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姫たちの恋路

「じょ、冗談じゃないって・・・」

アパートに戻るやいなや、ドアに貼り付けてある紙を見てそう呟いた。

張り紙には

「家賃滞納につき、退去してください」的なことがバカ丁寧に書かれていた。つまりあれか、出て行け、と?

「ああ、いたいた」

「あ、先輩」

隣の部屋から大学の先輩が顔を出してきた。

「大家さんから伝言だぞー。家賃払うまで帰ってくんなだとよ。執行猶予は二ヶ月だとよ」

「んなっ!?」

「それ以上は部屋も他のやつに明け渡すってよ」

「ちょっ・・・それは横暴ですよ!」

「俺に言うなー。だいたい浅倉の気前がよすぎるのがいけないんだぞ」

う。

たしかに、金をなくしたことはおれ自身の責任だ。

ここではあえて詳細は明かさないが、今の俺の家計は火の車が五台ほど。仕送りの生活費ではなんとか食費や電気代をまかなえるものの、家賃までは無理だった。そのために滞納せざるをえなくなってしまったのだが、ついに恐れていた事態が・・・。

「そう気を落とすな。二ヶ月死ぬ気でバイトをすればなんとかなるかもしれんぞ?」

「・・・んな無茶な」

「あと部屋の荷物は外に出したらしいぜ。ゴミと間違われる前に回収しとけ」

「それをはやく言ってくださいよぉ!」

ダッシュで表に出ると確かに見覚えのある家具たちが陳列していた。ああ、マイテレビの画面に罅が・・・!?

すっと持ち上げようとして気付く。

これ、どこに置けばいいんだ?

「・・・せ、先輩ー!!!」

ばたばたと駆けていってドアをドンドンと叩く。

「なんだよ浅倉・・・っておい!なに土下座してる!?」

「お願いします。部屋においてくれとはいいません。でもせめて家具たちだけは・・・!」

「・・・わかったよ。二ヶ月だけだぞ」

先輩が哀れむように俺を見ている。

「ありがとうございます!」

こうして家具たちの保管場所は確保したのだが・・・

「さて・・・二ヶ月どこに住もう」

あとは自分の身だけだな、はははは・・・・・。


こうして、この俺、浅倉空の日常は崩れ去った。

神様も意地悪な風を吹かしてくれるもんだよね・・・。



部屋を追い出されて、一日が経った。

この俺、浅倉空はなんのあてもなく街中をうろついていた。とにかくバイトを探さねば・・・。このまま野宿生活なんてイヤすぎる。

大学は今春休みだ。といっても、もうすぐ休みも終わるけど。そのまえになんとしてもいいバイトを探さなければ死活問題だ。


「あー、なんていうか不幸だ。いや、不幸以外なんでもないか」


自虐的に笑ってみる。はは、けっこう空しいね。


耕介

「・・・ん、おまえ・・・?」

「へ?」


呼ばれて振り向くと、そこには茶髪の同年代くらいの男がいた。つーか誰だ?


「・・・どちらさま?キャッチならとっとと失せろ、と仮定した上で言ってみるが?」

耕介

「その言い草はやっぱり空か!俺だ、耕介だよ」

「・・・耕介?」


こうすけ・・・・こうすけ・・・耕介?


「耕介!?ほんとにお前なのか!?」

耕介

「ほかにだれがいるんだよ」


1年前、同じ高校のクラスメートだった藤咲耕介だった。卒業と同時に会わなくなってしまったが、しばらくぶりでもその様子は変わっていない。見た感じはえらく変わっているけど。

だがさすが甲府の双璧と呼ばれた一人。そのオーラは禍禍し・・・いや、神々しいと錯覚するほどに濃い。ちなみに双璧のもう一人はもちろん俺だったりする。


「久しぶりだなぁ!どうしたんだよ?世界を巡ってるんじゃなかったのか?」

耕介

「ん、ああ。まぁそれも含めて話がある」

「ちょうどいい。俺も愚痴を聞いて欲しかったところだ」


そうして二人で、近くの公園へと行った。途中缶ジュースを買ってベンチに腰を下ろした。



***



「離婚だぁ!?」

耕介

「まぁな」


耕介の話というのは思っていたよりもずっと重かった。進学しなかった理由も、両親の離婚騒動が問題だったかららしい。


耕介

「まえまえから険悪だったんだ。もうじき離婚するだろうね。今母さんが慰謝料請求してるらしいから」

「じゃあこれからどうするんだよ?」

耕介

「さてな。俺はもう親に頼らなくても生活できるけど・・・問題は妹のほうでな」

「妹・・・ああ、あのちびっこか」


頭の中から耕介の妹の顔を引き出す。あやふやだが、活発な感じの女の子が浮かんだ。例えるなら猫のような。


「でもたしか今は・・・ええと十一歳か?」

耕介

「そ。その歳だと、どうしても親が必要なんだけどな」

「けどな、ってなんだよ?」

耕介

「離婚騒動でそれどころじゃなくてな」

「・・・そっか」

耕介

「それで今は事情があって妹と二人で暮らしてるんだ」

「生活費も全部おまえが?」

耕介

「まぁなー。まぁいまやってるバイトがいいとこだから、それもいいかと思ってな」

「・・・お前って苦労人だな」

耕介

「自覚してるよ。そういやお前はどうなんだ?なんか愚痴がどうとか」

「あ・・・」


耕介の話を聞いた後ではずいぶんと惨めな愚痴だと感じてしまう。

だが話さないというのもあれなので全部話してしまった。途中から笑い声がこだましたしたのは想像に難くないだろう。


耕介

「ははは!そういう抜けてるとこはかわってないんだな」

「うるせぇ!」

耕介

「しっかしまぁとんだ災難だったな」

「耕介とは違う意味で苦しいんだよ」

耕介

「まぁ俺もさすがに外国旅行しっぱなしだったから日本は慣れなくてねぇ」

「てめぇ妹ほったらかしてなにやってんだ!?つーか卒業式でかっこよく去ってそのあとは娯楽に走ったのかよ!?」

耕介

「ふん。この俺にこんな島国だけで一生を過ごせと?」

「いや、お前みたいな天災は県外に出るな。ついでに市から出るな。さらに言えば町からも出るな。いや、いっそのことひっきーになってくれ」

耕介

「天災はお前だろ!高校時代はさんざん俺に罪をなすりつけやがって」

「さんざん?五回に四回の割合だったはずだぞ?」

耕介

「多いっての!」

「知らないな。学園祭でステージから観客席にダイブするようなやつの戯言など」

耕介

「ほっとけ!それよりお前、今は家も金もなく困り果てているんだったな?」

「ああそうさ!笑わば笑え!地球の重力に縛られたアースノイドが!!」

耕介

「生憎コロニー建造はまだ先だ。ない物は落とせまい」

「ふん・・・」

耕介

「そこでお前においしい話があるんだが・・・」


と、耕介が持ちかけてくれた話はまさに起死回生の一打と繋がった。



 ***



「いらしゃいませー!」


腹から声を出して挨拶をする。


「二名様ですね。ではこちらへどうぞ」


そう、耕介から持ち出された話というのはバイトだ。なんでもあまりにもきついのでバイトが逃げ出して困っているらしいとのことで、たまたま会った俺に白羽の矢が向いたわけだ。


「ジョッキはいりまーす!」


能力給で、うまくいけば時給もかなりよくなる。

だがそのぶんたしかにきつい仕事だった。従業員は俺と耕介のウェイター二人に、店長兼コックの鹿島さんだけ。店は広くもないが狭くもない。はっきり言ってこの人数はきつい。


耕介

「空、レジ頼む!」

「了解!」


初日からこの重労働だ。

つい三時間前に持ちかけられた話だったが、ほかにあてのなかった俺にとって拒否権すらなかったわけだが。


「耕介、三番オーダーだ!」

耕介

「わかった!」


まぁこの手の仕事は以前にもしたことがあるので慣れている。なんとか上手い具合にサイクルさせていき、夜の十一時でようやく終了になった。


「たはー・・」

耕介

「おつかれ」

「おう」


控え室のパイプ椅子を三つばかし並べてそこに横になった。ああ、節々が痛い。こんなにきついホールも久しぶりだぜ・・・。


???

「おつかれ、浅倉君」

「あ、店長。おつかれさまです」


恰幅のいい店長の鹿島さんが労いの言葉をかけてくれる。


鹿島

「でもさすが耕介の友達だな、いい仕事してくれる」

耕介

「はい、正直ここまでできるやつとは、俺も驚いてますよ」

「ひでー。共に甲府の双璧と呼ばれた仲じゃないか。能力がお前に劣っているわけないだろ」


まぁこれでフルスロットルだけど。だいたい俺はホールでなくキッチン向きなんだ。ホールは耕介一人で・・・とも思ったがさすがにこれを一人でやるのは無理だろうな。それでも耕介ならなんとなくそれでもいいかと思うけど。


耕介

「それは消したい過去のひとつなんだがなぁ」


と、耕介が言ったが無視。


鹿島

「はいこれ、今日の給料」

「え?もうですか?」

鹿島

「うちは日給制なんだ」

「ありがとうございます!」


金がなかった俺にとってそれはまさに神の恵みだった。


鹿島

「今日は初日ということもあって、少しサービスしておいたよ」


封筒を開けると五千円札が一枚に千円札が四枚あった。・・・・おお。


耕介

「あー?店長、俺より千円多いじゃないですか」

鹿島

「耕介も初日は多くしてやっただろ」

「うぅ、これでなんとかなる・・・」


札を握り締めながらしばらく天を仰いでいた。ずいぶん間抜けだったと思う。


耕介

「おつかれでーす」

「おつかれさまでしたー」


夜の十一時を半時ほどすぎてから耕介と店を出た。おわぁ、足腰にきてるよ・・・。まじで重労働だったな、これは。


耕介

「助かったぜ、空。これからも頼むぜ」

「ああ、任せろ」

耕介

「さて、それじゃあ帰るか」

「でもほんとにいいのか?」

耕介

「なーに、バイトにきてくれるんならお安い御用さ。つーか部屋があまりまくっていてしょうがないんだ」

「助かるよ」


耕介の話はバイトだけではなかった。なんと二ヶ月の間、バイトをしてくれるんなら家の部屋を提供してくれるという。


「そんなに大きなうちなのか?」

耕介

「ああ。今は二人しかいねぇからな」

「ふぅん」

耕介

「まぁちょっと癖のあるやつがいるけど仲良くしてやってくれよ」

「だいじょーぶだいじょーぶ。昔も仲良くやってたじゃん」

耕介

「まぁ・・・な」

「あぁ?」

耕介

「ま・・・そうだな」 ***



町の外れ付近にあるおおきな洋館へとたどり着いた。たしかに二人で住むには大きすぎるな。つーかお化け屋敷みてぇだ。


耕介

「ただいまー」

「おじゃましまーす」


玄関には灯りがついていた。広いエントランスに入ると、さらにその広さが強調される。つーかここを二人で?広すぎだろ。


耕介

「ひなたー、いるかー?」

???『なにー?』


遠くから声がきこえて、パタパタとした足音が響いてきた。



ひなた

「ふぁ〜・・・お帰りあにきー、ってお客さん?」



大きな欠伸をしながら、その階段の上から姿を現したのは寝巻き姿の小さい女の子だった。型までの髪を揺らしながら眠そうな目をこちらに向けてきた。


耕介

「よー、コイツ、今日からここに住むことになったから」

ひなた

「は・・・?」


その子は目をぱちくりとさせてこっちを睨んできた。明らかに不審そうに。


ひなた

「誰なのよ?その貧乏そうなやつ」

「なっ!?」


おいおいおい、確かに金はないがなんでこんなガキにいきなりそんなこと言われなきゃなんねぇんだー!・・・と叫びたかったが我慢。俺は大人だ。


耕介

「ほら覚えてないか?浅倉空だよ」

ひなた

「む・・・?」


どうやらなにかを思い出そうとしているらしい。腕組をしてしばらく黙っていると、やがて小さい声で・・・


ひなた

「そら・・・にぃちゃん?」

「あー、よかった。覚えていてくれたか」


これで知らないとかいわれたら正直ショックだぞ。昔はあんなに一緒に遊んでやっていたんだし。


「久しぶり」

ひなた

「な、なんでそらが?」


・・・もう呼び捨てかよ?

