第3話 探索準備
樹海生活二日目の朝、大輝は冷たいコンクリートの上で目を覚ました。
「身体が……っ~」
大輝は痛む体を優しくほぐしながら辺りを見渡すが、既に屋上には白夢の姿は無かった。
――相変わらず、早起きな奴。
そんな事を欠伸交じりに考えながら、大輝は屋上の出入口へと向かって足を進める。
時刻は午前八時を過ぎた頃、徐々に他の生徒達が起き始めていた。
皆一様に友人やクラスメイトと挨拶を交わし合っては、寝癖や寝顔などの話で盛り上がっている。
まるで修学旅行の朝のような光景に、大輝は若干の苛立ちを覚えながらも教室へと戻ってきた。
すると、そんな大輝の心境を余所に一人の女子生徒が声を掛ける。
「大輝君! おはよー!」
「ああ。朝から元気だな、夕凪。髪色もお前も朝から直視できないくらい今日もうるさいぞ」
「うん! こんな時こそ元気じゃないとダメだよ……って、全然褒めてないよね!? それに、髪色がうるさいって何!?」
「朝から目に優しくない髪色しやがって。光が反射してうぜぇし、朝からギャーギャー喧しい。朝くらい静かにしろ」
「あっ……。ごめんね……って、大輝君こそ朝から酷いと思うよ!?」
「おう、あんま褒めんな」
「いや、全然褒めてないから!?」
傍から見れば冷たく感じる大輝の態度と言動だが、一方の星来は表情をコロコロと変えて楽しそうに言葉を返していた。
嬉しそうに受け答えしていた星来だが、突然ハッと何かに気づいたのか頬を膨らませる。
「ん? どうかしたか?」
「そ・れ・と! 何時になったら私のこと、名前で呼んでくれるのかな?」
星来はグイッと顔を近づけると、潤んだ瞳で大輝を見つめ訴えかける。
だが、大輝は素早く彼女から距離を取ると、肩を竦めて徐にため息をついた。
「またその話か。何度も言わせんな。そんな日は永遠に来ねぇよ。俺とお前はただのクラスメイトで、それ以下でも、それ以上でもない。いい加減諦めろ、前から言ってるだろうが」
「そっか。でも、いつか呼ばせてみせるから! 覚悟しててね!」
大輝の言葉に一瞬落ち込んだ様子を見せたが、彼女は直ぐに立ち直ると、笑顔で元気よく指を差して高らかに宣言した。
「人を指さすな」
「あ、ごめんなさい」
「星来ー! 向こうで生徒会の人達から水貰えるみたいだし、一緒に行こー!」
「はーい! 今行くからー!! じゃあ、大輝君またね」
星来は大輝に向かって胸の前で小さく手を振ると、かけ足で友達を追いかけその場を去っていく。
彼女が去った後、大輝を見る周囲の視線は先程とは異なるものへと変化していた。
それはただのクラスメイトに向けるには、あまりのも悪意に満ちており、教室内では大輝への罵詈雑言が次々に飛び交う。
「チッ、何だよアイツ! 態度わりぃな」
「それな! わざわざ星来ちゃんが挨拶してくれてんのに」
「ホント、あいつ何様って感じ~」
「あいつだろ、例の噂の……」
「そうそう、それに他にも噂があって――」
「えっ、そうなの!? めっちゃ怖いじゃん!」
様々な陰口が大輝の耳に入ってくるが、それらを慣れたように聞き流し、時間が過ぎ去るのを静かに待ち続ける。
時刻が九時を回った頃、教室に戻ってきた担任の先生が皆の前に立ちクラスの様子を見渡す。
そして、全員が居ることを確認すると一度頷き口を開いた。
