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ワタリドリ  作者: 梔子依織
第五章
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照魔

 篠目の取った『ホテル』は一階を丸々使った豪華な部屋だった。『エレベーター』が開けばすぐ目の前に部屋が広がる。白露はあまりにも豪華に飾り付けられた部屋に眉を顰めた。

「帰って来たか」

 鶺鴒が長椅子に横たえていた体を上げ、白露にひらひらと手を振った。白露は何も言わず鶺鴒の向かいの椅子に腰をかける。椅子は沈み込み白露の体を包み込む。それが不快で仕方がなかった。

「で、お嬢さんとの逢引はどうだった?」

 にやにやと下卑た笑みを浮かべた鶺鴒を無視し「調査は?」と質問で返した。

 鶺鴒は詰まらなそうに唇を突き出したが、やがて困ったように頭をかいた。

「お前犬神がどういった呪いか知ってるか?」

「いや。そもそも犬神って呪いなのか? 妖怪だと思ってた」

「妖怪とは正確には違うな。犬神は禁術である蠱術を使って人間が作り出したものだ。犬の体を地面に埋めて首から上を地上に出す。そうして目の前に餌を置き、飢えが限界まで来たとき首を切り落とすんだ。切り落とした首は食べ物に食らいつく。その首を焼き、骨を使って願望を成熟させるんだ」

「えげつないことをするんだな」

 うえっと舌を出し、胃を抑えた白露に鶺鴒は真剣な表情を向けた。

「その残酷さから禁術とされていたんだ。それにこの方法はあまりにも危険すぎる。下手したら術者自身が犬神に呪い殺される可能性があるからだ」

「そんなの自業自得だろ。で、そんな禁術を用いて篠目を呪ったやつはみつかったのか?」

 白露の言葉に鶺鴒は考え込むように手を組み、顎を乗せた。暫く唸っていたかと思うと疲れたように肩を落とす。

「可笑しいと思わないか?」

「なにが」

「篠目の言葉だよ」

「そんなの最初からそうだろ」

 薄ら寒い笑みを貼り付け自慢話をする男が可笑しいのは当たり前だ。なにを今更と訝しむ白露に鶺鴒はぐっと眉間に皺を寄せた。

「俺のところに依頼が来たのはかれこれ五ヶ月前のことだ。妖怪退治をしてほしいという内容だったが急ぎじゃないのでゆっくり来てくれていいと書いてあった。普通は呪われたなら急いでくれと焦った文面になるはずだろう」

「知らねーよ。そもそも呪いなんてかかってなかったんじゃないのか」

「それなんだよ」

 鶺鴒は白い髪を一房掴むとくるりと指に巻きつけた。

「篠目は術者を見つけて殺したいという割には犬神の呪いについて一切情報を渡さなかった。そもそも術者はいないと仮定しよう。犬神の呪いにかかったと嘘をつく利得はなんだ?」

 ブツブツと口に出しながら自分の思考に深く沈んでいく鶺鴒。白露は「なあ」と最悪な結論を口に出した。

「篠目が犬神の呪いに失敗して呪われたかもしれないよな……」

 白露の言葉にスッと目を細めた鶺鴒は「だとしたらまずいな」と冷や汗を垂らした。

「なにをしたかったかは分からないが、五ヶ月も呪いに耐えられるわけがない」

「……でも照魔鏡は本当の姿を映すんだろう。人間じゃなくなってたとしても気づくだろ」

 昨日のことを思い出してみる。篠目が鏡に映ったところを見てはいないが、自分の正体がばれる可能性のある照魔鏡を置くだろうか。あまりにも危険が高すぎる。

 鶺鴒も同じことを思ったのか少し考え込みやがて首を振った。

「鏡を置くことで俺たちに彼が妖怪ではないと思わせようとしたとも考えられる。どちらにしても不確定事項が多すぎるな。もう少し調査が必要か……」

 ぐっと背伸びをした鶺鴒は大きな欠伸を一つ溢し立ち上がった。

 白露も重い腰を上げる。

「明日はお前も調査に付き合えよ。まず詳しいことを篠目に聞きに行くからな」

「だからお守りなんてやらないで最初から二人で調査すればよかったんだよ」

 呆れたような視線を向け、腕を組む白露に鶺鴒は深い笑みを浮かべた。

「そんなこと言って楽しかったんだろ。帰ってきてからやけに嬉しそうにしてる」

「老眼も程々にしとけよ」

 鶺鴒の言葉に顔を赤くした白露は腕で口元を覆い慌てたように寝室に向かう。その背を眺めながら鶺鴒は四年前を思い出した。

 あれから一度も白露は泣くことがない。独りで片意地張って泣くのを堪えているようで痛々しく思える。その意固地な決意が色んな人に出会うことで解れていけばと鶺鴒は願わずにはいられなかった。

 泣くことは悪いことじゃない。そう言ってやることが出来たらと鶺鴒は自分を嘲笑した。

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