でもなんか困惑しているようだな。まぁそりゃあそうだ。最後に会ったのは三年前だ。いきなり再会すれば驚いて当然だろうな。ふむ、でもなかなか可愛く育ったじゃないか。ちょっと目付きがきつい気もするけどチビ・・・いや背が低いせいかマスコットキャラみたいなやつだ。


耕介

「こいつなー、金なくて大家から追い出されて家がないそうなんだ。それで二ヶ月ほどうちで預かることになった」

ひなた

「・・・バカじゃないの?」

「ぐ・・・」


反論できない自分が情けない。まさかこんなガキ・・・いや、お子様にまでそんあことを言われるとは・・・。


耕介

「まぁお陰でバイトに入ってくれることになったし、そのくらいいいだろ?空の収入の三割がうちに流れるように手を回したからさぁ」

ひなた

「全部貰えばいいのに」


げふっ!?な、なんですとー!?ていうか耕介妹!おまえもなにあっさりとひどいことを言ってやがる!?


「聞いてないぞ耕介!!?」

耕介

「冗談だ」

「はぁ・・・」

耕介

「つーわけでこのボケキャラうちに置くからなー」

ひなた

「えぇー!?どうしてそらなんかと!あたしイヤだよ!?」

「悪かったな、俺だってこんなガキと同居なんてしたくねぇよ」

ひなた

「なっ・・!?子供じゃないわよ!もう11歳なんだから!」

「ガキじゃねぇか!そういう台詞はあと9年したら言え!」

ひなた

「なによ!いつまでも子供扱いしてるんじゃないわよ!」

「うるせぇチビ!」

ひなた

「なんですって!?」

「なんだよ!?」

耕介

「はいはい、仲がいいのはいいけどそのくらいにしような?」

「どこがだ!」

ひなた

「どこがよ!」


見事にハモって言ってしまう。


耕介

「ほら、空も大人げないぞ。あとひなた。お前もちょっと言いすぎ。二ヶ月なんだからお互い我慢しろ」

ひなた

「むぅ・・・」

「わかったよ・・・」

ひなた

「ふんっだ!我慢してあげるわよ」


か、可愛くねー!こんな性格だったか?俺の中じゃ

「そらにぃちゃーん」とか言ってくる可愛いイメージだったのに。再会して二分でそれを完全にぶち壊された気分だ。なんていうかさすが耕介の妹・・・。


耕介

「あとこいつ居候だから、好きに使っていいからなー」

ひなた

「わかった、じゃあ明日の朝ごはん、あたしの代わりに作ってよ。おやすみ」

「んなっ!?」


抗議するまもなく耕介妹はスタスタと部屋へと戻っていった。


「・・・」

耕介

「はは。まぁあんなやつだけど仲良くしてやってくれよ」

「まぁ・・・文句はいわん」


はぁっとため息をついて額に手を当てた。文句は言わん。が、愚痴は言いたい。


耕介

「じゃあとりあえず部屋はあそこの端の部屋が使えるから。とりあえず今日は休め」

「ああ、だけどその前に・・・」

耕介

「ん?」

「台所と使っていい食材だけ教えてくれ。明日の朝用意しなきゃならん」


こうして俺、浅倉空と藤咲ひなたの再会はあっけないほどあっさりと終わってしまった。もちろん、運命なんてものも感じるはずもなかった。


トントントン・・・軽快な包丁の音が響き渡る。なべもぐつぐつと煮えていいにおいが立ち込めている。

そんな匂いにつられてか、ひとりの子供が台所に姿を現した。


ひなた

「・・・な、なにやってんの?」


ひなただった。昨日見た寝巻き姿のまま、わずかに眠そうな目をこちらに向けている。


「あー、おはよう。なにって言われたとおり朝食の用意」


テーブルの上には見事なハンバーグとサラダ。そしてほくほくとした白い御飯が用意されていた。


ひなた

「これ・・・全部そらが作ったの?」

「うん」

ひなた

「ほんとに?」

「うん」

ひなた

「・・・」

「どしたの?」

ひなた

「な、なんでもないわよ」


何故かプンスカと怒るひなたは黙って席についた。そしてまじまじと料理を見つめている。さぁ慄け!


ひなた

「お肉使ったの?ちょっと!それじゃあ夕飯が・・・」

「あー、大丈夫。それ、ハンバーグならぬ豆腐バーグだから」

ひなた

「と、豆腐?」

「そ。かさまししてるからけっこうボリュームあると思うぞ。あと使っていい食材は耕介から聞いておいたから無駄はないぜ」


ひなたが目を丸くしている。くくく、こういう表情を見ると愉快だ。みたかひなた。俺は料理にはちょっとうるさいぜ?


耕介

「おはよー、おお!すごいなこりゃ」


耕介も起きてきて、ひなたとは違った反応を見せてくれた。ひなたもこんなならもっと可愛いのにな、と思う。


耕介

「いただきまーす」

「いただきまーす!」

ひなた

「・・・いただきます」


そうして朝食を三人で食べ始める。


耕介

「うん、うまい!」

「当然、俺のつくったもんだぞ」

耕介

「これならバイトのときもいざとなったらキッチンもできるな」

「おいおい、アレ以上きついと死んじまうよ」


耕介は笑顔で食べてくれているが、そのよこのひなたは微妙な表情をしている。


「ひなたちゃん、どうだい?」

ひなた

「え?あ・・・うん、まぁまぁかな〜」

「はは、よかった」


なぜかむっとしているひなた。美味しいなら美味しいと言えよこのやろう。


耕介

「ほらひなた、学校遅れるぞ」

ひなた

「わかってるわよ!」


がつがつと御飯を平らげ、

「ごちそうさま!」というとさっさと出て行ってしまった。


「しっかし、ひなたちゃんもちょっと性格変わったか?」

耕介

「ん、まぁいろいろあったからな」

「だよな、まだ子供だもんな」

耕介

「可愛げなくて悪いな」

「いや、そうでもないぜ」

耕介

「ん?」

「全部食べてくれたよ、これ」


そういってからになった皿を指差した。お粗末様、と。



 ***



ひなた

「ちょっと!」


後片付けを済まして部屋に戻ろうとすると、玄関付近でひなたに呼び止められた。ひなたは今時風の制服を着ている。今から学校なのだろう。それにしても小学校から制服とはどこのミッションスクールだ?


ひなた

「あたしが帰ってくるまでにちゃんと掃除と洗濯もしておいてよね」

「はは、わかってますよ。居候ですからね。そのへんは心配無用さ」

ひなた

「わかってるならいいのよ」


相変わらず眉毛を吊り上げながら高圧的に話すひなただが、はっきり言って迫力はない。むしろ背伸びしているとはっきりわかる。こいつはいつもこうなのか?


「ひなたちゃんは学校がんばって」

ひなた

「む」

「ん?」

ひなた

「ちゃんづけはやめて。そういう子供っぽいのいやなの!昨日も言ったでしょ?」

「ふーん?じゃあ、ひなた。いってらっしゃい」

ひなた

「〜〜〜!!」

「ああ?」


何故かうつむいているひなたは顔を赤くしながら、


ひなた

「馴れ馴れしいのよバカ!」


と言って表へと飛び出して行った。馴れ馴れしいって・・・・ちゃん付けするなって言ったのお前だろ?


「あ、車に気をつけるんだぞー!」


そう叫ぶと、すぐさま

「バカ!!」と返ってきた。口癖か?そのうち校正してやろうかね・・・。



 ***



「こんにちはー」

鹿島

「おう空!はやくホール行ってくれ!」

「わかりましたー!」


店長からはもう空と親しく呼ばれるほど、このバイトに浸かっていた。それはそのはずで、何と言っても俺には家賃を払って自分の家を取り戻すという野望があるのだ。それに明日からまた大学が始まってしまう。それまでにできるかぎり稼いでおきたかった。今日も夕方から深夜までノンストップで働いた。

耕介はこれに下準備からやっているのだからすごいと思う。

ちなみに昼間は大学の弓道部のほうに行っていた。もうすぐ試合だけにこちらもさぼるわけにもいかないからだ。


耕介

「オーダーはいりまーす!」

「三名様ご来店でーす!」


今日も果てし無く忙しかった。筋肉痛はしばらく抜けそうにないね、こりゃ。



 ***



「ただいまー」


耕介と帰ってきた藤咲邸はしんと静まり返っていた。さすがにひなたはもう寝ているのだろう。


「先風呂行けよ、俺はちょい台所でおにぎりでも作ってくるわ」

耕介

「そっか、じゃあおさきに」


そうして耕介は風呂場へと行き、俺は台所へと向かっていった。


「くら・・・」


電灯のスイッチどこだっけ?

手探りで探していくがなかなかみつからない。二分ほどしてやっと灯りが灯った。


「ん?」


するとテーブルの上になにやら皿が置いてあった。その上にはずいぶんと無骨なおむすび。二皿あるということは二人ぶんということか。

みるとそれぞれ

「あにき」と

「そら」という紙が置いてある。はは、なかなか可愛いことしてくれるじゃん。本人が聞いていたら殴られているかもしれないが、その無骨な形からずいぶんがんばってくれたことがわかる。

ありがたくいただくとしよう。


ぱくっ・・・・・・・・・・・っ!!?


「・・・ってしょっぺぇー!!?」


な、なんだこの塩の多さは!?おにぎりの中に塩をいれていたかのようなこれは・・・あ!?ほんとに塩の塊をいれやがったのか!あのガキ!なんてことを!

とそこで

「そら」と書いてある紙の裏側になにか書いてあることに気付いた。

そこには

「バーカ」と、一言。


「ふざけんじゃぁねぇええーーーーー!!!」


おいこら耕介妹、てめぇいったい俺がなにをしたと・・・?こんな仕打ちを受ける覚えはまったくねぇぞ!?っていうか水だ水!

ゴクゴクと水を飲んでなんとか喉の痛みを中和する。うわぁ、後味わりぃ・・・。

結局耕介のおにぎりを残った一個と交換した。中身は梅干だった。

あのクソガキが!!・・・・・・・こほん、止めよう。大人気ない。



 ***



ひなた

「おはよ、あにき」

耕介

「おう」


朝、テーブルには耕介とひなたがいた。


ひなた

「そらは?」

耕介

「今日から大学なんだってさ。昼過ぎには帰ってくるらしいけど」

ひなた

「そうなんだ・・・」

耕介

「寂しそうだな」

ひなた

「なっ!?」


ひなたの顔がかーっと赤くなる。


ひなた

「冗談じゃないわよ!!なんであのバカに!!」

耕介

「そのわりにはずいぶん絡んでるじゃん。昨日もおにぎりに細工したんだってな。つーか俺までその被害を受けたんだが・・・」

ひなた

「そんなの知らないもん」

耕介

「昔はあんなに懐いてたのにな、なんだ?反抗期?」

ひなた

「そんなわけないじゃん!そらが馬鹿なだけだよ」

耕介

「ふーん・・・愛情の裏返しと思ったけど?」

ひなた

「なっ・・・・!?・・・馬鹿あにき!もう知らないっ!」


パンを齧りながらそのまま部屋へと戻っていくひなた。


耕介

「やれやれ、空ならあいつも素直になるかと思ったんだけどねー」


そういってひとりテレビのニュースを見ながらコーヒーをすすった。



午前の講義が終わり、ようやく帰り支度をする。大学はまぁつまらなくはないが、おもしろくない。ま、そんなものかもしれないが。


「浅倉くん!」

「ん・・・浅葱さんか」


声をかけてきたのは同じゼミの浅葱唯さんだ。うーん、今日も綺麗なお方だ。さすがは甲斐嶺大学の白いコスモス。


「やぁ、そらちゃん♪」


あ、もう一人いたみたい。甲斐嶺大学のブラックサレナが。


「ちょっと今私を無視したでしょ?」

「あー、心の声を読むな」

「肯定したわね!」

「なんだよ、一段とリンリンと騒ぎやがって。だからお前はリンリンなんて言われてるんだ、凛」


というわけでこのりんりんな人が悪友の五十鈴凛。通称りんりん。名は体を表すというようにりんりんと響く声と行動力が特徴の同級生、つーか腐れ縁。もう何年だろうか・・?いや、数える必要はないな。年齢とほぼ同じだ。いっつも元気なやつだが、いったいどうすればここまで元気になれるのか知りたいもんだ。


