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重たい過去があれば主人公としては優しくしたくなるものだ

 三部屋予約してから迎えに行ったわけだが、サーラルは息も荒く熱も酷かった。


「一人で寝かしておくのは、俺としては嫌だし危険だ」

「あら、アンタが他人を気遣うなんて珍しいわね」

「シールは誰にもそうだったからな」


なるほどねと了承したアリスに頼んで二部屋予約に変更し、交代で看病することになった。


「……すいません、ベンと羊皮紙を……」


 荷物一式を部屋に運び込んで薬屋で買った品の扱いと役割分担についてアリスと話していたら、ベッドに寝かせたサーラルが起き上がって手を伸ばす。


「地図を……書かないと……」

「なに馬鹿なこと言ってんのよ! まずは体調戻しなさい!」

「ですが、スティーリア様が……」

「ちょっと休んだくらいでいちいち文句言わないわよ。こんなところにいるんなら、そのスティーリア王子ってのもアンタについてなにも知らないから平気。とにかく休んでなさい」

「ですが……ですが……!」

「ああもうしつこい! 病人はとっとと寝なさい!」


 男勝りなアリスに押されてベッドに寝かされたサーラルは、尚も地図とスティーリアについてうわ言のように繰り返していたが、しばらく見張っていると眠りについた。


「ったく、女ってのは王子様とかにそんな弱いのか?」

「小さい頃なら、一度は白馬に乗った王子様の妄想くらいするでしょうけど、サーラルはアンタと歳変わらないでしょ? 逆にアンタは今、道の曲がり角で美人と突然ぶつかるなんて考えるかしら?」


 それはない。というより心にはシールがいる。馬鹿げた話題は早々に切り上げて、まずはアリスがサーラルを起こさないように着替えさせるそうだ。


「はい、男は出ていきなさい」

「だからシールがだな……」

「……浮気しないっていうのは褒めてあげるけど、まぁいいわ。隣の部屋で荷解きでもしてて」


 シールの名を出したら、アリスの顔が一瞬暗くなったように見えたのは、気のせいか。たぶん違う。アリスはやはり――


「隣で病人寝てるのに、なに考えてんだ……」


 頭にクエスチョンマークを浮かべるニオになんでもないとしておき、ここまで旅で使ったリュックから洗う必要のある物や替えを用意するものなどを分けておく。街を回ってみた感じ、開拓途中とのこともあり、旅用の品は買おうと思えば一式買い揃えられる。


 と、ベッドに腰掛けて荷物をほどいていたら、扉がノックされる。開ければアリスがいたが、なぜ声をかけなかったのか。答えは、シールの名を聞いた時以上に暗い――悲痛な思いを浮かべている顔だった。


「なにがあった」

「見た方が早いわ……」


 アリスとサーラルの眠る部屋に移ると、ベッドには宿の主人に頼んで用意してもらった病衣に身を包むサーラルの姿があった。熱のせいか、もともと白い顔が赤く高揚し、よけいに心配させる。


 しかし、問題はそんなことではなかった。


「これ……アンタでもわかるわよね」

「おいおい……こいつは……」


 アリスはサーラルの細い手を取り、袖をめくった。そこには、刃物で切った傷が無数にある。深く抉りすぎて、肉が沈んでいる個所もあった。


 リストカット。真っ先にそれが浮かぶ。


「……これだけじゃないのよ。着替えさせる時、背中には鞭で叩かれた跡が蛇みたいにたくさんあったの。回復魔術でも治らない……いえ、たぶん治しても新しい傷ができてる。本当はこんなこと、本人に内緒で話すのは気が引けるんだけど、知っておかないと、思わぬところで傷つけちゃうから……」


 カイムの瞳には、決して人には見せられない傷を抱えながらも、そんな素振り一つ見せず隠して無理をしていたサーラルの姿が、かつての自分と重なって見えた。


「――一部の人間は、自分より弱い者を常に求めるものさ」


 サーラルの体に優しく振れたニオが、哀愁の漂う声を紡ぐ。


「そういう人間こそが本当に弱いって、求めている人は気づいているけれど、気づかないふりをしている。こうやって痛めつけて、自らをも傷つけさせるようになって、それでも、気づこうとしない――自分が弱いって忘れるまで続けるのさ。そして、なにかが切っ掛けで思い出そうとしたら、また弱い相手を痛めつける……人間との共存しかできないボクが、最も嫌う人間の汚いところだよ」


