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金があったら賭場には行くな酒場でも飲むな薬を買え

 朝になって馬を走らせて頃合いを見計らって野宿する場所を選んでの旅は、ヘルバムから合計十日続いた。幸い雨に降られなかった野宿生活の旅は、速さは順調だった。


しかし、サーラルの体調がすぐれない。初日にくしゃみをしていたが、翌日には咳に変わり、もともと細かった食事も少なくなり、水浴びもしなくなっていた。

 人間観察が得意なニオ曰く、水浴びはそもそも嫌なような――怯えているように見えたらしい。


 だが、アインヘルムにはたどり着けた。


「意外ね、結構栄えているじゃない」

「石畳だとか検問はねぇが、入り口からして酒場と賭場がある。騎士もうろついてるな」

「二年半付き添ってあげたボクからの忠告として先に言うけれど、賭場にはいかせないから。この半年だけで何回負けて、何回一文無しになったか……」


 とはいえ三人が目を合わせると、フラフラと箒で飛んでいるサーラルへ視線がいく。

野宿と自然の中での生活に慣れたカイムやアリスと違い、サーラルは王族直属の貴族。慣れない野宿で憔悴しているのは、誰が見ても明らかだ。アリスが額に手を当てると熱もあった。


「まずは宿探しだな。サーラルを休ませねぇと」

「アンタとニオちゃんに頼んでいい? アタシはサーラルについてるから」


 了解と残して、ニオとアインヘルムの街並みを眺めながら宿を探す。しかし未開拓地域にできた新しい街だからか、造りかけの建物が多く、人がいるのかいないのかわからない場所が多い。これではニオと二人で探すのは難しい。


「保安官に訊いたら?」


 ほらそこにも騎士がいる。ニオは指を指すが……


「この半年クラッドが送ってくるハイランドの兵士たちから逃げながらの旅だったから、ああいう堅気の奴は苦手だ」

「なら、あそこにいるドワーフの鍛冶屋とか。小耳にはさんだ話だと、未開拓地域に腕だけで食べていくって出ていった職人も多いそうだよ」

「逆に世間に疎そうだな……ん? あれは……」


 砂埃の舞うアインヘルムの街並みの先に、冒険者協会がある。たしかヘルバムを素通りして未開拓地域に行く冒険者は多かったとアリスが言っていたので、この街や近辺に関する情報なら、彼らに訊くのがいいかもしれない。


「まだ建てたばっかりって感じだな」


 あるいは造り直しているのか。アインヘルム自体新しい街なので、どちらもあり得る。まだ塗装されていない壁が目に付くが、扉を開ける。


「中は結構賑わってるね」

「こんだけいりゃ、宿の場所くらいならわかるな」


 扉を開けてまっすぐ行けば依頼を受ける受付嬢と掲示板がある。そこから視線を左に向ければ、十人前後が座れる長机が通路を挟んで四つあり、五列続いている。まだ時間は正午と夕方の真ん中くらいだが、酒を飲んで騒いでいるか談笑している冒険者たちが四十人はいた。


「誰に訊く?」

「酒に酔ってねぇ若すぎなくて真面目そうな奴」

「また拘るね」


 などと話しながら探す。よそ者だと睨まれることも未開拓地域だからかなく、鎧を着込んで長槍を背中に括り付けた二十代後半程の男と、向かい合って話す短剣をベルトに括り付けている二人組に声をかけた。


「ちょっとそこのお二人さん。この街に着いたばっかりなんで訊きたいことがあるんだが」


 二人組はカイムとニオを見比べてから、「丸腰ということは商人かなにか?」と訊く。話を合わせるために、武器とパーティーメンバーは先に武具の点検に行ったことにしておいた。


「色々と入用でな。買出しに出る前に念のためここらの物価が知りたい。それと医者はいるか? メンバーの一人が体調崩しちまってな」


 カイムはいかにリャナンシーとの契約者とはいえ、見かけは十八。十二で人間は成人するとはいえ、まだまだヒヨッコと呼ばれてもおかしくない。冒険者ならなおさら、駆け出しだと思われるだろう。


 案の定、二人は「そういうことか」と納得し、男の方がアインヘルムの地図を取り出した。


「まだ造られて二年くらいの街で、改修工事とか街そのものを広めようとしているから未完成の地図だけど、ここが冒険者協会で――」


 地図を見ながら話を聞くに、広さそのものはたいしたことない。物価もロスタインが正式に治め、発行している硬貨が使えて価値もあまり変わらない。宿もカイムたちのようなヘルバムに似た入り口となっている街からくる冒険者や職人、商人といった連中が多いからか、安宿から豪華なところまで網羅されている。


ただ開拓途中ということもあり、医者をまだ呼べておらず、冒険者としては一人の病気がパーティー全体の停滞を生むそうだ。

 回復魔術は、とも一考したが、そういえばあの手の魔術は怪我は治せても病気は無理だと思い出した。


どうしたものか。サーラルは温室育ちの貴族だ。病気になんてかかったことないかもしれない。そもそもただの風邪なのか、変な病気をもらったのかもわからない。


ニオと唸っていると、女の方が「そのパーティーメンバーは重症なの?」と問う。一応箒で飛べてはいたので、「そんなには」と返しておくと、地図の一点を指す。商店の並ぶ一角に、『薬屋』があるそうだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「気が乗らねぇ……」


