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歳は十八でも魔○宅のキキと同じくらい胸が平坦な魔女

 春先の暖かな風の吹く未開拓地域を、カイムとアリスは馬に乗り駆けていた。これからロスタインが、このどこまでも続くような草原と、そこにある自然が好き勝手に木々を生やした森や切り立った崖のある山を整備するのだろうが、おそらくカイムが生きているうちには無理だろう。それだけ広い。


「日も暮れてきたな……今日はここまでだ」


 旅慣れたカイムの提案は、もともと自然の中で暮らしていたアリスも切り出そうとしていたので、近くの森の中へ馬を走らせる。滝と言うには低い傾斜から山水が小川となって流れている場所で野宿となった。


「この水は――うん、綺麗ね。飲んでも大丈夫よ」

「ならまずは溜めとくか」

「アタシは晩御飯の獲物仕留めてくるから。矢を頂戴」


 カイムは革袋に小川の水を汲みながら、黒い血を左手の手首から出し、十本ほどの矢の形にする。


「便利ねぇ」

「便利だが無くされると困る。外したら絶対に拾って来いよ」

「アタシ、族長様も認めてくださった矢の天才なのよ。外せっていう方が無理な相談だわ。アンタも水汲むだけじゃなくて、火を起こしときなさいよ」


 互いに役割を言い終えると、仕事にかかる。馬は三日水を飲まなくても走れるが、人間やエルフはそういかない。二人とニオ、合わせて革袋五つ分に水を汲むと、旅用のリュックにしまっておく。


 それから集めておいた細い木の枝を櫓上に組み上げ、肩に座るニオへ声をかける。「火炎魔術の方は頼んだ」と。


「了解、ボクだけ何もしないっていうのも気が引けるしね――というか、やっぱり魔術覚えたら?」

「魔力のコントロールがどうとか、そういうのは昔から苦手なんだよ」

「なんなら教えるけれど?」

「知らないことは誰にどう教わってもさっぱりわからねぇ。剣術も我流だしな」

「その我流剣術でクラッドと戦えてたからいいんだけれど……馬鹿の一つ覚えだね」

「うっせぇよ」


 などと話しているうちに焚火は完成し、しばらく火にあたって待つ。アリスが鳥二羽を仕留めてきたので、羽根をむしり、串刺しにして火にくべる。ニオの分として木の実と焼けた鶏肉を千切って渡すと食事の始まりだ。


「今日で、ヘルバムを出て五日か」

「いい加減にベッドが恋しくなってきたわねぇ……」

「スブレンドーレに送った手紙の返事だと、もう五日我慢すればロスタインが造り途中の『アインヘルム』とかいう街に着くんだよな」

「その前に血の石碑について書いて送ったら、ある程度場所を知ってる人が地図を書きに来てくれるみたいだけどね。明日には到着するスブレンドーレの廃教会で落ち合うことになってるわ」


 アリスの名で送られた手紙は伝書鳩で送られ、帰ってきたら『廃教会で地図を書ける人と合流すること』『大まかな方向ならアインヘルムという街ならば野宿しないで済むこと』の二点が書かれていた。


「妙だよな」

「手紙のこと?」

「なんで地図そのものを送るんじゃなく地図を書く奴を送るのか。そこら辺がどうにも気になっちまう」

「アタシにはサッパリね。ニオちゃんはどう?」


 鶏肉で口の周りをべたべたにしていたニオが袖で口元を拭くと、「時間稼ぎ」と口にした。


「死んだ人が蘇るなんて血の石碑は、王族と関わりのあるスブレンドーレからしたら露見したくない。でも放っておいて偶然血の石碑の場所を先に見つけられても困る。そんなところじゃないかな」

「そうなると、地図の方はデタラメな内容になりかねないわね」

「大丈夫だと思うよ。まったく違う方向に行かされている間にクラッド――ハイランドが血の石碑を見つけたら、騙したなって怒って暴露されることくらい想定しているだろうからね」

「なんにせよ、遠回りながらも血の石碑には近づいているわけだ。アリスも血の石碑まで来るんだろ?」


 訊くと、ごちそうさまと食べ終えたアリスは頷く。

「スブレンドーレが探しているっていう強力な精霊だけど、そんなのがいたら開拓なんてできないでしょうからね。まずは、神獣ウルーが眠ってる血の石碑を見てから決めるわ」


 さて。アリスは立ち上がって伸びをすると、荷物から着替えを出してカイムを睨んだ。


「そこの滝で水浴びするけど、覗かないでよね」

「俺はもっと、ふくよかな女が好きなんだよ」


 アリスが振り下ろした拳をヒョイッと避けて、とっとと行ってこいと急かす。この五日間体を拭く程度だったので、カイムも水浴びを待っているのだ。


「それじゃ、女の子同士行きましょうか」


 ニオと滝へ向かうアリスへ、「百六十歳じゃババァ通り越して白骨死体だな」などと言いかけて、あまりからかうのもよそうと喉で止めた。

 二年間傷ついた心に寄り添って、こうして一緒に旅をして、心がアリスへ傾き始めているような気がして、正直どう接したらいいのか自分でもわからなくなってきている。


「どうしたもんかな……シール」


 木々の間から覗く夜空を見上げて、呟いてみる。『何もかもを与えてくれたシール』と『これから先の未来もいてくれるアリス』。こうして呟いてしまうあたり、まだシールの方が大事だ。とてつもなく大事で、アリスはやはり『楽な道』なんだと思う。


