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金がない…飯もない…でも変などうでもいいプライドだけはある

 『珍しい魔術見せます』。果てのない領地を持つ帝国ロスタインの端の端、そこから未開拓地域が続く石畳も敷かれぬヘルバムという街の噴水広場に、そんな立て看板が立てられていた。

 背を噴水に預け項垂れる男に誰一人として目を向けない中、一人、緑髪のハイエルフが呆れ顔でため息をつきながら見下ろした。


「……色々と言いたいことはあるんだけど、まず最初にいいかしら」

「あ? なんだ?」

「なんだ……? ちょっとアンタ! 私のこと忘れたの? アリスよ! アリス!」

「すまねぇが、もう三日は雪しか食べてなくてな……いい加減に暖かくなってきたから、今日の朝は雪解け水なんだよ。正直目が霞むわ頭はボーっとするわで、あんたがロクに見えねぇし頭も回らねぇ」

「相変わらずお金がないのね……確認するけど、その若白髪とボロボロで穴だらけの外套。アンタ、『カイム』よね」

「なんだ、俺の名前知ってんのか。知り合いってことだよな。ならまず飯か金をくれ。俺もだが、『こいつ』もそろそろ限界だ」


 こいつ。そう言って指差されたのは、カイムの横に倒れていた人型の『精霊』だった。


「そこら辺の小動物……大きさはウサギとか鳩とかとたいして変わらねぇが、こいつも腹が減って見ての通りダウンしてる。名前は――」


 『リャナンシーのニオ』。アリスと名乗ったハイエルフは「知ってるわよ」と口にする。


「そんな詳しく知ってる奴いたか……?」

「アンタとニオちゃんを里で二年間世話してあげたから知ってるに決まってるでしょうが!」


 「ハァッー」。アリスは深いため息を吐き出すと、噴水広場にある露店から川魚の串焼きを二本買って、カイムに差し出した。


「ツケといてあげるから、とっとと食べなさい」

「アンタ、いい奴なんだな……なんか、前にもこんな奴がいたような……」

「だからアリスだって言ってるでしょ! ていうか流石にわざとよね? どうせお金がないから食べ物欲しいけど、女に恵んでもらうのがどうたらっていう演技でしょ?」


 カイムはフッと笑い、「お見通しか」と顔を上げた。


「久しぶりだな。ま、知っての通り変に拘る性格でな。お前が相手とはいえ、女に頭下げるのは御免だ。よしっ、とりあえず飯のタネは確保だ。もう起きてもいいぞ」


 誰が飯のタネだ! アリスは声を荒げたが、カイムの声に横で倒れていた精霊のニオは体を起こす。


「悪いね。こうでもしないとお恵み貰えないからさ」

「ニオちゃんも相変わらず飄々としてるわね……ああほら、変な演技するから綺麗な亜麻色の髪が汚れてるわよ。それと種族は違えど同じ女だから指摘してあげるけど、紫の瞳が目ヤニで台無しね」

「紫紺と言ってほしいな。ボクもこんな『契約者』に似て、細かいところを拘るから」


 などと得意げに語るが、目をこすりながら小さな体で川魚の串焼きにがっつくから、百合の花弁のようなドレスが油まみれになっていた。


「「熱っ!」」


 カイムもニオも同じリアクションを取りながら川魚の串焼きを食べ終えると、「もう一本……」と言いかけて、アリスが制した。


「お金ならある。アンタとニオちゃんは個人的にも気に入ってる。だからご飯なら食べさせてあげてもいい。でもその前に、一つ問題があるのよね」

「金がねぇから一つどころじゃないがな」

「そのお金に関係するのよ……この看板、ヘルバムの許可貰って立ててる?」

「いや、勝手にやってるだけだが」

「アンタたしか十八でしょ! 人間は十二で成人扱いなんだから、いい加減に世の中の作りを知りなさいっての!」


 なにが言いたいのかわからないカイムとニオへ、テンガロンハットを被った保安官が三人ほど間に入ってきた。


「お前か、勝手に商業行為をしているとかいう浮浪者は」


 保安官の一人が看板を指差して言い、「許可証は?」と、睨みつけてくる。


「商業行為の許可証、もしくは期限が切れていたら更新料。どちらかを出せ」

「えっ……ちょ、ちょっと待て。俺はここら辺の事情に詳しくなくてだな……」

「どのような事情があろうと、ないのなら一緒に来てもらう」


 保安官ということは、行き先は牢獄か。この場は逃げるか、戦うか。どちらも得意なカイムはニオへ目をやりながら決めかねていると、アリスが「待ってください!」と必死に保安官を引き離す。