「せっかくそらちゃんに声をかけてやったってのにそれはひどいんじゃない?」


ちなみにそらちゃんと呼ぶのはこの女以外にはいない。このへんに付き合いの長さを感じる。


「こんにちは、浅葱さん」

「無視するなー!」

「あぁ、凛。こんにちは。あんまり叫ぶと肌に悪いぞ」

「・・・ぐぅ」


ふっ、口で俺に勝とうなど百年飛んで五年早いわ!まぁ腕では勝てないけど・・・(汗)


「今日は弓道部には行かないの?」

「うーん・・・今日は凛のところで練習しようかと思ったんだが、いいか?」

「いいよー。じゃあ私の稽古にも付き合ってよ」

「えぇ?いつも通り型だけやりゃいいだろ?」

「そんなの腕がなまっちゃうよ。付き合わないと練習させないからね!」

「職権乱用だろ!?あの神社はお前の私物か!?」


そうだ。こいつの家は神社で、立派な道場があるのだ。空手から弓道までできる万能な場所だ。

ついでに言えばこいつの副業が巫女さんだったりする。


「あー、うるさいうるさい。さぁどうする?凛ちゃんに屈服するか永久追放されるかどっちを選ぶ?」

「追放は困る・・・・」

「さすが♪あ、あと新しい弓届いてるわよ」

「まじ?よっしゅあ!気合入れてやるぜー!」

「あ、もうすぐ試合なんだっけ?」

「あ、うん。今度こそ表彰台はいただくぜ」

「じゃあ今度見に行こうかな」

「浅葱さんも好きだね。見てるのってけっこう退屈だぜ?」

「そんなことないよ。あの・・・弓持ってる浅倉くん、かっこいいし・・・」

「ほら凛、お前もたまにはこういう台詞を言ってみろ」

「ふーん?言ってほしいの?」

「・・・・いや、やっぱいい。想像しただけで気味悪ぃ」

「もーう!遠慮しなくていいのに♪いくらでもそらちゃんを讃えてあげるよっ。そらちゃんかっこいいっ♪」

「へっ!浅葱さんに誉められたほうが百倍嬉しいぜ」

「えっ・・!?」

「あぁーー!そんなこと言うんだ?唯、こんなヤツ誉めることないからね。っていうか誉められるとこないし」

「そ、そんなことないよ!浅倉くんかっこい・・・・い・・・し・・・」

「はいはい、ちょっとおなかいっぱいになってきたからここまでにしておこうじゃないの」

「り、凛ちゃ〜ん!?」

「やれやれ・・・」


相変わらずのコンビだな、この二人。見ていて退屈しない。まぁいじられキャラの浅葱さんは少しかわいそうな気もするけど。


「んじゃああとで行くからな」

「おっけー♪」

「二人ともがんばってね」

「さんきゅ。試合ではいいとこ見せられるようにがんばるよ」

「うん♪あ、私もう行かなきゃ・・・。じゃあね、凛ちゃん、浅倉くん」

「唯ばいばーい!」

「じゃねー」


そうして浅葱さんが急ぎ足で帰っていった。


「・・・また病院かな」

「うん・・・あの子、私たちみたいに運動もできないから、笑ってても辛そうなんだよ」

「ならせっかく応援してくれてんだ。そのぶん俺らが活躍しないと悪いな」

「そうだね、よしっ!じゃあ私もがんばるぞ〜」


凛が大きく声を張り上げて気合を入れた。



 ***



カランカラン



「はやく家に帰れますように〜」


神社で祈ればどうこうなるとも思わないが気休めくらいにはなるだろう。一応10円も入れたし。10円分くらいのご利益はあるはずさ。まぁこの五十鈴神社にそんなご利益があるかはけっこう疑問だが。


「そういえば追い出されたんだっけ?馬鹿だね〜」

「む」

「なんなら神社で泊めてあげよっか?可愛がってあげるから♪」

「即答拒否だ」


振り向くと予想通り凛が立っていた。今は巫女装束を着ていて、手には箒をもっている。なんてベタな格好だ。


「うるさいな、こっちは必死なんだよ」

「まぁそらちゃんの必死なんてたかがしれてるけど〜」

「うっさいうっさい!さっさと掃除しろ」

「もうとっくに終わったよ。凛ちゃんは仕事が早いからね〜」

「じゃあなにやってんだ?」

「うん、さっきまで観光客と一緒に写真撮影」

「物好きはいるもんだ・・・」

「なんか言った?」

「いえ、なにもー」


つーかここに観光ってどれだけ暇なやつだ。五十鈴神社は確かに地元じゃ有名だが観光名所になるほどでもない気がするけど。


「まぁ私目当て?」

「そうかもな、確かにコアなファンはいそうだけど」


ぶっちゃけ凛の巫女姿はコスプレしているようにしか思えん。似合いすぎているからな。たいして化粧もしてないくせに。


「今なんか心の中で馬鹿にしてなかった?」

「だーかーらー、心を読むなっての!」

「むぅ!・・・まぁいいわ。それより着替えてくるから道場で待っててよ」

「え?俺は弓道場に・・・」

「先に私のほうに付き合ってよ。しばらく組み手してなかったから体がなまってんのよ」


そうだよ、こいつのおじいちゃんが武道の師範なんだよな。もう他界しちまったけど昔は俺も習っていたんだ。途中で弓がおもしろくなってそっちにいったが、凛はずっと続けているんだよな。おかげでこいつの腕っ節には歯が立たないし。それをかっこいいというやつも多いが、事あるごとに実験台になる俺の身にもなってくれ。


「凛と組み手か・・・久しぶりだな」


道着に着替えて凛を待っていた。まぁどうせ俺の負けだろうけど。あの女は化け物だからな。


「お・ま・た・せ・・・・待った・・・・?」

「色っぽい声は出さなくていい!北極並みの寒気がする!」

「ちぇっ、つまんない男ね!」


先ほどの巫女装束の赤い袴が黒い袴に変わっただけだが、それだけでずいぶんと感じが変わる。つーか上の道着は変えていないな、ズボラなやつめ。


「では・・・」

「お願いします・・・」


さて、ここからは集中しなくては・・・。凛の顔つきも引き締まっていて、おちゃらけた感じがまったくしない。油断したら骨の二、三本はもっていかれそうだ。


「・・・・」

「・・・・」

「ふっ・・!」

「くっ・・!」


軽い呼吸と共に右足から回し蹴りを繰り出す凛。それをなんとか腕でガードするが、たった一発で腕がしびれた。威力上がってるな、なにがなまってるだよ。

ちなみに蹴りのたびに袴がまくれ上がって見える凛の太ももになど興味はないと言っておくぜ。


「ふーん、これを止められるようにはなったのね」

「どっかの巫女さんに鍛えられているからね。主に路上で」


するといきなり間合いを詰めてくる凛。させるか!

同時に下がって間合いを保とうとするが・・・・凛の速さのほうが上だった。


「くっ!!?」

「てぇい!!」


今度はとび蹴り。おいおい、少しはまくれ上がる袴を気にしろよ。とか思っているうちに右足が繰り出される。これは片手じゃ無理か・・・!


「ぐっ!!」


両手を使ってそれもなんとか防ぐ・・・が。


「!?」


凛はそのまま右足を腕に絡めてあろうことかそれを軸足として空中から左足での第二撃を・・・ってちょっと待て!!?


「飛燕連脚!!」


この女・・・またどっかのゲームから習得しやがったな。ファンタジーをリアルに昇華させるなと何度言えば・・・。


ちなみにこのときの一撃でふっとばされましたよ、もちろん。


***


「いただきまーす」


今日はバイトの休みの日ということで、同居を始めてから初めて三人での夕飯となった。

食事担当はもちろんこの浅倉空。はっきり言って他の二人は料理はだめだめだ。包丁の扱いからしてなっていない。まぁこの俺のファンネルのごとき包丁捌きに勝てるものなどあるまい。ニュータイプ万歳。


耕介

「ふーん、それでりんりんにやられたのか」

「ああ。おかげで筋肉痛どころじゃねぇんだよ。そういや凛におまえのことはなしたら会いたがってたぞ」

耕介

「そうだな、今度挨拶くらいには行くか」


耕介も凛も、高校時代の同級生だ。よくつるんでいたし、当然耕介も凛と仲がいい。


「どうだ、ひなた。今日のやつは一段と旨いだろう?」

ひなた

「そうね、けっこういいんじゃない?」

「ぐ・・・あいかわらず可愛くねーな」

ひなた

「うるさいな。あたしに誉めて欲しかったらもっと腕をあげることね」


そんな調子でひなたは変わらずに食事を進めていく。おいひなた、表情では美味いと言ってるぞ。一方の耕介は笑顔で食べている。

つーかひなたは今まで俺の前じゃ笑ったことはない。よっぽど嫌われてんのかね。


ひなた

「ん」


ひなたが御椀を向けてくる。中身は空。


「は?」

ひなた

「ん!」

「なに?」

ひなた

「おかわりって言ってんのよバカー!!」

「言ってねぇだろー!?」

ひなた

「そのくらい気付きなさいよ!まったくバカなんだから!」

「あー、バカバカうるさい。たまには違うことも言ってみろ」

ひなた

「ひょーろくだま!」

「お前いつの人間だ!?」

耕介

「ははは!嬉しいねぇ、こんな賑やかになって!」

「笑ってんな耕介!」

ひなた

「はやくおかわりー!」

「あーもう、わかりやしたよ!」


なんだかんだいって居候には変わりないわけだしね・・・。辛い立場だな、これ。


耕介

「そういやもうすぐ試合なんだろ?」

「ん?ああ。明後日」

耕介

「ちょうど休みだな。ひなたと応援に行くよ」

ひなた

「ちょっ・・・!?あにき!」

耕介

「いいだろ、こうしてうまいもの作ってくれてんだ。応援くらい当たり前だろ」

ひなた

「むー・・・・」


ひなたは腕組しながらちょろちょろと俺のことを見ている。相変わらず目付きは悪い。


ひなた

「・・・わかったわよ」

「ありがと、ひなた」


そうお礼を言うと、再びひなたがこちらを見てきた。みているというよりも凝視している感じだ。そしてだんだんと頬を赤らめていくと、


ひなた

「う、うるさいうるさーい!ごちそうさま!」


トテトテと形容したくなるような走り方で出て行くひなた。相変わらずよくわからん。


耕介

「はは、あんなひなたは久しぶりだ」

「そうなのか?」

耕介

「おまえ、気に入られてるんだよ」

「どうなのかねぇ」


味噌汁をずずず、と飲んでみる。・・・味噌汁の味噌の配分間違ったかな?


耕介

「なんだったら嫁に貰ってくれ。そうすれば俺も安心だ」


「ぶっ!!!??」


思い切り味噌汁を吹き出した。


「耕介ー!兄貴が妹を簡単に差し出したりするなー!!」

耕介

「いやまぁあいつにも苦労かけてるからな、信頼できるやつと一緒になってくれればいいと思ってるのはほんとだぞ」

「ひなたはまだ十一歳だろ。気がはえーんだよ」

耕介

「あれ、おまえ、幼女趣味だろ?」


「ぐふっ!!??」

耕介

「すまん、冗談だ。許せ親友」

「こおおすけぇええええ!!!」




「ふぃー・・・」


いつも通りバイトを終えて帰るともう耕介の部屋の電気も消えていた。時間はもう日付が変わりそうだ。


「あーつかれた。まぁ給料貰ってるから文句も言えないか」


今日は一人で残って残業していた。

なんでも店長が俺の料理の腕を見たいと言ってきて、得意なものを作れといわれたので創作料理を一品つくってきたのだ。

思いのほか好評で、店で出すことも検討してくれるらしい。これでボーナス確定だ。ちなみ作ったものは『天下無双焼き』。どんなものかは企業秘密。それにしても、疲れた。


「・・・あん?」


台所が明るい。なんだ?

