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ワタリドリ  作者: 梔子依織
第五章
32/51

約束

 旧街では時間の感覚がそれほど重要ではない。日が昇れば起きて、闇に包まれれば眠る。

 そんな生活をしていた白露が、時間の感覚なんて繊細なものを持ち合わせているはずもなく。白露は冬香との待ち合わせに盛大に遅刻したのだ。

「遅いっ!」

 軍服姿の白露は目立つのか、冬香は遠くに白露の姿を確認すると走ってそう一喝した。時刻は十一時四十分。一時間四十分も待たされた冬香は怒り心頭で、白露の肩を乱暴に叩く。

 まったくお淑やかじゃない行動に白露は顔を顰めた。

「遅れたのは悪い」

「遅れたのはってなによ! 全体的に悪いのはアンタよ!」

「はいはい。申し訳ありません」

 誠意の篭っていない白露の謝罪に冬香は溜息を漏らすだけに留めた。正確には馬鹿らしくなったのだ。

「もういいわ。せっかく外に出れたんだから時間を無駄にしてられないの」

 そういうやいなや白露の腕を掴んだ冬香はずんずんと道を歩き出した。行くところは決まっているらしい。引きずられるようにして歩く白露の視界には様々な色が映し出される。

 旧街では決して見ることはなかった色たちだ。その中でも冬香の金髪は浮いた美しさを放っている。

 どこかでその色を見たことがある気がした。金色の髪に新緑の瞳。思い至った姿を白露は思わず声に出していた。

「イタチだ!」

「はっ?」

 突然叫んだ白露を気味悪そうに眺めた冬香。その丸い瞳が益々イタチに似ていた。

「いや、イタチに似てるなーって」

「それって私が不細工だって言いたいの?」

 ピクピクと米神をひくつかせた冬香。白露の言葉を自分に対する暴言だと思ったらしい。白露は慌てて首を振った。

「いや、違くて。知り合いの鎌鼬に髪の毛の色と目の色がそっくりだったからつい……」

「鎌鼬? 鎌鼬ってあの妖怪の?」

 なぜか鎌鼬の言葉に食いついた冬香は瞳を輝かせ更に体をくっつけてきた。ふわりと甘い匂いが鼻腔を擽る。野の花とは違ったまた別の甘い香り。

 この新世界には見たことのない色や形や匂いが存在することを改めて認識させられた。

「で、鎌鼬ってどんな妖怪なの?」

「どんな妖怪って、普通の鼬の姿をしていて風を操るんだ」

「人間の言葉は喋れるの?」

「動物じゃないからな」

 凄い凄いと騒ぎ立てる冬香は妖怪に興味があるらしい。きっと未知のものへの憧れなのだろう。実際に会ったら旧街の人間達と同じように怯え嫌悪するのだろうか。

 そんな冬香の姿をなぜだか見たくなくて目を逸らした。

「あ、着いたわよ」

 そう言って立ち止まった冬香は目の前の建物を指さした。『映画館』と書かれている看板には様々な絵が貼り付けられている。

 男女が寄り添う絵や刀を持った男の絵、それに奇怪な丸い生物が笑う絵まで様々だった。

「今話題の恋愛映画がみたかったの」

 ぐいぐいと白露を建物の中に押し込んだ冬香は意気揚々と『チケット売り場』へと走っていく。取り残された白露は甘い匂いの充満した室内に眩暈を覚えた。

 人々のざわめきと巨大な天井から垂れた布にうつる映像。めまぐるしい室内に圧倒されていた白露に冬香が小さな紙を二枚持ちかけよってきた。

「はい、アンタの分。どうせお金持っていないんでしょ?」

 渡された紙には『十番シアター十二時上映開始』と均一な文字で書かれている。

「はやくしないと始まっちゃう」

と冬香は再び白露の腕を掴み歩き始めた。

赤い椅子が何席も階段状に並んでいる。白露と冬香は上から二列目の通路と壁に挟まれた二席しかない空間に座った。当たり前のように奥を陣取った冬香は映し出される映像を穴が開きそうなほど見つめる。

