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ジュピターは妻の為なら骨身を削る(前編)

 


「いやぁ、今回は杞憂に終わってよかったですねー」


 皇室騎士団第二部隊『辺境視察部隊』通称『辺隊』は今日も辺境の視察に飛ばされていた。

 部隊長(代理)、流星の騎士ジュピターもその一員として、問題の起こらなかった土地を後にし帰路を急いでいた。


「ああ、何も起きないのが一番良いが……」


 地方からの連絡を受け、現地調査や既に解決済みの事件の後始末……罪人運送に魔獣駆除など、第二部隊の仕事は様々だが、時折こうして空振りに終わる事もしばしば。


「隊長が先発で行くところは必ず何かありそうなものですけどねー。意図が分からない事が多くて、その度に訳も分からず借り出されるのは骨が折れるというか骨折り損のくたびれ儲けというか」


「出た出た、メアの骨ジョーク。全然面白くないのに癖になるんだよなぁ」


 カタカタと歯を鳴らして笑うのは第二部隊の騎士、骨族のメア。最近採用された新人騎士の1人である。

 これが魔族とかではなく、元は人間だったらしい。呪いで骸骨の生を受けた一族だそうだが、こうなっちゃったからには骸骨として頑張るという気骨は凄いと思うが、正直全身骨なのは長旅に耐えうるのかとか怪我は大丈夫なのかと心配になるので野良魔獣との戦闘になる度にヒヤヒヤするのだ。


「はぁ、もう出張は嫌になっちゃいますよねー。部隊長に振り回されるのも……」


「まぁ、『朝に紅顔ありて夕べに白骨となる』とかいう異国の言葉があるくらいだから、何が起こるかなんて誰にも予測できないし、無駄骨を折るくらいどうって事ないさ。骨身を惜しまず働こうぜ」


「お前もう骨の自分を自虐しすぎて何言ってるのかわかんねーよ……」


 こんな徒労にも関わらず談笑する騎士たち。ああ……本来ならこんなのんびりとした地方派遣で仲間と一緒に回るのは結構好きなんだよな。昔の冒険程殺伐と血なまぐさくもなく、より帝国の人々の笑顔と平和を作り出すことをこの身をもって見に行けるのは凄くいい。

 ……が、全ては俺が悪い。それ以上に大事なものが出来てしまった俺が。

 マリーちゃんという、奇跡の存在……そして、それを愛してしまった俺の咎……


「あー、何かジュピターさんまたマリーさんゾーンに入っちゃってるけど」


「ああなると暫く戻って来れなくなるからな――ん?」


「お、おい!!!」


 騎士の焦る声が聞こえて俺は我に返った。皆が驚き目を見張るその先――


「や……野生の魔獣が!!!」


 渓谷の絶壁にびっしりと生える魔獣……いや、魔樹食肉植物。その巨体は崖全体を覆っていてミシミシと地盤にヒビを入れていた。


「嘘だろ……」


「いや……確かに隊長が『人を襲うほどの野良魔獣は出ない』って言っていたけど……が、崖崩れ……!」


 魔樹による崖の侵食は限界を超えていた。俺達が通り掛からなかったら一般人に被害が出ていたかもしれない。騎士たちは一斉に剣を抜き、俺も剣を抜く時間を惜しむように絶壁を駆け上がった。


 魔樹食肉植物は踏みつけた場所に絡みつくように蔦をあちこちから伸ばす。その度に崖が音を立てて歪んだ。


「――先に本体をやらないとか」


 小さい頭はどちらでもいい。親玉を落とし気絶させないと時期に崖の方が持たなくなる。俺は一際大きい頭目掛けて剣を抜き一閃した。


「おお!! あれが流星と呼ばれるジュピターさんの太刀!」


 星よりも早いと称される一閃は親玉の首を伸びる蔦から切り離した。魔樹といえど勝手に魔獣を葬る事は出来ない。本体さえ無事ならば後は頭を運べば魔王領で何とかしてくれるだろう……


「あっ、メア、危ないー!!」


「えっ……」


 叫び声が聞こえた先、振り向くと崖下に落ちる頭の先には新人骸骨騎士のメアが居た。


「お、俺が死んだら骨は拾ってくださいーー!」


「いや、馬鹿!!! 避けろよ!!!」


 咄嗟にメアの骨が心配になった俺は庇う様にその身体の上に覆いかぶさった。



 ★★★



「そうか……今回は結構大変だったみたいだね」


 青い顔、腹には包帯。大怪我をした俺を陛下は苦笑いで迎えた。


「……君が怪我をするとは思わなかったよ。マジで」


「……俺も怪我をするとは思ってませんでしたね」


 第二部隊の騎士たちも皆神妙な顔で頷く。新人骸骨騎士のメアが申し訳なさそうに頭を下げる。その腕には添え木ごと包帯が巻かれていた。


「本当にすみません!! まさか、俺の骨がそんなに丈夫だとは……」


 冒険者時代だってこんな怪我をした事は無かった。ましてや、今は家で心配しながら待つ妻の為に傷一つだってつけられないから鍛えている……

 1人の身体ではない俺に傷をつけたのはメアの折れた骨だった。

 メアの骨が折れたのも変な転び方をしたからである。自重に耐えられなくて。

 メアの身体自体は頑丈だった。なんせ魔樹にも一緒に落ちてきた岩盤にもなんのダメージを受けてないんだもん。そんで、同じように何のダメージも受けなかったはずの俺の腹をメアのむき出しの骨がぶっ刺した。頑丈……骨密度やばい。むしろ何故あのタイミングで折れた?


 完全なる助け損の俺を陛下を含めた皆が気の毒そうに見た。

 そう……気の毒なのは怪我自体では無い。先に話をしたように俺1人の身体ではないからだ……


「その怪我……マリーさん見たら絶対にショックを受けますよね……」


「もう旅には出るなって……いや、下手したら騎士をやめろって言うかも」


「君たち、マリーゴールドはそんな事を言う妻じゃない……それよりもジュピターが困っているのはマリーゴールドの悲しむ顔だろう……」


「あー……」


 陛下の言葉に一気に部屋の空気が重くなった。流石皇帝陛下、よく分かってらっしゃる。さす帝。

 俺はマリーちゃんがこの怪我を見た時の顔を想像するだけで傷を抉られるより何十倍も痛い。

 俺を心配し、俺の為に涙を流すマリーちゃんは見たくないんだ……その為に強くなろうと鍛えているのに。

 遠方に出る夫はいつだって無敵を誇らなくてはいけない。それがマリーちゃんの信用を勝ち取り、安心して送り出して貰える秘訣だから。


「……隠し通します」


「えっ……絶対にすぐバレるでしょう」


「いいえ、妻に心配をかけない無敵の流星、ジュピター・スカイ……これしきの傷どうという事ありません」


 俺は痛みなど何でもないかのように包帯の上からばんっと傷口を叩いた。

 普段、全く怪我をしない俺の頑丈な身体を傷つけたメアの骨が刺さった傷口は……ビックリするくらい痛くて悶絶した。


「あー……私も頑丈だから普段あんまり怪我はしないんだけどね、いざ怪我するとめちゃくちゃ痛いんだよね……」


 頑丈な男たちが分かる分かると頷いた。

 本当にビックリするくらい、涙が出るほど痛い傷口を押さえながら俺は立ち上がった。


「なんも……全然痛くありません……」


 哀しそうな目で騎士と陛下が見送る執務室を後にし、俺はマリーちゃんの待つ家へと帰った。

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