第五編「しずかに、ふりつもる」
母は、男の子が欲しかったという。
だがあいにく、生まれた私は女の子だった。
……それも、出来の悪い。
物心ついたときから、そんなことばかり言われ続けてたから、いつの間にか何も感じなくなってた。
私の出来が悪いってことは、本当のことなんだし。
──けれど、今は。
「ただいま。これ、テスト」
そう言って、プリントをテーブルに置いたが、母は見向きもしなかった。
今や母は、やっと生まれた待望の我が子──もちろん男の子だ──の世話で、手一杯らしい。
その弟はというと、通園カバンから、何やら出してみせた。
「あのね、ボクもママに見せるものがあったんだった。ほら。ママの顔!」
そう言って、折りたたんだ絵を母に手渡す弟。
その絵は決して、上手いとは言えなかった。
けれど母は、
「すごーい! よく描けたね! でもママ、こんな美人じゃないよ?」
弟を抱きしめ、そう言った。
「そんなことないよ! 友だちのママより、ボクのママのほうがずっと──」
二人の会話を背に、私は自分の部屋に向かった。
部屋に入り、ベッドに横になる。
頭の中では、さっきの二人の会話が頭の中でリフレインしていた。
私は褒めてもらったことなんて、一度もなかった。
ううん。それでも良かった。
叱られても、母が私のことを見てくれるのなら。
なのに今は、叱責どころか、目にも入ってないらしい。
その事実は私の体と心に、ゆっくり、静かに降り積もる。
まるで私を侵す、毒のように。