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緊急地震速報の誤信の理由。 ~世界はボクらが護っているけど、恥ずかしいので放っておいてください~

作者: ぷっちさん。

「馬鹿な……早すぎる……!」


 窓際の一番後ろに座る久我山の声が聞こえた。


 午前中の授業が終わり、昼休みの時間を迎えていた。

 クラスメイトが2、3人の集団を形成し昼食を取り始めようとしている。

 俺も購買に行ってパンでも買ってこようと財布を取り出そうとしていた。


(あの、馬鹿……)


 割と大きな声だった。

 手をわなわなさせて、窓の外の空を見上げている。

 久我山の声が聞こえたのは俺だけではない。

 各々の集団が近傍の者と目を合わせ、そして痛い奴を見る目で久我山を見た。


『うわ、また始まった』

『あいかわらず厨二病ってすげえ』

『高校だっての。なんだよ、何が早いんだ?』

『聞いてみてえ』

『やめとけよ』


 それぞれの嘲笑が聞こえてくる。

 他人事とは言え、聞いていて痛ましい。

 耐えきれなくなり、俺は廊下に出た。


 廊下には制服に身を包んだ男女で溢れている。

 この高校の制服はブレザータイプだ。

 男子はえんじ色のブレザーに同色のネクタイ。そして黒いズボン。

 女子はブレザーにチェックのスカートである。

 

 見知った人の間を縫うように歩き、急ぎ階段へ向かう。

 階段を降りようとしたところで、一人の女子とぶつかりそうになった。


「ひゃっ!?」

「っと、ごめん。って宮森か?」


 宮森が目を丸くして俺を見ていた。

 隣のクラスの少女で、暗い茶髪で眼鏡を掛けている。

 絶世の美少女というほどではないが、素朴で可愛い女の子だ。

 軽い謝罪を言った後、俺は階段を降りていく。

 ここは二階。この高校では、学年と教室のある階が同じだ。

 来年は三階になるだろう。


「ねえ、剣崎くん」

 

