第7話 大切な時間
白夢が泣いている。
大輝はその光景に言葉を失った。
――何で、俺はこいつを泣かしてる。
自問自答したところで、答えなど出ない。
だが、目の前の光景を否定したくて何度も自分自身へと尋ねる。
なぜ彼女が泣いているのかと。
冷静さを取り戻すと同時に、途端に襲い掛かる自己嫌悪。
大輝は顔を歪め自身の行いを強く悔やんだ。
――俺は何をやってる。これじゃあ昔と……あの時と、何も変わらねぇ。
思考と共に、脳裏を過ぎる忌々しい過去。
「悪い、言い過ぎた。そこまで追い込むつもりは無かったんだ」
大輝は俯く彼女に向かい頭を下げ許しを請う。
彼女はその姿を見て一瞬驚いた顔を見せたが、直ぐにクスッと小さく笑みを浮かべた。
「……いいんです。貴方の言葉が一つの事実である事に間違いはないのですから」
「そうか」
傷つけた自分に対して、彼女は今も涙を拭いながら精一杯の笑みを向けてくれる。
そんな彼女を見て、大輝は自身の胸が酷く痛むのを感じ僅かに表情を曇らせた。
「それと、すみませんが先程の発言は聞かなかったことにしてください」
顔を背けながら呟く彼女の態度を不思議に思いながら、なんのことかと思い出す。
「ん? 先程の? あぁ、さっきのな。別に気にする必要もないと思うが? お前だって人間なんだ弱音くらい吐いても――――」
「いえ、その……は、恥ずかしいので……」
そう言う彼女の頬は、よく見れば朱色に染まっていた。
見慣れない白夢の姿に、思わず大輝はいたたまれなくなり、咄嗟に彼女へと背を向ける。
「あー、まぁ……珍しくはあったな」
「ふふっ、どうしたんですか? 急に背を向けたりして。それに、全然フォローになってませんよ」
そんな大輝を見て、白夢は思わず口に手を当て笑みを零す。
彼女の笑った姿を前に、大輝は自身の頬が緩んでいくのを感じていた。
「まぁ、なんだ……生徒会長としての想いと白夢空個人の想いは別でいいんじゃないか。何も、お前一人で全員の命を背負う必要は無い。今みたいに、お前一人の肩だけじゃ重い時が必ずある。そん時は、誰かに頼れよ。お前は俺と違って頼れる奴が少なからず居るだろうが」
紡がれたその言葉は、先程とは打って変わり白夢にとっても全く予想だにしていないものだった。
あまりの衝撃に、白夢は目を丸くし、軽い放心状態へと陥ってしまう。
「その、意外ですね。貴方がそんなことを言うなんて。ですが、私には生徒会長という肩書があり皆に頼られる立場にいることも事実です」
「いや、だから――――」
頑なに立場を気にする彼女に、大輝は負けじと口を開くが、それを遮るように白夢は言葉を紡いだ。
「ですから……大輝。私は……貴方を頼りにしようと思います」
「……はぁ? よりにもよって……俺?」
あまりに意外な言葉に、大輝は思わず首を傾げた。
「はい、貴方です。これから、私は貴方の言う夢物語のため色々とやるべきことがあります。きっと私一人の力では、貴方が言ったように近い内に限界が来るでしょう。ですから、その時は貴方の力を貸してください」
「いや、俺は一人で頑張り過ぎず、周りの連中にも頼れよって伝えたかっただけなんだが……」
真剣な目をした白夢に強く断ることが出来ない大輝は、どうしたものかと悩む。
「ダメでしょうか?」
潤んだ瞳で見上げる彼女に、大輝は最早抗えそうになかった。
こういう時、女は卑怯だ。
そう思いながらも大輝は口を開く。
「分かった、協力する。その代わり、俺は自由に動かせてもらうぞ」
「はい、構いませんよ。ですが、あまり一人で無茶しないでください」
ぶっきらぼうに言った言葉を、優しく微笑んで返す彼女に大輝は顔を紅くする。
彼女もそれに気づいたのか、静かに笑みを浮かべた。
「わ、わざわざ、命の危険がある場所で無茶なんてする訳が――――」
「貴方の班が担当したエリアで、一定の間隔で英数字が彫られている木を発見しました。どこかの誰かさんの仕業だと思うのですが……お心当たりは?」
白夢はニコニコと微笑んではいるが、ワザとらしく惚けた仕草を見せながら大輝にジリジリと詰め寄っていく。
「ご、誤魔化してもいいでしょうか?」
「そうですね。泣かされた仕返しに論破し続けますが、それでも宜しければ」
「あ、もういいです」
ニコッと微笑む彼女を前に、大輝はこれ以上の抵抗は諦めることにした。
「悪かったな。だが、もしかしたらお前なら確率が低くても、全員が生き残るための作戦を実行すると思ってな。言い出した時の為に、少しは準備してあった方が良いと思ったんだよ。大したことは思いつかなかったけどな……」
開き直った大輝は、包み隠さず考えていたことを話すが――――。
