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うわ言は大抵その後の伏線

 満月が見下ろす、酒場もどこもしまった夜に、サーラルの呼吸が安定してきたことに気づいた。額に手を当てても、昼間ほど熱くない。咳の頻度も減っている。


「ニオ先生特性料理の出番か?」


 宿に運び込んでから一日半食べていないサーラルへ、ニオが薬屋で買った材料をもとに作った献立がある。粥にショウガを混ぜ、薄く切り分けたリンゴとイチゴを添えた料理だ。食べやすく、水分補給と栄養摂取が両立できる。普段料理なんてしない不器用なカイムでも作れるよう、「あとは順番通りお皿に乗せるだけ」と、ニオが材料の前にメモを残してくれている。


「ん……」

「お、いいタイミングだな」


 目が覚めたのだろう。月に雲が掛って顔が見えないが、うなされている感じではない。いい加減に目が覚めたのだろう。病人とはいえ、腹は減る。

 だからメモ通り料理を作ってやろう。遠慮するか、食欲がないか。まぁなにかしら拒絶の反応が起こるだろうが、材料のある皿に手を伸ばそうとして、サーラルの声に戦慄と混乱が巻き起こった。



「クラッドが、来てしまう」



 サーラルは寝言とも、うわ言とも取れる声でそう言った。


「起きろっ……!」


 シールと同じことがしたい。相手は病人。そんな思いは吹っ飛んだ。雲がどいて月明かりに照らされたサーラルの首元を掴んで、乱暴に揺する。うっすらと開いた目はまどろんでいたが、そんなこと気にしている場合ではない。


「え……ここは……あなたは……」

「起きろと言った……!」


 ニオとアリスに勘付かれないよう、声を殺してサーラルの覚醒を急かす。まだ辛いのか眉を寄せて咳をしたサーラルだが、「ベッド……?」と、周りを見回している。


「なんでここにいるだとか、なんで俺がいるだとか、そんなのは後だ! お前、クラッドを知ってるのか! いや、知っていてもおかしくはねぇが、『来てしまう』ってどういうことだ!」

「クラッド……あ、あああ……」


 その名を口にすると、サーラルの目はパッチリ開いた。


「わ、私はどれだけ眠っていたのですか……?」

「一日と半分だ。クラッドと関係あんのか」

「ああああ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……もうミスはしませんから! 言う通りにしますから! だから、もう、痛いのは……嫌ぁ……嫌ぁぁぁ!」

「おいっ! 暴れるな!」

「嫌だ! 嫌だ嫌だ! もう嫌だぁ!」


 錯乱して取り乱したいのはこっちの方だというのに、サーラルは泣きながら暴れ、声を大にして騒いでいる。


「なんの騒ぎよ!」


 隣の部屋で寝ていたアリスが寝間着姿のままニオを連れて扉を開けた。説明しようにも、サーラルはのたうち回って「嫌だ嫌だ」と繰り返している。

アリスは即座にサーラルへ駆け寄った。


「なんだか知らないけど落ち着くのよ! ねっ? 落ち着いて! ここには誰もアンタを傷つける奴なんかいないから!」

「いたとしてもボクたちが追い払うよ!」


 アリスが抱きしめ、ニオも必死に説得している。カイムはどうしたらいいのかわからず立ち尽くしていると、ニオの一声がサーラルをピタリと止めた。


『カイムは天使の血を引くクラッドとだって戦えるんだから』。サーラルは息を荒くしながらもペタンとベッドに尻もちをついて、「カイム」、続けて「クラッド」と枯れた声で呟いた。


