湿った洞窟
村は鶺鴒の言うように山を越えた場所に静かに存在していた。農作が豊かなのか、広がる田園風景は青々とした輝きに満ちている。
白露はふらふらと田園の中を歩いた。とっぷりと日が暮れた村の道に人の姿はない。点在する民家の明かりだけが人の存在を表していた。
巫女ということは神社にでもいるのだろうか。しかし神社らしき影は見当たらない。
村の人に聞いた方が早いかと、近くの民家の戸を潜ろうとした白露に小鳥の囀り程の小さな声がかかった。
「お待ちしておりました。退治屋さま」
振り返れば赤と白の独特な巫女装束を着た長髪の少女が立っていた。少女の右目には包帯が巻かれ、紫の瞳を隠している。黒い髪を揺らした少女は「どうぞこちらに」と白露に背を向けた。小柄な少女は白露より三つほど年下だろうか。
てくてくと歩く少女が小動物のようにみえて白露は思わず笑ってしまった。
「どうかしましたか?」
「いや、気にすんな」
前を歩く少女に駆け寄りぽんぽんと頭を撫でた白露に少女は首を傾げ「ここです」と目の前の洞窟をみた。
洞窟は村はずれにある、白露が超えてきた山の側にぽつんと口を開けていた。
洞窟の中は人が三人座れる程の大きさしかなく、小柄な少女と細身の白露がやっと寛げる程度だった。ゆらゆらと揺れる松明が一つ壁に取り付けられ部屋を照らしている。汚れた布団一式が隅に置かれているのを、信じられないという面持ちで白露が眺めた。
「ここに住んでんのか?」
「はい」
ごつごつとした岩の上で正座をした少女は、布団を床に敷き白露に座るように進めた。白露は丁寧に断り湿った壁に背を預ける。
巫女というのはこんなに待遇が悪かっただろうかと白露は内心首を傾げた。
今まで訪れた村にも巫女はいたが、どの巫女も村人たちから崇められ大切に扱われていた。少女の悲惨な生活に眉を顰めるも、白露は問い詰めることはしなかった。
村には村の掟がある。人間の世界を知るようになって白露が学んだことだ。その掟は決して外部の人間が無断で踏み荒らしていいものではない。
それに妖刀を作るのが白露の目的であって、少女を知ることではないのだ。
「妖刀の作り方を知りたいのですよね?」
少女はまるで白露と鶺鴒の会話を知っているような口ぶりで白露を見上げた。
「なんで知ってんだよ」
「私は耳が良いので、風に乗って遠くから聞こえてくる音まで明確に分かるのです」
巫女は自身の耳に触れ引っ張ってみせた。形がよく小振りな耳は普通の人間と変わらないようにみえる。そもそも普通の人間に山一つ越えた場所の音が聞こえるなんてありえない。性質の悪い冗談かと、白露は受け流すことにした。
「それで妖刀ってどうやって作るんだよ」
「作り方は様々ですが、一番手っ取り早いのは妖怪を殺すことです」
「妖怪を殺す?」
てっきり長年使われた刀が妖力を持つ妖刀となる――つまり付喪神のような存在だと思っていた。白露の思考を読んだかのように少女は「もちろん他にも方法はあります」と告げた。
「しかし膨大な時間がかかります。誰かから妖刀を譲り受けることも可能ですが、上手く扱える保証はありません。妖刀は物ではなく妖怪ですから」
――妖怪を殺す。そんなことが自分に出来るだろうか。
白露は未だに妖怪を殺したことはない。何度も死線を潜り抜けてはきたが、自分から妖怪に刃を向けることはなかった。向けようとすれば件の姿が脳裏によみがえり、上手く刀を扱えなくなる。
きっと鶺鴒は妖刀の作り方を知っていたのだろう。知ったうえで一人で巫女の元に向かわせたのだ。作るか作らないかの選択をさせるために。
「妖刀にしたい刀で妖怪を殺せば、妖怪の血を、妖力を吸いこんだ刀は妖刀となります。……まあ、刀側にも様々な条件が必要ですがこの小刀なら大丈夫でしょう」
白露から受け取った小刀を松明の光に翳し、念入りに知らべた少女は一つ頷き白露に小刀を返した。
「……妖怪ならなんでもいいのか?」
「そうですね。もちろん力の強い妖怪を殺せばそれなりの妖力が得られます」
「分かった。ありがとう」
白露は戸惑いながらも妖刀を作る決意をしていた。鶺鴒の言葉にはいつも考えがある。今回も白露に必要だと思ったから妖刀の話を持ち出したのだろう。白露はもう子供ではない。嫌だとばかり言ってはいられない。退治屋の鶺鴒と共に旅をする覚悟を、妖怪を斬る覚悟を決めなければいけない時が来たのだ。
「今日はここに泊まってください」
「ここに?」
湿った洞窟に一式しかない布団。まさか一緒に寝るのかと巫女を見れば、巫女は困ったように笑い「私は大丈夫です」と首を振った。
「村から頼まれごとがあって少し席を外します。朝には戻るかと思いますがそれまでゆっくりしていってください」
巫女は独特の赤と白の巫女服を翻し、洞窟を出ていく。長い髪が揺れる姿は遠い昔の件の姿に似ていた。
白露は幻覚を振り払うように拳を額に当て溜息を吐く。溜息は洞窟の中で反響し、中々白露の耳から離れてはくれなかった。