 死者を蘇らせるなんて神の所業のようなことをして、国を相手に駆け引きと戦いをして、まだ場所もわからない血の石碑へ旅をする。


 アリスはそんな問題全てを楽に解決できる相手なのだ。

 それにシール云々を抜きにしても、いつかは血の祭壇に行かなくてはならない。ハイランドが見つけてからでもいいので、楽な道を行ってもいいのだが――瞼の裏には、初めて『思いやり』を教えてくれたシールの姿が焼き付いている。


「結局、茨道か」


 ゴロンと寝転がって、アリスとニオの水浴びが終わるのを待つ。虫の鳴き声が耳に心地よく響いて、旅の疲れもあり眠ってしまいそうだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 朝が来て、野宿の後片付けをして、馬に水を飲ませたら森を出て走る。手紙にあった廃教会には午前中に着くだろうが、はたして地図を書くという奴はいるのだろうか。


「ここか」


 傾いて今にも崩れそうな教会にたどり着く。アリス曰く、スブレンドーレがロスタインの王族たちより先に強力な精霊を探すために造らせた教会だそうだが、これでは威厳もクソもない。

 正面の大扉も錆びていて、その隙間から入る。

 埃っぽい内装から視線を上にあげてよく見ると、天井に穴が開いていた。その穴のふちに人影がある。こちらに気づいてか、『箒』に乗って降りてきた。


「あれは、『魔女』だよな」

「箒に乗れるってことは、そういうことね」


 話していると、紫色の長つば帽子をかぶった魔女は廃教会の真ん中に降り立ち、帽子を取って茶色い編んだ髪と共にぺこりと頭を下げた。


「初めまして。サーラル・クリスティーナと申します」


 静かながらよく耳に届く澄んだ声で、魔女はサーラルと名乗った。


「結構な金持ちが来たな」

「魔女ってだけで仕事には困らないでしょうからね。それにしても……」


アリスはうーんとサーラルを上から下まで値踏みするかのように見て、「お洒落ね」と、若干悔しそうにしていた。


「品のある黒くて丈の短いケープとマントのくせして、箒で空を飛んでいるのに流行りのミニスカート。しっかり下着が見えないように黒タイツで対策して……おまけに足はヒール?」

「嫉妬か?」

「アタシだってハイエルフからしたら年頃なんだから着飾りたいのよ! こんな修道服じゃなくてね!」


そんなことをしても二人とも胸はたいして変わらない。言いかけて、流石に初対面の相手に言うことではないと飲み込む。

そんな事情はいざ知らず、帽子をかぶりなおしたサーラルは「カイムさんとアリスさんですね」と、抑揚なく口にした。


「お二人については、第二王子スティーリア様より丁重に扱うよう命令されています。怒らせてもならないとも」

「第二王子? なんでまたそんな奴がお前を?」

「スブレンドーレとスティーリア様は提携して血の石碑を探しておられますから」

「まぁ、こっちとしては地図さえ書いてくれりぁいいんだが。それより……」


 どう言葉にしたものかと迷ってから、そのまま口にした。


「変に畏まるな。ここは帝都でもねぇし、俺もアリスも一般人だからな」

「なぜ、でしょうか。スティーリア様は機嫌を損ねさせるなと……」

「やりづれぇんだよ、ついてくる女二人は品がねぇからな。一人だけカチカチだと接しづらい」


 キッ! と睨んだアリスは放っておいて反応を待つが、「申し訳ありません」と目を伏せた。


「命令を受けておりますので。それに、私は礼節に欠ける行いはするなときつく教え込まれました。窮屈かもしれませんが、それが私ですので」


 なんとも固い奴が来た。アリスと顔を合わせてから、「仕方ない」と頷き合って、これからアインヘルムまでよろしくと手を差し出した。


「……これは?」

「ん? 握手だ。しばらく一緒に旅をするんだろ? 形だけでも仲間ってことにしとこうと思ってな」


 サーラルは、なぜか困ったように黙りこくってから、手を重ねた。


「よろしく、お願いします……一応先ほどの言葉を気にしてみましたが、この場は、この言葉で合っていますか?」

「そういうのをいちいち気にするところは間違ってるな」


 なんにせよ、合流は出来た。アリスが同じ女だからと廃教会からサーラルと語らい出ていくのを見送ったら、「もういいぞ」と声をかける。


「人間相手に契約するリャナンシーから見て、あのサーラルとかいうのはどうだ?」


 近くにあった倒れた長椅子の影に隠れていたニオが飛んできて肩に登ると、一つ引っかかるそうだ。


「ボクは人間の男性と契約するリャナンシーだから女性はちょっと専門外だけれど――スティーリアの名前を出した時の反応が、なんだか変だったね。怖がっているような……いや、不気味な……ダメだ、言葉にできないな。でも、気を付けた方がいいかもしれない」

