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某最強吸血鬼のパクリ能力と言わないで

 バンシィが最後に目撃されたのは、ヘルバムから続く未開拓地域。まず二人はそこまで馬で見に行ってみると、誰かの荷馬車が破壊されていた。そこから地面を這うように赤い血が見受けられ、少しばかり深い森へと続いている。


「この感覚……近いね」


 風で飛ばされないようにカイムの胸の中にいたニオが森を目にしてそう言った。精霊同士惹かれあうのか、カイムとアリスは頷き合って慎重に森へと入る。


「この腐った生肉みてぇな臭いは……」

「バンシィが操っている死体でしょうね。それに、生まれも育ちも森の中の里だから、木々が危険だって囁いているのが聞こえるわ」

「便利だな、それ。しかし、それなら近くにいるってわけだ。馬はこの辺にとめとくか」


 手綱を木に引っかけて地に降りると、アリスは弓に矢をつがえた。


「バンシィについて調べたことから、自分自身が宿る死体の周辺に十から二十の意思がない死体を操っているはずだわ。ってことで、できる事なら火薬を矢にくっつけて、火炎魔術で爆発させて一網打尽にしたいんだけど……」


 アリスはカイムの顔色をうかがう様に覗き込むと、肩をすかせて「俺を使え」とため息交じりに答えた。


「殺しても死なないからな」

「悪いわね。じゃ、私は上からいくから」

 森育ちのアリスは木々をヒョイヒョイと登っていき、枝の中で気配を殺した。

「貧乏くじだね」

「そういう能力だから仕方ねぇ」


 ブツブツ話しながら丸腰で森の中を行くと、腐臭が漂ってくる。木の枝から枝へ移動するアリスの方を見やると、しっかり感じ取っていたようだ。

 そのまま少し歩けば、開けた場所に出た。ボッカリと森の中に広場ができたような場所には、ユラユラと呻き声を上げながら佇む甲冑を着込んだ死体たちが――すべて、倒れている?


「あれ、バンシィの気配が……消えた?」


 ニオが周囲を見渡して探しているが、まず動く死体がない。バラバラ死体が散乱しているが、手や足といった体のパーツが切断され転がっており、とてもではないが『操る』とかは不可能に見える。

 不意に、雨が降ってきた。さっきまで晴れていたというのに、ポツポツと森の木々に水滴が舞い落ちる。

 そんな折、悲鳴が聞こえた。聞いたことのない奇妙な絶叫がする方へ、木の上のアリスを置いて走ると――


「バンシィ……危険種とはいえ所詮は、この程度」


 白い羽根が舞っていた。『半年前のあの日』も『二年半前のあの日』も目にした、憎き白き翼の持ち主が、そこにいた。


「なんだ、テメェ……なんでここにいやがる! あぁ? クラッドよぉ!」


「うるさいぞ、俗人。私は今仕事中だ」


 振り返ったクラッドは、ハイランドの白い礼服を着て、その手に『黒い瓶』を持っていた。


「貴様を追うついでに見つけたバンシィの力。私にはこれが必要だ。それと――貴様が契約したリャナンシーの力も――!」


 一瞬、クラッドが視界から消えた。飛び上がったのかと目線を上に向けたが、クラッドは姿勢を低くして剣を手に突っ込んできていた。


「グッ……」

「翼があるからと、いつも空にいると思うのは愚かだ。『私が空に飛ぶと思い込んでいた』。斬り合いでは互角だとしても、心理戦ではこちらが何段も上だ」


 垂直に構えた白い剣がカイムの心臓を貫いていた。血がとめどなく流れ、足元に赤い血の池を作る。


 しかし、カイムは低い声で笑った。


「生憎、馬鹿だからよぉ……!」

 心臓を貫いた剣を素手で握る。クラッドはハッとして抜こうとしたが、カイムは放さず、もう片方の手で顔面を殴りつけた。


「馬鹿は風邪をひかねぇなら、俺だけ馬鹿なら心臓の一つや二つなくなっても死なねぇよなぁ!」

「……チッ」


 クラッドは剣の柄から手を離し、何歩か飛び退く。


「逃がさねぇ!」

 カイムの足元に流れ落ちた赤い血が黒く染まった。それらは意思があるように空中に浮遊すると、黒い矢の形となってクラッドへ降り注ぐ。


「フンッ」


 その矢を、クラッドは白い翼から羽根を飛ばして相殺した。

「相変わらず、死なないな。半年前はなんらかのトリックだと思っていたが――やはり、リャナンシーの力か」


 クラッドは手に持っていた瓶をカイムへ投げつけた。そんなもので怯むカイムではないが、瓶は勝手に割れて、中から黒い精霊が飛び出てきた。


「バンシィ!」


 ニオが叫ぶ。件の精霊の登場に驚いたカイムを前に、クラッドは今度こそ空へ飛んだ。


「貴様は言ったな、勝負にベットすると。ならば今、私の答えを言おう――そんな戯言には、興味がない。『血の石碑』は私が先に見つける」

「なっ! テメェそれをどこで……」


 バンシィも必要なくなった。問いかけには答えず、カイムとクラッドは互いに睨み合ってから、やがて空の果てへ消えていった。

 残ったのは、オロオロとあたりを手探りで確認する人型のバンシィだ。瞳が潰されており、カイムとニオが見えていない。


「あの野郎、血の石碑を知ってやがった」

「ボクにも興味があるあたり、調べてあるんだろうね」


 面倒なことになった。考え方によれば、クラッドと決着をつける機会が増えたわけだが。


「クラッドは逃したが……この置き土産、どうする」

「もちろん、ボクが食べさせてもらうよ」


 食べる。ニオは不敵に笑って口を大きく開けると、周りの黒い血が渦を巻いて、バンシィを吸い寄せた。

 細切れになりながらニオの口の中へ飲み込まれたバンシィは消滅し、「ご馳走様」と、ニオは満足気味だ。


「精霊相手のみ有効な『吸収』。久しぶりだね。ボクの血肉になって、一段と強くなれた」

「食い終わったんなら傷治してくれ。やっぱり痛む」


 はいはい。ニオは緑色の光でカイムを包むと、貫かれた胸の傷が回復していく。矢となり飛んでいった黒い血は、地を這うように戻って来て、カイムの両手首へ戻っていった。


「カイム!」


 と、傷も回復し血も戻ったカイムの元に、木の上からアリスが飛び降りてきた。


「無事? バンシィは? っていうかその白い羽根って……」

「遅せぇよ……とにかくバンシィは片づけた。羽根の方は、たぶん思ってる通りだ」


 複雑な顔のアリスだったが、目的は達成できた。


「その傷跡――まだ死ねないのね……」

「十一人。人間十一人分殺さねぇと、俺は死なない」

「生に縛り付ける呪いのような力。それこそが、リャナンシーとの契約者が手にする能力――合ってるわよね」


 呪いというのは、適した表現だ。頷いてから、これから始まる旅に思いを馳せる。血の石碑を目指した、二年半前の恩を返す旅へ。

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