「ここは……王宮じゃ、ない……カイムが……いる……」

「よくわからないけど、なんとか落ち着いたわね」


 同じ宿に泊まる客がうるせぇぞと壁を叩く音がするが、ひとまず落ち着きを取り戻してくれた。


「カ、カイム、さん……」


 ギギギ、と頭をカイムに向けたサーラルは唇を震わせながら、つっかえつつも口にした。「守ってくれますか」と。


「……クラッドからか?」

「い、え……スティーリア様から」

「あの王子か……クラッドとどう関係するのか知らねぇが、奴の味方をしてるとしたらぶちのめす」

「ぶちのめす……できるん、ですか?」

「王族だろうが知ったこっちゃねぇ。邪魔すんなら神だろうと叩きのめす」

「そうですか……そうですか」


 顔を伏せたサーラルは、カイム、ニオ、アリスを順番に瞳に映すと、「私に何をしていたのですか?」と訊く。


「こんな服、持っていません。ベッドも、この部屋も、いつものと違います……」

「慣れない野宿で体調崩してたのよ。アタシたちは看病してたってわけ。っていうか、まだ顔赤いわね。熱も――まだある」


 額に手を当てたアリスにキョトンとするサーラルヘ、ニオは病人でも食べやすい料理を用意してあると、机に並ぶ材料を指差した。


「え……なんで……なにが目的で、そんなこと……」

「なにって、そりゃ握手までした旅仲間を放っておけねぇだろ。地図も書いてもらわねぇといけないしな」

「それだけだったかな?」


 ニオの意地悪な問いに身を引くと、サーラルも「それだけ?」と疑問を浮かべた。


「ボクが思うに、君はシールの真似事をしてたんじゃないのかな」

「お見通しかよ……俺は、ただ昔世話になってた人と同じことがしたかったんだ」

「なぜ、です?」

「なぜって……俺はっ……その人から、色々貰ったからな……他人への思いやりとかをよ」


 言葉にするとなんと恥ずかしいことか。アリスは吹きだしていて、ニオもケラケラ笑っている。


「ま、実際看病するって言いだしたのはこいつよ。寝ないで看病するのは正直やりすぎな気もしたけどね」

「そういうのは言うなっての」

「いいじゃないか。君の善意――思いやりだったかな? それがなかったら、交代制で看病なんてこともしなかったろうし」

「交代制……え、つまり、あなた方も私なんかのことを……?」


 言ったら、アリスがツンと額を人差し指で突いた。


「女の子が「私なんか」なんて言うもんじゃないわよ。それに、アタシだけ放っておいたら後味悪いし」

「ボクもね。個人的には、この体で人間用のペンでメモ書くの大変だったよ」

「メモ……そこのお米や、リンゴを、私のために……」


 信じられないといった様子のサーラルに「とにかくだ!」と声を上げる。


「地図もそうだが、俺たちはお前のために金も時間も使った。だがな! そこの二人も見返りなんか求めてねぇ」

「地図は……」

「それは書いてもらう。だがそれはお前の『役割』であって、助けた理由じゃない。さっきも言ったが、ほら、思いやりだ! ……っておい! なんで泣く?」


 サーラルは真顔のまま涙を流していた。拭うこともせずに三人を見回してからカイムへ視線を戻すと、不器用な笑みを見せた。


「なん、ですか、それ……思いやり……? そんなものがこの世にあるなんて……本当に、あなたは……」


 泣きながら笑うサーラルの背景になにがあるのかはわからない。どういう事情であんなに怯えていたのかも知らない。

 ただ一つ、どうしてもはっきりさせないといけないことがある。


「泣きながらで悪いが、俺もお前も落ち着いたようだから訊く。クラッドが来てしまうとは、どういう意味だ」


 そこまで聞くと、サーラルは我に返り、立ち上がろうとして、ヨロっと倒れかけた。


「ちょっと! まだ寝てなきゃだめよ」

「いいえ、そういうわけには……カイムさんは、初めて私に優しくしてくれた……もう、『欺けない』」

「欺けない? どういうことだ」

「スティーリア様は、あなた方を足止めしろと仰いました……ですが、ハイランドの王子クラッド・シルトベイル様が、送られてきた手紙からあなたの存在に気づきました。私は、あなた方を単身追ったクラッド様より遠ざけながら、血の石碑へ遠回りをさせる地図を書けと命令されたのです」

「おい、まさかスティーリアってのはクラッドと繋がってんのか? いや繋がってんだな!」

「血の石碑をクラッド様に与えれば、ハイランドは独立国から従属国になり、国民すべてでスティーリア様を帝王に押し上げる……そういう約束です」


 ともかくクラッドが追ってきている。自然と拳を握っており、ニオとも頷き合う。


「なら話は早い。あの野郎と決着をつける」

「今のところ三戦一敗二引き分け……でも、バンシィの力が体になじんできたからかな。契約者の君自身も強くなっていると思うよ」

「よし、第四ラウンドは俺が勝つ。それでシールの遺体を――」

「待ってください! スティーリア様は、血の石碑の正確な場所がつかめていない今、カイム様という力をお持ちになった方に未開拓地域を探させることも視野に入れています! クラッド様も、詳しくは聞かされていませんが、なにか大変な秘密を抱えていると……」

「関係ねぇ。あいつは叩きのめす。それでシールを取り返す!」


 カイムとサーラルの意見が食い違う中、アリスはしばらく唸ってから、「ちょっといいかしら?」と指を立てる。


「血の石碑について知ってて追ってるのはアンタくらいだろうからバレたんでしょうけど、ここまで十日かけてきてるのよ? サーラルの地図でアインヘルムに来たんならともかく、あくまでアタシの手紙――スティーリア王子と繋がってる人からの指示なの」

「……それがなんだ?」

「だからスティーリア王子ってのは、アンタとクラッドを鉢合わせたくないからサーラルにそんな命令したんでしょ? なら、ドンピシャでここに来るかしら? 開拓途中の街は山ほどあるのよ?」

「――――あ」

「飲み込むの遅いわよ」


 クラッドが未開拓地域に行ったことは知っていても、アインヘルムに来るまで旅人ともほとんどすれ違っていないし、村や他の街に立ち寄ったわけでもない。

 つまり、クラッドがここに来る確率は――



「ハァッー――……」



 たった今まで、待ち望んだクラッドと戦えて、ここでぶちのめしてシールの遺体をぶん獲るつもりだっただけに、とてつもなく深い溜息を吐いて椅子に崩れるように座った。


「じゃ、安全ってことで。サーラルもお腹減ってるでしょ? 食欲なくても、少しでいいからニオちゃんの料理食べなさい。お粥暖めてあげるから」


 ありがとうございますと不器用に礼を言うサーラルを背に、カイムは立ち上がってフラフラと歩きだした。


「俺は、寝る」

「えっ、ベッド一つしかないのよ! 女のアタシに床で寝ろっての?」

「うるせぇ! 俺の気持ちも考えろぉ!」


 また騒ぎ出したので、近くの部屋からヤジが飛んでくるが、知るか。もう寝てやる。

 アリスの制止する声を無視して、カイムは部屋に戻っていった。


「……なにか大変な秘密、か」


 寝床に困らないニオだけが、サーラルが口にしたクラッドのことを考えていた。

「どうにも、嫌な予感がするね」

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