好機
バッと跳ね起きた白露はいてもたってもいられず部屋を出ようとする。いつものように先に起きていた鶺鴒が外を眺めながら「どこに行く」と問いかけた。
「……生きているのに、会おうと思えば会えるはずなのに。どうして会おうとしないのか分からない」
「ガキにはまだ難しい話だな」
「素直に会いたいなら会いたいって言えばいいじゃないか! 会いたいときに会っておかないといつか後悔する」
出て行こうとする白露を引き留めた鶺鴒は「忘れものだ」と刀を投げ渡した。
「お節介も程々にしとけ。お前が今やるべきことは修行だろ」
「……行ってきます」
記憶の景色を頼りに村を出て近くの森へと入る。まるで自分が少女と同化しているように感じながら白露は足を動かした。森を少し歩けば見覚えのある景色が白露を迎え入れる。
「君は?」
「……みつけた」
白露は少し切れた息を落ちつかせながら男へと向き直った。男の姿は変わりなく持っている本が黄ばみボロボロになっていることが唯一の違いだった。
白露の出現を訝しがる男に「小春さんを知っていますよね」と直球すぎる質問を放った。
「君がなんでその名を――」
「小春さんは今でも貴方を待っているんです! 一緒に村に……」
「小春が死んだのは五十年も前のことだ。生きているわけがないだろう」
男は白露を突き放すと、ふいと顔を背け穴の開いた表紙を指で数回撫でた。
「……もう人間じゃないです」
その言葉にも男は耳を貸そうとはしない。ただ本の表紙を眺めるだけの男に怒りが湧き上がり白露は男の胸元を掴んだ。
「人間じゃなくなっても待っているんです!」
「だとしたら尚更だ」
激高する白露に男は諦めにも似た笑みを浮かべ悲しげに瞳を伏せた。
「俺だって何度も村に行ったさ。けど村に踏み入る事さえ出来なかった」
「どうして――」
「妙な結界が張ってあってね。無理に踏み入ろうとすれば体が粉々になるだろう」
「そんな!」
白露と鶺鴒は村に出入りしても異常はなかった。男の話が本当ならその結界は男にだけ作用するようになっているのだろう。白露は少し考え込み項垂れた。結界を破る方法なんて知っているはずがない。
「あの結界からは微かに小春の気を感じる。あれを張ったのは十中八九彼女だろう」
会いたいと願っているのになぜと眉根を寄せる白露は、彼女の言った言葉を思い出した。
――「……合わせる顔がないからよ」
「もし、結界が壊れて彼女に会う好機が訪れたとしたら会いに行ってくれますか?」
「君はどうしてそこまで……」
「命を助けてもらったお礼です」
理由はそれでいい。気づかぬうちに抱いた淡い想いを自覚しようとは思わなかった。白露は踵を返し、森を駆け抜ける。森から見える村の景色はあまりにも平凡で、白露は全てを壊したくなりながらも村へと踏み入った。




