1.彼方の街
奇妙な依頼を受けたカルマは、遠方の街ベルガルへやって来た。
街を探索しながら様子を探るカルマに声がかかる。
「ふぅ……やはり遠かったな」
ヤマブキ山から箒で約二時間。上空からでも赤い瓦屋根が連なった美しい街並みが見えてきた。
依頼の送り元であるベルガルの街に着いたカルマは、街はずれの裏路地に静かに降り立った。手練れの箒乗りであるカルマはたった二時時間で済んだが、並みの魔法使いでは倍の時間が掛かるだろう。数ある依頼の中でもかなり遠方からの部類だった。長時間の飛行を終えたカルマは流石に疲れの色が見えている。しかし疲れながらも、カルマは依頼人を探すべく街の探索を始めた。
「あら、奥さんお久しぶりね~」
「まぁ~お元気でした?」
「いらっしゃいいらっしゃいお安くしとくよ~!」
「お母さん、今日の晩ごはんなぁに?」
「ふふ、今日はねぇ……」
ベルガルの街は平和そのものだった。道行く人々は晴れやかな表情で、知人にすれ違えばにこやかに挨拶を交わす。身なりも中央と変わらない。カルマはそのまま街や人々の観察を続けた。
この街は国境から遠く100年戦争の戦火を免れた古めかしい建物が連なっている。中でも街の最奥に聳える屋敷は群を抜いて立派な佇まいだ。空からでも見えた豪勢な屋敷に近づくとその迫力に圧倒される。
「これがマルクス家……つまりこの街の領主の家か」
カルマはこの地を目指す前にベルガルについて下調べをしていた。依頼をこなす時に必ずそうするわけではないのだが、今回はなにせ情報が少なすぎた。幼子が敬称で呼ぶ様な身分の高い者がいるとすれば恐らく貴族か地主の類である。しかしベルガルに貴族は居ないため、ならばその土地を治めるものだろうと目星をつけて街の歴史をあらかじめ調べたのである。ベルガルの街は現領主であるマルクス家が代々治めていた土地で、近代化が進んだ今でもマルクス家による実質的な統治が続いており街の至る所でその家紋が見られた。
(……領主は随分と慕われているようだな。)
カルマは依頼があれば基本的にどんな土地でも訪れる。故に数々の町を見てきた。そうしていると不思議なもので、初めて訪れる街でも何となくその土地の特色というものが分かるのだ。ベルガルはまず治安が良い。そして街で見かけるマルクス家を讃える家紋は、どれも古いがよく手入れがされているようで汚れたり欠けたりしているものは一つもない。それはつまり長年に渡りマルクス家がこの地を素晴らしく統治していた証拠に間違いなかった。
そんな街並みを眺めながら屋敷に向かおうと歩いていると、小さな子供がカルマを指さしてあっと叫んだ。
「いたよ! さっき箒に乗って飛んでた人だ!!」
「ほんとうにきた~!」
「本物の魔法使いだ……!」
「杖持ってる! すご〜い!」
まるで街中の子どもが集まってきたかのように、わらわらと現れた少年少女たちに取り囲まれた。皆まだ10歳にも満たない年頃に見える。その中から一人の少年がおずおずとカルマの前に出てきた。
「依頼人は、君か?」
「…はい。」
カルマに問われた少年は、緊張した様子でこう言った。
「……僕が手紙を出しました。たまたま見かけた新聞に、何でもやってくれる魔術屋の広告を見かけて、それで……! お願いします。リリア様を助けてください!」