そっと覗くと、なんとそこには小さな子供が危ない手つきで包丁を握っていた。


「・・・」


どうやらりんごの皮剥きをしているようだが、いかんせん、まだまだ粗い。つーか手を切りそうで怖い。いや、切るな、あれは。


「やれやれ」


仕方ない。手ほどきしてやるか。


「やぁひなた。夜分遅くまで精が出るね?」

ひなた

「えっ!!?」


ひなたは驚いて振り返った。そして俺を見るとすぐに不機嫌面になる。そんなあからさまな顔しなくてもいいのに(汗)


ひなた

「なんだ、そらか・・・。何の用よ?」

「いや用ってほどでは・・・。・・・ふーん、林檎剥いてたのか。でも危なっかしいな」

ひなた

「う、うるさいなぁ!」

「いやいや。その小指の絆創膏、そうなんだろ?」


そういうとむっとして黙り込んでしまった。図星か。


「ちょっと左手がお粗末かな。ちょっと貸してみ?」

ひなた

「あっ・・」


ひなたの手から林檎と包丁を取るとすぐさま手本を見せてやる。


「ほら、こうしてもっと全体を安定させるんだよ。そうすればあんま力入れなくてもうまく切れるから。やってみるか?」


ふたたびひなたの手に戻った林檎は、今度は幾分か安定感を持って皮を剥かれていった。ふむ、学習能力はあるみたいね。


「うまいな。そんな感じだよ」

ひなた

「う、うん」

「ほら、油断すんな」

ひなた

「あっ・・・!」


すっと滑った包丁はひなたの手を軽くかすめてしまう。手の甲に赤い筋が出来る。はは、やっちまったか。


「あちゃあ」

ひなた

「う・・・」

「ちょっとまってろ」


おそらくひなたが用意したであろう救急箱から(怪我前提で練習かよ・・・無駄に健気だね)脱脂綿を取り出し、かるく水につけた。


「手貸せ」

ひなた

「い、いいよ」

「なに言ってんだ。ほら」


ひなたの手を掴んで強引に引っ張る。


ひなた

「ちょっ・・・!」

「少しはだまってろ。・・・・うん、かすり傷だな。一応消毒もしとくぞ」


そうやって傷の手当をすると、絆創膏を貼って救急箱をしまった。


「はいこれでおっけー。もう気をつけろよ」

ひなた

「あ・・・ありがと」


なんだか恥ずかしそうに答えるひなただが、どうにも今日はおとなしい。いつもなら怒鳴ってくるはずなんだが?


「で、林檎むいてどうしたんだ?」

ひなた

「そ、それは・・・・」

「あー、ちょっとまて。せっかくだから・・・」


さっと切りかけの林檎をすぐに食べやすいサイズに分解していった。皿に盛ってテーブルに置き、爪楊枝を指す。


「ほら、食べなよ」

ひなた

「・・・ん」


ウサギが餌を食べるように林檎にかじりつくひなた。なんだか小学生のときに飼育当番でウサギのゴン太に人参を食べさせていた光景が思い浮かんだ。ま、それを口にしたら怒らせるだろうけど。


「で、こんな夜中にどうしたんさ?」

ひなた

「べつに」

「林檎の皮剥き練習か?」

ひなた

「いいでしょ、なんでも」

「まぁそのとおりだが怪我してるからあんま放ってもおけない」

ひなた

「む・・・」

「邪魔だったら謝るよ。とりあえずソレ食ったら寝ろ」

ひなた

「う・・うん」


そうやって席を立つひなたが、去り際に言った。


ひなた

「明日が試合って、なんの試合なの?」

「ん、弓道。弓さ」

ひなた

「おもしろいの?」

「さて。見たことないんならおもしろいかもな」

ひなた

「そらは強いの?」

「一応エースだぜ?」

ひなた

「見えない」

「ほっとけ!」


なんだかよく喋るな、とひなたを見る。寝巻き姿に、まだ半渇きのセミロングの髪。いつものひなたなのだが、表情はいつもより柔らかい。


ひなた

「負けたらなんか奢ってよ」

「は・・・?」

ひなた

「そんなエースとかいうんなら勝って当然でしょ?」

「いや、あのね・・・」

ひなた

「せっかく応援に行くんだから負けたりしないでよ!」


その言葉を最後にばたばたと廊下を駆けていった。


「・・・あいつ応援してんのかしてないのかどっちだ?」



 ***



そして当日。九時から始まった試合は二回戦へと進んでいた。そしてなんと俺の大学は一回戦敗退。まじかよ・・・(苦笑)

俺は八射七中でなんとか個人戦へと進んだが、これではひなたになんて言われるかわかったもんじゃない。



ひなた

「そらっ」



って、その声は・・・・


「ひ、ひなた・・・」

ひなた

「試合まだなの?」

「いや、それがな・・・」


ひなたが来る前に負けてしまったというと、とたんに不機嫌になってしまった。


ひなた

「なによバカ!来た意味ないじゃない!」

「いや、俺は個人戦があるからまだ大丈夫!」

ひなた

「いつから?」

「そうだな。あと一時間くらいあるかな」

ひなた

「・・・じゃあ御飯食べに行こうよ。あにきが急にバイトになっちゃって」

「え?俺のトコにはそんな連絡は・・・」

ひなた

「そらは試合がんばれって言ってた」

「あー、あとで礼を言わなきゃな」


どうやら耕介は二人ぶんの仕事をしてくれているらしい。終わったらすぐに行こう。


「じゃあ昼食べにいくか」

ひなた

「うん」

「なにがいい?」

ひなた

「なんでも。そらが決めていいよ」

「ん、じゃあ時間がかからないもんでいいか。・・・ってまさかおまえ」

ひなた

「うん、お金持ってきてないから」

「・・・狙ったな?」

ひなた

「さぁねー」


ニヤリ、と笑うひなた。耕介め・・・どんな風に育てやがった?


「もう諦めたよ・・・この悪女め」


そうやって安いと早いがウリの牛丼屋へと入っていった。

ひなたはつゆだくの生卵つきという慣れていそうなものを注文していた。つーかよくそんなに食えるもんだ。この小さな体のどこに吸収されているのか知りたいね。そういえばこいつはいつもおかわりを三回はしている気がする。痩せの大食いとはこのことか。


ひなた

「おかわり!」

「おまえ少しは遠慮しろよ!」


結局ひなたは3杯も食いやがった。



 ***



「さて、そいじゃ行ってくるか」

ひなた

「どこで見てればいいの?」

「あそこが応援席。おとなしくしてろよ。警備員につかまったらちゃんと事情はなせよ」

ひなた

「子供じゃないわよ」

「いや、子供だろ。11歳」

ひなた

「うるさい!」

「わかったわかった。終わったら待ってろよ」


頬を膨らませているひなたの頭をぽんぽんと叩く。それでも表情は変わらなかったが、それでもはじめよりは慣れてくれたみたいだ。



「あ、浅倉くん」



「え・・・あ、浅葱さん。来てくれたんだ」


白い服を着た浅葱さんがいた。白い服似合うなー。まさに白いコスモス。


「うん。試合もう終わっちゃった?もっと早く来るつもりだったんだけどちょっと・・・」

「ん、大丈夫よ。これから個人戦だから」

「よかった。袴姿かっこいい、ね・・・」

「ははは、ありがと」

「あ、こちらは妹さん?」


と、ひなたのほうを向く。それと同時に眩しいほどの爽やかな笑みを浮かべる浅葱さん。さすがだね。一般的な男ならこれで虜だね。


「あー、友達の妹の藤咲ひなた。ほらひなた、挨拶」

ひなた

「こんにちは、ひなたです。よろしくお願いします」


ぶっ・・・!?

あまりの変わり身の早さに思わず叫びそうになった。ひなた良い子モード発動!?つーか猫をかぶるタイプだったのか、おまえ!?


「こんにちは。浅葱唯です。よろしくね、ひなたちゃん」

ひなた

「はい!」


うわっ、こいつ完全にいい子ぶりやがって。おい裏ひなた、いつもの態度はどうした?・・・まぁいい。今はおとなしくしていたほうが都合いいしな。・・・ちょうどいいじゃん。


「ちょうどよかった。浅葱さん、ひなたの面倒見てくれないか?一緒に観戦して迷子にならないようにして欲しいんだけど」

「あ、うん。もちろんいいよ」

ひなた

「・・・・」


何故かひなたは顔をしかめている。おいおい、そんなに簡単に仮面に罅を入れていいのかい?


「じゃあな。ひなた、いい子にいてろよ」

ひなた

「・・・うん」

「がんばって、浅倉くん!」

ひなた

「がんばれ」


こうして試合会場へと向かっていった。

二人の応援を無駄には出来ない。がんばりますか。



「ひなたちゃんは青稜なんだ」

ひなた

「はい」

「あそこの制服可愛いよね。私もあそこの卒業生なんだ」

ひなた

「じゃあここの出身なんですか?」

「うん。地元から動きたくなくてね」

ひなた

「そらって大学じゃどうなんですか?」

「そら?あ、浅倉くんね。うん、なんかなんでもできちゃう感じだな。すごく優秀なんだよ」

ひなた

「へぇ・・・」

「それに人気もあるしね。本人はあんまり自覚ないみたいだけど」

ひなた

「あさぎさんもそうなんですか?」

「え?」

ひなた

「あさぎさんもそらのこと好きなの?」

「や、やだなぁ。違うって」

ひなた

「む・・・」

「あ、ほら。始まるみたいだよ」

ひなた

「・・・」

「やっぱり袴姿似合うね〜」

ひなた

「そうかな、たしかにいつもよりは・・・」

「いつも?」

ひなた

「今一緒に住んでるから」

「えっ・・!?あ・・・そっか、そういえば友達の家に世話になっているって」

ひなた

「うん」

「羨ましいな・・・」

ひなた

「え?」

「あ・・!ううん、なんでもない!・・あ、射つみたいだよ」

ひなた

「・・・・」



 ***



「お疲れ様でしたー」


結果は三位。まぁこんなものだろう。地区大だし、インカレの予選ではもっとがんばらなきゃなー。

とりあえずひなたを迎えに行くか。そのあと耕介んとこに行かなきゃな。


「浅倉くーん」

「おー、浅葱さん。どうだった?」

「かっこよかったよ!ね、ひなちゃん?」

ひなた

「・・・」


ひなたはぶすっとしてこっちを睨んでいる。なんなんだいったい。今回はむしろ労いをもらいたいくらいなんだけど?


「はは、まぁ優勝はできなかったけどさ」

「それでもすごいよ〜」

ひなた

「・・・」

「おいひなた、なに機嫌悪くしてんだよ?」

ひなた

「べつに」

「いや、あからさまに怒ってるだろ」

ひなた

「うるさい!」


そういうとばっと身を翻して走っていってしまう。


「おいひなた!あーもう!ごめん浅葱さん、また大学で」

「あ・・・・うん」

「じゃあお疲れ様でしたー!お先あがりまーす!」


部の面々に挨拶して急いでひなたを追いかける。さすがに子供相手のかけっこでは負けるはずもない。

ひなたは俺が追ってきていると知ると、無理にスピードをあげようとしていた。が・・・


「あっ・・・!?」



バタン



見事に転んでしまった。うわ、痛そー・・・。


「ひなた!」

ひなた

「・・・ぁう・・・」


慌てて駆け寄って見ると膝から血が出ている。けっこう出血がある。ああもう、林檎のときといい、なんでこいつは生傷が絶えないんだ?


