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ワタリドリ  作者: 梔子依織
第四章
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秋風

 巫女である秋風は背負った弓の握をするりと撫でた。歩きなれた山道は夜でもすいすいと進める。細い体には少し重い弓は秋風の大事な心だった。

「来たぞ。悪鬼だ」

「悪鬼の巫女が来たぞ」

 山道の先に見える空き地には十数人の村人が集まっていた。慣れてしまった片目ではその様子がよく見える。男集が鍬や斧を手にいきり立っている様子を秋風は冷めた目で眺めた。秋風が一歩近づくと男たちは怯えたように一歩下がった。見かけ倒しも甚だしい。屈強な男共が非力な少女一人を前に怖気づくなんて。秋風は心の中で嘲笑し、無表情で男達に頭を下げた。

「お待たせしました。それでは参りましょう」

 秋風の髪が肩から零れ落ち地面に垂れさがる。

「次失敗したら片目では済まないからな」

 男集は秋風の態度に安堵の様子をみせ、横暴な態度で「行くぞ」と前を歩きだした。

 秋風は一番後ろを静々とついて行く。片目の自分よりも山道を上手く歩けない男共が滑稽に思えた。

 村の男たちと巫女の秋風が向かうのは、この山に住み着いている酒呑童子の屋敷だ。酒呑童子は度々村に降りて来ては村人や農作物に甚大な被害を与えた。これ以上の被害を避けるべく勇敢な村の男と、霊力の高い巫女が討伐に選ばれた。

 山道を外れ、絡まる蔦や茂みを斧や鍬でかき分けながら進む。まるで進路を邪魔するように生える草木に苛立ちを隠さない男達。これ以上進めば誰かの怒りが爆発するかと思われたところで酒呑童子の屋敷が現れた。鬼の頭領と噂されるだけあって龍宮御殿のような豪華な屋敷だ。大きな門構えは村には決してないだけに、男達はそれだけで呆気にとられていた。

 それにしてもと秋風は眉を顰める。やけに静かすぎる。鬼の頭領というだけあって、部下はたくさんいるはずだ。しかし屋敷の中からは物音一つしない。

 良すぎる耳を駆使しても屋敷の中からの物音はカチャリとぐいのみが置かれる音だけだった。

 男たちはやっと正気を取り戻したのか、斧を振り回し門へと打ち付けた。突拍子もない行動に驚く秋風を余所に男たちは門を壊そうと何度も斧を、鍬を振り上げる。

 なにが起こるか分からないのにとんでもないことをしてくれたと秋風は静かに舌打ちをし、男たちを静止するために声を上げようとした。

 瞬間バキリという音と共に門の錠前が壊される。意気揚々と門を押し開いた男の腕がスパリと切り落とされた。

「ギャアアアアアアア!」

 飛び散った血が秋風の頬を汚す。両腕を切り落とされた男は呆気なく崩れ落ち、近くに立っていた男は茫然と血を浴びていた。

「みなさん下がって!」

 一番はじめに我に返った秋風が鋭い声で男たちに指示を飛ばす。しかし元から聞く耳など持つきはなかったのか、男たちは秋風の声を無視し屋敷の中へとなだれ込んでいく。

 秋風は騒音に紛れてぐいのみが床を転がる微かな物音を捉えた。どうやら屋敷の中にいた酒呑童子がこちらに気づいたらしい。

 さっきの一撃は酒呑童子の仕業ではないのかと首を傾げる秋風に対し、男たちは酒呑童子の仕業と確信し屋敷を踏み荒らす。

 絢爛豪華な装飾品が打ち砕かれ、襖が破かれ、紅梅が描かれた屏風が切り捨てられる。

 秋風は素早く弓を片手に持ち、男たちを援護するように後へと続いた。

 屋敷は奥に行けば行く程鼻につく瘴気の香りが充満している。巫女である秋風は鼻がひん曲がりそうな程の悪臭を感じるが、男たちは何も感じている様子はなかった。

「ここかっ!」

 男の一人が現れた巨大な襖を開けはなつ。畳が何畳も敷かれた部屋の最奥に酒呑童子はいた。転がった金魚柄のぐいのみを寂しげに眺めていた彼は、男たちの高ぶった荒い息を感じたのかすっと視線を向けた。

