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ある診察医のお話

作者: 友人B

今回のお題:「クトルゥフ神話」「深層心理」「青春」「寿司」


 ロールシャッハテストとは何かご存じだろうか?

 ロールシャッハ・テストとは、紙に垂らしたインクを2つに折り曲げて広げたことでできる左右対称の模様が描かれた図版を見て、「何に見えるか」「どんな風に感じたか」を直感で答えていくテストだ。

 このテストは「投影法」という手法を用いて行われるパーソナリティ検査の一つであり、行動様式や反応様式などからその人の人格や深層心理などを診断・評価する検査方法である。


 例えばこんな感じ。ここに何枚か絵があるけど、この絵が何に見えますか?


「海」「山」「川」「遊園地」「キャンプ場」「ショッピングモール」


 ……アウトドアが好きなのかな? というかやたら活動的だねぇ。じゃあ次の人。


「暗黒」「邪神」「封印された右腕」「アザトース」「処刑人」


 ……うわぁ、中学生だなぁ……。まあ私にもこんな時期があったなぁ。懐かしい気持ちすらする。じゃあ次。


「シャケ」「イカ」「マグロ」「タコ」「ホタテ」


 ……魚がすごく好きなのかな?


「炙りチーズサーモン」


 あ、違った。これ寿司好きだ! どんだけ好きなんだよ!!


 ごほん、まあこんな感じで、その人の性格や好みなんかを把握することができる検査方法なのです。

 100%わかるわけじゃないけどね。参考資料と経験則を駆使すれば、初対面でもなんとなくその人となりがわかるわけさ。


 ……で、問題なのが目の前のこの娘なんだけど。


 「カッターナイフ」「血だまり」「切り刻まれたクマのぬいぐるみ」「死んだ虫」「地獄」


 ……わかりやすい、非常にわかりやすいねぇ。


 まあそもそも論として、うちの院にやってくる人はこういう子多いんだけどね。と私は相手に気づかれないように軽くため息を吐いた。ちらりと相手を見やる。

 ごく普通の女の子だけど、髪の毛がやたら長い。目元に酷い隈があり、うつむきがちで言葉少な。こんな時期に長袖の服、袖の下に白い何かが巻いてあるのがちらりと見える。


 全体的に暗いイメージの年頃の女の子だ。そんな子のテスト結果が、これだ。なるほど、典型的だ。

 よくある症例だが、ここまで重篤なのは珍しい。私は慎重に言葉を選ぶ。


「さて、君の診断結果が出ました。まあこれで君の全てをわかるわけじゃないが、なんとなく大まかに君のことがわかったよ。ちょっと丁寧な自己紹介程度には、ね」


「……」


 終始こんな感じ。ロールシャッハテストに答えてもらうのもだいぶ苦労した。この後も明るく話しかけてみたが、個人的な質問は完璧になしのつぶて。

 患者さんとの対話はとても重要だ。コミュニケーションから人間関係は始まる。趣味の話や天気の話、自分も同じロールシャッハテストを受けてその結果を教えてみたりととにかく会話をしようと試みる。


 しかし、テスト診断中の返答以外、ろくな会話はしてくれなかった。表情は笑顔を崩さず、少し困る。なかなか手ごわい。

 30分経過。彼女のことは心配だが、こちとら他にも仕事がある。今回は仕方ないので、きちんとした対話は次回に回すとしよう。お世辞を言いながら明るく終わりを告げる。


「さて、今日はそろそろお開きかな。いやぁ、君みたいな可愛い子とお話できて楽しかったよ」


「っ……」


 お、ここで初めて反応あり。少し身じろぎした。ずっと床だけを見つめていた目がわずかに泳いでいる。何に反応したのか、私は注意深く、そして素早く考える。

 答えは割とすぐに察しがついた。私は次回の診療の約束を兼ねて最後に彼女にアプローチしてみる。


「今日は時間がなくてあまりお話できなくて申し訳ないね。君とはじっくり話したいけど、それはまた次のお楽しみにしておこう。今度は君の好きな物とかぜひ聞きたいな」


「……」


「君みたいな可愛い子がどんな物が好きなのか、とても興味あるね。次の検診は三日後くらいだといいかな? 三日後がとても楽しみだ」


「……」


 言ってることが完全にナンパ師のそれだったが、ここは気にせず彼女を誉めまくる。コミュニケーションを取れればそこが糸口になる。ほんのちょっとでも対話ができればこっちのものだ。

 彼女相手にすらここまで露骨に褒めちぎったことはないが、そんなことは気にせず目の前の女の子をべた褒めする。顔が少し赤らんでる気がする。もう一押しか?


「じゃあ診察カードも渡しておくね。君の名前、すごく素敵だね。とても可愛らしいと思うよ。良い名前だ」


「……あの」


 ロールシャッハテスト中以外に初めての返答あり。ようやく口を開いてくれたかと私は安堵する。

 ニコリと軽く笑顔を浮かべて、時間ギリギリだけど彼女との対話を試みる。


「ん? どうしたの?」


「……私と、また会いたいって、ほんとに……?」


「うん、そうだね。君のことをもっと知りたいなって思ってるよ。君はすごく魅力的だからね」


「……」


 また口を閉ざしてしまったが、長い髪の下からでもわかるほど顔が明らかに真っ赤である。なるほど、今度からはこの方向性で対話しよう。


 そうしてその日はお帰りいただき、また次の約束の日になった。


 心境の変化があるかどうかを確認するため、またロールシャッハテストを受けてもらった。


「年上の男の人」「先生の横顔」「白衣を着た人」「笑顔」「すごく格好よくて微笑んでる顔が格好良い素敵な王子様」


 この前より明らかに身だしなみを整えてきている女の子が、美容室に行ったのだろうか、綺麗に揃えられた黒髪の下から上目遣いでもじもじしながら私のことを見てきている。

 これは違う意味で困ったことになった。私は内心の冷や汗を押し隠して鉄壁の作り笑いで彼女の診療に入った。

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― 新着の感想 ―
[一言] (どうしても感想を書きに来てしまうわけですが……。) なかなか便利な思い付きw いやこんなうかつな医者は困るなぁ、とは思うわけですが、とても手際良く、さらっと消化してるのはさすがです。 文…
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