「腹に一物抱えてるかもしれねぇわけか。しばらくは様子見だな」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 馬のスピードに、サーラルは箒に腰掛けて遅れず付いてきていた。おかげでアインヘルムへの道を予定通り進め、「今日はここまでだな」と、山に面した小川のふちで野宿となる。

 しかし、サーラルがなにやら考え込んでいる。どうしたと訊けば、「ここでなにをするのですか?」と疑問を感じているようだった。


「そりゃ、ここで水浴びして飯食って寝るんだよ」


 当たり前のように小枝で櫓を作りながら言うと、白い顔が引きつっていた。


「そ、外でですか……その、ベッドやお風呂などは……」

「そろそろ春だから、着込んで布団に包まってりゃ寝れるだろ? 風呂どころかお湯もねぇから、そこの小川で体を拭くか、アリスみてぇに滝で流すかだな」

「こんな、寒いのにですか?」

「寒いか? 暑すぎず寒すぎず、ちょうどいいと思うが……まさかお前、野宿の経験もなしに来たのか?」


 カイムの問いに、サーラルは身を引きながら頷く。というか、この身なりをするほどの身分なら、野宿などは経験がなくて当たり前だ。


「まぁ慣れるだろ。今日入れて五日は野宿だからな」

「い、五日……」

「寒いなら火炎魔術で水を暖めりゃいいし、寝る時に熱した石を革袋に包んで抱くと暖まる。なんなら俺の分の布団も使うか? 俺は真冬も路上で寝てたからな」


 と、差し出したのは旅用に売られる中古の更に中古ほどに使い古された布団だった布の成れの果て。


「ありがとう……ございます……」


 サーラルの分と一緒に渡したが、その顔は引きつったままだ。


「さて、今日は俺が食い物調達の番だったな」

「あの、参考までに訊きたいのですが……食べ物とは、どういった料理でしょう」

「料理なんて大層な物じゃねぇよ。鳥とかウサギとかを焼いて食うだけだ」

 ついにゲッソリしたサーラルには悪いが、森に入って獲物を探しに行った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「にしても、サーラルはすげぇな」


 水浴びを済ませて焚火を囲んで切り分けたウサギの丸焼きを頬張りながら、一口一口が小さいサーラルに話を振れば、「なんのことでしょうか」と、さっきより疲れた声がする。


「その箒のことだ。俺は魔力だとかがいくら説明されてもわからねぇから知識として知っているだけだが、箒で飛ぶのは大変なんだろ?」

「そりゃそうよ。言うなればそこら辺の棒切れを宙に浮かして、乗っても重さで落ちないようにして固定して飛ぶんだからね。大空を優雅に旅する魔女もいるみたいだけど、サーラルもできるでしょ? 馬と並走して飛んでたんだから」


 水で無理やりウサギ肉を飲み込んだサーラルは、「そうですね……」と、咳払いをする。

 顔を覗き込むと、「わがままを言えば」。そう、箒を手にして呟いた。


「すべてを投げ出して、魔女として箒と少ない荷物で旅に出て、人々の助けになってお金をもらい、大空を鳥と一緒に飛びたい――そんな願いはありませんが、もしもそこに、愛して愛される人がいたら、それ以上はもう、なにもいらない――そんな夢はあります。ですが、私は魔女ではありません」


 「あんなにお金のかかる服で着飾ってたのに?」とアリスが訊けば、あれを用意したのはサーラル自身ではないという。


「魔女なら万物を操り、その力を頼りに人々から冒険者たちよりも多く依頼を受けます。ですが私の家は、長年王族に使える貴族です。魔術の腕や精度で普通の魔女に後れを取るつもりはありませんが、やはり自由な魔女ではないのです」


 王族に使える貴族。王族と一口に言っても、この前死んだ帝王には腹違いの子供が十一人いる。だがこの場合、サーラルが使えているという王族は主にスティーリアなのだろう。

 スティーリアからして、丁重に――いや、様子見をするために誰を送るか。それは礼節に長けたサーラルのような人物だろうし、万が一カイムとアリスを始末するための刺客として送るにも、魔女に匹敵するなら適している。


 そんじょそこらの魔女に負けるカイムではないが。


「ックシ!」


 サーラルについて馬鹿な頭ながら考えていると、とうの本人がくしゃみをしている。


「野宿するっていうのに厚手の着替え持ってこねぇから……ほら、ボロボロだが俺の外套着とけ」


 フワッと線の細いサーラルに外套を着させてやると、目が見開かれていた。

 なにか気に障ることをしたか。口に出そうとして、サーラルは両手のひらでギュッと外套を握り締めていた。


「この暖かさ、温もり……空しいですね」


 なにを言っているのかわからないが、とりあえず気に入ってくれたようだ。ウサギ肉も食べ終わると、サーラルのためにゴロゴロした石をかき集めてきてニオとアリスの火炎魔術で熱すると、厚い布袋に入れておいてやる。

 どういうわけか、その一挙手一投足に、サーラルはどこか、驚きと喜悦を覗かせた。

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