6.永遠の魔法
現れたのは、そこにいるはずのないリリアの幻影だった。
彼女が語るのは…
「リリア様……リリア様だ」
「……リリア様?」
「姫様……どうして………」
ざわめく使用人たちの傍を通りぬけ、リリアの幻影は老婆が眠るベッドの傍に傅いた。そして、枯れ枝のように痩せた手をそっと握る。
「婆や殿、もう魔法は良い! もう彼女を動かさなくとも良いのだ!」
「ぁぁ…ぅ…うぅ………」
「婆や? 貴女が魔法を操っているのでしょう!?」
老婆の意識が既に朦朧としていることは誰の目にも明らかだった。では何故リリアの虚像がここにいるのか。誰もが分からずに目の前の光景に困惑していた。
そんな周囲にむけて幻影は静かに語り始める。
「……7年前、創られたばかりの私は確かに物言わぬ虚像でした。婆やが操るとおりに動く魔法の人形。だけど日々を過ごすうちに少しずつ、少しずつ、私はものを考えられるようになったのです」
常軌を逸した事態にカルマは思わず息を呑んだ。
「馬鹿な……影武者の魔法が思考するなんて、まさかそんなことが……!」
「これを心と呼ぶのか私には分かりません。けれど、本物のリリアがどれだけ皆に愛されていたのかは分かる。皆が私を見る目がとても優しくて暖かかったから」
リリアはぎゅっと目を閉じた。思い返すのは、初めて自分がこの世界に生み出された時の縋るような瞳で見つめてくる屋敷の皆の顔。最初はリリアを失った心の穴を埋めるための、自分たちへの慰めのためだったのかもしれない。が、長い時間を過ごすうちに次第に本物のリリアと同じように愛され慈しまれた。少なくとも幻影のリリアはそう感じていた。
彼女は老婆の手を放してゆっくりと立ち上がり、屋敷の者たちひとりひとりを確認するように皆の顔を見つめた。
「皆さま。一つだけお願いがあります。リリアの……彼女の墓に名前を刻んであげて。彼女を彼女として死なせてあげて。あんな寂しいところで独りぼっちにさせないであげて。私が望むのはそれだけです。」
そして呆然としている少年の顔を覗き込んでそっと頬に触れた。
「ごめんなさい、本物のリリアでなくて。ありがとう。みんな大好きよ、さようなら。」
ヴァレの頬を伝う涙を拭おうとした指先が、光の粒子となって消えた。それを皮切りにリリアの虚像はあっという間に光となって四散していった。ぱさり、と残された彼女の衣服が地に落ちる音がした。
しんと静まり返った病室には、荒い息ももう聞こえなくなっていた。
「……リリア、さま…………婆や……うそだ……こんなの……こんなの……っ。」
ヴァレの涙がぽたりと床に落ちていった。
物思う心が、そのやさしさと祈りが、魂でなくてなんだというのだろう。魔法によって生まれた虚像だった彼女は確実に今この瞬間まで『生きて』いた。それはその場にいる誰もが感じたことだった。
長い沈黙の後、静寂を破るように執事が叫ぶ。
「……リリア様の墓を、マルクス前領主ご夫妻の墓の隣に移設せよ! 婆や殿の葬儀の準備とともに、さぁ皆さまご準備を!」
ぼろぼろと涙を流しながら執事は檄を飛ばした。すすり泣く屋敷の使用人たちは、それでも執事の言葉に顔を上げた。執事は幻影が消えていった場所を見つめ、更に声を張り上げた。
「そして……魔法が産んだ彼女もまた、我々にとってリリア様に他ならない! 彼女を弔う碑を建てよ! 嗚呼、なんと愚かなことをした……我々は二度もリリア様を失うことになったのだ!」