「大丈夫か?」

ひなた

「平気・・・」

「うそつけ。目に涙浮かべてるくせに」

ひなた

「じゃあ大丈夫かなんて聞かないでよ!バカ!」

「わかったよ。悪かった。さ、傷見せてみ?」


おずおずと足を伸ばすひなた。スカートが災いしてもろに皮がはがれている。ひなたの顔を見ると涙目になっている。


「うーん、皮がはがれちゃったな。消毒しないとな・・・」


とりあえず水だ、水。近くに水道は・・・・お、あった。さすがスポーツ公園。


「よっと」

ひなた

「なっ・・!?」


ひなたは俺が両手で抱っこするとボンと顔を赤らめた。なんだこの普通の女の子の反応は?おまえはもっとつんつんキャラじゃなかったのか?


「あー、暴れるな。どーせ今動けねぇだろ」


すぐに水道の側までひなたを運ぶと、荷物から綺麗なバンダナと包帯を取り出した。


「すこししみるぞ」

ひなた

「・・・ん」


水でぬらしたバンダナでそっと傷口に触れると、ひなたの顔がぐっと歪んだ。歯を食いしばって耐えているようだった。可哀相だけど仕方ないね、こればっかは。


ひなた

「・・・いたっ・・・!」

「がまんしろ」

ひなた

「ん・・・!」

「よし、と。あとは・・・」


そこでもう一枚バンダナを出してゆっくりと傷口にまいていく。その上から包帯で少しきつめに固定した。


「どうだ、痛むか?」

ひなた

「だいじょぶ・・・」


そうは言うが、けっこうきつそうだ。はぁ・・・。しかたないな。



 ***



「とりあえず消毒したいからまずバイト先に行くからな。そこでもっかい治療するから」


背中からひなたが頷く。

まぁひなたは軽いからたいして苦労もしない。むしろ背負うまでに苦労したけど。

「そんなことできるわけないじゃん!」とか言って頑なに背中に乗るのを拒んでいた。つーかできないのはその足で歩くことだろーがよ、チビッコ。


「しっかし、なんで逃げたりしたんだよ?」

ひなた

「・・・」

「おーい、どーしたー?」

ひなた

「うるさい・・・」

「あーあー、そーですか、わかりましたよー。ったく、世話の焼けるやつだ」

ひなた

「でも一応・・・ごめん」

「え?」

ひなた

「だからごめん。あたしが悪かった」


おお?

ひなたが謝った・・?なんだ、なにか心境の変化があったのか?それとも弓道してる俺を見て見直したとか?でもあれか、一応親密度は上がってる?


「ん、気にするな」


ま、こんなひなたのほうが可愛くていいけど。見た目は普通に可愛いんだからもっとこうならいいのにね。


ひなた

「ほら、早くしてよ。とろいなぁ」

「黙れチビ」


前言撤回。やっぱ可愛くねー。



 ***



「こんちはー」

耕介

「ん、空か?」

「よー耕介。手伝いに来たぜ」

耕介

「まったく、今日くらいよかったのに・・・ってひなた!?どうしたんだ?」

ひなた

「・・・」

「ん、ちょっとはしゃいじゃってな。悪い、俺がもっと見てればよかった」

耕介

「いや、いいさ。控え室使ってくれ。俺、今ちょっと手が離せない」

「わかった」


そういって控え室に入ると、ひなたをパイプ椅子に座らせる。


「さて、と」


包帯をはずすと、バンダナが赤く滲んでいた。それでも止血は出来ているみたいだ。とりあえずこれで・・・。


「また染みるけど、がまんな」

ひなた

「・・・うん」


なるべく痛くしないようにゆっくりと消毒液をつけていく。


ひなた

「んっ・・・!」


それでもやはり痛むようだ。可哀相だけど仕方ない。その後バンドエイドを慎重に貼って、固定するだけだ。


「ほい、終わり」


さっと包帯を巻きなおす。これでなんとかなったはずだ。


「あとは一週間もすればなんとか治るかな。なかなかいい怪我の仕方だったみたいだ。怪我中の幸いだな」

ひなた

「バカ!」

「ごめんごめん・・・・?」


ひなたを見ると僅かに目に涙を浮かべている。やっぱり相当痛かったみたいだ。


「ほら泣くな。もう大丈夫だからさ」

ひなた

「な、泣いてなんかないもん!」

「無理すんなっての」


ひなたの頭をぽんぽんと叩く。小さい頭だな。


ひなた

「〜〜〜〜〜っ!!!」


しゅ〜っと煙が出るかのような勢いでひなたの顔が紅潮していった。なんだ、怒らせたか?・・・退散退散。


「ん、じゃあバイトだから。今日は早く上がれるからちょっと待ってな。じゃあな」

ひなた

「あ・・・」


なにか言いたげだったが、まあそれは帰りでもいいだろう。

結局、黙ったままだったけどね。


「あー、ひなた。そこのみりん取って」

ひなた

「ん、わかった」

「あとこれ味見」

ひなた

「・・・ちょっと薄いかな。もっと濃くしてよ」

「了解であります」


なんだかんだでこの藤咲兄妹と同居を始めてから一ヶ月が過ぎた。なんとか順調に金も溜まり、これならあと一ヵ月後にマイルームを取り戻せそうだ。

そしてはじめはあんなに尖っていたひなたも、ずいぶん普通に接してくれるようになった。とりあえず

「おはよう」と

「おかえり」を言われるようになっただけでもおおきな進歩だろう。


「そういや学校はどうなんだ?」

ひなた

「どうってべつに。つまんなくもないけどおもしろくもないかな」

「はは、俺と同じだな」

ひなた

「そらも?」

「まぁなー。だいたい俺、あんま友達いねぇし。浅葱さんとかがたまに話しかけてくれるくらい」

ひなた

「・・・む」

「む?」

ひなた

「・・・なんでもない」 

「へんなやつ」


これが、最近の日常。

ぶっちゃけ、悪くないね。 ***



「ありがとうございましたー!」


バイトも佳境を越えて、ようやく楽な時間帯となってきた。耕介も壁に寄りかかって一息ついている。でもきついことにはかわりない。ちょっとしたとこで体を休めるテクニックが自然と身につく。

と、そうしているとまた来客が来た。仕事再開!


「いらっしゃいませー!お客様何名様・・・・・ってうぉい!?」

ひなた

「なによ」

「ひ、ひなた!?」


そのいつもの髪飾りをつけたひなたがむっとした表情を浮かべた。


「な、なにしにきたんだよ?」

ひなた

「食事に決まってるじゃない」

「あ、あのねぇ・・・」

耕介

「おーい、どーした空ー・・・ってひなた!?」

ひなた

「や、あにき。御飯食べに来たの」

耕介

「ってここは居酒屋だってーの!」


小学生が食事に来るところではないし、つーかもう十時くらいなんですけど?


「おい、ひなた。夜中に出歩くなってあんなに・・・」

ひなた

「そらからは言われたことないわよ」

「ぐ・・・」

耕介

「いや俺は言ったはずだぞ。兄貴だからな」

ひなた

「ごめん、あにき。でもおなかすいちゃって」

耕介

「だからってこっちの都合も考えてくれ、妹よ・・・」


耕介と二人してため息をついていると奥から店長が出てきた。


鹿島

「おーい、どうしたー?」


そこで頭を下げて事情を話すと、店長の鹿島さんは笑ってひなたを迎えた。この人も器量も計り知れない。


鹿島

「いらっしゃい、ほら空!お客様を案内して!」

「って店長!?こんな子供を居酒屋に入れていいんですか?」

鹿島

「まずいね」

「いや、あの・・・?」

鹿島

「だから耕介か空がこの子と食事してあげて。もう客足もないし、それなら問題ないだろう?」

空・耕介

「・・・」

ひなた

「ほらそら!早く案内してよ」

「・・・一名様ごあんないでーす!!」


やけになって叫んだ。ひなたは満足げに笑ってたけど。このガキ、いつか社会勉強させてやろうか?


「・・・で、なんで俺が相手せにゃあならんのだね?」

耕介

「それはこんなところで妹と食事なんてまっぴらだということであります。つーか冗談じゃない。誰が好き好んでバイト先で妹と食事を楽しむものか。俺はシスコンじゃないんでね、空と違ってな」

「シスコンじゃねーよ!つーか妹いねぇし!つまり俺はしょーがねぇーから敗戦確定の戦地に送られた衛生兵かー!?」

耕介

「一層の活躍を期待する。骨は拾ってやるから安心して散ってこい」

「不公平だっ!だいたいなんでいっつもいっつもあのチビのお守りをせにゃならん!?」

ひなた

「そらー!オーダーまだー!?」

耕介

「ほら、ご指名だぜ。お客に不快な思いはさせるなよ?」

「ここはホストクラブか!?」

ひなた

「そぉーらぁー!!」

「はーい!ただいまいくでありますよちくしょー!!」



 ***



ひなた

「おいしい。そらのよりおいしいかも」

「そりゃそうさ。店長の料理には勝てんからな」


ほんとあの人には勝てる気がしない。なんでもっと有名になってないんだ?


ひなた

「そらのやつも頂戴」

「っておい!これは俺の楽しみにしてた湯豆腐・・ってあああああ!!?」

ひなた

「うん、これもいける」

「て、てめぇ!金も持たずに来たくせに俺の料理まで食うとはいい度胸すぎなんじゃねぇーのか!?」

ひなた

「なによ!だってそらはあたしの保護者じゃん!」

「それは耕介だろーっ!」

ひなた

「今は同居してんだから似たようなものよ。あたしみたいな可愛い子の保護者で嬉しいでしょ?」

「獰猛な犬を飼ってる気分だぜ」

ひなた

「なんですって!?もうそらの馬鹿!!」


そういいながらもひなたの箸は止まらない。ああ!?天ぷらまで!?


耕介

「はーい、刺身盛り合わせおまちどうさまー」

「おい耕介、代われ」

耕介

「申し訳ございません。当店ではそのようなサービスは行っておりません」

「てめぇの義務だこらぁ!!」

ひなた

「デザートにあんみつ追加」

「まだ食うのかよ!?」

耕介

「今日は冷麺もおすすめですよ」

ひなた

「じゃあそれも追加」

「耕介!?てめぇなにを・・・!!?」

耕介

「商売に決まってんだろ。こっちは慈善事業じゃないんでね。しっかり食べてもらうぜ」

「だからそれは俺の金・・・」

ひなた

「そら、食べないの?」

「あっ!!?俺の冷奴!?」


結局この日、バイト代から五千円が消えた。おいこれはなんのいやがらせだ?




耕介

「そういや空ってもうすぐ誕生日じゃなかったっけ?」

「ん、ああ。そういやそうだな。自分でも忘れてたけど」

耕介

「じゃあなんかお祝いしなきゃな。なぁひなた」

ひなた

「なんであたしに言うのよ」

「いいっていいって!どうせその日はバイトだしな。気持ちだけもらっておくよ」

耕介

「んー、じゃあ今度振り替えで祝うか。なぁひなた」

ひなた

「だからなんであたしに言うのよ!」


やれやれ、賑やかな朝だこと。

まぁ祝ってくれればうれしいけどそんな暇ないしな。それにどーせひなたが渋るに決まってる。


ひなた

「・・・」


なぜそんな俯いて黙っているんだ、ひなた。ここ最近キャラが違う気がするんですけど?・・・ま、いっか。


「さて、とりあえず大学行きますか」

耕介

「おう、がんばってなー」

ひなた

「・・・」


なんかひなたが考えこんでいるみたいだけど、まぁいいや。


「んじゃねー」


そういって今日も大学へと向かっていった。



 ***



「浅倉くん、おはよう」

「あー、浅葱さん、おはよー」


うん、今日もまぶしいねー、この人は。白いコスモスは最高の癒しだね。


「おっはー、そっらちゃん!」

「ああ、ついでにおはよ」

「ついで?」


やばっ!目が怖い!?


