みまもる
白露の旅立ちの準備は静かに行われた。
三人の家へと帰ったイタチと白露は、いつの間にか大量の灰へと変わった土蜘蛛の死体を処理し、件の灰を空き瓶に大切に詰めると、部屋を掃除した。イタチの風のお蔭であっという間に綺麗になった部屋には、色濃く件の影が残っている。
二人は件の持ち物を片付けることはしなかった。
明け方の日が高津賀の森に降り注ぐ頃、薄ぼんやりとした朝特有の光の中で二人は件の灰を両手に握りしめた。そしてイタチの起こした風に乗せるように掌を開く。
灰は風に乗り遠く遙か彼方へと飛ばされていく。
白露は腰に挿していた簪の蕾が綻んでいることに気づいた。淡い薄紅の花弁が少し顔をみせている。イタチも気づいたのか、驚いたように髭を震わせた。
「その簪は件の嬢がお前の産みの親と約束をした証だ」
「約束?」
「お前を立派に育て上げる。そう件の嬢は娘っこと約束をした」
――お前は約束をきちんと果たしたんだな。
イタチは胸に湧き上がった思いを押しとどめ、件の消えた空に背を向けた。
目の前では鶺鴒が腕を組み、顔を伏せている。明け方に出発する約束だ。イタチと白露に残された時間はもう僅かばかりしか残ってはいなかった。
「シロ坊。お前は立派な妖怪の子だ。その事を忘れるなよ」
イタチの言葉に、唇を引き結び頷いた白露は、件の形見である簪を手に取りイタチへと渡した。イタチは器用に獣の手でそれを受け取る。
「いつか帰ってくる時まで、僕の代わりに持っていて」
「……ああ、分かった」
簪はまだ大輪の花を咲かせない。けれど綻び始めた蕾は白露の成長を如実に表していた。
「行くぞ」
鶺鴒の静かな合図で白露は育った森を旅立つ。白露とイタチは別れの言葉を交わしはせず、共に背を向けた。
一人と一匹は分かっていたのだ。これが永遠の別れではないことを。成長するための一歩だということを。
「行ってこい。シロ坊」
イタチは見えなくなった白露の背にそう笑いかけた。
高津賀の森はまるで白露の旅立ちを祝福するように木々を揺らす。高津賀の森の愛し子はいつまでも見守られながら旅立った。