 慣れない礼も程々に冒険者協会を後にすると、件の薬屋へ向かう。


「なんで薬屋は嫌なんだい? 医者みたいなものだろう?」

「そういや、お前とは行ったことなかったな。なんていうかあれだ。俺の苦手な手合いなんだよ」


 どういうこと? と腕を組むニオへ、昔の――まだシールともニオとも出会っていない頃の話をする。


「俺がガキの頃は色々あった。親はいねぇし孤児院は焼けるし……まぁそこはいい。当然だが、とにかく金がなくてな」


「今もね」と追加するニオへデコピンを食らわしてから、あの『虚ろ』だった日々を思い返す。


「頭の出来が悪くて魔術も使えねぇ成人間近の孤児なんて誰も相手にしねぇ。生きるためにチンピラ連中と盗みとかやって金貯めてたんだが、運悪く見つかってな。他の奴ら全員捕まった時に俺だけ盗んだ大金背負って逃げたんだが、傷だらけだった。塗り薬なり包帯なりが欲しいからって薬屋に行ったわけだが……」


 思い出してもムカムカしてくる。あの、表面はニコニコしながら、腹の中では騙して当然といった悪い笑み。


「やけに果物だとか魚が置かれてんだよ。店主曰く、全部病気と怪我になにかしらの効能があるとかで片っ端から買わされたんだが、怪我にはなんにも効かなくてな」

「つまり意味もない物掴まされたわけだね。今よりもっと馬鹿だった時に、あれも傷に効くこれも傷に効くって」

「あとで聞いた話だが、パン屋ならパン、肉屋なら肉って売るものを街の商会が決めてんだが、薬屋はあの手この手で屁理屈こねて、健康に良さそうな物置いてるんだとよ」


 しかし、サーラルには早々に回復してもらって地図を書いてもらわなくてはならない。回復には薬か体にいい物が必要だ。

 もう騙されない。誰が騙されてやるものか。あの頃から何年……

 ――薬屋は、基本的に頭がいい。引退した医者などがやっていたりもする。医者もまた、頭がいい。


 カイムは、自他ともに認める馬鹿。

「……おい、店主との交渉はお前に任せる」

「なんとなく理由は察したよ。これもまた、血の祭壇とシールのためってね」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 冒険者協会やら鍜治場のある通りを抜けて、街の中心部にある広場へ。大道芸をする芸者たちを横目に向かいの通りへ足を運び、雑貨屋などが並ぶ通りへ出る。


 薬屋は地図にあった場所で看板を立てていて、扉を開けた先には、昔騙された時とあまり変わらない品々が陳列されていた。


「いらっしゃい」


 店主は禿げた爺さんだったが、こちらの身なりを見て金を持っていないと察したのだろう。頬杖をついて、適当な接客だ。


「仲間の一人が体調を崩した。ここ五日の慣れない野宿でな。熱もあってあんまり飯も食べてねぇ」

「浮浪者の仲間に出す薬はない」

「金なら『今は』ある」


 手のひらほどの財布を取り出して、店主の前にドンと置く。中には、一枚で二晩は飲んで騒いでいられるエーベル銀貨がびっちり詰まっていた。


「ついでに付け足すと、ボクたちの仲間はスブレンドーレの司祭だよ。恩を売っておいて損はないと思うけれど?」


 宿探しのためにさっき渡されただけなのだが、店主の目の色が変わった。


「いやぁすいません! この歳になるとポケッとすることが多くなりましてね! それで、訊いたところ旅疲れのせいだと思われますが――」

「ちょっと待ってくれるかな」


 途端に流暢に喋り出した店主をニオが止めると、店内をぐるりと見回す。何度か頷き、「店の品はこれで全部か」と訊いた。


「え、ええと、その、奥には貴族様向けの特別な品もありますが、あちらはアリオーヌ金貨一枚からの物ばかりでして……」


 一枚あれば、下手すると家が買える。店主はまさか買うのかと興奮気味になってきたが、「なら普通の人向けの品はここにあるだけなんだね」と、ニオはフヨフヨ浮遊して店内の棚へ飛んでいった。


「とりあえず体を暖めなきゃだからショウガを三日分と、お粥用のお米と……そうだな、水分と栄養を補うためにリンゴとイチゴかな。それも三日分。あと、体調が戻ってきた時のために豚肉――いや、ウナギの方がいいか。そこの樽にいるウナギを一匹予約で」


 途中に口を挟めないよう意識したのかは知らないが、体調を崩した人に対しては完璧な品の選び方に店主は何も言えず、ニオの頼んだ品を取りに行く。カイムの顔をうかがいなにか口にしようとしたら、ニオが「早く」と急かすので、騙すための言葉すら発せない。


「ありがとうございました……」


 品は売れたが硬貨の中で最低のボトム銅貨一枚騙し取れなかった。店主は項垂れてカイムたちを見送った。


「やっぱりお前頭いいよな」

「リャナンシーは人間の男性としか契約できないんだ。人間について詳しくないと契約できないからね」


 それでも、ロスタインの中で契約できたリャナンシーはニオだけ。そういう狭き門をくぐってきたことも、今回の件に繋がっていたのかもしれない。


「とにかく必要な物は揃ったな。あとは宿か」


 そちらに関しては、あまり不安はない。サーラルをダシに使えば、アリスも多少値の張る宿でも了承してくれるだろう。

 先ほどの冒険者協会のあった通りに戻り、三人泊まれて風呂と飯の出る宿を決めると、街の入り口で待っているアリスとサーラルを迎えに行った。

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