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奴隷エルフ? そんなもの、ここにはいないよ

 チエーニ地方とやらに入ってから、それまでの未開拓地域との違いがだんだん目に留まるようになってきた。

荷馬車が二台通れるほどの道が整備され、枯れ木の多かったアインヘルムまでより実や花を付ける木々が多い。小川には様々な川魚が泳ぎ、アリスの矢で仕留めて食べても美味い。

 穏やかな陽気にも恵まれた三日間の南下の末、バニスと立て看板のある街へ着いた。


「アインヘルムがカウボーイ――もとい冒険者の街なら、ここは妖精でも暮らしてそうな雰囲気だな」


 検問や市壁などは当たり前だがないので勝手に入り、荷馬車を勧めながら眺めていると、木々が街中に生えていることに気づく。『自然との共存』でも掲げているのだろうか。そんな古臭い連中がいるとも考えづらいが……


 その疑問は、道行く人々に目をやれば納得がいった。


「なるほど、ここはエルフの街か」


 アリス程ではないが、耳が尖り緑髪の若い男や女が目立つ。人間やドワーフもいるにはいるが、騎士だったり鍛冶屋だったり、住人ではなく仕事で来ている感じだった。


「いいわねぇ、ここ。人間とエルフの共存が上手くいってるじゃない」

「ハイエルフから見てもそうなのか」

「もちろんよ。煉瓦とか使わないで建物が建てられていて、野を行く風を遮らないように配置も考えられていて――骨を埋めるならこういうところがいいわ」


 何百年後の話だと笑っていたら、「ちょっといいですか」と、ちょうど通りかかった、カイムやサーラルと見た目はたいして変わらない男のエルフ――アリスと比べて短い耳なのでハーフエルフだろう相手は、「まさか……」などと驚愕しながらアリスの顔を覗き込む。


「ハイエルフ、なのですか?」


 緊張して上ずっている声に、アリスは「バレちゃったか―」などと、わざとらしく答えた。


「生まれはもっと遠く――ロスタインの中にある里よ。それで? アンタ幾つ?」

「こ、今年で三七です!」

「ふぅーん、若いじゃない。アンタの親は?」

「人間の父上は亡くなりましたが、ハーフエルフの母上は六七です――失礼ながら、貴女は……」


 これみよがしに得意げになったアリスは、緑の髪を掻き分けて「幾つに見える?」と、いつもよりお淑やかに口にした。


「九十……いえ、百歳ほど、でしょうか」

「あら、その歳にしては女を褒めるやり方わかってんじゃない。そうよアタシは――」

「百六十のお婆ちゃんです」

「んがっ!」

「いくらなんでも鬱陶しいですよ」

「アンタねぇ!」


 あっさり答えてしまったサーラルに突っかかるアリスだが、ハーフエルフの青年――歳はカイムより二回りほど上だが、「百六十!」と大声を上げた。


「おいみんな! 御年百六十歳のハイエルフ様がお見えになったぞ!」


 道行く人も商いに勤しむ人も足を止め手を止め「ハイエルフ様だ!」と騒ぎ始めた。

 あっという間に荷馬車は緑の髪をしたハーフエルフに囲まれてしまい、アリスを一目見ようと騒ぎになってきた。


「……お前、そんなすげぇ奴だったのか」

「処女のハイエルフは国宝って言ったでしょ?」


 「処女」。その一言は、更に集まったハーフエルフたちに波紋を広げた。


「自分はまだ四十にも満たない若造ですが、その、貴女と!」

「抜け駆けするなよ! ハイエルフ様! こんなそそっかしい奴なんかより私と!」

「男は退きなさい! あの、女に興味はありませんか!」


 カイムはなんとなく、最終的にシールを選んでもアリスなら伴侶に困らないのでは。そんなつまらないことを考える程度には、この馬鹿騒ぎに呆れていた。


「それで、あの、そちらの方々は人間と精霊ですか? 従者かなにかでしょうか」

「誰が従者だ誰が。この一行のリーダーは俺だ」


 人間が、処女のハイエルフを連れて旅をしている。一瞬殺気にも似た緊張感を感じたが、アリスが鎮まるように言うと、あっという間に黙りこくった。


「いい? アタシは百六十年生きてきたの。その中でこいつみたいな人間と出会った。その前にはもっと美人とも友達になった。そこの魔女も一応旅仲間。精霊はロスタイン唯一の契約したリャナンシーなのよ。こういう出会いを通して、これからの時代、他種族だからって差別してたら生き残れないし楽しくないって学ばされたわ。だから――」