 急ぎ足で階段を降りていると、宮森も後をついてきた。

 剣崎とは俺の名だ。剣崎 真守(まもる)がフルネームだ。

 一階について、宮森が俺の横に並んで歩く。


「……一応、理由は聞いていい?」


 周りから不審と思われない速度で歩く。

 宮森は背が小さく、並ぶと俺の肩より下に頭がある。

 癖のある髪を後ろで一つにまとめていて、髪の房が大きく揺れていた。

 少し足を緩めた方が良いと思った。


「……教室で、久我山がさ」

「久我山くんが?」

「突然、『馬鹿な、早すぎる』って」

「……あちゃー……」

「そっちは?」

「こっちも。神崎さんが『……動き出した、か。やれやれね』って空を見上げて」

「……痛い子だな」

「うん」


 宮森のクラスメイトの神崎も、久我山と同種だ。

 周囲から厨二病の罹患者として扱われる女子である。

 艶のある長い黒髪が特徴で、大人しくしていれば美人だ。

 しかし自称吸血鬼の子孫だ。

 そして口を開けば痛い子になってしまうため、ちょっとした腫れ物として扱われている。


「なんで、あんなこと言っちゃうんだろうね」

「本当だよ」


 俺と宮森は昇降口に辿り着く。

 昼休みは始まったばかりだ。

 昼食も取らずに外に出ようと言う者は少ない。

 辺りに人気はないので、少し気が休まった。


「恥ずかしいとは思わないんだろうか」

「思っては、いると思うよ? でも、つい口に出ちゃうんじゃないかな」

「あいつらが?」

「……ごめん、それはなかったね」


 宮森と苦笑いしながら、靴を履き替える。

 あんな『厨二病』真っ盛りのような言葉を耳にする身になって欲しい。

 聞くだけで恥ずかしがる奴は意外といる。

 俺も然り、宮森も然り。


 わかる者にしかわからない。枕に顔を埋めて大声で叫びたくなる羞恥の感情だ。

 多感な時期に創作物の影響を受けて痛々しい行動を取る者が存在する。

 とは言え、数年後には大半の者が忘れたい記憶として処理して、恥じる。

 しかし、共感性羞恥と言うのだろうか。

 目の前でそんな行動を取られれば、まず居たたまれない。

 我がことのように心を傷つける。


 だが問題はある。

 最近では中二病、あるいは厨二病は広く知れ渡っている。

 過剰な反応をすれば、厨二病経験者と思われてしまう可能性があった。

 迂闊な反応はできない。


 だから、宮森も俺も逃げてきた。

 下手に反応して、厨二病と思われないようにするために。


 そして――、逃げてきた理由はもう一つある。

 ああ、逃げてきた、は正しくないな。

 正しくは移動だ。


「お昼ご飯だってのにね」

「ったく、損な役回りだ」


 これも聞く者がいれば、まさしく厨二病の台詞だろう。

 ああ、そうさ。

 俺も久我山と()()だ。

 宮森も神崎と同類だ。


 俺たちは、同類だ。

 ただあいつらとは違い、俺と宮森は羞恥心を持っている。

 人がいる場では、口には絶対しない。


「よお、お二人さん」


 しかし、残念なことに第三者が現われた。

 慌てて首を動かし、声の主を確認し、そして安堵の息を吐く。

 やはり見知った顔だった。

 学校であれば、中に居る人間の顔は大概知っている。

 だが、この知り合いというのは別の意味を持っていた。


「おどかさないでくださいよ、伊波先生」


 白衣に身を包んだ、男性教諭だ。

 背が高く、茶髪にピアス。そして細長い眼鏡をしている。

 化学の授業を担当する、伊波(いなみ)だ。


「いいじゃねえか。周りに誰もいねえんだし」


 下足入れに寄りかかるようにして、伊波が俺たちを見ている。

 腕を組みながら、引き締めた表情を向けてきた。


「やれやれだな。『アイツら』は待つってことを知らないらしい」


 ああ、もう。本当に、誰も周囲にいないんだろうな。

 宮森も顔を赤くして周りを見渡している。

 大丈夫、なはずだ。

 というか、伊波よ。出てこないで欲しかった。


「何かあれば、こっちは誤魔化しておいてやる。だが早く戻ってこい」


 帰れ、帰れと強く祈っていたが、天に届いたようだ。

 伊波は立ち去った。

 背中を向けたまま、腕を上げて人差し指と中指を立てて手を振った。

 恥ずかしい。

 リアルで見ると、恥ずかしい動作だ。

 なんで俺たちが見ている前提なんだ。恥ずかしい。


「……剣崎くん、心が痛い」

「俺は、心が疲れた」


 伊波はとうに成人を迎えた身だ。

 これは、己らの未来の姿を見せられているのだろうか。

 真っ当な大人になろう。

 高校では迂闊な発言はせずに、大人しくしていようと心に誓う。


「……いこっか」

「そうだね」


 痛ましい気持ちでいるのも耐えられないし、()()もない。

 宮森と昇降口を出て、学校の裏側へ向かう。

 当然のように、人はいない。宮森と二人きりになる。


「そういや、昼飯は?」

「これから、だよ」


 話をしながら、首に掛けていたネックレスを取り出す。

 掌の半分ほどの大きさの赤い石が、細い鎖の先端についていた。


「なに食べるんだ?」

「お弁当、作ってきたから。ああ、もうどこで食べよう」

「普通に食べるのは?」

「皆、ご飯食べ終わってる中、一人で?」

「――嫌だな、それ」


 宮森も赤い石を取り出した。小さな手で石を包む。


「一緒に食べる?」


 魅力的な言葉だった。

 同じ境遇であり、余計な言葉が要らない相手との食事だ。

 ついでに言えば、女子と共に昼食を取るのも男子高校生としては憧れる状況だ。

 ましてや、可愛い女子となれば幸せだろう。

 だが人に見られれば、恥ずかしいことは恥ずかしい。


「ま。早く帰ってきますかね」


 お茶を濁す発言をしながら、俺は赤い石を握りしめた。


 周りの景色が変わる。

 荒野だった。

 赤い空に、白い土に、黒い岩。

 異質な風景の中に、更に異質なモノが存在する。


(まさに、厨二病の世界、だな)


