第一編「どこまでも、飛んで」
両手で文鳥を、そっと包み込む。
この子はきっと、迷子だ。
初対面の人間から逃げもしないし、怯えた様子もない。
きっと、大切に育てられているんだろう。
飼い主は今頃、必死で探しているはず。
私は換気のために開けられた、病室の窓を見る。
さっき、この子が入り込んできた窓を、だ。
──あそこから放してやったら、この子は家に帰れるだろうか?
そんな考えが浮かぶが、ここ数年、寝たきりの私があそこまで歩けるわけがない。
心の中で、その提案は即座に却下した。
したが、……それにしても。
手の中の文鳥を見て、考える。
この子に、不安はないのだろうか?
文鳥は私の手の中で、機嫌よく歌っていた。
……楽しそうだね。
自由になったんだものね。
ひとりだけで飛べるんだものね。
羨ましい。
羨ましいよ。
……妬ましいくらい。
私は手の中の文鳥を、ぐっ、と握りつぶ──……せなかった。
代わりに両手を高く上げ、ぱっと開く。
文鳥は羽をはばたかせると、輪を描くように一度だけ、病室の中を回って見せた。
その姿はまるで、自分は大丈夫だよ、と伝えてるかにように思えた。
やがて文鳥は、窓から出て行き、あっという間に見えなくなった。
どこまでも……どこまでも、飛んで行くといいよ。
どこにも行けない、私の代わりに。