会いたい
会いたいときに会おうとしないのは何故だろう。少し体を動かせば会える場所にいるはずなのに。
白露はいつものように現れた濃霧の中を静かに歩く。この不思議な空間は彼女が無意識のうちに作り上げた空間なのかもしれない。
白露は試しに隣で眠る鶺鴒を起こしてみようとしたがピクリとも反応しなかった。退治屋をやっている彼が直ぐに起きないのはありえない。この霧の中起きているのは僕と彼女の二人きり。それも今日でおしまいだ。
鹿島村に来て四回目の濃霧は少し湿った塩水の匂いがした。
「小春さん」
小春の名前を呼べば驚いたように、そして酷く怯えた様子で少女は振り返った。
「……どうして私の名前を知っているの」
「小春さんが言ったんでしょ。僕が陰陽師だって」
「なんでも知っているのね」
「言葉にしてもらわないと分からないこともあるけどね」
白露は深く息を吸い、瞼を閉じると吐き出した。そして決意を秘めた瞳に小春を映し出す。
「今日で会うのは終わりです」
「やっと私の言うことを聞いてくれる気になったの?」
小春の寂しげな笑みに応えることはせず、白露は無表情で「最後に」と切り出した。
「最後に一つだけ教えてください」
「なにが知りたいの?」
「……小春さんの本当の気持ち」
白露はゆったりとした動作で小春の頬に指を這わせると「教えてください」と懇願した。
「本当は会いたいんでしょ? 会って抱きしめて側にいると誓ってほしい。……違いますか?」
「ちがっ!」
「小春さん」
意地っ張りな小春を咎めるように名前を呼べば、小春は項垂れた。ぎゅっと握られた杜若が皺を作る。二三度躊躇うように開かれた口は言葉を吐きださない。
小春はあまりにも白露が真剣な表情をするもんだから両手を上げ降参のポーズを取った。
「陰陽師さんなら分かっているでしょ」
そう苦笑する小春の瞳は揺れている。
「言ったでしょう。言葉にしてもらわないと分からないこともあるって」
濃霧の隙間から差し込んでくる光は小春の心情を表しているのだろうか。小春を閉じ込めていた霧に亀裂が走る。
ダメ押しでもう一度名前を呼べば小春は上げた両手で自分の目を覆い隠した。震える唇で懇願する小春はあまりにも小さくて、落とせば壊れてしまうような脆さがあった。
「会いたい」
やっと本音を言ってくれた。
「会いたいよ」
小春は堰を切ったように何度も何度も「会いたい」と繰り返す。白露は切なげな表情を浮かべるが、小春がそれに気づくことはなかった。
「会えるよ。言ったでしょ? 出会うべくして出会った二人の再会は近いって」