「ご機嫌麗しゅう、凛様」

「うむ。下がってよいぞ」

「ではでは〜・・・・・さらば鈴娘」

「・・・って待てー!だれが鈴娘じゃあ!!」

「なんだよ、下がっていいんじゃないのか?」

「朝っぱらからあんたと漫才する趣味はないわ。この甲斐性なし!」


漫才と甲斐性がどう関係するんですか、五十鈴凛さん?つーか一番ノッテた癖になにを言うか。


「どうかした?なんか渋った顔してるよ」

「え?まじですか?」

「うん、ほら」


と、手鏡を出す浅葱さん。むー?


「・・・いや、自分じゃわからんよ」

「あはは、そうかもね」

「鈍いだけじゃない?」

「黙れりんりん女」

「さっきから私を変な呼び方で呼ぶのやめてくれないかな!私には五十鈴凛っていう崇高で華麗な名前があんのよ!」

「崇高?華麗?凛、おまえ頭大丈夫か?それは賑やかでおめでたい名前っていうんだよ」

「ふっ!!」



ヴゥン!!



「ひっ!!?」

「次は頭よ」

「すいませんでした」


神速の速さで頬をかすめた凛の足が下がってゆく。くそっ、また蹴りにモノを言わせやがって!脅迫だろ、暴力はんたーい!!


「相変わらず仲いいんだね。羨ましいな」

「でしょー♪もうそらちゃんと私はナイスタッグだからね〜」

「・・・あなたの目は節穴ですか」

「ううん、私にはわかるの。二人は仲がいいんだよ」

「ふへ・・・?」

「んぁ・・・?」


俺と凛が同時に間の抜けた声をあげた。おや珍しい、あの凛も呆気にとられているよ。


「ちょ、ちょっと唯?いきなりなにいうのよ、私とそらちゃんはべつに・・・」

「だから仲良く♪ねっ?」


にっこりとまるで太陽のような笑顔を向ける浅葱さん。ま、まぶしすぎる・・・!こんな笑顔を前にこれ以上言い争いをしろってほうが無理だ。

それは凛も同様のようで俺と浅葱さんを交互に困ったように見ている。


「まぁ・・・そうね。今日は唯たんに免じて許してあげるわ」

「まったく、俺も浅葱さんに免じて許してやるよ」


今日は俺も凛も浅葱さんに負けたな。まったく、たいしたもんだよ、浅葱さんは・・・。



 ***



「なんかひなたにふりまわされて疲れるんだよなー」

「そうなんだ、でもそれって好かれているんじゃない?」

「そらちゃんは何気に面倒見いいからね〜」

「うーん、あんな愛情表現は勘弁してほしいけどね。獰猛な犬と友達にはなりたくないし」

「そうかな?ひなちゃん、すごいいい子だったと思うけど?可愛いし♪」

「ありゃ猫を被ってんだよ。家じゃ噛み付いてくるんだぞ?」

「相変わらずちっちゃい子には人気じゃん♪でも襲っちゃだめよ?」

「襲うか!つーか俺が襲われてんだよ」

「いいじゃん、ちっちゃな女の子に襲われる!・・・うわぁ、そらちゃんそういう趣味?」

「一人で勝手に捏造するな!」


ったく、この女はいっつもいっつも・・・!


「でももうすぐ誕生日じゃん。なにか祝ってもらえるんじゃない?」

「あ、誕生日すぐなんだ?」

「うん、今度の土曜日かな」

「ん、そっか」

「ま、夜の八時までバイトなんだけどね。だからあんまり気にしてないけどさ」

「ふーん・・・」


意味深な笑みを浮かべる浅葱さんだったが、とくに深くも考えなかった。


「じゃあそらちゃんにはなにかプレゼントをしようか!リクエストある?この凛ちゃんが祝ってあげるよ!」

「豪華絢爛焼肉セット八千五百円(税抜き)」

「・・・は?」

「・・・ダメ?」

「ちょっとー、そらちゃんは料理得意でしょ?もっとましなもの言いなさいってば」

「じゃあ百花繚乱包丁十二点セットを・・・」

「あるの?それほんとに売ってるの?」

「ネット販売でなら」

「はぁ・・・あんたねぇ、せっかく女の子が誕生日プレゼントあげるって言ってんのよ?もっと気の利いたものはいえないのかな?」

「くすくす」

「そういうのは催促はしないものさ。気持ちだけでもいいんだぜ?」

「そういうとこはかっこつけるね?」

「べつに」


そんな強欲でもないし。


「あ、じゃあ私はクッキーでも焼こうかな」

「む?」

「え?」


俺と凛の目が同時に浅葱さんを捕らえた。今度は浅葱さんがぽけっとしてるし。


「ほぅ・・・」

「唯、勇気あるね」

「え・・・え・・・?」

「そらちゃんはむかしから料理だけは一流でね。だからこいつにクッキー渡してもその舌にかなうかどうか・・・」

「は、はぅ・・?」

「私でも料理は勝てないしね」

「つーか料理できたっけ?」

「できるわよ!・・・、まぁ少しくらいなら・・・」

「そうだな、卵焼きくらいはつくれないとな?」

「う〜!なんでこんなやつが料理できるんだ・・・」

「こんなやつとはなんだよ・・・」

「うぅ・・・・」

「あ、唯、でも大丈夫だよ」

「ほぇ?」

「そらちゃん、これでもフェミニストだからちゃーんと食べてくれるよっ。それに唯の腕なら心配ないよ」

「フェミニストかどうかはこの際どうでもいいが・・・もちろんよろこんでいただきますよ、浅葱さん♪」

「そう・・・?じゃあがんばってみるよ♪」


両手を胸の前で組んで気合を入れる浅葱さん。うーん、なんかいいねー、役得だな。考えてみれば甲斐嶺大学の白いコスモスと呼ばれる浅葱さんから手作りクッキー確約・・・うわ、じつはすごいことなんじゃねーの、これ?喜ぶべきところでしょー?


「嬉しいな!ありが・・・・」


ブルッ・・・!


「うっ・・・!?」


な、なんだ・・・?今周りのやつらから殺気を感じたような・・・(汗)

・・・ま、気のせいにしとこ(苦笑)

そして誕生日当日。

相変わらず忙しいバイトをこなし、ようやく終了。ぐはぁ・・・。


「だりー!」

耕介

「はは、お疲れ」

「帰って寝たいぜ・・・」

耕介

「そうしとけ」

「おう・・・んじゃ先に上がるぜ」

耕介

「おつかれー。まっすぐ帰れよー」

「俺は小学生か!」


ふーっと息を吐いて外に出る。今日の空はまた一段と美しい!まるで俺を祝福しているようだ・・・なんて詩的なことを考えてみる。・・・誕生日だからってそんなことはないんだけどね。


「あー?」


あの背丈、あの髪飾り。ひなたか・・・?

なにやってんだ、あんなとこに隠れて。なにか様子を伺うようにちらちらとこちらを見ているようだけど・・・、はて?


「おーい!ひな・・・」

「浅倉くん!」

「たー・・・?」

「こんばんは」

「あ、浅葱さん?」

「へへ、今日誕生日だって言ったでしょ、はいこれ」


と、なにやら可愛らしい包みが・・・。


「えっと・・・これはまさか」

「うん、プレゼント」

「ほ、ほんとに?」

「クッキー焼いたの。よかったら食べて?」

「あー、ありがとう!」


うお、なんかあったかいぞ?もしかして焼きたて?


「なんか悪いね」

「ううん。クッキー焼きたかったところだったから。食べてみて?」

「では・・・」


包みを開けて一枚取り出す。おお。


「う、うまい!」

「ほんと?よかったぁ」

「浅葱さんうまいんだな。卵黄と砂糖の加減も申し分ない」

「へへ、嬉しいな」


さらにもう一枚頂いた。うん、まじでうまい。なるほど、浅葱さんの腕も相当なものだな、これは。少なくても凛の数倍は上だな。


「ほんとありがとう。しかもわざわざ届けてもらって」

「ううん、せっかくの誕生日だもん。その日のうちにお祝いしたかったんだ」

「それにしたって・・・」

「へへ、人のお祝いは素直に受け取るものだよ?それに代償を期待してるわけじゃないもん。浅倉くんの喜んだ顔が見れるだけで満足だよ」

「・・・浅葱さんが聖母に見えるよ」

「えっ・・?」

「あなた、素敵すぎ」


ポンッ、という音が聞こえそうな勢いで真っ赤になる浅葱さん。あれ、なんか変なこと言ったか・・・?


「そ、そそそんなっ!私なんか・・・その・・・」

「?・・・でも本当にありがとう。このお礼は必ずするさ」

「そんなのいいのに・・・」

「俺がしたいんだよ。楽しみに待っててな。浅葱さんのためにとびっきりのもんを用意するぜ」

「あ・・・・、っ!」

「・・・浅葱さん?」

「あ・・・うん・・・楽しみにしてる、から・・・・!それじゃまた明日ね!」


返事をする前に身を翻して駆けていく浅葱さん。・・・どうしたんだ?なにか焦っているような・・・・。

あ・・・そういえばひなたは・・・?


「あれ?」


いない。おかしいな。さっきまで居たような気が・・・。

つーかなにしにきたんだ、ひなた?



 ***



「はぁ・・・はぁ・・・・ん・・・・・」


家に戻った唯は玄関先でペタンと座り込んで荒い息遣いを必死で整えようとしていた。


「・・・・・くやしい」


こんなに胸が苦しいのは、急いで帰ったからでも、空にときめいたのも違う。それがこんなに悔しい。


「はぁ・・・・っん、・・・っく・・・!」


よろよろと立ち上がってようやく室内へと入って行った。真っ暗なリビングに入ったところでまた立ち止まり、やがて消え入りそうな声で呟いた。


「・・・・恨むよ・・・・普通にドキドキもできないなんて・・・・」




 ***



「ただいまー。おーい、ひなたー!」


返事がない。靴があるからいるはずなんだけど?


「ひなた?」


部屋のドアをノックする。返事はないけど、中に動く気配がする。かくれんぼでもする気かよ?


「ひなたー?あけるぞー?」


と、ドアを半分開けたところで・・・


「げふっ!!?」


なんか急に視界が暗くなって・・・なんか頭にぶつかったような・・・・って・・・。


「こらぁ!てめぇ俺が買ってやった熊のぷーやんをなげやがったなぁーっ!!」


クレーンゲームでコンテニュー六回分の成果を!!おまえがわがまま言って俺に取らせたくせに!!


ひなた

「勝手に入ってこないでよバカ!!」

「だったら返事くらいしろー」

ひなた

「うるさいうるさーい!!」


ひなたはバーサーカーモード発動ですかー!?


「おいまて!さすがにコンパスとか投げんな・・・っていてぇー!!」

ひなた

「バカバカバカバカバカバカバカーーー!!!!」

「おい!怒ってる理由がわかんねぇってぇーの!」

ひなた

「うるさい・・・!」

「だーーーっ!てめぇひなた!!いい加減にしねぇといくら俺だっ・・・・・て・・・・・・?」


・・・・・

・・・・・

はい?


ひなた

「バカバカ・・・・・・!」

「・・・おい、なに泣いてんだ?」

ひなた

「・・・え・・・?」


ひなたが今気付いたように目を押さえる。


「・・・ひなた?」

ひなた

「み、みないでよ!」


いやいやいや。

泣いてる子を前にしてなにもしないほどのバカではないぞ。

ゆっくりとひなたの側にいくと、顔を覆っているひなたの前でかがんだ。顔の高さを同じくらいにする。


「ひーなたっ、どーしたんだ?」

ひなた

「・・・・」

「なにかあった?ってかさっきバイトまで来てたよな?」

ひなた

「・・・うん」

「俺に用だった?」

ひなた

「・・・ん」

「なんだったんだ?」

ひなた

「・・・」


ひなたが目を伏せる。が、その一瞬、床に向けられたのを見逃さなかった。ソレを追っていくと、床に紙の包みがある。たたきつけられたんだろう。形が歪んでしまっている。

そしてそのはしから見える、ぼろぼろになったものは・・・。


「クッキー?」


びくっとひなたが震えると、すぐにそのつつみに飛びついた。


ひなた

「・・・ん!」


胸に抱えるように隠してしまう。


「あー・・・・」


これはもしかしてそうなんですかー?


