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ワタリドリ  作者: 梔子依織
第五章
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新街

 鶺鴒(せきれい)が満足そうに白露(はくろ)の腰を眺めた。腰帯に差さった打刀は立派な妖刀だ。白露は気まずげに視線を受けとめながら歩いた。

「それで新街にはまだ着かないの?」

 酒呑童子や巫女と別れてから早五ヶ月。季節はすっかり変わり、茹だるような暑さの夏から草木から垂れた雫が凍るような冬へとなった。長めの外套を着て高下駄を履き雪道をひたすら進んでいく。鶺鴒は白露の言葉に含み笑いを浮かべ指をさした。

 雪がちらちら降る山道の先には強大な白い雪山が聳えている。まさかその先じゃないだろうなと、飽き飽きしてきた山登りに憂鬱気な溜息を吐けば、鶺鴒は「あれだ」と満足げにその山を眺めた。

「あれって?」

「あれが新街、別の名を新世界」

「新世界……。あの山が?」

 鶺鴒は白露の言葉に応えることはせず、ずんずんと白い山の麓へと歩いて行く。白露はしかたなくその姿を追った。


 山だと思っていたものは見たことがないような巨大な建物だった。村を、いや都を三つ合わせても足りない程の巨大な全貌が白露を待ち構える。首が痛くなるまで丸天井を見上げた白露は、鶺鴒が建物に唯一ついている門の前で誰かと話しているのに気づいた。

 丸天井は白い石で出来ていて中をみることはできない。ひんやりとした石は本当に雪のようだった。

 門は人間三人が縦に並んでやっと届くような高さで、両開きの扉につけられていた輪状の取っ手だけが唯一黒かった。門には奇怪な模様が彫りこまれている。妖怪のようで妖怪ではない。龍のような生物も描かれているが細長い龍とは違い巨大な体だ。

 門の前で鶺鴒と話していたのは門番のようだ。奇怪な格好をしていて鉄板を体の至る所につけていた。自分の身長程の槍を片手に白露たちを睨み付けている。鶺鴒は懐から一枚の紙を取り出した。古烏が持ってきた依頼書だ。依頼書を訝しげに受け取った門番は中身をみて慌てて姿勢を正した。

「[[rb:篠目 > しののめ]]様のご友人とは知らず大変失礼いたしました! 少々お待ちください」

 門番は急いで門に隙間を作りそこから建物の中へと入ってしまった。かまくらみたいだと建物をきょろきょろ眺めていた白露の視線がある光景で止まる。

 さっきまでいた門番と同じ格好をした男が、ボロボロの服を着た農民を追い払っている光景だった。農民は女二人と男一人で地面に頭をつけ門番に何かを頼み込んでいる。

「ここはお前たちが来るようなところではない! 帰れ!」

「どうか、どうかお願いします。ここで安泰な生活を――」

「黙れ! 貴様たちのような金なしが新世界に入れるはずがなかろう」

 縋りつき泣き喚く農民たちを一蹴し、門番は鋭い槍の先を農民に突き付けた。

「今すぐ帰らなければ条例に乗っ取り貴様らをここで殺す」

 門番の言葉は偽りではなく、本気で言っているようだった。農民は一様に怯え尻尾を巻いて森の中へと消えていく。丁度門の中へと入っていった門番が帰ってきた。

 白露が農民たちのやり取りを眺めていたのに気づき、呆れたように「よくあるんです」と苦笑を漏らす。

「ああやって頼み込めば新世界に入れると思っている連中が多くて困ります。ここは選ばれた人だけの世界なのに」

「選ばれた人だけの世界?」

「ええ、勿論ここに入ることが許された貴方も選ばれた人です」

 まるでそれが至極光栄なことのように男が胸を張り、背を逸らした。鼻を高く伸ばす門番の姿は酷く滑稽だった。

「篠目様への確認も取れましたのでご案内します。街に出る際はその古臭い格好から着替えることをお勧めします」

 門番は槍で二回、蛇に羽が生えた生き物の模様を叩いた。そうすれば隙間程しか空いていなかった門が完全に開く。現れた街の景色に驚けば門番が満足そうに「ようこそ新世界へ」と口上を述べた。

 鶺鴒は白露の肩を掴み、門を潜らせる。背後を振り向けば門が厳かにしまるところだった。

雪景色の中に鮮烈な赤を見つける。門が開かれ、隙間に入りこもうとした農民たちが門番に刺されて血反吐を吐いていた。

 門番はまるで虫けらを払うように農民たちへと槍を振るう。門が完全に閉じるまで、その光景から目を離すことが出来なかった。

 白露の一本に纏まった長い髪をまるで手綱のように掴んだ鶺鴒は、構うことなく街の中をずんずんと進む。街の景色は白露が今まで見た事がないものばかりだった。

 地面に土がない。灰色の硬い石が敷き詰められている。太陽の光を遮るような丸天井の建物だったはずなのに、青空と太陽が天井に映し出されていた。空に伸びる巨大な建物の山は押しつぶさんばかりに白露を見下ろしている。