 間違いなく彼は妖怪だ。人間にはありえない金環の瞳に、口から零れる鋭い牙。顔を覆う分厚い毛は栗色で、酒呑童子の表情さへも隠してしまっている。大人二人分もありそうな腕に足。屈強な村男数十人を集めたって適いやしない体躯。

 牙の隙間から紫の瘴気を吐き出した酒呑童子は唯一見える丸い瞳を瞬いた。

「人間……」

 太鼓の音に似ている、地響きのような声が秋風の腹の底に響いた。男たちはその声に一瞬怯んだが、鍬や斧を握り直し酒呑童子へと向かっていった。

 酒呑童子は男たちに反応をみせることなく、ころがったぐいのみへと手を伸ばす。ぐいのみは酒呑童子の指先に触れ、男たちの足元へと転がってしまう。気にすることなくぐいのみを踏みつけた村男に秋風は思わず「あっ」と声を漏らした。

 その精巧さに見惚れていた人間は秋風だけらしい。美しい尾ひれを閃かせ小さな器の中で泳ぐ金魚は無残にも粉々に砕け散ってしまった。

 村男たちは酒呑童子を囲み、それぞれ持った武器を振り上げる。しかし武器は酒呑童子が手で振り払ったことで呆気なく壊れてしまった。

 勢い余った男たちは倒れ込み折れた武器の破片で頬や足を切ってしまう。軽く血の滲んだ頬を抑え痛がる姿は生娘のようで思わず秋風は笑みが零れた。

 ふと視線を感じ、顔を上げれば酒呑童子がじっと秋風のことを見つめていた。大きな図体に似合わない円らな瞳。それが穢れを知らない純粋な瞳にみえて秋風は羨ましくなった。

「なにをしている悪鬼! はやく助けろ!」

 蹲った男が一人金きり声で秋風を叱咤した。秋風は心を落ち着かせるために深く息を吸いこむ。忠告を無視し、挙句助けまで求めるかと男達の浅はかさを冷笑しながらも、秋風は手を差し伸べるしかなかった。

 ゆっくりと男たちを庇うように前に出て弓を構える。矢はどこにもない。秋風の白魚のような指が弦に這わされた。

「去れ」

 ガツンと脳内に直接衝撃を与えるような言霊と共に、指が弦を思いっきり引っ張り弾く。澄んだ琴の音よりも重い、弦の音は酒呑童子の動きを確実に封じ込めた。突然の出来事に瞳を見開き、きょろきょろと唯一動く目で状況を確認しようとする酒呑童子。秋風は弓を降ろし、村男達を立ち上がらせようと手を伸ばす。

「触るな! 穢れが移る!」

 パシンと秋風の手は叩き落とされた。親の仇とでもいうように秋風を睨み付けた男は、不快そうに唾を吐き自分で立ち上がる。秋風は叩かれ赤くなった手を摩り俯いた。

「今のうちにヤツの首を打ち取れえ!」

 村男の一人が意気揚々と壊れた武器を掲げ酒呑童子へと振り上げようとする。

 そんな男をみて秋風は「やめなさい」と凛とした声で告げた。同時に男の体の動きが封じられてしまう。男の怒りの矛先は秋風へと向いたが、秋風は気にすることなく「ここは一旦引きます」と酒呑童子に背を向けた。

 この場から秋風が去れば酒呑童子を封じている術が解けてしまう。そのことを理解していた男達は忌々しげに秋風を睨み付けながら、傷を負った場所を各々庇い屋敷を出ていく。

 秋風は最後にボロボロにしてしまった屋敷の謝罪を込めて酒呑童子へと一礼した。そしてもう一度弦へと指を這わし、軽く引っ張る。

「解く」

 するりと酒呑童子の体から術が解かれていく。秋風は茫然としている酒呑童子へともう一度頭を下げ屋敷を後にした。

 空にはいつの間にか日が昇り、秋風を優しく照らしている。

「可哀そうな鬼さん」

 秋風は誰にも聞かれることのない言葉を小さく溢す。カチャリと割れたぐいのみの破片を拾う音が静かに鼓膜を揺らした。

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