 二人の男女が周囲に反対を押し切り、家を出る場面で涙を流す冬香を信じられない様子で白露は眺めた。

 あんなちんけな物語のどこに涙を流す場面があるのだろう。冷めた表情で映像を眺めているのは白露だけらしい。あちこちから聞こえてくる鼻をすする音が不快で仕方がなかった。

 一度同じようなものを白露は見たことがある。欲に溺れた男の幻想の村で。人形屋でみた小春の過去の記憶。目の前に映し出された派手な化粧をした女よりも記憶の中の彼女のほうが何千倍も綺麗だった。

 待ちに待った終わりに白露は安堵の息をつく。隣では冬香が涙を拭い、満ち足りた表情で伸びをした。

「んー、いい話だったわね」

「そうか?」

「……アンタずっとつまらなそうにみてたわね。もっと感動したとかないわけ?」

 逆にどこに感動できたんだと問い詰めたかったが諦め「人それぞれだろ」とそっぽを向いた。

「つまらないやつね。まあいいわ次行きましょう」

 さっきまでのしみったれた空気など微塵も出さずテキパキと帰る準備をしだす冬香。あまりの切り替えの早さに本当は感動なんてしていなかっただろうと言いたくなってしまった。

 『映画館』を出て街を歩けば人々の視線が白露に突き刺さる。誰もがすれ違いざまに白露を凝視するのに冬香は気づいていた。冬香もそれなりに目立つ容姿をしている。自尊心が大きいように聞こえてしまうが、可愛いのも自覚している。

 しかし白露には適わない。白露が旧街から来たばかりだとは誰も思わないだろう。整った顔立ちに透き通るような肌。艶やかな黒髪が束ねられ真っ直ぐ地面に伸びている。

 緑色の軍服に腰に下げた刀が彼の品格を底上げしていた。歩くたびにカツカツとなる『ヒール』の音も心地良い。

 誰もが振り向く美丈夫が自分の隣にいて、我が侭に付き合ってくれるのがなんだか心地よかった。

「で、次はどこに行くんだよ」

 面倒くさそうに歩く男の腕に自分の腕を絡ませながら冬香は思案する。

「どこか行きたい所はないの?」

と聞けば白露は「別に」としか答えてくれなかった。

「じゃあ星をみに行きましょう!」

 ふと視界に入った『ポスター』の場所を提案する。旧街には『プラネタリウム』なんてものはないだろう。頭上に無数に輝く星を見れば流石にこの男も驚くだろうと冬香は気持ちを高ぶらせた。

 一方白露は冬香の提案にいまいち乗り気じゃなかった。星空なんて飽きるほどみている。しかも今は真昼の空が新世界を照らしているのだ。どこで星なんて見れるんだと訝しげに冬香をみれば、冬香はまた建物の中へと白露を招きいれた。

 『映画館』のときのように白露は冬香が『チケット』を買うのを待ちながら周囲を見渡す。『映画館』よりも静かで、人のいない空間は心地よかった。

「お待たせ」

 冬香の手に『チケット』は握られていない。が、奥へと進んだということは入館料を払ったのだろう。

頭上に半円状の屋根が取り付けられている。上を見上げられるように背もたれが倒された席が並んでいた。

 冬香がごろんと寝っ転がったのに倣い、白露も横になり上を見上げる。やがて暗くなった室内で頭上にちかちかと星が瞬き始めた。

 心地よい音楽が流れ始め、まどろみを誘うような女の人の声で星々の解説が始まる。アルタイルとベガ。大熊座。蠍座。順々に紹介され変わっていく星々はあまりにも簡素で、本物の星空を知っている白露が美しいと思うはずがなかった。

