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ワタリドリ  作者: 梔子依織
第四章
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酒呑童子

 萌葱やすねこすりと他愛のない話をしていると俄かに周囲が騒がしくなった。喧騒を辿るように縁側から立ち上がり、垣根越しに村道覗き込む。

 そこにはボロボロになった村の男集と、涙を流す女達の姿があった。萌葱によく似た女の頭を撫でている男をみて、萌葱が慌てたように村道へと走り出した。

「兄さん!」

「ただいま。萌葱」

 萌葱の兄であろう人物は腕に細かな傷を作りながらも、優しげな笑みを浮かべた。逞しい体に抱きついた萌葱は安心したように擦り寄る。白露とすねこすりはゆっくりと集団に近づいた。

「あなたは?」

 最初に気づいたのは萌葱の兄だった。見たことのない麗人の出現に目を白黒させる兄に萌葱は「すねちゃんの友達なの」と耳打ちした。

「お前はまだそんなことを言ってるのか! あれはただ猫だと何度言ったらわかるんだ!」

 兄の意外な言葉にすねこすりとちらりと伺えば、すねこすりはぴょんっと白露の肩に乗っかり耳元で囁いた。

「あの子以外わっちの正体を知っている者はおりません。……いや、信じようとしないと言ったほうが良いでしょうね」

 人間は自分の考えに反するものは受け付けない生き物だとすねこすりは寂しそうに笑った。そこで初めてすねこすりが「あの子は変わり者だ」と言った理由がわかった。

 萌葱の言葉で不信感を抱いた村人達は不躾な視線を白露に向ける。白露は飄々と肩を竦め「初めまして」と頭を下げた。

「退治屋をやっている白露と申します」

 人間にとって第一印象が非常に大事だということを白露は学んでいた。白露の丁寧な態度に心を許した村人達は退治屋という言葉に食いついた。

「あの、退治屋をやっているのは本当でしょうか?」

 おずおずと話しかけてきた村人達に白露は頷き「なにかお困りしたら言ってください」と爽やかな笑みを浮かべる。白露の態度に萌葱は呆気にとられ、すねこすりは不気味な笑みを浮かべていた。

「随分と賢くなりましたなあ」

 きっと八年前の白露とのあまりの違いに驚嘆したのだろう。白露は小声で「だろ」とおちゃらけてみせた。

 村人達は白露の言葉に浮き足立つ。そしてひそひそと相談し始めた。そんな姿を、腕を組みつまらなそうに眺める白露の姿に誰も気づきはしない。

「あの、退治屋様に頼みがあるのですが……」

 そう申し出てきたのは頬に浅い傷を負った男だった。男は何度か言いにくそうに口を噤んだ後「実は」と話を切り出した。

「あの森に酒呑童子という妖怪が住みついちまって農作物を荒らしたり村人に危害を加えたりしはじめやがった。なんとか妖怪を追い出そうと村の屈強な男達で倒しに向かったんだがこのありさまだ。なんとかしてくれねえか?」

 男の話に耳を傾けながら白露は溜息をぐっと堪えた。すねこすりは妖怪だと信じないくせに、森に住む酒呑童子という妖怪は信じるのか。あまりにも自分たちに都合がいい解釈をするんだなと浅い傷しか負っていない男達から視線を逸らした。

「退治屋様どうかお願いします。そんなには出せませんが報酬も村の方で……」

「報酬はいりません。丁度俺も妖怪を退治しなければいけない理由があったので」

 人の良い笑みを浮かべた白露に、村人は安堵し満面の笑みを浮かべ始める。

 白露の耳元ですねこすりがそっと「妖刀ですかい?」と囁いた。

「妖刀を作るのにも丁度いいし、森に住んでいるってことは一番に狙われるのはあの巫女だ」

 そう言って顔を顰める白露にすねこすりが「そういうとこは変わってないんですね」と笑みを溢した。

「そういうとこって?」

「馬鹿みたいにお人よしなとこですよ」

 そんな白露だからこそ妖怪に好かれるのかもしれない。すねこすりはひょいっと地面に着地すると歩き始めた。ふらふらと尻尾を動かしながら白露へと振り返る。

「ついてきなせえ。案内してやります」

 未だ騒ぐ村人たちよりも頼もしい小さな妖怪は、そう言ってニヤリと笑う。

「今から退治してくるので森には入らないようにお願いします」

 白露は村人たちに一言告げ、よちよちと歩くすねこすりの後ろをゆっくりと歩き始めた。

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