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ワタリドリ  作者: 梔子依織
第五章
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秘密

 開け放たれた門の前に白露と鶺鴒、そして冬香は立っていた。門番のいない門からは旧街の人々と新街の人々がひっきりなしに出入りしている。

 新街をみてその色の多さに驚く人。旧街をみてその美しさに驚く人。そして久々の再会を喜ぶ人。様々な人が入り乱れる光景を背に、冬香は深々と頭を下げた。

「この度はご迷惑をおかけしました。父の非道な行いのせいで怪我までさせてしまって……」

「いいんだよ。お嬢さんも被害者だ。お嬢さんの謝ることじゃない。それにしても門を開放してもよかったのか?」


 あれから一週間が経った。すぐさま医療機関に運ばれた鶺鴒と篠目は一命を取り留めた。

未だに意識を取り戻さない篠目に対し、鶺鴒はすぐに元気になりこうしてまた旅をすることが出来る。

 冬香は目を覚ました後、白露の胸に顔を埋め大泣きした。まるであの夜のようだと白露は冬香の頭を撫でる。少し落ち着いた冬香は布団に寝っ転がり涙を拭った。

「全部みえてたの。遠くから傍観するようにことの全てが」

「それなら母親のことも……」

「愛してたって、自分の口から言いたかったな」

 冬香はそう言ったきり黙り込んだ。握りしめた掛布団に皺が出来る。無数に走った線はまるでこの新世界を表しているようだった。

 やがて冬香は決意を秘めた瞳で真っ直ぐ前をみた。

「私この新世界を変える。篠目家の一員として今までやってきた過ちを償う」

 十七の少女が抱えるには大きすぎる咎を背負う決意をした冬香は、もう我が儘で傲慢なあの冬香ではなかった。誇らしくもあり、寂しくもあるその姿に白露は笑みを溢す。

「頑張れよ」

 白露には励ます言葉をかけることしかできなかった。


「いいんです。まずは新街と旧街の隔たりをなくすことからはじめてみます。母のように愛する人と離れ離れになった人を解放してあげたいんです」

 再会を喜ぶ人々の姿を眩しそうに眺めた冬香はもう一度お辞儀をした。そんな姿に鶺鴒は顔を顰める。

「確かにお嬢さんの父親がしたことは許されない。だからといってお嬢さんが背負うことはないんだぞ」

 諭すような言葉に冬香は頑として是を唱えなかった。

「あんな父親でも大切な肉親なんです。父を支え一緒に償っていきたい。そのために私はこの新世界を変えたいんです」

 硬い決意を秘めた言葉に鶺鴒は溜息をつき背を向けた。

「なら無茶はするなよ。俺は先に行く。それじゃあなお嬢さん」

 鶺鴒はひらひらと手を振り、振り返ることなく歩き出した。そんな背中を見つめながら白露は言いにくそうに頬をかく。

「俺には難しいことが分からないから頑張れとしか言えないけど、それでも――」

 言いかけた言葉は腹に回された手に止められた。背中に伝わる温もりは冬香のものだろう。微かに震える手に白露は自身の手を重ねた。

「不安なの。自分にこんな重大なことができるか。今まで旧街のことも新街のことも何も知らなかった私に」

 微かに聞こえる鼓動は不安を表すように早い速度で脈打っている。震える手を強く握り励ますように何度も叩いた。

「大丈夫だ。あの綺麗な星空を見たお前なら出来るって」

 きっと暫くしたらこの新世界にも本物の星空が広がるだろう。偽の空はいらない。本物の朝日を、本物の夕焼けを、本物の星空を見ることができる。

「ここにいて……」

 呟かれた言葉に白露はピタリと動きを止めた。そんな白露に縋る様に冬香は益々密着する。そしてもう一度「ここにいて」と内から湧き出る願いを口に出した。

「それはできない」

 白露は無情にも一蹴してみせた。ビクリと震えた冬香の体を引きはがし視線を合わせる。冬香の瞳は揺れ動きながらもしっかりと白露を映し出していた。

「俺はまだこの世界の半分もみていないんだ。人間のことも妖怪のことも全然知れていない」

「……それがアンタのやりたいことなの?」

「この世界を色々見て回って妖怪の味方になってやりたい」

「変なの。退治屋なのに」

「俺は妖怪の味方をする退治屋だから」

 ふっといつもの調子を取り戻した冬香は短く溜息を吐き、腰に手を当て呆れたように白露を見上げた。

 白露も笑みを浮かべながら冬香の視線を受け止める。

「それじゃあここでお別れね」

「ああ、お別れだ」

 短い期間だったが新世界での出来事は忘れられないだろう。特にこのイタチ似の少女のことについては。

 背を向けようとした白露を冬香は「そうそう」と引き留めた。

「忘れ物」

 柔らかい唇の感触が頬に広がる。バッと驚き顔を向ければ冬香は照れたように頬を染めていた。

「二人だけの秘密よ」

 まるであの日のように冬香は惚れ惚れするような笑みを浮かべた。

「ああ、約束だ」

 今度は白露が冬香の手を取り、その甲に唇を押し付けた。

 そして別れの言葉は言わず背を向け歩き出した。冬香は流れる涙を堪えることはせず、ただ白露の背中を見つめる。

 自分にはやらなくちゃいけないことがある。白露の側にずっといることはできない。

 ぐっと唇を噛みしめ冬香は涙を止めた。そして自分も背を向け歩き出す。

 問題は山積みだ。けれど辛くはなかった。

 冬香と白露の別れを嘆くように旧街の空で一匹の鳶が寂しそうに鳴いた。

 二人の秘密を知った者は後にも先にも現れなかった。

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