 行き交う人々の格好も着物ではなかった。一度同じような格好をみたことがある。件の持っていた本の挿絵に同じような格好の人がいたのだ。洋装と注釈が書かれていた格好は酷く窮屈そうだった。

 女は惜しげなく足を晒し、短い服に華美な装飾を施す。男は暑そうに手首と足首まで黒で覆われた服を気にしながら早足で歩いている。

 服装も建物もなにもかも違う街に白露は目を奪われた。人々の髪や瞳の色が白露の好奇心をくすぐる。今まで出会ってきた人間は黒髪黒目ばかりだった。しかしここに住む住人はみな妖怪のような色合いの髪や瞳を持っていた。酒呑童子のような茶髪。イタチのような金髪。すねこすりのような金と茶の縞模様の人までいる。こんなに色彩に溢れた光景を白露は今までみたことがなかった。

 もしかしてここは妖怪の街なのではと白露は疑いを持った。

「なあ、ここにいるやつらって本当に人間か?」

 わくわくと問いかける白露に鶺鴒は腹を抱えて笑い出した。その大きな笑い声にすれ違う人々が不思議そうに二人を見る。

 鶺鴒は一軒の店の前で立ち止まると、目尻に溜まった涙を拭い、ぱっと白露の髪を離した。

「確かに。ここにいる奴らは妖怪じみてるよな」

 カランと鐘の音を鳴らし自動で両横に滑った扉。誰かが触ったわけでもなく、勝手に開いた扉に度肝を抜かす白露を尻目に鶺鴒は店の中へと入って行った。

 店には様々な服が並んでいる。着物は一着もなく、全て新世界の住人が着ているような服ばかりだった。天井から降り注ぐ光がちかちかして目に痛い。

 鶺鴒は店中に聞こえるように「月光いるか!」と大声を出した。直ぐに高い男の声が返事をする。

「はいはい今行きますよー」

と疲れたような声と共に現れたのは、銀色の髪を肩で切り揃えた男だった。

男の顔には様々な色が塗りたくられている。胸元のがっつり開いた上半身だけを包む白い布。足の線を際立たせる青い、足を通す筒が二つ付いた布。へんてこな布を身にまとった男はカツリと高下駄のような靴を鳴らした。

「あらあら鶺鴒じゃないの。久しぶり」

「元気にしてたか[[rb:月光 > げっこう]]」

「見れば分かるでしょ? つい昨日彼氏と別れたばかりで傷心中よ」

 頬に手を当てあからさまな溜息をついた男は白露を見るなり目を輝かせ詰め寄った。そして鋭く尖り、金銀の物質で重装備した爪で白露の頬を撫でまわす。

「まあまあまあ! いい男連れてるじゃないの~」

「やめておけ。そいつは凶暴だぞ」

 鶺鴒の言葉に白露はふざけてガウと噛むふりをする。しかしそれは月光を煽るだけだった。

「あー可愛い!」

 頬ずりをし始めた月光は濃い化粧の匂いが染みついている。嗅いだことのない異様な臭いに白露は慌てて男と距離を置いた。

「月光それよりいつものを」

「分かってるわよ。傷心中の心を癒す時間くらいくれてもいいでしょ!」

 腰に手を当てぷんすか怒る月光は白露の姿を上から下まで眺めると「ちょっと待ってて」と背を向けた。

 服の山をかきわけながら何かを探す月光を指さし今更ながら「知り合い?」と鶺鴒に尋ねる。鶺鴒は面倒くさそうに短くなった髪をかき交ぜた。一房だけ混じった白髪が黒に混じる。