「えーと、あの……こいつは助手です! 帝都から腕の立つ人を呼んでくださいって頼んで、ちょっと行き違いがありまして……」

「ハイエルフ……たしかお前は、この前この街に来た『スプレンドーレ』の司祭だったな。だが許可証は――」

「な、ないんで今から払いますから! いやーすいませんね本当に! こいつ世間に疎くて! 格好もこの通り浮浪者もいいとこですしね!」

「……とにかく、こちらとしては許可証がないのなら発行料さえあれば、そこまで追求する気はない」

「ええはい、どうぞ……お納めください……」


 アリスは銀色の刺繍の入った修道服のポケットから財布を取り出して、保安官の提示した額の硬貨を支払う。念のために逃げようとしていたカイムは保安官が去るまで成り行きを見届けると、「逃げなくていいのか?」などと頭を掻いていた。


「アタシがお金払ったからね!」

「怒るなって……まぁよくわからねぇが助かった。あれだろ? これでやっても――」

「その前にちょっとツラ貸しなさい!」


 アリスは怒り心頭といった様子でカイムを引っ張り、噴水広場から出ていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「百六十年。わかる? 私百六十年生きてるのよ?」


 夜は酒場と化す冒険者協会の一角で、ラム肉の塩コショウ炒めをがっつくカイムとニオへアリスは愚痴を投げかける。


「アンタたち人間が生きて百年、ドワーフが精々五百年生きるってのに、ハイエルフは二千年を生きるのよ? そりゃ、私なんか里の族長様とか大婆様に比べたら百六十年なんてヒヨッコでしょうけど、さっきの保安官もどうせ三十そこらなのよ? そんな百歳以上年下相手に頭下げて機嫌とってお金払って……」

「うるへぇ、ほちとら腹減っへんだ」

「食べながら話すなぁ!」

「あ、受付嬢さん、葡萄酒昼間から出してるかい? ボクはあれが大好きでね」

「昼間っから酒飲むなぁ!」

「ふぅ――なんだ、あんまり騒ぐなよ」

「誰のせいだと思ってんのよ甲斐性なし!」


 アリスはもう馬鹿らしくなったのか、ハーブティーを一口含み、「いつだったかしら」と二人を見た。


「アンタたちが『あの一件』で契約したのが……二年半前よね。里で二年間も世話してあげて……あーもう、それだってのに半年前に挨拶もなく出ていって、こんな辺境で浮浪者扱い――ねぇ、なにがあったのよ」


 そこまで呆れているか怒っているかだったアリスが真剣な眼差しでカイムに目をやると、少し困ったように言葉に詰まりながら、「シールを助けに行った」と話す。


「え……ちょっと待って、半年前にシールを助けに行ったって……」

「たぶん考えている通りだ。俺はしくじって、シールは死んだ。ついでに王子のクラッドが国を挙げて俺を探し回ってるから、逃げるついでにここに来た」

「……ついで?」

「あー……ちょっと説明が面倒だな……とりあえず、おとぎ話で出てくる天使ホロウと原初の精霊神獣ウルーの伝承は知ってるか?」

「天使ホロウがこの大陸を支配していた神獣ウルーと戦ったっていうやつ? 相打ちになって、天使ホロウはその血をハイランドの王族に継がせて、神獣ウルーはどこかで眠りについたって……」

「その神獣ウルーが眠る場所が、未開拓地域のどこかにある。こいつ――人間と契約できたリャナンシーの力を使えば、オールの力も相まって、一度だけ『死んだ人を蘇らせることができる』」


 「そんな馬鹿な」。アリスは目を丸くするが、「俺の能力なら可能だ」と断言する。カイムは食べ終えるとそれだけ言い、席を立った。


「とにかく助かった。おかげで商いもやれるみたいだしな。金を稼いで、オールの眠る『血の石碑』ってのを探しに行く」


 そういうことで。出ていこうとするカイムの肩を、アリスはガシッと掴んだ。


「アタシがいなかったら、今頃アンタ牢獄の中よ? ご飯まで食べさせてもらっておいて、はいサヨナラっていくと思う?」

「それは……人柄次第って奴だろ」

「生憎ここまでツケが溜まるとアンタじゃ払えないっていうのは知ってるから。それに、さっき遠くから少し見てたけど、誰も寄らないじゃない。お金もなしに未開拓地域に行くなら、また今回みたいなゴタゴタに巻き込まれるわよ?」


 なにが言いたいのか。カイムは恐る恐る訊くと、「私の仕事を手伝ってもらう」と、アリスは胸を張った。


「相変わらず貧乳だな」

「あぁー? なんだってぇー!」

「悪りぃ悪りぃ……仕方ねぇ、そんなうまくいかねぇよな。正直金には困りっぱなしだったし、まだ血の石碑の場所も正確にはわかってねぇ」

「ったく、セクハラ発言で訴えようかと思ったわ……ニオちゃんならわかるわよね」

「……ノーコメントで」


 ペタペタと胸を手で押すニオは暗い声でそう答える。


「で、何をしたらいい」


 片肘をついてアリスに問いかけると、まずは今の仕事について話す必要があるそうだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 タイムイズマネー。アリスはカイムとニオを連れて、検問への道中に話を切り出した。