 大きな獣だ。

 四肢を大地に踏ん張り、背中にはコウモリのような巨大な翼がある。

 顔は、犬系でも猫系でもない。

 体毛の生えていない身体に、蜥蜴のような細長い頭部。

 そして顔にある目玉は六つ。

 異形の化物が、いた。


(異空間で、化物が居て)


 眺めつつも行動は止めない。

 握った左拳を前へと伸ばし、化物に向けた。

 右手を左手の脇に添え、ぐっと引く。


(そして戦う異能力者の学生ってね)


 左拳からは上下に光が伸び、更に右手と左手を繋ぐ光が生じる。

 端から見れば光の十字架と見るか、光の弓矢と見るか。


「……ああ、やだやだ」


 光の矢に鏃はない。

 ただバリバリと紫電を走らせながら先端が化物に向かう。

 横目でちらりと宮森の様子を伺う。

 宮森は空に向かって両腕を伸ばしていた。

 顔にはどこか恥ずかしそうな雰囲気が見える。

 気持ちは痛いほど理解していた。


(あまりにもコテコテが過ぎる)


 あっさりとしたご飯が好きになったのは、きっと取り巻くこの環境の所為だ。

 げんなりとした気持ちを抑えていると、宮森の瞳が動いた。

 目で言葉を発していた。

 抱える気持ちは同じようだ。

 俺は頷くと、化物に瞳を向けて、宮森から伝わった言葉を心中で繰り返す。

 

(終わらせよう)


 溜息に似た少しだけ深い息を吐いた後、俺は右拳を開いた。

 直後、化物の瞳の中間に眩い光が一つ刺さっていた。

 そして、天よりの光の柱が化物の胴体を貫いた。


 額と胴に刺さった柱は大きく伸び、途中で左右に伸びる。

 大きな光の十字架が二つできあがった。


(……どこから出てくるんだろうな、これは)


 化物の身体には体毛すら生えていない。

 なのに、化物からは黒い羽毛が撒き散っていた。

 奇妙な光景の中、化物の身体は徐々に姿が消え始めていく。


「……さて、帰ろう」

「……うん」


 化物の末路を見ることなく、踵を返して、再び赤い石を握る。

 景色は変わった。

 元の学校の裏だ。


 直後、スマホが不快な音を鳴らした。

 続いて、合成音声が流れる。


『緊急地震速報です。緊急地震速報です。強い揺れに――』


 直後、地震が発生する。速報が流れた割には、地震は小さい。

 精々が震度2といったところだ。揺れが治まり、俺は舌打ちした。


「あー……、ちょっと遅かった」

「やっちゃったね」


 宮森と互いに、ばつの悪い顔を見合わせる。

 そのまま足を動かし始めた。


「伊波先生が止めなければ」

「まったくだよね」


 用事は終わった。教室に戻ろう。

 昼休みなのだ、昼食を取らねば午後の授業に支障を来たす。

 宮森を伴って、建物内に戻る。


「購買に行ってくる」

「うん。じゃあ」


 購買は一階にある。俺は宮森と階段の前で別れ、昼食を買いに向かう。

 出遅れたこともあり、購買にいる生徒の数は少ない。

 そして、売られているものも少ない。


「……運が悪い」


 あんパンとツナマヨのおにぎりしか残っていなかった。

 酷い食べ合わせになると覚悟しつつ、背に腹はかえられなく、会計を済ませる。

 残念な気持ちのまま教室に戻ると、クラス内はざわついていた。


「本当、地震速報つかえねー」

「竹本、ビビってたじゃん」

「うるせえよ、そっちもお茶こぼしてたくせに」


 どうやら地震速報について、そしてその後の地震のことを話しているようだ。

 どこか責められている気になるが、仕方ない。

 俺は廊下側の一番後ろの自分の席に座る。


(へいへい、すみませんね。俺の所為ですね)