「俺に、だった?」

ひなた

「バカ!勘違いしないでよ!これは・・・ただ失敗しちゃったからそらに食べさせて笑ってやろうと思っただけ・・・」

「じゃあ笑え。貰うぜ」

ひなた

「あっ・・・!?」


すっと包みを取り上げて、そのなかのクッキーを取り出す。

お世辞にも上手にできたとはいえない。かたちは歪で、焦げ目もたくさんある。

それでもためらわずに口に入れる。


「ふむ・・・・」

ひなた

「・・・」


ひなたが凝視するようにこちらを見ている。


「・・・・」

ひなた

「・・・・」

「ひなた」

ひなた

「えっ・・・!?」


ひなたの頭を撫でながら言う。


「おいしいぜ、ひなたのクッキー!」

ひなた

「あ・・・」

「なんだよ、こんなに旨くできんならもっとはやく作ってくれよ」

ひなた

「・・・うそ」

「あー?」

ひなた

「だってあさぎさんから貰ってたじゃない!あんなにおいしそうに食べてたじゃない!あたしのがそんなおいしいわけ・・・!」

「なら食べてみ?」

ひなた

「むぐっ!?」


ひなたの小さな口に無理矢理クッキーをねじ込んだ。ごくん、とひなたが飲み込むのがわかった。


ひなた

「・・・まずいよ・・・!」


ひなたの顔が曇る。


「そうか?」

ひなた

「無理して食べないでよバカ!あさぎさんのほうがずっとおいしいんでしょ!!?」


ひなたが睨んでくる。その目には涙が浮かんでいる。

・・・無理しやがって、このバカ。


「な、ひなた?ひとつ正直に聞かせてくれないか?」

ひなた

「なによ・・・」

「このクッキー、俺のために作ってくれたの?」

ひなた

「・・・」


ひなたの目をじっと見る。


ひなた

「・・・・うん」

「なら、おっけー!」

ひなた

「え?」

「おばあちゃんが言っていた。贈る価値は気持ちの価値だってな。ひなたの気持ちが詰まってんだ。こんなに嬉しいものはないさ」

ひなた

「〜〜〜!!!」

「ありがと、ひなた」


いつもより優しく頭を撫でる。今回は抵抗しないようだ。


ひなた

「ひっく・・・・」

「ひなた?また泣いて・・・っと」


ひなたが力の限りぎゅっと抱きついてきた。正直不意打ちで焦ったけど。


ひなた

「今顔を見ないで・・・!」

「・・・わかったよ。胸をお貸ししますよ、姫様」


その小柄な体を優しく包む。


ひなた

「そら・・・にぃちゃん」

「ん?」


・・・あれ?呼び捨てじゃなくなった?


ひなた

「誕生日、・・・・・・・・・・・・・・・・おめでと」


・・・

嬉しいもんだね。


「ありがと、ひなた」


なんとなく、ひなたと打ち解けた気がした。多分、錯覚なんかじゃないさ。


や、やった。ついに俺はマイルームを取り戻せた!くぅ〜、バイトをした甲斐があったもんだ。


「聞け!耕介、ひなた!俺はついに部屋を取り戻したぞ!」


大学から帰るなり二人に向かって叫ぶ。


耕介

「ほ〜。ついに帰れるわけだ」

ひなた

「・・・・」

「世話になったな、藤咲兄妹。三日後からまた向こうに戻ることになった。今までの恩は忘れんぞ。はははは・・・ぐぅっ!!」

ひなた

「ばかっ!」


またして頭にクッションがぶつけられる。おのれひなた。何故故そんな投石コントロールがいいんだてめぇは。ていうか何故このタイミングでぶつけられにゃならんのだ、藤咲ひなた!やはりここを立ち去る前にいっぺんこの理不尽さをわからせてやろうか!?


「く・・・やるなひなた。この二ヶ月のあいだによくもあれだけ奇襲まがいにいろいろぶつけてくれたな」

ひなた

「まだぶつけられたいの?」

「ふん、くだらん挑発に乗ってやるか、俺がその気になれば貴様のような小兵など赤子の手をひねるようなもの・・・」

ひなた

「なにを・・・!」


ひなたが大小さまざまなオブジェを持ち上げながら対峙してくる。無駄に腕力はありやがる・・・。

それに対して俺も指をちょいちょいと振って

「さぁ来い」と挑発する。ふん、これを機会にわからせてやる!俺とおまえどっちが上かってことをなぁっ!!


耕介

「ストーーーーップ!!」

「・・・ちぃ」

ひなた

「むぅ」


耕介の乱入でその騒ぎも収まる。・・・つーかとめるんならもっとはやく止めてくれ。この臨戦体勢に費やした気力を返せ。


耕介

「なにコントやってんだ凸凹コンビ。とりあえず飯だ」

「そーだな、よし、世話になったから今日は俺が存分に腕をふるってやるよ。よし、ひなた。買い物いくぞ」

ひなた

「なんであたしが?」

「耕介がいねぇときも多いんだろ。夕飯の作り方を教えてやる。材料の買い方もな」

耕介

「いってこいよ、ひなた」

「・・・ん」


最後にはおとなしくなったひなたが俺のあとをついてきた。こういうところは可愛いんだよな。まぁ口にしたら怒鳴られるだろーけど。ていうかひなたは口を閉じれば問題ないのだがね。



 ***



「ふぃーーー・・・」


部屋のベットに転がって息を吐く。

明日はいよいよ自分の部屋に戻る日だ。なんだかんだでこの家とここの兄妹には世話になったな。

お礼としてたくさん腕をふるってやったし、ひなたにも料理を教えたし、耕介の頼みでバイトも続けることにしたし、けっこうお返しはできたはずだ。

あとは・・・・ま、ちょっとしたモノか。


「うーん」


手には可愛らしいペンダントが握られている。

ひなたにあげようと仕入れたものだ。ま、福引の景品だけどね。ホントは二等の包丁七点セットが欲しかったんだが・・・。

でもまぁせっかくいただいたものだ。ひなたにくれてやるのが無難な処理法だろう。


「ま、さいごくらい格好つけますか」


ひょいと立ち上がって部屋を出ると、


「うおっ!?」

ひなた

「ふぇっ!?」


ひなたがいた。

まるで謀っていたかのように真正面に鉢合わせた。

ん、真正面?つーことはなにか、ひなたは俺の部屋に来る気だったのか?


「よぅ、ひなた」

ひなた

「あ、うん・・・」


なにやらもじもじと両手を後ろにしてクネクネとしている。なんだ?学芸会のダンスでもしてるのか?


「どした?まだそんな時期じゃないだろう?」

ひなた

「は・・・?時期・・・?」

「あれ?違うの?」

ひなた

「え・・・んと・・・・よくわからないけど、これ」

「・・・クッキー?」


出してきた手の上に程よく焦げ目のついたクッキーがあった。以前のひなたのクッキーとは完成度が違う。


「ひなたが焼いたのか?」

ひなた

「うん」

「餞別?」

ひなた

「一応」

「どれどれ」


おもむろに一枚口に入れてみる。


「・・・・・」

ひなた

「・・・・どう?」

「・・・おお」

ひなた

「おお?」

「腕を上げたな、ひなた!」


ひなたの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。さらさらの髪が指をすりぬけていく。なかなか心地いい。


ひなた

「ぐしゃぐしゃするな〜」

「うん、この前よりもバターの味が利いていていい感じだ。それに焼き時間も絶妙だ。・・・・ひなた」

ひなた

「な、なに?」

「いっぱい練習したろ?」

ひなた

「う・・・・」


ひなたが視線を泳がせる。図星か(笑)


「さんきゅ、ひなた」

ひなた

「・・・・あたしだって・・・やればできるんだから!そらにぃちゃんに負けるのも悔しいし・・・」

「はは!んじゃ一緒に食べるか?」


そうやって部屋でひなたとクッキーを食べながら談笑しはじめた。



***



ひなた

「じゃあけっこう近いんだ?」

「おう、まぁ歩いても十五分くらいかな」

ひなた

「そうなんだ」

「気が向いたら遊びこいよ。また上手いもの食わしてやるよ」

ひなた

「・・・じゃあまた料理教えてくれる?」

「ああ、いいぜ。お前も女の子なんだし、料理のたしなみくらい覚えないとな」

ひなた

「余計なお世話よ!」

「おっと」


ひなたが枕を投げ飛ばしてきたのでさっとそれをかわす。馬鹿め!貴様の軌道などすでに見切っておるわ!


「そんな手に俺が何度も・・っていててててて!!!??」


ちょっ・・・噛んだ!?噛んだよこの子!!?犬か!?


「ちょ・・・まて!噛み付くのは反則・・・いてて!!」

ひなた

「ふんっだ!」


なにをそんなに機嫌を悪くしてんだこの犬ガキ!つーかいてぇー・・・・って歯型ついてるよ!?恐ろしい・・・・(汗)

くそっ!こうなったら俺の切り札を切らせてもらう!


「そんなことすると俺からは餞別やらねぇーぞ」


そういうとひなたが目をぱちくりとさせた。ニヤリ。


ひなた

「あるの?」

「でもどーしよっかなぁ」

ひなた

「・・むぅ」


ひなたが恨めしそうに見てくる。ははっ、やっぱり欲しいらしいな。頬を膨らませて睨んでるし。


「まぁいじわるもやめてやるよ。ほら、手だせ」


おずおずと出した手にペンダントを乗っけてやると、珍しくひなたが驚いたように俺を見てきた。


ひなた

「・・・これ?」

「ん、餞別」

ひなた

「いいの?」

「もちろん。いままでお世話になりました、藤咲ひなたさん」


と、軽くお辞儀をする。見たか、これが大人の対応だ。


ひなた

「・・・もう来ないの?」

「ん?来てほしい?」

ひなた

「バカ!そうじゃないわよ!」


ひょいとじゃんぷして俺の背中に張り付いてきた・・・・ってうぉい!


「いててて!!」

ひなた

「あぐ〜」


この噛み付き魔め!いててて!


「ったく!素直に言ったらどうだよ?」

ひなた

「なんですって!」


と、怒りかけたところで一言。


「俺はひなたに会いたいけどな」

ひなた

「・・・え」

「なんだかんだでひなたといると退屈しないし。でもひなたが違うんならしばらくは我慢するかな」

ひなた

「え・・・っと・・・」


ひなたが焦ったようにしている。


「じゃあひなた、今日でお別れだな。たまには俺を思い出してくれ」

ひなた

「バカ!」

「いてて!」

ひなた

「そんなわけないじゃない!」

「お?」

ひなた

「・・・まだそらにぃちゃんには料理教えてもらわなきゃなんないんだから!今度はあたしがそらにぃちゃんの家に行くから!」

「おお?」


なんだ、やけに素直だな。プレゼント効果か?