「ね、どう? 綺麗でしょ?」

 冬香が小声で白露に問いかける。白露は自分に顔を向けた冬香を冷めた目で見つめた。

「なによ。睨まなくたっていいじゃない」

「新世界ってのは酷くつまらない世界なんだな」

「は?」

「外の世界のほうが俺は好きだ」

 呆気にとられた冬香の表情をみながら白露は自分の言葉に納得した。ここに来てから感じるむなしさの正体がようやく分かった気がしたのだ。

 この街は全部嘘のように見える。人も地面も建物も空も。空虚でむなしい。

「……ここに住みたいとか思わなかったわけ?」

「一度も思わなかったな」

 冬香は信じられないと目を見張った。この新世界は素晴らしい。父が、先祖が作った世界になんの不満もない。こんな完璧な世界どこを探してもありはしないのに。

 新世界で生まれ育った冬香には白露の言っていることが理解できなかった。

 いつの間にか部屋は明るくなり、星空は浮かんでいない。冬香はこれ以上どこかに行きたいとは思えなかった。

 動こうとしない冬香の手を白露が掴む。驚く冬香に構わず白露はずかずかと建物の外に出た。昼頃に出かけたせいか辺りはすっかり夕日に染まっている。

 白露は天井を見上げ「あれも映像か?」と冬香に問いかけた。

「最新技術で外の空と同じ色になるようにしてあるの」

 冬香の得意げな声に白露はなるほどなと呟き足早に街の中を歩く。

 大通りを走り狭い路地を抜け、橋を渡り『ビル』の隙間を通り抜ける。土地勘のない白露には今どこにいるのか分からなかったがひたすら目的の場所まで歩いた。

「ちょっとどこ行くのよ!」

 段々と中心部から離れていく白露に不安を覚えながらも冬香は手を振りほどかない。本能的に今この手を離してはいけないと感じ取っていた。

 白露と冬香の目の前には巨大な白い壁が立ちふさがる。

「これって……」

 そう言って壁へと手を当てればひんやりとした冷たい感触が冬香を襲った。白露は何も言わず刀を抜き構える。壁に向かって振り下ろされた刀に冬香は思わず短い悲鳴を上げた。

 壁は刃を通すことなく、傷一つさえつけさせてはくれない。強かに舌打ちをした白露に冬香は慌ててしがみついた。

「……危ないけど」

「危ないけどじゃないわよ! 壁に刀を向けるなんていったいなにしてるのよ!」

「なにって壊すために決まってるだろ」

 あっけらかんと言い放った言葉の内容に冬香は二の句が告げなくなった。

 壊すため? 壁を? そんなことしたら父親になんて言われるか……。

 さあっと顔を青くした冬香に構わず、白露はもう一度刀を振り下ろす。

「ちょっ! やめなさいよ!」

 二撃三撃と立て続けに攻撃するもビクともしない壁に冬香は安堵の溜息をついた。新世界の技術者たちが、全精力を持って作り上げた壁がそう簡単に壊れるわけがない。この男が何をしたいのかは知らないが、壁を壊すなんてことは到底無理な話だろう。そう鷹を括った冬香の耳に白露の凛とした声が飛び込んできた。