 異空間に化物が現われて時間が経てば、なんらかの異常が現実に起きる。

 大規模の自然災害の原因は、必ずしも全てではないものの、いくつかはあんな化物が原因だ。

 慌てて対処してはいるが、現実世界に影響は起きる。

 停電が起きたり、地震だったりと。

 この国では地震が多いだろうか。

 時と場合によっては火山の噴火まで起こりえる。


(最近の地震速報は優秀だからなぁ)


 科学の力は恐ろしい。

 現実世界への影響を最小限に抑えてはいるが、最大規模を察知されてしまう。


 緊急地震速報の誤信の理由。

 それは、俺たちの不手際が原因だ。


(……久我山?)


 視線に気づいた。

 久我山が座ったまま、俺を見ている。どこか労るような視線だ。

 やめろ、俺を見るな。関係者と思われる。やめてくれ。


「……剣崎くん」


 呼ばれた声に振り返る。

 宮森が扉から顔を覗かせて、困った顔をしていた。


「……どうしたの?」

「たすけて、剣崎くん。神崎さんが……、神崎さんが……」

「……なにをやらかした?」

「近づいてきて、『お疲れさま』とか意味深に言って、どっか行っちゃって」


 久我山と似たようなことを考え、更に行動に移してしまったらしい。

 鋼鉄の精神の持ち主なら、周りのことなど気にしないだろう。

 残念だが俺も、そして宮森も思春期真っ盛りの多感な学生だ。


「今、教室に居たくない」


 おそらく宮森が教室に残れば、周囲の生徒に『何のことなの?』と聞かれるだろう。

 俺なら、恥ずかしくて固まる。

 時間をおいて、対策を練ってから戻りたい。

 宮森の手元を見れば、小さな弁当箱の入った手提袋があった。


「避難させて?」

「……でも、ここで飯食っても別の問題が起きると思うけど?」


 まずこの教室にも、久我山がいる。

 同じような発言をしに近づいてくるかもしれない。

 そしてもう一つの問題も危惧された。

 何人かの男子生徒が宮森を見ている。

 ああ、そうだろう。端から見れば、女子が一緒に食事を取ろうと誘っているように思う。


「……そうなの?」


 しかし宮森はきょとんと小首を傾げるだけだった。

 周囲を見て、空気を読んで、自重してくれ。

 異能の意味でも、異性の意味でも。

 そう願ってしまう。


「ああ! そうだ! 宮森、部室にちょっと来てくれないか!? 調べ物があってさ!」


 宮森と俺は、訳あって同じ部活だ。

 部室に行くと宣言すれば、周りもそう揶揄しないだろう。

 俺は席を立ち、買ってきたパンとおにぎりを掴んで教室を出る。

 宮森は俺に続き、後をついてきた。

 ああ、ちくしょう。

 こっちもこっちで、何と言い訳しよう。

 

 気を紛らわせようと、外を見る。

 晴れ渡った空の下、校庭で遊ぶ生徒が見える。


 俺と宮森がついさっき護った世界だ。

 あまりに平和な情景に、呻き考えてしまう。

 厨二の世界と敵について、戦う仲間との関係について、更に言えば周りの人について。


 考えつくのは、一つだけだ。


(ああ、世界は俺らが護っているけど、恥ずかしいので放っておいてください)


 平穏を願って、俺たちは周りの目から逃げるように、部室へと向かった。


もしよろしければ、厨二感あふれるセリフを募集しておりますので、

感想にでも書いてやってください。。。

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