 誰もが皆、傷を抱えている。それをみんな隠している。同情なんて、まっぴらごめんだと強がって。


「俺は馬鹿だ。最低限の算術と読み書きは習ったが、世の中がどうやって作られてるか、どうやって動いているかなんて知らねぇ……だが、だがな……こんな相手を放っておけない道徳心とやらは持ち合わせているつもりだ」


 どうするの? というアリスの視線に、カイムは答える。「助ける」と。


「あの時、なんの関係もない他人だったシールがしてくれたことを――シールの遺志を持って、継ぐ俺がやる。こいつの痛みに寄り添う。見捨てたら、シールに合わせる顔がねぇ」

 アリスはなかなか動けずにいたが、やがてコクリと頷いた。アリスも、シールについては知っているのだから。



 熱があるので風呂には入れない。だが熱があるから汗をかき、濡れたままではよく眠れない。なので、衣服の交換と体を拭くのはアリスに任せた。

 かわりに、カイムはサーラルに寄り添うことにした。アリスには一応スブレンドーレの仕事があるため、人の出入りが激しいこの街は絶好の情報収集場所なのだ。


「タオル、そろそろ変えるか」

「氷の魔術で水は冷たくしておくね」

「助かる」


 熱さえ引けば、咳や苦しそうな息も治る。桶に溜めた水をニオに冷やしてもらい、絞って、うなされながら眠るサーラルの額に乗せてやる。


「君が馬鹿でよかったよ」

「あ?」

「馬鹿は風邪をひかないからね」


 いつもならここでもう一声返すところだが、サーラルのことで考えつかなかった。

 時折、サーラルがうなされて言うのだ。「愛して」とか「一人は嫌」と。とても苦しそうに、枯れた喉から無理やり吐き出すように――懇願するように、孤独は嫌だと訴える。


 似ている。やはりサーラルは、かつての自分に似ていると、カイムは物悲しそうな眼差しを向けていた。

痛みに耐える力はあっても、きっと耐えるだけ耐えたら、崩れるのだろう。その結果が、このリストカットだ。


 自分はまだ死んでいないか。痛みに耐えられず死んでいないか。皮肉にも自分を痛めつけて、生の充足を得る。


「こんな傷ついたサーラルに、俺ができることはなんだ」


 ふと、言葉にしていた。サーラルに寄り添っていたニオは、「今のところは」と前置きをして、「一人にさせないこと」と言う。


「精霊がなにかと契約するのと一緒さ。精霊は単体だと弱いから。一人じゃ生きていられないから。だから契約する。人間だってそうだろう? どんな――ロスタインという多くの従属国を従えた帝王でさえ、伴侶を作って二人になる。一人じゃ、この世界は冷たすぎて、広すぎて、人間からしたら長いんだ」


 なら、二千年を生きるアリスはどうなのだろう。こんなサーラルを目の前にしているというのに、自らへの好意に気づいているアリスは、カイムが選ばなかったらどうなるのだろう。


「あーダメだ。頭の中グチャグチャでどうしたらいいのか自分で自分がわからねぇ」


 こういう時、寄り添って心の底から心配して相談に乗ってくれたのがシールだった。ニオにはない慈悲深い優しさと、アリスにはない気遣い。それと天然で……付け加えることを数え出したらキリがないかもしれない。


「なぁシール……教えてくれよ。あの頃みたいに」


 シールの意思は、カイムの中にある。半年前、クラッドと戦った時に不可抗力で死んでしまったシールの意思が宿る血は持っているのだ。

 だから教えてくれないか。俺は昔のお前と同じことがしたい。好きでもなんでもない相手の傷に寄り添って、救いたい。シールと出会わなかったら、カイムはコソ泥でなんの力もない矮小な男に過ぎなかった。それを変えてくれたシールと同じことを――


「そろそろ、日も落ちるね」


 窓枠に座っていたニオが空を見上げて一日の終わりを告げる。役割分担として、体力も気力もあるカイムは夜通しでサーラルの看病をするので、今からアリスとニオが眠るまで仮眠をとることにしていた。


「なにかあったら、起こしてくれ」


 部屋を出ていき、アリスが戻るまでニオに任せた。

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