番外編1-1
高野陸が『カノン』を辞めて3ヶ月頃のお話です。
番外1
明けていく街。
眠らない街は、もうひとつの別の顔にと変わっていく。
『カノン』のマスター月島はこの時間が好きだった。
新宿の高層マンションの1室。
月島はカーテンを閉めるとソファに体を沈める。高野海人の店で働き始めて6年が経っていた。まさか自分でもこんなに長く同じ場所で働くとは思いもしなかった。居心地が良かったのだ。海人は店のやり方に口を出す事もなく月に一度か二度ほどピアノを弾きに来るだけであった。経営に関しては別の責任者がおり、時折月島に助言をするくらいであった。
店のスタッフは20代の若い男性のみで活気がありスタッフ目当てに女性客が多くやってきた。勤めの長いナオは温和でスタッフ間の潤滑油の役割を果たしており頼りになる存在、無邪気でいつも明るいカズはムードメーカーであった。酒も料理も器用に手際よくこなしてくれていた陸がいなくなったのは痛かったが、後から入ってきたシュウは飲み込みが早く人当たりも良いので助けられていた。
陸が店を辞めてそろそろ3ヶ月が経とうとしていた。
「あいつらも少しは落ち着いたかねぇ」
月島は酒が入ったグラスを持ったまま思わず笑ってしまった。
初めて2人が出会った時から側から見ていたのだが、陸の変化は本当に驚くばかりであった。店には何度も1人でやって来てはいたのだが女性を連れてやって来たのはそれが初めてでそれが美鈴であった。16歳の陸は自分勝手で幼く美鈴を困らせている弟のように見えた。暫く来ない時期もあったが18歳くらいになりぽつりぽつりと来るようになった頃には目つきも悪くなり尖っていた。女遊びもしているようであったが美鈴の名前を出す事はなかった。そんな陸の口から再び美鈴の名前が出て来たのは18歳も終わりの頃であった。店に連れてくると言う事はなかったが会ってはいるようだった。店を手伝ってくれるようになったのは19歳の時であった。月島がカクテルを作る様子を興味深げに見ているので軽い気持ちで教えるとあっという間に覚えてしまいネットやYouTubeなどで調べて新しい事を試したりと楽しそうであった。覚えも早くセンスもいいのだが、相変わらずな性格で勝手に休んだりと責任感がないうえに機嫌が悪いと店でも無口という接客業不向きにもかかわらず、客の女性たちは不思議と無愛想な陸に夢中なっているようであった。黙ってカウンターの中でカクテルを作る姿は確かに様になっており見惚れてしまう。しかし当の本人はそんな事は一切気にかける事もなく誘いにもまったく乗ることはなかった。その頃にはすでに美鈴だけしか見えていないようであった。そんな事もあってか、2人の仲の状態によって陸の態度が違うのは月島にとって困りモノではあったが年が近いナオが上手く接してくれていた。ナオは頭も良く人をよく見ていた。短気なカズと陸が一発触発何て事が多々あったがナオが上手く対処してくれていた。そんな陸が今、美鈴の為に仕事を変えて真面目に前を向いて歩こうとしている。
「若いっていいねぇ」
月島はグラスを置いた。そして微睡む。