「皆さん、今から大事なお話をしますので静かに聞いてくださいね。昨日の職員会議と今朝のミーティングで決まった学園全体としての動きなんですが、樹海内を探索することが決定しました。それに伴い、各クラスで三人から五人程度のグループを作っていただき、樹海内をそれぞれ探索していただきます。というこで、まずは皆で相談して班を作ってください。班を作り終えたら代表者を決めて、代表者は先生まで報告をお願いします。それでは皆さん、さっそくグループを作ってください」
先生の話が終わると同時に、生徒達は騒ぎながらも仲の良い者達で班を構成していく。
しかし、周囲の者達は大輝のことを明らかに避けており、声を掛けようとする者は疎か近寄る者さえ居ない。
そんな中、周りが避けていることを気に留める様子もなく、大輝は未だに窓の外をぼーっと眺めていた。
すると、不意に肩を軽く叩かれる。
「ん?」
「よっ、おはようさん!」
「あ? ああ……火ノ国か。おはようさん。で、何の用だ?」
「黒金……。お前、この状況でいつも通りすぎるだろ。まぁ、いいけどよ。てか、何も聞いてなかったのか?」
あまりにも平常運転すぎる大輝に、若干呆れた様子を見せる火ノ国。
それをよそに、大輝は周囲の様子を冷めた目で一瞥くれると小さく溜息をついた。
「まあ、あんまり興味が無かったからな。途中から聞いてなかった」
「お前なぁ……」
「それにだ、俺と班を組みたがる様な物好きな奴は――――まぁ、言わずとも分かるだろ?」
「ッ……すまん。今のは、デリカシーにかけてた」
「あ? 別に、お前が気にする必要はないだろ。俺が嫌われてんのは一目瞭然、変わらぬ事実だからな。てか、さっさと顔を上げろ」
「いや、でもよ!」
「あぁ……もう! めんどくせぇな!! いいから行くぞ。見た感じ班員について報告しないといけないんだろ? だったら、さっさと行って終わらせ――」
そうして、食い下がる火ノ国を振り払い、大輝が先生の元へ報告に向かおうと思った矢先――――突如、大輝の視界が暗闇に包まれた。
「だ~れだ」
「……鬱陶しい。夕凪、今すぐ離れないと――――背負い投げの刑に処す」
「えへへ、やっぱりバレちゃったか~! でも、女の子に脅しでもそういう事言っちゃダメだよ?」
可愛らしい仕草で大輝に微笑みかける星来に対し、大輝は不思議そうな表情を浮かべていた。
「脅し?」
「えっ!? まさか本気で投げるつもりだったの!?」
「いやいや、夕凪。流石に黒金も冗談に決まってるだろ。なぁ、黒金?」
「ん?」
三人が互いに互いの顔を見つめあったまま、ピタリと静止した。
火ノ国は星来と顔を見合わせると、目を瞑って無言で合掌する。
「な、なんで投げようとするの!? 私、女の子なんだよ? 少しは躊躇しようよ!?」
「このアホが! 躊躇したから、警告してやったんだろうが! そんな事も分からないんですか~」
「あれで、躊躇してくれてたんだね!? ありがとう! でも、全然できてないからね!? 女の子検定があったら、大輝君の対応、赤点追試レベルだから!! てか、躊躇してなかったら問答無用で投げてるじゃん!?」
「結果的に投げてないんだ、感謝しろよ」
「あ、うん。ありがとうございます……って! 違う!」
星来はコロコロと表情を変え、怒ったり驚いたりしているが――。
その姿は、火ノ国から見ても実に楽しそうに振舞っているように見えた。
「ぷっ、アッハハハハハ!!」
「もぉー! 火ノ国君まで!」
星来は頬を膨らませ、ジッと二人を睨みつける。
「それで、お前何しに来たんだ?」
星来が睨むのを我関せずといった様子で、大輝は普通に話題を変えた。
「もちろん! 私も大輝君の班に入るために来たんだよ!」
「はぁ……」
「ため息なんてついてどうしたの? もしかして、また何かあったの?」
