第6話 天才だけど、女の子
屋上へと移動した大輝はその場で横になり、ただ静かに空を眺めていた。
風が気持ちよく髪を撫で、木々の間から差し込む日差しが温かく大輝を照らす。
それらを楽しんでいると、段々眠気が襲ってくる。
「このまま静かに過ごせれば、最高だな」
「それは、無理ではないでしょうか」
独り呟いた言葉に、本来あるはずの無い返答が聞こえてくる。
その声の主に気が付いた大輝は、少し頬を緩ませた。
「独り言なんだから、わざわざ返答すんなよ。しかも、無理って……」
「それは失礼しました。淡い期待を抱かないようにするための、優しさのつもりだったのですが」
「曲がりくねった優しさより、普通に優しくしろや」
「一応、前向きに検討させていただきます」
「それ、しない奴の常套句だろうが。てか、生徒会長様がこんな所で油売ってていいのかよ?」
歩み寄ってくる彼女に対して、大輝は挑発的に言葉を返す。
彼女と向かい合おうと、大輝は気怠そうに起き上がる。
「いいんですよ。私だって、こうして息抜きでもさせて頂かないとやっていられませんから」
大輝の挑発的な言葉に動じることなく、不敵な笑みと一緒に言葉を返した。
その笑みに一瞬見惚れてしまうが、大輝は直ぐに思考を切り替える。
「ふーん。流石の天才生徒会長の白夢空も、この状況に弱気にでもなったか?」
何気なく口にした、その言葉に白夢は少し微笑んだかと思うと目を伏せる。
その姿を前に、大輝は自身の心が少しざわつくのを感じた。
「……そうかもしれません。ですが、生徒会長である私が皆の前で弱音を吐く訳にはいきませんから」
渇いた笑みで力無く微笑む白夢を、大輝は――――らしくない、と思う。
だが、それと同時に彼女を悩ませる要因に、大輝は幾つか思い当たる節があった。
「昨日の会議とやらで決まった方針やらのせいか。それに食料と水についてもか。まあ、他にも色々あるだろうが、お前の頭を悩ませている代表的な問題といえばこの辺か」
「相変わらず、よく周りを見ているのですね」
不安交じりの声で精一杯いつも通りを装い、白夢は大輝をじっと見つめる。
大輝は少しばかり思案したかと思えば、意を決したかのように口を開く。
「大輝、私は学園の人達を見捨てることができません。全員が生き残る可能性が、限りなく低いことは勿論承知しています。寧ろ、現状一番の問題が人数の多さだということも分かっていながら……私は、非情になりきれません」
「まあ、お前とも長い付き合いだからな。人を切り捨てられるような奴じゃないのは知ってる。だけどな……現状お前も知っての通り、全員で生き残るなんてのは理想論でしかない」
「……そんな事、百も承知です! それでも死なせたくないと思うのは可笑しいことですか!? だったら、大輝は彼等に――――ッ!?」
大輝の目を見た瞬間、自然と大輝の考えている事が白夢には分かってしまった。
その考えに行き着いた時、白夢は背筋が凍るような錯覚を覚える。
大輝はそんな白夢に、いつもと変わらない様子で世間話をするかのように淡々と話し出す。
「確かに、この森を探索するにあたって人手が多いに越したことは無い。だが、人手が多いと食料や水がそれだけ必要になってくる。でも、食料も水も無限じゃない。どうしたって、俺達生徒の中で間引きしていくしかないんだよ」
その言葉を境に、二人の間を流れる空気は冷たく張り詰める。
だが、互いに相手から視線を逸らそうとはせず向かい合ったまま微動だにしない。
意を決したように、白夢は重く閉じた口を開いた。
「確かに……貴方の言ったことは現実的で、確実に少人数が生き残る事ができる方法だと思います。その考えについて、私も否定する気はありません。ですが、それはあまりにも非人道的です。間引くなんて……人は植物ではありません。人はそれぞれ意志を持って生きています、植物を間引くのとは訳が違います」
白夢は大輝から目を逸らすことなく、はっきりと強い意志を持って自身の想いを言い放つ。
だが、そんな彼女の言動に一切動じることなく大輝はすかさず反論する。
「だが、多すぎる故に危機に瀕するなら数を減らすしかない」
互いに一歩も譲る気は無く、二人の論争は均衡を保ったままだった。
暫くの間、互いに睨み合いが続き、意を決したように大輝が先に動く。
「確かに水源を見つけるまでの探索には人手が必要だ、それは認める。だがな、水源を見つけたあとは本当に全員必要か?」
白夢は、淡々と話し続ける大輝の言葉に嫌でも納得してしまう自分に気づいている。
全ては可能性の話で、決まった事ではない。
だが、最も可能性としては起こりうる確率が高いことは彼女自身も理解していた。
故に彼女は、これ以上彼に何も言い返すことが出来ない。
「お前の言う全員が生存する確率は低すぎる。理想は所詮、理想でしかない。いい加減目を覚ませ。俺は、今のお前に命を預けるつもりは無い。死ぬなら、勝手に死んでくれ」
「っ……」
その冷たく言い放たれた言葉に、彼女は思わず顔を伏せてしまう。
肩を震わせ、思わず出た涙が頬を伝い流れ落ちていく。
冷静になろうとしても、酷く心が掻き乱され、思考する事さえままならない。
白夢は、溢れ出る涙を止めることが出来ないでいた。
――やはり面と向かって言われると、辛いものですね。
俯く彼女の姿は弱々しく声は微かに震えており、触れれば今にも儚く散ってしまいそうな、そんな印象を想わせる。
そんな彼女を前に、大輝も少なからず胸が痛んだ。
「確かに俺の言うやり方は、人道的ではないかもな――――」
少なからず想うところがあるのか、大輝は白夢の言葉に少し考え直す。
何が間違っていたのか、何がいけないのかを大輝は黙々と思考する。
白夢は、もしかすると大輝は想い直してくれるかもしれない。
そんな淡い希望を胸に抱くが――――。
「だが、その人道とやらに一体どれほどの価値がある? 人道的だから何になる? 何が救える? お前の言う人道的なやり方で、態々救える命を天秤に掛ける必要が一体どこにある? それはお前の傲慢でしかない。自身の正義感を満たすための、ただの自己満足に他ならないと俺は思う」
大輝から告げられた言葉は期待していたものとは違い、酷く現実的な鋭いものだった。
白夢は、胸の内から黒い感情が止めどなく溢れ出てくるのが分かる。
「だったら、一体どうすればいいんですか? 何が正しいんですか? 人は私に完璧を求めてきました、私もそれに応えてきました。可能性が低いことくらい分かっています! 夢物語を語っていることくらい自覚しています! それでも、誰かを見捨てるなんて私には出来ません。だったら、どれだけ可能性が低くかろうが、賭けるしかないじゃないですか!! 皆で生き残るためには、私が頑張らないといけないんです!」
不意に零した彼女の本音が、流れ落ちる彼女の涙が、大輝の心に少しばかりの波紋を起こす。
彼女の、見たことの無い悲痛な表情に心が痛む。
その弱々しい声を聞いて、漸く自覚する。
目の前に居るのは天才ではなく、ただのか弱い女の子なのだと――――。
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