ヤマブキ山に住む男
二つの魔法大国による百年に渡る戦争が終結し数年が経った。
長い戦争に終わりをもたらしたのは突如現れた一人の魔法使いだった。彼は己の魔法のみで両国の戦力の全てを破壊し尽くした。全ての騎士、魔法使い、防衛魔術、魔法生物、何もかもが彼の魔法に打ち砕かれたのだ。戦力の大半を失った両国は和解を余儀なくされた。こうして百年続いた戦争は終わりを告げた。
それから数年後の現在。街の外れにある剥げ山に一人の魔術屋がひっそりと暮らしていた。その山の名はヤマブキ山。その名の通りかつては山吹の花が咲き乱れ、季節になると可憐な黄色い花で山肌一面が色づいたのだという。しかし国境近くに位置するこの山は百年戦争で幾度となく魔法で焼かれ、今では枯れ木の一つも無いような切り立った岩肌がごつごつと並ぶだけの死の山である。
「さて今日はどうだ……?」
彼はそう言いながら郵便受けを覗き込んだ。その男はカルマという若い男で、このヤマブキ山にたった一人住んでいる物好きな魔術師だ。魔術師らしくゆったりとしたローブを身に纏ってひしゃげた革のとんがり帽子を被っている。少し尖った耳には銀のイヤーカフやいイヤークリップ、手先には指輪と鎖で繋いだブレスレッドなど魔力を込めた様々な装飾品を身に着けていた。髪は深い海色の長髪で、切れ長の吊り目は鮮やかな金色をしていた。彼は粗末な山小屋のような家を住処とし、その付近の畑を築きわずかばかりの作物と魔法薬草を植えて暮らしている。
魔術屋とは、読んで字の如く魔術を売ることを生業として生活している者を指す。この国ではだいたい100人に一人が魔法の素養を持って生まれる。そうした子が産まれると魔術師に洗礼を受けて魔法の巡りを良くして、そして魔法学校に通わせるのが一般的である。そうして立派な魔法使いに成長するのだ。この国は他国に比べて圧倒的に魔法使いの発生率が多いのだが、それでも100人のうち99人は魔法が使えない。世の中には魔法でしか解決できないことも多く、そうした人たちに替わって魔法を行使して金銭を得るのが魔術屋なのだ。
「おお。依頼が来ている」
郵便受けから封筒を取り出したカルマは早速手紙を広げた。魔術屋には病気や怪我を癒す仕事ばかりを受けるものや、呪いを解除するもの、魔法生物を討伐するものなど、それぞれを専門に行う場合が多い。が、カルマは頼まれれば大抵のことは魔法で解決する、いわるゆる何でも屋のようなものだった。故に専門の魔術屋が杖を投げるような奇妙奇天烈な依頼が舞い込むこともままある。
カルマは手紙に目を落として眉を潜ませた。どうやら今回も奇妙な依頼がきてしまったらしい。手紙には幼い字でこう書かれていた。
『リリア様の身体がどんどん消えています。きっと悪い魔法によるものです。おねがいです。何とかしてください』
封筒で依頼人の名前と住所は辛うじてわかるが、それ以外がてんで分からない。分かるのは、リリアという何者かの身体が消えていくということだけだった。
「うむ…せめて、予算くらいは教えてほしいものだ」
封筒に書かれた送り元の住所を見ると、国を貫く中央山脈を超えた先のベルガルという街だった。随分遠いところから依頼が来たものだ。あまりあちこちに広告を出すのも考えものかもしれないとため息が出た。カルマは棚から羊皮紙を取り出して手紙の返事を書き上げた。
『その依頼、魔術屋カルマが承る。近日中にそちらに向かうので準備されたし。
追伸:それまでに依頼料を考えておいてくれ』
羊皮紙を紙飛行機のように折りあげて、それから机に立てかけておいた杖を手に取った。1メートルほどの杖の先に大ぶりな魔法石がはめ込まれた立派な杖である。そして依頼の手紙に杖先を向てくるりと回した。手紙が書かれた場所の情報を巻き取っているのだ。うまく掴んだ手ごたえを感じたカルマは、先ほど織り上げた紙飛行機に杖先を向けてその情報を移した。手紙がかすかに光り、そのままふわりと浮かび上がる。
「よし、行けっ」
カルマが窓を開くと、紙飛行機は空を切るように勢いよく飛び立っていった。
プロローグをお読みいただき有難うございます。
この小説の主人公には大きな目的は無いです。
世界を巻き込むような壮大な物語にはなりません。
主人公を含め、誰もが大きな運命の中にあるのではなく、自分の物語を生きている…。
そんなイメージの、単章で完結する群像劇の様な小説です。
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