それを聞き、白夢の頬は次第に赤く染まっていく。
「本当に、ずるいんですから……」
「ん? 何か言ったか?」
小さく呟いた白夢の言葉は、大輝へと届くことは無く静かに消えていった。
「いえ、何も。それよりも……そこまで考えていたのでしたら、何故あのような事を?」
その言葉に、大輝は更にバツの悪そうな表情を浮かべる。
だが、真っすぐに自分を見据える白夢に応えようと、重たい口を開いた。
「あれが……俺の偽り無い本心だからだ」
その言葉を境に、二人の間に静寂が訪れる。
暫くして、大輝が再び言葉を紡ぐ。
「どうやら俺は、あの時から何も変わってな――――」
「そんなことが、聞きたいんじゃありません。私が聞きたいのは、何故それを私に伝えたのかです」
遮られて紡がれた彼女の言葉に、大輝は思考が止まる。
何故だろうか、自分でも深く考えたことは無かったが、知られたくないと本能が悟った。
「推測でしかありませんが……もしかして、私が生き残れるよう――――」
「はっ、俺はただ自分が生き残れる可能性を上げたかっただけだ。生憎、学園の皆さんには嫌われてるんでね。いつ俺に飛び火するか、気が気じゃなくてな。降りかかる火の粉は、降りかかる前に消しておいた方が良いと思っただけだ。病気とかも早期発見の方がいいだろ? それと同じだ」
先程までと打って変わって、大輝は鋭い目つきで白夢を睨みつけ冷たく言い放つ。
だが、そんな大輝を見て思わず白夢は微笑んでしまう。
「何がおかしい」
「ふふっ……相変わらずですね。出会った頃と全然変わっていません」
口元に手を当て微笑む、彼女に大輝の頬は再び熱を帯びる。
彼女のそんな姿を見て、大輝は何だか馬鹿らしくなり体の力を抜く。
「そんなことねぇよ。少しは変わったさ。今、こうしてお前と話してる。あの頃なら考えられなかった」
出会ったころの事を思い出し、懐かしむように大輝は微笑む。その大輝の姿を見て、白夢はどこか優しく微笑んだ。
「それもそうですね。あの頃の貴方といえば、それはもう――――」
「うるせぇ」
大輝は恥ずかしさからか、思わず白夢から顔を背けると、誤魔化すように話題を変える。
「それで、現在の状況はどうなんだ?」
先程までとは打って変わって、大輝は真剣な声音で白夢へと尋ねると、白夢は真剣な表情で言葉を返す。
「災害時の避難などを想定して、水や缶詰などを購入しています。一先ず、二日から三日程度ならどうにかなりそうです。細かく言うのであれば、ペットボトルの水が約三日分と非常食である缶詰が約二日分。これは、一日に一人一つずつ与えることが前提での計算になっています」
「この樹海の規模が把握できない以上、食料も水もやっぱり絶望的だな。まあ、無いよりはマシか……」
「褒めてくださってもいいんですよ?」
「はいはい、凄い凄い」
「逆にイラっと来ました」
「知らねぇよ」
その会話を最後に、少しの間お互いに話しかけようとはしなかった。
二人をの間に静寂の時間が続く。
だが、互いにその時間をどこか心地よく想い、二人は頬を綻ばせる。
「ふふっ、やっぱり貴方と過ごす時間は本当に楽しいものですね」
そう言った、白夢の表情は先程までとは違い晴れやかなものだった。
「泣かされたのにか?」
「はい。泣かされてもです」
笑顔で答える白夢に、無性に恥ずかしくなり大輝は頬を掻く。
「そりゃどうも」
「あら、素っ気無いですね」
白夢は、大輝の返事に少し拗ねたような態度をとる。
「何だ? もっと心配されたいのか?」
大輝は負けじと、挑発的な笑みを浮かべからかう様に聞くが――――。
「そうですね、貴方に心配されるのなら存外悪くないかもしれませんね」
白夢は頬を朱く染め、潤んだ瞳で大輝を見つめる。
その予想だにしなかった返しに大輝の顔は真っ赤に染まり、堪らず俯いてしまう。
「な、何バカなこと言ってんだ」
「ふふっ……冗談ですよ。それでは、そろそろお暇しますね」
その言葉に、僅かながらの寂しさを覚えるが、それを口に出すことは無かった。
「……そうか。まあ、ほどほどに頑張れよ」
「はい、貴方もお気をつけて」
そう言う、白夢は先程までとは違いとても真剣な眼差しで大輝を見る。
――まあ、流石に気づいてるよな。
「大丈夫大丈夫。極力、他の人の足を引っ張らない様に務めさせてもらうさ」
真剣な白夢に対し、いつもの調子で笑いながら返す大輝。
「……そうですか。では、また近いうちに。ごきげんよう」
「ああ、またな」
屋上から白夢が去ったあと、大輝は軽く息を吐き再び空を見上げた。
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