「いくらアンタでも、スブレンドーレって組織くらい知ってるでしょ?」

「あの、精霊たちの保護やら研究やらをやってるロスタインの王族直属の連中だろ?」

「スブレンドーレの目的は、数の減り続ける――絶滅しそうな精霊全般を救うこと。ついでに見つけられたら人間に手を貸してくれる強力な精霊を探すこと。この前帝王が死んでゴタゴタしてるから後者は大方ロスタインの国力増加が目的でしょうけど。私はそれで、ここから先の未開拓地域を探すように命令されたってわけ。未開拓地域にはエルフの隠れ里も多いからね」

「ん? つまり、目的地は一緒ってことか?」

「血の石碑っていうのがどこにあるかによるけどね。なんなら一緒に行く?」

「俺の方も、金もなくこのまま行くのは気が引けるしな……なら、しばらく一緒に行動するか」

「そ、そうね! 私としては、アンタを放っておくのも気が引けるし……」


 隠れて「よしっ!」と意気込んだアリスだったが、顔を赤くしたまま、「その前に!」と身を乗り出した。


「ヘルパム周辺で、ちょっと精霊絡みの問題があるのよ。さっき保安官たちに言った腕の立つ奴を寄越してほしいっていうのも、まんざら嘘じゃないの」


 それが仕事なのか? 問うと、アリスが周囲の目を気にしていたので顔を近づけ訊くと、危険種に属する精霊が暴れているそうだ。


「どうしても始末しないといけない危険な精霊はスブレンドーレが引き受けるのよ。アタシ一人でなんとかなるかなって思ってたんだけど、目撃情報とかから推測するに、結構ヤバい相手かもしれなくてね」

「精霊が相手なら、ボクの知識が生かせるかな」


 魔術でフヨフヨ浮遊していたニオが話に加わると、アリスは「前提条件として」と前置きをする。


「精霊はなにかを依り代として契約しないと生きていられない。だから絶滅しそうなんだけど、ドライアドなら木々に。ネレイドなら水と契約する。リャナンシーは詳しく知らないけど大きな代償を払った人間の男性としか契約できないっていう制限とかもある。アンタたちはその唯一の成功例。でも、その精霊は依り代とする相手を『作り出せる』のよ」


 ニオが腕を組んだ。思い当たるふしがあるようで、「その依り代は?」と問う。

 アリスは声のトーンを落として、「死体」と答えた。


「精霊については未だ知らないことが多いのが現状なのよ。でも、ある程度は目撃情報から推測できる。だけど、確実じゃない。私一人が弓と矢でどうにかできる相手じゃないかもしれない――というより、もしも推測が当たっていたら勝てない。ニオちゃんはそこら辺どう思う?」


 目を閉じて少し考えこんだニオは、「間違いない」と答えた。


「精霊は誰か、何かと契約しないと生きながらえない。だから、死体となんて普通契約しない……というよりできない。お互いの合意が必要だからね。そこら辺を無理やり捻じ曲げて、尚且つ死体を用意できる精霊――名は、バンシィ」


 やっぱりか。アリスは天を仰いで落胆する。


「そんなにヤバい相手なのか? アリスの矢術は天才だとか言われてたろ」


 魔術にもかなり精通していたはずだ。しかし、アリスは首を振る。


「相手がバンシィならいくらでも地の底に埋まる死体を蘇らせることができるのよ。動物だろうと人間だろうとね。それが徒党を組んで襲ってくるのなら、弓矢じゃ対処しきれないの」

「冒険者に頼んだらどうだ? 丁度ここは冒険者が集まる場所だろ」

「バンシィはロスタインが絶滅させようとしたほどに危険な相手なの。ヘルバムはここから続く未開拓地域への入り口みたいなところだから、帝都から送られてきた騎士とか冒険者は素通りしてる。ここに残っているのは保安官と仲間が来るのを待っている未完成のパーティーだけ」


 なるほど。事情はなんとなく理解できた。


「要はあれだろ? 俺にバンシィを倒せってんだろ?」

「なんかその言い方ムカつくわね……でも、そうでもしないと勝てそうにないのよねぇ……来てくれる?」

「そんな媚びるような言い方しても、俺は心に決めた人がいる」

「……アンタ、まだ過去を生きてるのね」

「そのためにここまで来たんだからな。だが、結構強い奴が相手なんだろ? 追加条件次第なら、バンシィとやらとの戦いに加勢してもいい」

「どうせ、旅先のお金と宿屋とかでしょ? いいわよそのくらい。未開拓地域――他と比べて危険な場所へ行くからって、結構お金貰ってるから」

「話が早くて助かる。俺に任せとけ」

「後方支援はするけど……アンタ、殺しても死なないような奴だから、危なくなったら逃げるからね」


 殺しても死なない。それは少し違う。それでも、契約によって与えられた力を言葉にするなら、それが当てはまるかもしれない。

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