妖刀
高津賀の森を出て四年が経った。少年はすっかり青年へと変わり、様々な妖怪と出会い成長を続けている。きっと今頃イタチの元に残された簪は大輪の花を咲かせているだろう。
長く伸びた黒髪を高く括り、腰元で揺らす。すっきりと整った顔立ち。切れ長の目には強い意志が宿っている。黒い着流しも白露の雪のように白い肌を引き立てている。少女たちがほっとかないであろう美丈夫へと成長した白露は綺麗な顔を盛大に顰めた。
目の前に座る男は四年前と変わらず、精悍な顔立ちは老いを感じさせることはない。その男の肩にとまった一羽の白い古烏が白露を馬鹿にしたように三つ目をぎょろりと動かした。
「まだ生きていたのか女男」
「お前もな馬鹿烏」
バチバチと火花を散らす両者に鶺鴒は呆れたように溜息をついた。
「いい加減にしないか二人とも」
鶺鴒は照りつける日差しを遮るように深く笠を被り直し、藍色の着流しの袖を捲る。浅黒く焼けた筋肉質な腕には無数の傷跡が浮かび上がっていた。
「旦那ァ。こんな男だか女だか分からんやつ側に置いておくなんてどうかしてますぜ」
「言っとくけど俺は正真正銘の男だからな!」
「……昔の方が素直で可愛げがあった」
鶺鴒はすっかりやさぐれ口調も荒くなった白露の姿をみて深く息を吐きだした。そんな鶺鴒の態度に白露はふんっとそっぽを向く。
三本の足で器用に背から笠の上へと移動した古烏は何度か首を振り鶺鴒の言葉に同意した。
「まったくだぜ。あんなちいちゃい坊主がこんな憎たらしくなるなんてなあ」
古烏はケケケと笑みを漏らし、やがて首に括りつけてあった白い紙を器用に外し鶺鴒へと差し出した。
「旦那。久々の新街からの依頼だぜ」
「珍しいな。時代遅れが嫌いなアイツらが俺に頼るなんて」
「新街ってなんだ?」
どこかで聞いた事がある名前に首をかしげる白露に古烏は「おいおい」と三つの目を器用に見開いた。
「新街を知らないとはお里が知れるぜ」
「……言っとくけど俺に外の世界を教えてるのは鶺鴒だからな」
古烏の馬鹿にした態度にむっと唇を突き出し、腕を組んだ白露は「それで」と鶺鴒を睨み付けた。
「新街ってなんだよ」
「見ればわかるさ」
鶺鴒はそれ以上いうつもりはないらしい。こうなったら何度聞き返しても答えてくれないことを白露は長年の付き合いで学んでいた。
鶺鴒が古烏から受け取った紙は各地から寄せられる依頼書だ。伝書鳩もとい伝書烏を務める古烏は鶺鴒の古くからの友人であり、三つ目三つ足から分かるように妖怪でもあった。
なんでも昔鶺鴒に命を助けてもらった古烏は、自分から鶺鴒の手助けをするようになったらしい。
――退治屋鶺鴒に頼みごとがあれば三つ目三つ足の白い烏に手紙を渡せ。
そんな噂に従い今日も鶺鴒の元には各地からの依頼書が届く。
「次は新街に行くことになるな。……行く前に準備が必要か」
鶺鴒は懐に依頼書をしまい考え込むように顎を数度摩った。白露はふと空に小さな火の玉の姿を見つける。火の玉は白露たちのいる方角へと飛んでくる。段々と近づいてくる炎は形を露わにしてきた。
「車?」
火焔に包まれた車が空を飛んでいる。ゆらゆらと揺れる簾の奥に女が一人乗っているのがみえた。
「珍しいな。片輪車が昼間に飛んでいるなんて」
古烏が眩しそうに目を細め、鶺鴒はなにか思いついたのか立ち上がった。
「この先に小さな村があったはずだ。白露そこで妖刀を作ってこい」
「はっ?」
唐突すぎる鶺鴒の言葉に白露はあんぐりと口を開け「またか」と額に手を当て溜息をついた。鶺鴒は時々自分の中で纏めた考えを何の説明もなしに言葉に出したりする。
足りない言葉をもう少し補充してほしいと白露は「どういうこと?」と鶺鴒に問い掛けた。
「今回の依頼は少し面倒そうでな。お前ももう十七になる。自分の妖刀を作っておいてもいい頃だろう」
腰に差した二本の刀を撫でた鶺鴒は、片輪車が来た方角を指さした。
「あの山を越えたところに小さな村がある。村自体は農民たちで出来た小さなものだが、力のある巫女が一人いたはずだ。その巫女に妖刀の作り方を教えてもらえ」
「……鶺鴒はどうすんだよ」
「俺にもそれなりに準備があるんだ。頃合いをみて迎えに行く」
それだけ言うとさっさと背を向けて、片輪車の向かった方角へと歩いて行く。
古烏が鶺鴒の頭の上で「じゃあな」と鳴いたのをみて、白露も仕方なく山へと歩き始めた。




