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別れの歌

作者: 吉田逍児

さようなら、愛しい人よ。

僕の心は悲しいが、あなたの願いなら仕方ない。

僕はあなたの為なら、どんなことでも引き受けよう。


僕は今、あなたの手紙を読み終わり、思わず泣きたくなりました。

でも、あなたの為なら、この悲しみを愛するあなたへの祈りに変えよう。

あなたは僕にバラ色の春が来るという。

しかし過ぎ去った日に、艶やかに匂った心の花は

訪れる春に再び、花咲きはしない。


春めいた陽光に誘われ、思いほのかに、かっては燃えた。

しかし、今、病める身の僕は死に至る病の淵に沈んでしまっている。

1966年7月18日、僕は、その日、初めてあなたを見た。

あなたを見て、健康的で美しいと思った。

それが、それが・・・・・。


僕のあの頃は明るかった。

南フランスの景色のように輝かしかった。

漁村の庭にカンナの花が赤く咲いて、白帆が青海の上に浮かんでいた。

太陽の下で、金色の海を眺めていたあなたを

思い出し、僕は夏の日、あなたに電話した。

あなたは僕を覚えていた。嬉しかった。


秋になって、僕はあなたと2人、河口湖の水辺の草に座って

青空に突き出した富士山を眺めたいと夢想した。

そして、あなたに手紙を送ったりした。


10月にダンスパーティがあった時、僕は友人の1人があなたを好きでいることを知り、

あなたとさよならしてしまおうかと思った。

しかしそれが出来なかった。

なんとなくはっきりせず、時は過ぎた。


翌年2月、僕は自分のアパートの部屋がカーテンも無く、余りにも寒いことから、

あなたに部屋のカーテンを依頼した。

あなたは一生懸命、カーテンを作って、雪の日に持って来てくれた。

僕は感激のあまり、あなたを抱きしめたかった。

しかし、部屋に友人がいた。


僕は幸福だった。

あなたの親切を一生涯、忘れてはならないと

思った。

そして互いの未来が、ひそかな調べと共に、

花開くのだと思った。


2月の雨の日、僕はあなたと一つの傘に入って

映画を観に行った。

『パリは燃えているか?』

僕の心は、あなた一途に燃えていた。


3月になって、あなたはカルフォルニア州サクラメントへ

行くかも知れないと云ってよこした。

僕は別れたくないと思った。

だから手紙に、

「僕はあなたを思っています」と書いて送った。


そうこうしているうちに、春が過ぎ、夏も終わりになり、9月になった。

アメリカに行って欲しくない。

僕はあなたとの結婚を考えた。

しかし、それは僕の一方的な夢かも知れませんでした。

あの頃、僕はとても悩みました。


11月、僕とあなたは、僕が卒業した大学の文化祭に行きました。

そこで絵画を鑑賞したり、ダンスを踊ったり、

食事をしたりしました。


それからというもの、僕とあなたは日曜日ごと

必ずと言って良い程、デートしました。

僕は、今まで付き合って来た女性の総てと

さよならしました。

真剣な愛があれば、それだけでもう、

他の愛など要らなかったからです。


12月10日、あなたは僕のアパートに来ました。

僕はあなたの作ってくれたカーテンのある部屋で

あなたを抱きしめ、あなたの総てを欲しいと希求

しました。

しかし、あなたとの結婚を思っていたから、

あなたと清らかでありたいと思い、

あなたから何も求めようとはしませんでした。

初めての日の為に・・・。


12月のクリスマスのイブの日、

僕は不機嫌でした。

それがいけなかったようです。

あなたは僕の不機嫌を怒り、友達に会いに行き、

僕を一人ぽっちにさせました。


それでも僕はあなたのことが好きでした。

そして来年にはプローポーズして

驚かせようと考えました。


1968年、新年となりました。

僕は田舎に帰省し、両親にあなたのことを

話しました。

両親はあなたに会ってみたいと言いました。


僕は喜びいさんで、東京へ戻りました。

そして、何度もあなたの自宅に電話しました。

ところが、まだ帰っていませんという言葉で

毎回、取次を断られました。


電話が通じないので僕は手紙を書きました。

5通も、あなたに書きました。

しかし、あなたに届いたのは

僕が病気になってしまったという手紙だけ。


両親にあなたのことを伝えた手紙。

戦争が起こりそうな手紙。

戦争にならないうちに結婚したいという手紙。

プロポーズの手紙。

その手紙は、何処へ行ってしまったのでしょう。


田舎から東京に戻った僕に

新年は、この世の無常の悲しさを教えました。

僕は高輪の病室の片隅で、

人目を忍んで泣きました。


僕の病気は1週間ほどで回復しました。

アパートに戻った僕は

あなたが最後のピリオドを打とうした手紙を受取り、かってのあなたの言葉は

何処へ行ったのかと嘆きました。


「そのうち、もっと素敵なものを作って上げたい」

それは誰の言葉だったのでしょう。

ハネムーン。2人での食事。2人の子供。

一家そろってのピクニック。

その総てが夢だったのです。


僕だけの夢。それはみじめでした。

そして今になって、哀れな僕は

あなたと口づけ一つ交わさなかった去りしに日を

恨んだりするのです。


考えてみれば、僕が、いけなかったのです。

あなたとの結婚を自己の身辺に感じながらも、

結婚したいと、直接、口にしなかった僕が・・・。


でも僕は、結婚申し込みを直接、口にしなくとも、

僕の気持ちがあなたに届いているものだと

信じていました。

ところが、それは自分勝手な

僕の思い込みだったのです。


ああ、あなたが懐かしい。

ああ、あなたが恋しい。

あなたと水辺を散歩したい。

あなたと夕べの月を眺めたい。

僕の僕の美保里ちゃん。


ああ、大げさに言えば、あなたを失ったら

僕は水を失った魚だ。

あの時の雪は消えても、あの時の思い出は

永遠であり、消えるるものではありません。


あなたは優しい花のよう。

僕はあなたのことを一生涯、忘れません。

僕とあなたとの間には

神様さえも、引き裂くことの出来ぬ

不思議な力があるのです。


心の中に美しい人が棲んでいるということ。

それは、この上なき幸福です。

僕は今、あなたのことを、とても深く

真剣に、大切に考えています。

その理由は運命の星のみが知つています。


僕は今日もあなたのことを思っています。

今、あなたは藤の花房を背景に

僕の夢想の中で微笑んでいます。

僕の心は、まだ活火山のままです。


僕はあなたと一緒になれるなら、

どんなところへも参ります。

カリフォルニア州サクラメントにだって行きます。


僕はあなたとのいろんなことを夢み、

願い憧れながら、あなたへの手紙を書いています。


「僕はあなたを思っています。僕はあなたの懐に抱かれて暮らしたいです」

それらの言葉は、何故、プロポーズと理解されなかったのでしょう。

女性は『結婚して下さい』という単純な言葉しか

信じないのでしょうか?


もし、そうであるなら、僕は今度、巡り会った美しい女性に

「結婚して下さい」と、一等先に告白しようと思います

涙なんか欲しくないからです。


ああ、あなたは僕にバラ色の春が来るという。

だが一度、花開いて枯れた梢に、

再び、花が咲くであろうか。


あなたは僕に、さよならを歌った。

僕は奴隷の如く、あなたの歌に従う。

さようなら。健やかに。

仕合せに。

たった一人の愛しい人よ。


    『別れの歌』終わり

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