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伯爵邸に来たよ



「クレメンティエフ伯爵の使いの者です。2日前にお会いしましたね?」

あぁ、あの不躾お嬢様ね。

応接なんてスペースはないので小さなテーブルと2つしかない椅子に男が座る。

もう1つの椅子に母が座り、その膝に僕が座った。

...おかしくないよ?僕、5歳だし。


「クレメンティエフ伯爵の御令嬢がアルを従者にしたいのだそうよ」

えー、面倒くさそう。

それに入学試験をパスするために勉強したいんだけど。

もちろん合格して通う未来があるんですけど。

「お嬢様が、とても強く希望されるので、お嬢様の祖父に当たられる伯爵様があなたを調査するように命じられました。その結果、アルフレート様はマイヤー男爵家の御子息であられることがわかりました。いろいろ事情のあることと思いますが悪い話ではないと思います。御子息を伯爵様に預けてみませんか?」

「わたしはアルフレートの思うようにしてあげたいと思います」

「しかし、御子息はまだ5歳でいらっしゃるかと」

伯爵家の調べは中途半端な所で終わっているようだ。

僕が前世持ちで魔力持ちであることは知らないようだ。


男と母が僕を見る。

「先日もお断りしましたが、やはり僕にはお嬢様のような高貴な方にお仕えするなどできないと思います。母も心配ですし、ここを離れたくありません。それに魔法士養成学校に入学するべく勉強したいのです。お嬢様には申し訳ないのですが、このお話はなかったことにしてください」

「...しっかりした子だとは思っておりましたが5歳児の受け答えとは思えないですね。この年で母君のことを心配だなどという言葉を聞くとは」

母は、僕が母の腿をトントンと叩くから何かあるのだろう、と黙っていてくれる。

情報をわざわざ与えることはない。


男は「また来ることになると思います」などと不吉とも取れるセリフを残して帰って行った。

母に2日前とは何だと聞かれて話すことにしたが叱られた。

「あなたの母親なのに、この年で心配しかされないなんて悲しいことだわ。そんなことがあったのなら話してくれてもいいじゃない。アルは無駄に綺麗な顔をしているから心配なのよ。これからは、ちゃんと話してね」

無駄に、て。

そんなふうに思ってたのか、この人。

いや、でも母も綺麗なこともあって男爵の妾になってしまったのだから綺麗なことがいいことだけではないことをよくわかっているのかもしれない。

男爵の妾は平民の女性からしたら出世?とは思うが、あんな正妻がすぐ近くにいたらたまらないよな。

もっと気の強い人だったなら...、いや、正妻がアレだし男爵も正妻のことを粗雑に扱えなかったから、状況はたいして変わらなかったかもな。


で、伯爵家の使い、と言っていた男だが、予告通りまた来たよ。

「魔法士養成学校を目指している、ということは魔力があるのですね?失礼ですが師と仰ぐ方はいらっしゃるのでしょうか」

「まぁ、一応。冒険者をしているルチアさんという魔法士の方が気にかけてくれています。受験勉強は独学ですが教えてくれる人もいます。どちらも順調だと思っています」

「そうでしたか。では貴族についてはどうでしょう?歴史や相関図、マナーやダンスレッスンなどいかがでしょうか?」

「御存知の通り、僕は名ばかりの貴族です。貴族として生きていくつもりはありません。マナーなどは魔法士養成学校の授業内容にあるのはわかっているので、それで十分です」

男は困った顔をする。

「取り付く島もないですね...」

「お力になれず申し訳ありません?」

「はは。アルフレート様のような幼い方に気を使われるとは。どうぞお気になさらず。方向転換するまでですよ」

「方向転換、ですか?」

「はい。クレメンティエフ伯爵からの正式な招待状をお預かりしております。こちらです」

男は懐から1通の招待状を取り出すと僕に差し出した。

正式なものなら受け取らないわけにもいかないので渋々受け取る。

「極、私的なお茶会です。これくらいは受けてくださいますね?母君も御心配でしょうから、良ければ御一緒にいらしてください。もちろんお迎えに参りますし、帰りもお送りいたします」

「アル、お受けしなさい。大丈夫だから」

何が大丈夫かわからないけれど伯爵の正式な招待となれば失礼はできない。

「僕は、この恰好しかできませんよ?」

「こちらで用意いたします」

「マナーもちゃんとできてないと思いますよ?」

「もちろん構いません」

「...わかりました」

男は初めて笑顔を見せた。



そして、約束の日、男は言葉通りに迎えに来た。

僕の家の前の通りには馬車で入ってこれないので馬車を停めてあるところまで歩く。

母も一緒だ。

あのお嬢様が乗っていた馬車と同じ紋章の馬車に乗り込む。

伯爵邸に着くまで男が受験勉強の進捗を聞いてきた。

当たり障りないところで誤魔化しておいた。

僕のことを探られているようで落ち着かない。(多分、探っているのだろうが)


伯爵邸に着くと、広さと豪華さに驚きを隠せない。

それに当主本人とお嬢様が出迎えに出てきていた。

クレメンティエフ伯爵は貫禄のある、けれど優しそうな初老のイケオジだった。

若い頃は、さぞやおモテになっただろう。

伯爵は僕を見て目を瞬いたのがわかった。

あぁ、顔の綺麗さに驚いた?後ろの使用人たちも驚いているのがわかる。

あ、あの2人、目を見合わせたね。

「伯爵、はじめまして。アンネッテと申します。今日はお招きいただきまして、ありがとう存じます」

「ようこそ、いらしてくださいました。失礼だが着替えを用意させた。案内なさい」

伯爵が言うと後ろに控えていた使用人が「こちらへ」と言うので後に続く。

母は着替えを固辞したが僕には着替えるように言う。

「アルフレートが招待されたのだし、せっかく用意くださったのだからお着替えなさい」

別に断る理由もないので使用人に手伝ってもらいながら久しぶりに貴族らしい恰好をする。

男爵家の別邸にいたときとは違って僕にピッタリのサイズだ。

それに質も違うのがわかる。

「まぁ...」

使用人のお姉さんが僕を見て固まっている。

僕は、にっこり微笑んでみせた。

「あら。まぁ、とても...とても良くお似合いです」

「本当ね。とても気品がおありですわ」

お姉さん2人と見つめ合う。

あのー、もういいかな?いつまで、こうしていれば?

「良く似合っているわ。お着替え、ありがとうございました」

母の声にお姉さんたちが、はっとしたように動き出す。

「とんでもございません。では、御案内いたします」


使用人のお姉さんたちに案内されて明るい部屋に入った。

「おぉ。これはこれは...」

「ありがたく着替えさせていただきました。息子のアルフレートです」

「はじめまして、伯爵。アルフレート・マイヤーです。素敵な着替えをありがとうございます。また、本日はお招きいただきまして感謝いたします」

「マット・クレメンティエフだ。招待に応じてもらえて嬉しいよ。孫娘がどうしても、とね」

「おじいさまっ」

「おぉ、孫のローザだ。この子の親は仕事で留守にしておる」

「ロ、ローザですわ」

ローザというのか。

あのときの不躾な視線は、ちょっとだけ健在だ。

さっきから、ずっと睨むように見られてる。

でも、顔が赤いからちっとも怖くない。

むしろ可愛い。きっと将来は美人さんだね。




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