「ん? 足手まといが増えたなと思ったら自然と出てたわ。まぁ、あんまり気にすんな」
「いや、普通に気にするよ!! 例え事実だとしても、せめてもう少しオブラートに包んでくれない!?」
いきなり戦力外通告を受けた星来は、ジッーと目を細めて再び大輝を睨みつける。
だが――――。
「まぁ、戦力外の奴は放っておいて早いとこ報告に行くか」
そんな星来を全く気にも留めず、大輝は報告を済ませるため先生の元へと向かっていく。
「なっ!?」
そんな大輝の態度に星来は顔を手で覆い隠すと、その場にしゃがみ込んでしまう。
「お、おい! い、いいのかよ!?」
「あ? 大丈夫だろ」
「いや、でもよぉ……。黒金、流石に今回のは夕凪が可哀想だって」
「大丈夫だ。どうせ、お前の考えてる様なことにはならねぇよ。いいから振り替えずに進んでみろ」
火ノ国は断腸の思いで振り替えるのを止めると、大輝の言う通り前へ進み始める。
星来は俯いた顔を少し上げ、手の隙間から大輝達の様子をチラリと盗み見るが、二人は止まるどころか、星来に目もくれず先生の元へと進んでいた。
「ひ、酷い!? ふ、二人とも、待ってよー!」
一向に止まる様子の無い二人に焦り、星来は一目散に走り出す。
「ほら、ただの嘘泣きだっただろ?」
「ま、マジかよ……」
星来も合流し三人は班員を報告するため先生の元へと向かう。
だが、周りの生徒達は大輝達が近づいてくると露骨に顔を背けたり、陰口を叩き始める。先生の周りで会話していた生徒達も、大輝が近づいてきたのを見ると、そそくさとその場を離れていく。
大輝は何時もの事だと言わんばかりに、気にした素振りも見せないが、一緒に居る二人は堪らず表情を曇らせた。
そんな二人の心境をいざ知らず、大輝は先生へと声を掛ける。
「知里先生、報告なんですが――――」
「夕凪さん、丁度良かった。君の事を誘おうと思っていたんだ。良かったら一緒の班にどうだい? 君の友人にも一緒に組まないかと誘われてね」
先生へと声を掛ける直前、クラス委員長の鷹宮が大輝の横を通り過ぎて星来へと話し掛けた。
「はぁ!? 急に何言ってんだよ、鷹宮! 夕凪は俺らと組むって――――」
「それは、彼女自身が決める話だろ? それに、今は僕と彼女が話しているんだ。悪いけど、外野は邪魔しないでくれないかい?」
「火ノ国」
「なっ、黒金!? 何で止めンだよ!!」
火ノ国は思わず驚いた顔で大輝を見るが、大輝は表情一つ変えずに首を左右に振った。
「だけどよッ――――」
「どの班に入るかは夕凪自身が決めることであって、俺達がとやかく言う事じゃない」
「ッ……そう、だな」
大輝にそう言われ、火ノ国はしぶしぶとだが引き下がった。
そうして、鷹宮達と星来のやり取りが終わるのを、大輝と共に眺めている。
「ねぇ、星来も一緒の班になろうよ! 鷹宮君の班で星来も一緒なら、きっと最高だよ!!」
――はぁ……。朝から頭に響く声出しやがって。お前ら騒がねぇと生きていけねぇ呪いにでもかかってんのかよ。教室では静かに本でも読むか、現代人らしくスマホでも弄ってろや。それを何? わざわざ俺に絡むとか、どいつもこいつも暇なんですか? あァ?
――だ、大輝君!? めっちゃ怒ってるじゃん!? 私があっちに行くと思って心配してる? うーん……自分で言って悲しくなるけど、多分それは無いかな。多分、朱美の声がうるさかったのが原因かな。さっさと追い払うなり、出ていくなりしろって大輝君のオーラが凄い語りかけて来てる気がするんだよねー。なら、大輝君がへそ曲げる前に、さっさとこの茶番を終わらせちゃおっと!
