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ワタリドリ  作者: 梔子依織
第六章
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似ている人

 何とか頭首の息子の部屋に辿り着けば鶺鴒が間髪入れず「遅いぞ」と白露を叱咤した。白露は青い顔で額から垂れた冷や汗を拭いながら「ごめん」と呟く。

 尋常ではない汗の量と顔の青さに、流石の鶺鴒も心配そうに白露を窺った。

「なにかあったのか?」

「いや、なんでもない」

 ただ何となく女性のことを鶺鴒に言うのが憚られた。知られてしまったら何かが変わってしまうように思えたのだ。

 スッとお茶が出される。白露は礼を言い一気に飲み干した。その勢いにお茶を出した人物がクスクスと笑う。

 そういえば道を案内してくれた女中さんは廊下に座りジッと待機していた。この部屋に入ってからまともに顔を上げていなかった白露は、ふとお茶を差し出した人物へと顔を向けた。

「あ」

「えっ?」

 二人の間抜けな声が重なる。白露の目の前には自分と良く似た少年が、下半身だけを布団に隠し、身を起こしていた。少年も白露の顔をみて驚いたように目を丸くしている。

 鶺鴒はそんな二人をみて「やっぱり似ているな」と考え深げに呟いた。

「鶺鴒さんのお弟子さんですか?」

「そうだ。白露、こっちは頭首の息子で――」

「節気雨水と申します」

 深々と頭を下げた雨水は苦しそうに何度か咳き込んだ。その音を聞いて女中が部屋に飛び込んでくる。そして優しく雨水の背を撫でた。

「坊ちゃん大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ香澄さん。軽い咳だから」

「ご無理はなさらないでくださいね」

 雨水の言葉に渋々背を摩るのをやめ一礼しまた廊下へと戻って行く。雨水は香澄の行動に恥ずかしそうに笑った。

「香澄さんは心配性なんだ。軽い咳なんて日常茶飯事なのに」

 そう言って頬をかき「自己紹介の途中だったね」と改めて白露の方をみた。白露は渋々自分の名前を告げる。

「白露? いい名前だね」

 雨水は白露のことを手放しで褒めたあと「まるで自分を褒めているみたいだ」とまた照れたように顔を赤くした。

「この世には自分に似ている人間が三人いるっていうからな。不思議じゃないさ」

 そんな戯言を得意そうに話す鶺鴒を、白露は肘で突き黙らせた。

「で、結局病気は妖怪の仕業なのかよ?」

 白露の言葉に雨水は申し訳なさそうに首を振った。

「僕の病気は妖怪に関係なく産まれた時からの体質なんです。父が妖怪のせいにしたがっているだけなので……」

 雨水の言葉に裏付けを取る為に鶺鴒を横目で見れば頷かれた。

「妖怪が関わった形跡はない。雨水の言葉は本当だ」

 なら依頼は不成立だ。白露ははやくこの屋敷から出ていきたかった。出来るならここでの出来事、特にあの布で目を隠した女性のことは忘れたかった。

「じゃあ依頼は出来ないよな。はやく次の依頼に――」

「いえ、実は僕から退治屋さんに依頼があるんです」

 今までのふんわりとした雰囲気から一変、真剣な面持ちで雨水は頭を下げてきた。次期頭首候補とだけあってその仕草は丁寧で優雅だ。

 雨水はゆっくりと顔を上げ「実は」と言葉を紡いだ。

「村に隣接する高津賀の森で最近新たな妖怪が生み出されました。その妖怪を退治……いや、供養してほしいのです」

「高津賀の森で?」

 雨水の言葉に白露は眉を顰めた。イタチからそんなことは聞いていない。そもそも新たな妖怪が生み出されたということはどういうことだろうか。

 不審そうな表情を浮かべる二人に、雨水は懐から小さな袋を取り出した。

「依頼料です。十分な額だと思います」

 袋をひっくり返し中身を畳みの上にばら撒いた。金貨が十枚畳の上で身を重ねる。その金額の多さに鶺鴒はすぐさま「断る」と金を雨水へと押しやった。

「なぜお前が高津賀の森の妖怪を供養する必要がある? こんな大金まで出して。きな臭い仕事はよっぽどのことがない限り引き受けないことにしているんだ。すまないが――」

「お願いします! 実際にみて貰えれば分かります。このまま放っておけば取り返しのつかないことになる。とにかく稚児喰みの井戸に一度でいいから行ってきてはくれませんか?」

「稚児喰みの井戸? 高津賀の森の中心にある?」

「知っているんですか?」

 雨水の言葉に白露は微かに指を震わせた。確か稚児喰みの井戸は件が自分を産みの親から引き取った井戸だ。そして今イタチがいる場所。

 居てもたっても居られず白露は立ちあがった。心を落ち着かせるために刀の鞘へと手を乗せる。雨水と鶺鴒は驚いたように瞳を瞬いた。

「依頼は引き受ける」

「おい。何を言っている」

 畳に散らばった金貨をかき集めた白露は袋に入れ懐にしまう。勝手な白露の言動を制するように静かに言葉を吐いた鶺鴒。そんな鶺鴒に白露は寂しそうな笑みを浮かべた。

「これは俺が個人的に引き受けるから鶺鴒は関係ないよ」

 初めての拒絶の言葉だ。白露はぎりっと拳を握りしめ歩き出す。背後で鶺鴒の呼び止める声が聞こえたが歩みを止めることはしなかった。

 高津賀の森が危険に晒されているなら放ってはおけない。四年前、自分は無力な子供だった。何も出来ずに逃げ出した。育ててくれたイタチを、微かな妖力を授けてくれた高津賀の森を捨てて。

 二度とそんなことはしたくなかった。

 今の自分には力がある。その力を使う時が来たのだ。

 白露はまっすぐ前を見ていた。それ故に見落としていたのだ。この家に関わってはいけない。そう本能が告げていたことに。

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