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ワタリドリ  作者: 梔子依織
第五章
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術者

 まったくもってこの世界は不可解で不完全で不格好だ。

 篠目に事情を詳しく聞くために『ビル』を訪れた二人は再び最上階の社長室へと通された。

社長室の椅子には相も変わらず篠目が足を組み座っている。

 ちらりと照魔鏡を確認すれば篠目の姿は映っていなかった。

「いらしゃい。今日はどんな用事だい?」

「犬神について聞きたい事がありまして」

 そう言って長椅子に腰をかければ篠目は不審そうに「呪いについてですか」と笑みを消した。

「ええ、呪いをかけられるような出来事があったとか……。俺のところに依頼が来たのは五ヶ月前です。五ヶ月間どうやって呪いに耐えたのか……とか」

 確信を突く鶺鴒の質問に白露は生唾を飲み込む。しかし篠目は動揺することなく「そんなことですか」とまた笑みを浮かべた。

「出来事とまではいきませんが新世界を運営する篠目家は様々なところで恨みを買いますから。新世界に入りたいと叫ぶ才能も金もない者。また私の築き上げた栄光が羨ましいと思った者。探し出したらキリがないので言わなかっただけです」

「それじゃあ五ヶ月の間どうやって呪いに耐えたんですか? 犬神の呪いは強力で、術者が篠目さんに死んでほしいと願ったなら直ぐにあなたは死ぬでしょう」

「明け透けな言い方は嫌いじゃないですよ。簡単なことです。退治屋はあなた達だけじゃない。他にも頼んでいたんですよ。ただその人たちには呪いを防ぐことは出来ても解くことはできなかった。それだけです」

 篠目の言動に不審なところはない。やはり篠目を呪った人は実在するのかと落胆した。本能的な部分で篠目が術者だと考えていたせいか自分の答えが外れて悔しくなる。

 隣で黙り込む鶺鴒も同じ気持ちなのか鋭い瞳で篠目を睨み付けていた。

「態々来ていただいて申し訳ないのですがこの後会議が入っていて。もうよろしいですか?」

 篠目はそう言うなり立ち上がり、窓硝子へと手をつき下を見下ろした。新世界が広がる光景に酔いしれているようだった。

「最後に一つだけいいですか?」

 鶺鴒は一度も照魔鏡をみることなく篠目の背へと問いかけた。篠目は気前よく「ええどうぞ」と質問を許してくれる。

 鶺鴒は何度か鼻を鳴らし、面白そうに目を細めた。

「昨日はなかったこの匂いはなんだろうと思っただけです。甘ったるい香の匂い」

 その言葉に篠目は表情を凍らした。そして口元を引きつらせ「なんのことでしょう?」と恍ける。篠目の反応で確信を得たのか鶺鴒はそれ以上追及することなく「そうですか」と引き下がった。

「今度来るときは術者をお連れしますよ」

「……期待しています」

 そう言ってさっさと部屋を出る鶺鴒の後を慌てて追う。部屋を出るときに、最後にと照魔鏡をみれば顔を歪めた篠目と黒い影が映っていた。

「なあ鶺鴒。今鏡に……」

「間違いなくあの男は術者だ」

 白露が鏡に映った不審な影を報告しようと口を開けば、鶺鴒がそれを遮った。

「術者ってことは篠目が犬神を作り出したのか?」

「ああ、術は失敗し篠目が呪われてしまった。呪いによる死を恐れた篠目は旧街の退治屋たちに声をかけてどうにかしてもらった。ただ不思議なのは犬神程の強力な呪いをどうやって食い止めているかだ……」