「ごめんね! 私、もう入る班決めちゃったんだ……」
星来は少しばかり悩んだ素振りを見せ、可愛らしく両手を胸の前で合わせ優しい声音で当たり障りのないようにやんわりと断った。
「え~、でもさでもさ! そんな奴が居る班だと星来が危険じゃん、それが私は心配っていうか――――」
そう言うと、女生徒は大輝の方をチラリと一度見ると直ぐに星来の方へと視線を戻す。
どこか申し訳なさそうな表情で、星来は大輝へと視線を送る。
すると、それに気づいた大輝が星来へと、静かに頷き返す。
それを見た星来は、一瞬辛そうな表情を浮かべたかと思えば、視線を大輝から友人の方へと戻し話し出す。
「心配してくれてありがとう。でも、私なら大丈夫だから! それに班は三人からなんだよね? こう言ったら、あれだけど。このままじゃ彼の班だけ、二人で余っちゃうと思うんだ。それだと班が決まらなくなると思うし、それにこんな事で皆を困らせたくもないからさ。それに皆、出来れば仲の良い人たちで班になりたいでしょ? だから、私が彼らと組むよ」
そう言う星来の声は、何処か悲しそうな雰囲気を醸し出しており、最後にはクラスメイトに向けて儚く笑って見せた。
――ほんっと、夕凪の奴……良い性格してやがる。
不敵に笑う大輝を余所に、目の前にいる星来の友人や周りのクラスメイト達は、そんな星来の言葉と表情に、堪らず言葉を失っている。
「そっか……星来は本当に優しいね。皆の為か、星来らしいや。うん、星来の気持ちを無駄にしない為にも今回は我慢する」
星来の言葉に納得した彼女は、それ以上の勧誘をしようとはしなかった。
クラスメイト達は星来の言葉に感銘を受けたのか、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。
「うん、ありがとう。鷹宮君、そう言うことだから……今回はごめんね?」
星来は目の前の友人から鷹宮へと向き直り、彼の顔を覗き込むように優しく微笑みかけた。
そんな星来に鷹宮は、どこか苦い笑顔で微笑み返し大輝へと向き直り口を開く。
「あぁ。残念だけど、今回は諦めることにするよ。黒金も手間を取らせたね。すまなかった」
「別に構わねぇよ」
大輝は最後にそう告げると、先生へと報告を行い自身の席へと戻っていく。
星来と火ノ国も、その後を追うようにその場から立ち去るのだった。
彼らが去った後、鷹宮は班員と話をしながら時折ある一点を見つめる。
その視線の先では――。
「火ノ国君、聞いてよ~! 大輝君てば、酷いんだよ!」
「ぷっ! あッはははは!! 黒金らしいよな」
「お前ら、朝から煩い」
嫌そうな顔を隠そうともしない大輝とのやり取りを、楽しそうに笑っている星来の姿に鷹宮は自然と手に力が入る。
「鷹宮君、どうしたの?」
心配したのか同じクラスの女生徒から話しかけられるが、鷹宮はいつも通りの笑顔でその女生徒へ言葉を返す。
「あぁ、何でもないよ」
彼の笑顔に声をかけた女生徒は思わず頬を赤らめる。
その笑顔は、傍から見れば優しく爽やかな笑顔に見えるが何処かその笑顔には暗い影が映っていた。
暫くして、全ての班が報告を終えた。
全員が着席したのを確認し先生が皆の前に立ち話し始める。
「皆のおかげで班決めもスムーズに行うことが出来ました! これからの行動ですが、朝礼を行ったあと先生たちの指示に従い各班ごとに指定の位置へ移動してもらいます。そこからは、班の皆で協力して樹海内を数時間ほど探索してもらう予定です。水は各班にペットボトル二本ずつしか配れませんので、皆さん大切に使うように! それじゃあ、朝礼に向かうので教室の外に出席番号順で並んでください」
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【キャラクター紹介】
名 前:火ノ国 真人
性 別:男性
年 齢:17歳
血液型:B型
誕生日:4月12日
身 長:182.2cm
体 重:72kg
特 技:逆立ち腕立て
趣 味:鍛錬、座禅、登山