「童子丸」

 瞬間静かな破壊の音が二人を包んだ。ピシリと亀裂が入る音と共にガラガラと崩れた壁は丁度人一人がしゃがんで潜れるくらいの大きさ。

 盛大に崩れることはなかったものの、壊せるはずがないと踏んでいた冬香にとってそれは信じられない光景だった。

「アンタ自分がなにしたか分かってるの!」

 酷く取り乱して白露を睨み付ける冬香に、白露は飄々と肩を竦め透明の液体を纏った刀を鞘にしまった。そして壁の穴を潜り抜ける。

 ひょいっと向こう側から冬香を覗き込んだ白露は真っ直ぐ手を伸ばした。伸ばした手は冬香の目の前に差し出される。

「本物の星をみせてやるよ」

 そう言って催促するように動いた手を見て、冬香は怯えたように視線を逸らした。

 生まれてからずっと新世界にいた。外の世界は野蛮で危険で、薄汚れていると教わってきた。そんな世界が今、隙間越しに顔を覗かせている。

 教えられた恐怖と一緒にどうしようもない好奇心が冬香の心を支配した。この世界から一歩踏み出したら何かが変わるだろうか。そう思えて仕方がない。

 震える手を白露の掌に重ねればあとは簡単で、ぐっと強い力で冬香の体は外へ引っ張り出された。

「ようこそ旧街へ」

 そうおちゃらけて門番の真似をする白露の背後には、辺りを白く彩る雪と鬱蒼と茂った森が絵画のように広がっていた。

 肺を満たす空気の冷たさを冬香は知らない。色あせたように見える数色だけの世界を冬香は知らない。

 幸い門から正反対の位置にあるためか周囲には人の気配はなかった。誰も壁が壊されるなんて疑いもしなかったからだろう。今日この瞬間白露がそんな幻想を打ち砕いてしまった。

「足元に気をつけろよ」

 そう言って冬香の手を握り白露は山に登り始める。冬香はサクサクと雪を踏みしめる音がこんなにも心地いいとは知らなかった。

 生憎空から雪は降っていない。いつか空から降る雪を見てみたいと思わずにはいられなかった。山登りなんて一度もしたことがない冬香は何度も地面に足を取られそうになりながらも必死で白露の後をついていった。

 ごつごつとした木の感触も、突き刺すような水の冷たさも、吐く息が白く染まるのも初めての体験だった。

 新世界よりも色の数が少ないはずなのに、どれもが色鮮やかに見えてしまう。そして段々と新世界の色が酷く汚い色をしているように思えた。

 白露は山頂まではいかず、途中で流れる川の前で足を止める。

 ハアハアと乱れた息で汗を拭う冬香にはこれ以上登ることが出来ないと判断したのだ。

「上を見てみろよ」

 それだけ言って白露は自ら上を向く。そこには冬特有の澄み切った空に輝く無数の星が存在していた。星は『プラネタリウム』で見たよりも鮮烈な光を放っている。

 あまりの見事な輝きに冬香は言葉を失った。

 綺麗だ。こんなに綺麗な星を今までみたことがない。

 ポロリと零れた涙を気にすることなく冬香はずっと空を見上げ続ける。もう視線を逸らすことが出来なかった。

「綺麗」

 やっと出た言葉はそれだけ。そんな冬香の様子を白露は満足げに眺めた。どの星がどんな名前かなんてわからなかったが、それでも名前を知らない星の方が美しく輝いてみせるのを白露は知っていた。

 二人は暫く星を眺めた後、川縁に座り水面に映る景色を見つめた。川面には見上げていた星空がそのまま映っている。しかし同じようでまったく違った感覚を冬香に与えた。

「で、どうだった? 本物の星は」

「新世界が色あせて見えるくらいには綺麗よ」

 冬香の素直な言葉を褒めるように白露はふんわりとした髪を撫でまわした。冬香は照れたように頬を染める。

「素直な子にはご褒美をやるよ」

 そう言うと白露は立ち上がり近くにあった木へと近づいた。木には冬にも関わらず数枚の葉が散らずに残っている。しぶとく枝へと張り付いた葉を一枚頂戴した白露は葉にふっと息を吹きかける。

 そして迷うことなく冷水へと葉を浮かべた。

 葉はくるくると水面を回り意思を持ったように揺らめく。そして水の黒さが浸食するように葉に模様が浮き出てきた。白露が葉を取り上げじっくりと観察する。

「これは匂い袋か?」

 お守りよりも少し小さい包みの形は町娘が持っている匂い袋に似ていた。白露の言葉に冬香が目を見開き鞄に入っていたものを取り出す。そこには葉に映された影と全く同じ匂い袋があった。

