第六編「小さな指」
小さな寝息を立て、すやすや眠る我が子。
生まれてからひと月にも満たないこの子は、まだ喋ることも出来ない。
出来ることといえば、ただ泣くことだけ。
たったれだけの行為で、我が子が何を要求しているか、こちらから察してやらなければならないのだ。
何てわがままで、利己的な生き物なのか。
恐らく、私もそうだったのだろう。
だが私の要求は、通ったことなどない。
いや、もちろん、赤ん坊のころからそうだったのかは、覚えてはいないのだけど。
だが成長するにつれ、私の要求は罵声と暴力で返ってきた。
だから、私は要求することをやめた。
求めなければ、失望することもない。
なのに、この子は。
私はここにいる、小さな存在を見た。
まるで、この世には何ひとつ悪いことなどないかのように、眠り続ける我が子。
……私が悪意を持ってその首を絞めたら、このまま、この世からいなくなってしまうというのに。
ふと、指先にぬくもりを感じた。
見ると、我が子に指先を握られている。
小さな指からは、力もほとんど感じない。
……何て無力な子。
きっと、この子は確信してる。
私があなたに危害を加えることなど、決してないと。
なんて盲目的で、無垢で、愚かな子。
私はそっと、その小さな指を手の中に包み込んだ。
指をへし折りたい衝動が湧き上がるが、そんなことは出来やしない。
……ああ。本当に愚かなのはあなたじゃない。私だ。
涙が溢れ出し、小さな指を包んでいる、私の大きな手の上に零れ落ちた。
「……う、うぅっ……っ……!!」
憎むことも、愛することも出来ずに、ただこうしてあなたの小さな指を握りしめ、泣き続けることしか出来ない。
ああ。
私は赤ん坊以上に、わがままで、利己的で。
本当にどうしようものない、ちっぽけなイキモノなのだ。