「どうして術者だって分かったんだ?」

 鶺鴒の言葉を全面的に肯定したいのだが、篠目の言葉からは術者かどうかは分からなかったはずだ。白露のもっともな疑問に鶺鴒は自分の鼻を摘まんだ。

「匂いだよ。甘ったるい匂いが椅子に染みついてやがった」

「匂い? 気づかなかった……」

「普通の人間は分からないだろうな。俺も一度嗅いだことがある独特の匂いだったから分かっただけだ」

 スンと鼻を鳴らしてみるが廊下に出てしまえば部屋の匂いなど分かるはずがなかった。

「あれは返魂香の匂いだ」

「返魂香?」

 到着した『エレベーター』に乗ったが数字は押さない。どこに向かうわけでもなく『エレベーター』の扉は閉まった。

「返魂香は死者の魂を呼び戻すために使うものだ。香を焚くと死者の魂が現れる」

 呼び戻したい魂と聞いて冬香の言葉を思い出した。

――「駆け落ちなんかで外に出ることを許してくれないの。それでも外に出ようとしてお母さん死んじゃった」

 もし篠目のほうは冬香の母親を愛していたとしたら。駆け落ちしようとして死んだ妻を生き返らせようと考えていたら。

「なあ、返魂香は魂を呼び出すだけなんだよな? 死者を生き返らせるなんてことは……」

「返魂香で魂を呼び出して器に入れれば出来ないことはない」

「器?」

 嫌な予感がして白露の背筋に冷や汗が伝った。

「生前の死者と同じ肉体、またはそれに近い人間。一番いいのは近親者だな」

「近親者……」

「どうした?」

「昨日冬香から聞いたんだ。あいつの母親が男と駆け落ちして門番に殺されたって。もし、篠目が妻を生き返らせようとしていたら?」

 揺らぐ白露の瞳には様々な未来が映し出される。そのどれもが最悪な結果をもたらすものだった。

「可能性は少なくない。まずは犬神を作り出すための禁術をおこなった形跡を――」

 そこでふと言葉が止まった。ブウンと音が響き『エレベーター』が動く。しかしそれはどこかに移動する音ではなく、扉が開く音だった。

「嫌な予感は当たるものですね。優秀な退治屋を甘くみていました」

 胡散臭い笑みを消し無表情で立つ篠目は四角い機械を片手でひらひらと振ってみせた。

「貴方たちは新世界に不慣れだから知らないでしょうが、この世界には『監視カメラ』と『盗聴器』というものがありましてね。簡単に説明すると今までの貴方たちの行動、会話は全て私に筒抜けなんです」

 揺れる機械には驚く白露と鶺鴒の顔が鮮明に映し出されている。篠目は「そうそう」と白露に視線を向けた。

「勝手に壁を壊されちゃ困りますよ。ちゃんと修復しときましたから」

「どこまで知って――」

「外で貴方たちがなにをしていたかまでは知りませんが……。そうですね。二人だけの秘密じゃなくなって残念ですね」

 今まで無表情だった篠目が厭らしい笑みを浮かべた。目と口を三日月に歪める道化のような笑みを。

「さあ、おしゃべりはここまでです。退治屋さん、どうぞお楽しみください。新世界を」

 危険を感じ取った鶺鴒が慌てて閉の文字を押そうとするが、それよりも早く篠目は小さな缶を投げ入れた。缶は床を転がると白い煙を噴出する。

 黒い布を口元に当てた篠目は向こう側から閉の文字を押した。ゆっくりと扉が閉まる中、薄く立ち上る煙の向こうで篠目と視線が交わる。

 冬香とは違う黒い瞳は一心に闇を見つめているようだった。

「おやすみなさい。良い悪夢を」

 そんな洒落た言葉を残した篠目が視界から消える。煙が充満した箱で白露はふらりと膝をついた。見れば鶺鴒も苦しそうに床に蹲っている。

 慌てて鶺鴒に駆け寄ろうとしたが、力の入らない体ではどうすることも出来なかった。

 うつらうつらと瞼が閉じ、やがてドサリと体が崩れ落ちる。


 倒れた二人を『モニター』で眺めながら篠目は一番下のボタンを押した。『エレベーター』は素直に地下へと二人を運んでくれる。

「もうすぐだよ、雪香」

 寂しそうに呟かれた言葉が虚しく響いた。

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