プロローグ
気がつけば、見たことも無い森の様な場所で、見知らぬ女性に抱きしめられていた。
何故か視界は酷く霞みがかっており、そのせいで女性の顔がハッキリと見えない。
にもかかわらず、抱きしめられるその感覚にふと懐かしさを覚える。
(誰だ?)
声を掛けようとするが、何故か思うように声を出すことができない。
無理にでも声を出そうと試みるが、突如謎の苦しさに襲われ思わず咳き込んでしまう。
咳と共に口から赤い液体が吐き出される。
自分が吐き出した赤い液体がなんなのか理解すると同時に、腹部に鋭い痛みが現れた。
「ッッッッ!?」
初めて感じる途方もない痛みに、思わず声を上げて叫んだ。
だが、幾ら叫ぼうが声は出ず、代わりに大量の血が口から溢れ出ていく。
(なんで、血が出てる? 一体何がどうなって……)
突然の出来事に訳も分からず混乱していると、ぽつぽつと頬に温かい雫が降り注いだ。
見上げると彼女は耐えるように唇をきゅっと噛みしめ、静かに涙を流していた。
間違いなく自分は彼女を知らないにもかかわらず、彼女が自分の為に涙を流しているのだと思うと、胸の奥にほんの少し温かいものを感じる。
「グスッ……ッ……やだ……死なないで……」
その声を聞いた瞬間、何故だか目の前で泣きじゃくる彼女へと手を伸ばさないといけない、そんな気がした。
だけど、自分の意思に反してその手はピクリとも動かない。
目の前で泣く彼女をただ見ていることしか出来ない無力な自分に、苛立ちだけが募っていく。
「約束したじゃないですか。ずっと、ずっと一緒だって」
嗚咽混じりに紡がれる彼女の言葉に、思わず苦虫を噛み潰したような気持ちになる。
「うそつき、うそつき、うそつき……」
彼女が発する言葉に、胸の奥が酷く痛みを覚えた。
流れ落ちていく涙を見ていると、己の無力感と不甲斐なさを否応なしに実感させられる。
不思議な感覚だった。
名も知らない彼女の一挙一動に、酷く心が乱される。
「待ってる。これから先ずっと……あなたに、もう一度会える日を」
彼女は零れる涙を拭うと、別れ惜しそうに手を握ってくれた。
優しく指を絡めるように繋がれた彼女の手から、安心感を覚えるような温かさを感じる。
「少しの間、お別れですね……」
彼女はそう呟くと、静かに目を閉じゆっくりと顔を近づけはじめた。
互いの距離が徐々に近づいていくにつれ、鼓動が酷く五月蠅くなっていく。
「輪廻の果てで、また……」
互いの距離が零になろうとした瞬間――。
ピピピピピピピピ!!
耳元で騒音が鳴り響いたかと思えば、見慣れた天井が目の前に広がっていた。
「はぁ……タイミング」
溜息混じりに悪態をつくと、騒音の原因であるスマホを恨めし気に睨みつける。
時間は朝六時を示しており、アラームをセットし直すと静かに横になった。
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