いってきます
「すっかり変わっちまって。人間ってのは短い間に姿が変わっちまうから困る。すぐに気づけねえ」
「イタチも随分男らしくなったね」
白露とイタチは木で出来た机を挟み、手製の椅子に腰かける。椅子にはそれぞれ手彫りで名前が彫ってある。イタチ、白露、そして件。それぞれ決まった席が用意されていた。
専用の席に座った一人と一匹は、白露の淹れた緑茶に舌鼓を打った。イタチは獣の姿では満足にお茶を淹れることができなかった為四年ぶりのお茶会となる。
イタチの風貌は別れた時とはすっかり変わっていた。ピンと立っていた右耳が欠け、獣に食いちぎられたようなあとが残っている。背中には大きな線が伸びていて、斬りつけられたのかそこだけ毛が生えていない。毛も当時の艶やかさからはかけ離れ、薄汚れボサボサになっていた。
対する白露もあの頃とはだいぶ変わっている。長く腰まで伸びた髪に、切れ長の瞳。体も男らしくなり、すっかり少年の姿は消え失せていた。
「互いに変わっちゃったね」
「いい意味でな。高津賀の森もすっかり元の穏やかさをみせている。なあ、シロ坊。高津賀の森に帰ってくる気はないか?」
イタチの言葉に白露は瞠目した。高津賀の森に帰ってくる。願ってもない言葉だった。
件が死んだとき、力のない白露がこの森にいれば危険に晒されると判断したイタチは、退治屋に白露を託し森を追い出した。
今の高津賀の森は安寧を取り戻しいている。白露も様々な妖怪と戦って力をつけたことだろう。腰に下げている妖刀でこの森の妖怪を倒すことは容易いはずだ。
なによりもう一度白露と共に暮らしたかった。あの頃のように平穏に満ちた幸せな日々を送りたかった。
その気持ちは白露も同じで、白露は胸の内に蘇る幸せな日々を噛みしめた。しかし、白露はイタチの言葉に頷くことが出来なかった。
あの日のように暮らしたい。そう思うのに心の隅にある何かが邪魔をする。
「……考えさせて欲しい」
そう言うのが精一杯だった。
「分かった。急に言って悪かったな。お前にも色々あるだろうし少し考えてみてくれ」
イタチは優しく笑い髭を震わせた。
白露は胸の内に湧き出る罪悪感を隠しながら「この近くの村から依頼がきたんだ」と話題を変えた。
「依頼? まさか高津賀の森のことについてか?」
高津賀の森に隣接する村はいくつかある。その殆どが高津賀の森に住む妖怪達を目の敵にしていた。
それもそうだ。高津賀の森に妖怪達が住んでいるせいで迂闊に森に入れずその恩恵を受け取る事が出来ていないのだから。資源の宝庫を目の前にして指を咥えているしか出来ない村人たちが妖怪を憎むのは至極当たり前なことだった。
「いや、なんか村の次期頭首候補の息子が病に倒れているらしくて、それが妖怪のせいだから退治してほしいって」
「それ本当に妖怪のせいなのか? 人間はなにかあるとすぐ妖怪のせいにするからたまったもんじゃねえ」
「ま、どっちにしても仕事は仕事だから行かなくちゃいけないんだけどね」
緑茶を飲み干した白露は立ち上がった。顔をみせるだけのつもりが随分話し込んでしまったように感じる。
実際は短い時間だったが白露にとって濃厚で充実したひと時だった。
「もう行くのか?」
とイタチが寂しそうに白露を見つめる。
白露は困ったように笑いながらイタチの頭を撫でた。見た目通り毛は痛んでいて、元の滑らかな触り心地の良さはなくなってしまっている。けれど変わらない温もりに白露は安堵した。
「依頼が終わるまでその村に滞在することになるから、暇があったら顔を出しにくるよ。俺ももっとイタチと話したいことがあるし、返事もまだだから」
「俺はこの家か森の中央にある井戸にいるから暇があったら遊びにこい。いつでも歓迎する」
イタチも立ち上がり玄関先まで白露を見送る。白露は忘れずに決まり文句を告げた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
くすぐったい挨拶を背に白露は高津賀の森を進む。イタチはその背をいつまでも見守っていた。