「……お前の一番大切なものを占ったんだけど。当たってたか?」

 冬香の沈んだ表情に白露は内心失敗したかと焦る。隣に座った白露の気配を感じながら冬香はこくりと頷いた。

 体育座りをし、自分の体を抱きしめるように身を縮めた冬香。そんな冬香の拳の中には匂い袋が握りこまれていた。

「これはお母さんにもらったものよ」

 水面に映る冬香の表情は依然暗いままだ。聞かれたくないことかもしれないと咄嗟に制止しようとした白露に冬香はぎこちない笑みを浮かべた。

「聞いて。聞いてほしいの。私のお母さんが死んだ話を」

 冬香の言葉はこの森に潜むどんな寒さよりも冷たくそして痛かった。

「私のお母さんは若くしてお父さんと結婚したの。政略結婚だった。望まない男との間に出来たのが私。どんなに記憶を探っても笑顔を向けられた記憶は一つだってなかった」

 互いを愛さない夫婦に産まれた愛されない少女。震えた口から吐き出された息は白くはならなかった。

「私が五歳になった時、お母さんが初めて私に『プレゼント』をくれたの」

「それがその匂い袋か?」

「そう。女の子だから身だしなみには気をつけなさいって。小さくて安いものだったけど本当に嬉しかった」

 その出来事を思い出したのか冬香は幸せそうに顔を綻ばせた。しかし依然としてその顔には影が差している。地面に置かれた冬香の握り拳を白露は片手でそっと包み込んだ。

 ビクリと一瞬怯えたような反応を示したが、やがて冬香は自ら指を絡めてきた。

「今まで娘に笑顔一つさえ見せてくれなかった母親が急に優しくしてくれるなんて可笑しいに決まってるのに。母親はその日男と駆け落ちしたの。篠目家の使用人だった若い男と」

 まるでつい数時間前に見てきた映画のようだと白露はぼんやりと考えた。冬香の涙は唯単に感動したわけではないのかもしれない。

 柔らかい唇を傷つけ、冬香は空を見上げた。

「新世界に住む人はね、余程のことがない限り外に出ることは出来ないの。駆け落ちなんかで外に出ることを許してはくれないの。それでも外に出ようとしてお母さん死んじゃった」

 白露は躊躇うことなく冬香を引き寄せた。腕の中にそっと抱きしめて優しく頭を撫でた。

冬香も抵抗することなくぎゅっと片手で白露の軍服に皺を作る。手は握ったまま、お互いの心臓をくっつけたまま二人は離れない。

 それは大変だったね。悲しい思いをしたね。思いっきり泣いてもいいよ。

 そんなちんけな言葉を吐けるわけがなかった。吐いてしまったら冬香の心をより深く傷つけてしまうことを白露は一番理解していた。

「今はお母さんの気持ちが少し分かるわ。好きでもない人と偽物の空を見るよりも、好きな人と本物の空をみたい。そんな淡い恋心が分かるの。だから苦しい」

 自分の母親に全て非があると責めることができたらどんなに楽か。そうすることで心は軽くなるのに、母親を非難することが出来なかった。

 今でも匂い袋を大切に持っているのは、微塵も愛してはくれなかった母親を一方的に愛しているから。

 湧き出る気持ちを抑えることはしなかった。

 冬香は暫くの間ゆっくりとした白露の鼓動に耳を澄ました。白露の服からは澄んだ水のような匂いがする。何も言わず抱きしめてくれるのが心地よかった。


 互いに言葉を交わさず壁の穴から新街へと帰ってきた二人は不器用ながら穴を埋めていく。破片を積み重ねてみたが、近づけばすぐに穴が開いていることに気づかれてしまうだろう。

「もし私達が壁を壊して外に出たってバレたらどうしよう」

「さあな。捕まって門番に殺されちまうかもな」

「そうなったら私を助けて駆け落ちしてくれる?」

「……気が向いたらな」

 白露の言葉に満足そうな笑みを浮かべた冬香は小指を突き出した。

「今日のことは二人だけの秘密。私まだ死にたくないから」

「俺だって死にたくねーよ。……二人だけの秘密な」

 白露も冬香に倣って小指を出した。絡めた小指はそこだけ熱を持ったような気がした。

「約束ね」

「約束だ」

 惚れ惚れするような笑みを二人は浮かべ冬香の家へと帰路についた。

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