「こっちに来た時は世話になってるだけだ」

「初めて新街に来た時、着物のままぷらぷらしている鶺鴒に声をかけたのよ。着物なんて目立って仕方ないでしょ。それに私ガタイのいい男がタイプだから」

 甘い声で上機嫌に説明した月光が黒い服を鶺鴒に投げ渡した。

「アンタはいつものでいいんでしょ」

「ああ、ありがとう」

 そう言うやいなや着流しを無造作に脱ぎ、服を着だす。質素な黒い服は動きやすそうだった。着替えた鶺鴒は一つ溜息をつくと壁に寄り掛かった。

「それで白露のは」

「白露ちゃんって言うのね! 可愛い名前だわ。アンタは黙って床に散らばったままの着物でも畳んでいなさい」

 鶺鴒の言葉にペッと唾を吐いた月光は恐ろしかった。渋々着物を拾って畳み始める鶺鴒の姿は、退治屋というよりも母親に怒られた息子のようだった。

「これなんてどうかしら?」

 月光は濃い緑色の服を一式白露に手渡した。そしてまた服の山へと戻って行く。広げてみればそれは金の『ボタン』が一列ついた詰襟の服だった。

「軍服か」

 鶺鴒は渡されたものをしげしげと眺め「月光に任せて正解だったな」と頷く。

「とりあえず着てみろ。その黒い革紐は下に履く『ズボン』の輪に通せよ」

 指示通りに一通り身に着けていく。着物よりも窮屈な服を着こなせば鶺鴒は感心したように「似合ってるな」と溢した。

 緑色の軍服は白露の体に良く似合っている。何度か腕を曲げ伸ばししてみるが目分析にしてはぴったりだった。革紐についた輪に刀を差す。髪を高く結い上げている為、軍帽は上手く被れなかった。

「私の目に狂いはないわね。髪はそのままでいいわ。軍帽は置いてっていいわよ」

 白露から帽子を受け取り代わりに高下駄のような――月光が言うには――『ヒールのついたブーツ』を渡した月光は上機嫌で白露が履くのを待っている。雪山を歩く時に高下駄を履くため、白露は『ヒールのついたブーツ』も難なく履いてみせた。

「完璧ね」

 緑の軍服に『ヒールのついたブーツ』。そして腰に差した刀。どこからどうみても白露は軍人だった。

「荷物は後で取りに来る」

「はいはい。あら? 刀も置いていくの?」

 白露の着物と自分の着物、そして二本の愛刀を月光へと預けた鶺鴒は「必要ないからな」と肩を竦めた。

「危ないことになったら優秀な弟子が守ってくれるだろ?」

「真っ先に自分の身を守った後でもいいならな」

 白露が妖刀を持ったことで安心したのか、鶺鴒はすっかり人任せになってしまった。たるみ始めた鶺鴒の腹を呆れたように眺めながら白露は月光に礼を言った。

「いいのよ。好きでやってることだしね」

 見た目はアレだが性格は真っ直ぐな人らしい。カランと月光の店を出た二人の前に長身の男が立ちふさがった。

 亜麻色の髪を後ろに流し、皺一つない灰色の『スーツ』を着た男だ。男は二人に胡散臭い笑みを浮かべ手を差し出した。

「待ってたよ、退治屋鶺鴒。その弟子さん」

「依頼人の篠目だな」

 鶺鴒は篠目の手を取ると握り返した。篠目は白露にも手を向けるが、白露はそっぽを向き握ることはしない。

 きな臭い奴は好きじゃない。白露の露骨な態度を篠目は軽く受け流してみせた。

「依頼が完了するまでの間に滞在する『ホテル』もこちらでとってある」

 そう話しながら男は足を進める。馬車でも押し車でも籠でもない、鉄の塊が物凄い勢いで白露たちの脇をすり抜ける。

 ふわりと舞った髪を抑えながら走り抜けていった鉄の塊を眺める。外の世界とは大違いだ。雪が降っている季節のはずなのに、春のように心地いい光が降り注いでいる。近頃凶作で食べ物に困っている農民たちの姿はどこにもない。すれ違う人みな綺麗な身なりをし、食べ物に困ったことなどなさそうだった。

「どうです? 素敵な世界でしょう?」

 街を眺める白露に篠目は白い歯を見せ笑った。

 素敵な世界。誰も飢えることのない、寒さに凍えることもない世界。

 白露は肯定するのに戸惑った。何も言わない白露を感動しているためだと勝手に勘違いした篠目は満足げに頷いている。

「あれもこれも篠目家が代々この新世界を支えてきたからできたことです」

「篠目さんがこの新世界を作ったんですか?」

「正確には私の祖父がね」

 その言葉には流石の白露も感心せざるをえなかった。

「私の祖父篠目周一郎は今の世界は才能を持つものを潰す世界だと危惧していてね。突出した才能を持つ者や膨大な富を持つ者だけを集め、新しい世界を作ろうとした。それがここ新世界さ。外の世界では新街なんて呼ばれているけどね」

「才能を持つ人たちが集まったからこんなに発展したのか?」

「もちろん。才能を持つ者が集えばあらゆる事が進化する。旧街がどれだけ惨めだか、新世界がどれだけ素晴らしいか分かっただろう? 君達が妖怪と戦い生き残ってきたのも一種の才能だ。ここで余生を過ごすことも考えてみてくれ」

 篠目はそう会話を締めくくり、目の前に現れた新世界で一番高い建物を仰ぎ見た。

「ようこそ新世界を築き上げた我が社へ!」

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