分の子供を殺せなかった女は掟に背いたとして頭首によって打ち首にされます。そして子も結局は頭首の手で殺されてしまうのです」

 それならばいっそ自分の手で――。そう母親たちが思うのも仕方のないことだった。

 楼は「もう私はこの子を殺せない……」と決意を固めた瞳で鶺鴒を見上げた。そして「お願いがあるんです」と頭を下げた。

「この子を遠くの地に、子供を欲しがっている人に預けてはくれませんか? 生きていてよかったと、思えるくらい幸せになれるところに」

 楼の言葉に鶺鴒は首を振った。どういうつもりだと鶺鴒を窺えば、調子を取り戻したようにあくどい笑みを浮かべていた。

「それよりも早い話がある。今の頭首を降ろして雨水を頭首にすえればいい」

「次期頭首候補様を?」

 流石村をおさめる頭首候補だ。名前は知れ渡っているらしい。戸惑いを露わにする楼に鶺鴒は「あいつなら大丈夫だ」と確信したように言った。

「アイツはこの家から出れない自分の代わりに井戸の中にいる赤子を供養してほしいと言った。アイツが頭首になればきっとこの掟を廃止するだろう」

 供養を頼むためだけに金貨を投げ渡してきた。金貨はきっとこの時のために溜めていたものなのだろう。楼は「でも」と不安そうな言葉を吐いた。

「現頭首様が簡単にその座を譲るとは……」

「それなら秘策がある。雨水の言った新しい妖怪もあながち嘘ってわけじゃなかったようだ」

 鶺鴒はひょいっと井戸から離れ刀を抜いた。いつの間にか辺りは青空から夕焼けへと変わり始めている。逢魔が時が来てしまう。妖怪が行動し始める時間が刻々と近づいてきていた。

 カアカアと喧しい鴉の声と共に井戸からズズ、ズズと何かが這いずり出るような音が聞こえてきた。やがて小さな骨の手が井戸の淵にかけられた。楼は恐怖のあまり尻もちをつく。

白露はいつでも戦えるように鞘へと手を添えた。

 出てきたのは無数の赤子の骸骨だった。たくさんの骨が寄り集まり出来たような歪な形をした妖怪は、生まれたての赤子が腹ばいで進むように這って近づいてくる。カタカタと赤子の顎が鳴りそれはまるで無邪気に笑っているようだった。

「弐ノ刀。退魔刀」

 鶺鴒が言霊を唱えると同時に刀から炎が吹き出でた。刀を真一文に振ると炎の壁が出来る。炎は赤子の侵入を阻む楯となった。

 炎に怯えるように骸骨は後ずさりをする。そしてふらりと井戸の中に落ちて行った。がちゃんと骨の散らばる不快な音が静寂に満ちる。鶺鴒が刀を鞘に納めると炎は息を吹きかけられたように揺らぎ消えてしまった。

「あれは……」

 楼が震えた声で今みたものの正体を問いかける。

「あれは赤子の怨念が妖怪と化したもの。名は狂骨という。そこまで力はないが怨念が肥大化すると厄介だ」

 鶺鴒の説明を聞き流しながら白露は井戸をジッとみつめた。件はこの井戸で白露を預かったと言っていた。もしかしたら、自分はあの村で産まれてしまった子供だったのではないか?

 自分に良く似た次期頭首候補。件の持っていたものと瓜二つの簪。顔を布で覆い隠し部屋から一歩も出ることができない女。そして忌まわしい風習。

 歯車が確実にまわり始めていた。

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