 アリスは口を紡ぐと、カイムの肩を抱いた。


「そこのところ詳しく教えてあげるから、こいつ含めてぞんざいに扱わないこと。それと、最高級の宿とお酒をお願い」


 かしこまりました! 今の殺気はどこへやら。アリスの一声にハーフエルフたちは散っていき、こちらの宿へと勝手に御者台へ座る奴もいた。


「人間のお客様も来ていますので、どうぞそちらの宿に!」


 これだけの待遇なら金を払わなくてもいいかもしれない。カイムはニオとサーラルへ目をやってから身を任せた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 見かけはそこまでたいしたことなかった宿に馬と荷馬車を預け、各種最高級の酒に、森や川で採れるあらゆる食べ物が街の中央の広場に急遽運んできた大机に用意された。

 ハイエルフ様とその仲間ということで、運ばれてくるものに糸目が付いているようには見えない。

 同様に、酒と食べ物に手を伸ばすカイムにも遠慮する気はさらさらない。


「それにしても、アンタたちこんな辺鄙なところ……いえ、よくもまぁ、こんなエルフに適した場所見つけたわね」


 アリスは王様のようにもてなされており、アリス自身も敬われるハイエルフとして、いつもの雰囲気より落ち着いた様子だ。


「やはり、この地域の良さにお気づきでしたか」

「そりゃね。三日前から木々の声がガラッと変わったわ」


 そういえばバンシィとの戦いのときに木の声がなんとか言っていたが、本当だったのか。食べて飲んでするのに夢中なカイムは横目で見ながらだが、アリスと同行するきっかけを思い出していた。


「そこの魔女が言ってた特別な人たちって、アンタたちよね」


 集まった数十人のハーフエルフが一堂に話すので聞き取るのが難しかったが、なんでもロスタインの中に正式な『エルフの治める街』を作りたいそうで、人づてに伝わったチエーニ地方の情報を聞き、帝都に申請してエルフの旅団を作ったそうだ。


 アリスにはぜひこの街に来てくださいとの声が止まなかったが、千歳を超える族長から世界を見てこいと言われたと話せば、「そんな方が実在するのですか!」と、また騒ぎが広まる。


「そうよ。でも、アタシ的にはこの街を――エルフの街を作ろうっていうのは賛成ね。帝都を見てきた身からすると、やっぱり人間側にも他種族って壁を作りたがる人もいたから。アンタたちだってみんながみんな、アタシの言うこと鵜呑みにはしないでしょ? そういう昔かたぎなエルフの憩いの場所として、頑張ってちょうだい」


 と、そこまで話したら、なにやら相談があるそうだ。人間で言うところの七十歳ほどの男が出てくると、ここの族長を名乗った。


「私たちハーフエルフは知っての通り、長生きして二百年です。私も、もう百を超えて久しい……いつまでここを見守っていられるか不安なのです」

「今幾つなの?」

「正確には百と三七……これだけ老けてもあなたより年下です。だというのに、あなたはうら若き姿のまま、まだ二千年を生きてもおかしくない。ずっとここへ縛り付けることは不可能だと存じます。旅の途中とも聞いております。ですが、これからどのように皆を導くのか、ほんの数日で構いませんので、ご指導をお願いしたいのですが」


 アリスは頷きかけて、カイムへ目をやる。しかしすっかり酔ってしまい、まともな返答は難しそうだった。


「いいんじゃないかな。血の石碑についても情報があるかもしれないし」


 かわりにニオが答える。契約したリャナンシーは、それはそれで自然の中を生きるエルフからしたら尊敬に値するようで、耳を傾けていた。


「正確な場所とは言わないけれどさ、ここからの大まかな方向くらいはわからないとだしね。近づけばボクにも感じ取れるようになるから。しばらく、仲間たちに手を貸してあげなよ」

「でも、たぶんそっちと離れることになるわよ? ニオちゃん一人で二人の面倒見れる?」

「もともとサーラルはしっかり者だから気にしなくていいよ。そっちはエルフ同士で懐かしい雰囲気味わっておくといいさ。ボクたち他種族は、その間にエルフの文化を学びでもするから」


 流暢に語るニオへ、「これが契約したリャナンシー……」。そんな畏怖の眼差しもあった。

「聡明な精霊様だ。さぞ、契約者様も立派な方なのでしょう」


「え、えーとそうね。ちょっと別行動してるから会わせてあげられないのが残念だわ……」


 そこのタダ飯食べてる飲んだくれがリャナンシーの契約者とは言えず、アリスは誤魔化しながらニオへウィンクしておく。はいはいと頷いて、サーラルへ声をかけると、潰れたカイムを宿に運ぶ手伝いを頼んだ。


「じゃあ、ボクたちはさっきの宿にいるから」


 男のエルフが二人ほど来てくれて、カイムへ肩を貸している。サーラルも適当に食事を済ませ、それを追った。


「……これで、少しはハッキリするかな」


 ニオ一人、フヨフヨ飛びながら呟く。この旅を終わらせかねない懸念材料について考えながら。

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