「はは、うん、待ってるよ」

ひなた

「もう!知らないっ!」


するとひなたは身を翻して部屋から出て行ってしまった。


「ふーむ」


なんだか去り際にきてようやくひなたの可愛さがわかってきた気がするな。ある意味一家に一匹欲しいな、あの小動物。・・・いや撤回、いたら毎日生傷がつきそうだ(汗)



 ***



ひなたは自室に戻ると、おもむろに右手を開いた。そこにはさきほど空から貰ったペンダントがあった。

しばらくじっとそれを見ると、やがて人前じゃ見せないような笑顔を浮かべた。


ひなた

「〜〜♪」


鼻歌まじりにそのペンダントをつけると、一時間も鏡のまえに座っていた。


「Yeah!!!」


カラオケは凄まじいテンションで繰り広げられていた。

名目は俺の家復帰祝いだが、おそらくは騒ぐためのただの餌だ。

面子は俺、耕介、浅葱さん、凛。いささかよくわからないメンバーだが、まぁ凛がハイマニューバモード(ようはハイになっている)なのでそこそこにいい雰囲気で和やかに進んでいった。


「ほんと久しぶりだね、耕介!」

耕介

「おう、お前はかわらねぇな、りんりん」

「変える必要もないも〜ん。こんな素敵な凛ちゃんのどこに変えなきゃいけないとこがあるのよ?」

耕介

「はは・・・その性格も変わらずか」

「俺の苦労もわかるだろ」

耕介

「ん〜、まぁな。でもいいじゃねぇか」

「ん?」

耕介

「りんりん、ちゃんと笑ってるじゃねぇか」

「・・・・そうだな」

「ほらそこぉ!なにこそこそしてんの!次は凛ちゃんが歌うんだからね〜」


凛がマイクを手に立ち上がる。


「五十鈴凛!行きます!」


アップテンポのいいリズムの曲が流れ出す。


「夢から醒めても・・・この手を伸ばすよー・・・」(*Silly Go Round)


耕介

「おっ、懐かしいねー、りんりんの得意曲じゃん」

「凛ちゃん歌うまいよね〜」

「ほんとに鈴みたいな声だからな」

耕介

「おっと、そういやキチンとした挨拶がまだだったな。藤咲耕介だ。浅葱唯さん、だっけ?この二人相手に毎日大変だろう?」

「うん、よろしく。凛ちゃんも浅倉くんも、見ていて飽きないから楽しいよ〜」

耕介

「ははっ!そこは永久にかわんねぇからな!」

「まったく、腐れ縁ってのは怖いねー」


とかなんとか話してうちに歌い終わった凛がこっちにマイクをよこしてきた。


「よし次、そらちゃん!」

「俺かよ!」


チャラララ〜


「・・・む」

「この曲を聴いてもそんなことが言えるのかな?」


ふっ、この曲を聴いては引き下がるわけに行くまい・・・。


「ソラ!行きまーす!」


とあるモビルスーツアニメの発進シーンのようなノリでマイクを持って飛び出した。


「いくぜぇっ!!俺の歌を聴けぇぇえっ!!!」

耕介

「マクロス7!?」


ナイスツッコミだ耕介!


「あははー、浅倉くんかっこいいよ〜」

「そらちゃんかっこいー!」


ははは、すべて歓声に聞こえるぜ!


「凍てつく世界に〜心を解き放つ・・・・声が鳴り響く〜・・・」(*SOUL TAKER)

「ライトニングブレイカー!!!!」


凛、それは俺が言いたかったんだぞ(汗) ***



「つ、つかれたー・・・」


打ち上げも終わり、ようやく帰路についた俺は心底疲れていた。まるで泥沼を歩いているようだ。足が重い重い。

「たりー」


ピピピー


「む?」


携帯から着信音が響いた。つーか着信音変えなきゃなー。


「俺だ。事件かね?」

耕介『その通りだがその答え方はやめろ』

「耕介か」

耕介『確認してから出ろよ』

「そんなことはいい。それよりなにが事件なんだ?」

耕介『そうだ。あのな、ひなたを知らないか?』

「あー、ひなたぁ?」


あのチビッコならかれこれ2日は会っていない。そう告げると、耕介から思いもよらぬ回答が返ってきた。


耕介『実はいなくなったんだ』


・・・なんだって?いなくなった?あのチビが?


「・・・一応確認する。冗談抜きでマジな話か?」

耕介『そうだ。どーもな、逃げ出したみたいなんだ』

「はぁ?」

耕介『いや・・・実はな・・・・・』

「・・・・」



ピッ


通話を終えて携帯を仕舞うと、大きく息を吐いた。


「あの馬鹿・・・・」


ひなた・・・くそっ!


「ばかひなたぁあ!!」


思い切りよく駆け出した。

場所は耕介からひなたの行きそうな場所を聞いたので一つずつ潰していくしかない。

脚はもう、軽くなっていた。おそらく、火事場の馬鹿力の二歩手前くらいの力だろうな、と無駄なことを頭の隅で考えていた。もちろん、ほんの一瞬だけ。




 ***



ひなた

「ひっく・・・・」


ひなたは一人、神社の鳥居にもたれかかってうなだれていた。


ひなた

「ぇっぐ・・・・」


嗚咽の声が辺りに浸透していくが、それを聞くものは誰もいない。


ひなた

「・・・・っく・・・・そら・・・にぃ・・・・」


思わず口にしたのはあの皮肉屋でボケてばかりの、年上の男の人。なんとなく負けたくないと思う人。

今、おそらくは一番会いたい人だった。


ひなた

「・・・・」


もう嗚咽の声も響かなくなってきた。


ひなた

「・・・そら・・・」


それでも、時折名前を連呼し続けるひなた。


ひなた

「・・・どこにいるの・・・?」


本当は会いにいきたかった。

でも場所がわからなかった。当たり前だ。家の場所は聞いたが、家にいなければそれでアウトだ。


ひなた

「・・・そらぁ・・・」



???

「・・・呼んだ?」



ひなた

「・・っ!?」


ばっとひなたが顔を上げた。


「はぁ・・・はぁ・・・・よう、わがまま娘」

ひなた

「そら・・・にぃちゃ・・」


信じられない、という表情でひなたが空を見つめた。



 ***



「や、姫様。こんなとこでどうしたんだい?」


ひなたは焦ったように顔を背けた。


ひなた

「な、なんでここにいるのよ!?」

「ん?だってナイトはこういうときに現れるものなんだぜ?」

ひなた

「誰がナイトよ」

「俺だが、なにか?」

ひなた

「似合わない」


・・・可愛くねー・・・と、いつもなら言いたいとこだけど・・・。


「まぁいいけど。それで、なんで泣いてたんだ?」

ひなた

「泣いてない」

「そういう嘘は泣いた跡を残しながら言っても効果はないんだぜ?」

ひなた

「え?」


ひなたが慌てて目をこする。ばかなやつ。


ひなた

「泣いてない!」

「はいはい」

ひなた

「それでなんでそらにぃちゃんはここに来たの?」

「・・・耕介から頼まれた」

ひなた

「あにきが?」

「そ。たぶんここだってね」

ひなた

「・・・」

「事情も聞いた」

ひなた

「・・・そう」

「母さんから逃げてきたって?」


ひなたは顔をゆがめて睨むような目で見返してきた。


「でもさぁ、なにもこんなとこに逃げなくてもな。いや、こんな時間に外出するのが問題なんだがな」

ひなた

「そらにぃちゃんには関係ないじゃん」

「まぁな。確かに俺は耕介みたいに血のつながった兄弟でもないし、ひなたに構う因果はまったくないわけだが・・・」

ひなた

「だったら・・・!」

「でも俺はいやだ」

ひなた

「・・・え?」

「俺はひなたのこと、これでも大事に思ってるんだ。だから放っておくなんて出来ないね」

ひなた

「・・・っ!!」

「深くは聞かない。でもお前がそうしていても、なにも変わらない。逃げずに、ちゃんと向き合う勇気も必要なんだぜ?俺はそれだけひなたに言いに来た」

ひなた

「向き合う・・・?」

「逃げたって悪くないさ。でもそのかわりなにも変わらない。だからいつかはしっかりと向き合わなきゃいけないんだ」

ひなた

「・・・」

「まだわかんなくてもいい。今言ったことだけ覚えておいてくれ」

ひなた

「・・・・ん」

「じゃ、帰ろうか」

ひなた

「・・・うん」

「送っていく。歩けるか?」

ひなた

「ん・・・・あ、やっぱり歩けない」

「・・・・・・やっぱり?」

ひなた

「えへへ、おんぶ」

「それが狙いかい」


もちろん泣きかけのひなたの頼みを断るはずもない。

背中に乗せると、首にぎゅっとひなたの手がからみついてくる。つーか息苦しい。


「おい、ひなた」

ひなた

「・・・ん」

「顔が見えないからって泣くのはなしですよ?」

ひなた

「ば、ばかっ!」


はは、どうやらもう泣いていたみたいだな。


「冗談。泣きたかったら泣いていいよ」

ひなた

「ば・・・・ばか・・・」

「悪い悪い」

ひなた

「・・・ひっく・・・・うぇえん」


げ。

マジで泣きやがったよ。

・・・・・しゃあねーな。


「ひなた」

ひなた

「っく・・・?」

「もし、これから辛いときとか、悲しいときとか、そういうときに逃げたくなったらさ・・・」


ここで一呼吸置いてから、言った。


「俺のとこに来ていいからな」


それはどんなふうにひなたには聞こえただろうか。

下手をすれば、俺はひなたの邪魔になりかねないことを言っている。それは俺の願うところではないし、もちろんそうなりそうになったらひなたを拒否してでも正してやらなきゃいけなくなるのに。

・・・知らなかったな。

俺ってお人よしだ。


ひなた

「・・・・ありが・・・とぅ・・・ばか」

「・・・・なんでばかを付けるかなぁ」



 ***



「ほい、到着」

ひなた

「・・・」

「ひなた」

ひなた

「・・・うん」


ひなたの手を引っ張って三日ぶりの藤咲家へと入っていく。すると玄関の扉を開けたところで耕介とはちあわせた。


耕介

「ひなた・・・」

ひなた

「・・・あにき、ごめん」

耕介

「心配させるなよ」

ひなた

「うん・・・・あの・・・」

耕介

「母さんはもう帰ったよ」

ひなた

「ほんと?」


ひなたが安堵の息を吐いた。


耕介

「悪かったな、空」

「別に。ハンバーグ作るより簡単だった」

ひなた

「そらにぃちゃん!わたしはハンバーグ以下ってわけ!?」

「うおう!?」


ガルルルっ、とひなたが喚いてくる。まずいっ!?ひなたビーストモード発動!?


「なんだよ!あんなにおいしそうに食べてたじゃないか!?」

ひなた

「そりゃあ、あのハンバーグは最高だけど・・・って違ーう!!!」


スパーン!!


ひなた

「ふん!おやすみっ!!」


ばたばたとひなたが階段を駆け上がって行った。・・・おい、それで済ます気か?


「ぐぅ・・・・」

耕介

「わが妹ながら凶暴なやつだ」


耕介は地に伏せられた俺を哀れむように見ている。つーかどこにあんなハリセン隠し持っていやがった?


耕介

「空」

「あー?」

耕介

「マジでたすかった。感謝するぜ、ほんと」

「ばーか。気持ちわりぃまねすんな」

耕介

「ははっ、そうか」


少しカマをかけたが、ひなたもいつも通りの反応だった。とりあえず心配はないだろう。


「なぁ耕介」

耕介

「なんだ?」

「あまり聞くことでもないと思うんだが・・・なんでひなたはあそこまで母親を毛嫌いしてるんだ?」

耕介

「・・・まぁ離婚騒動は話したよな?」

「ああ」

耕介

「親権で揉めてたんだ。ひなたをほったらかしでな。それで母親がひなたを引き取る算段になったらしいが・・・まぁいまさらなんだよって思って当たり前だよな」

「・・・なるほどね」


まだなにか隠してる気がするが、まぁいいだろう。今聞かなくてもいいことだ。


「とりあえず護衛任務はしっかりしたからな。報酬は五千でいいぜ」

耕介

「二千に負けてくれ」

「はっ・・・いいだろう。ただし利子つきだからな」


そのまま軽く手を振って帰った。

足取りもいつのまにか、また重くなっていた。おそらく、身体がもう限界なんだろうな。


うーん・・・・Zzz・・・・ん?


ひなた

「そらにぃちゃん、いつもありがとっ」


は・・・・?ひ、ひなた・・・?


ひなた

「ひなたん、そらのこと大好き〜」


げふっ!!?ひ、ひなたん!?やば・・・・猛烈に吐き気が・・・。頭痛も・・!?


ひなた

「そらにいちゃーん!」


や、やめてくれー!?


飛び掛ってくるひなたにそのまま押し倒されそうになったとき・・・・


目が覚めた。



バッ



布団から飛び起きるとすぐさま自分の部屋の景色を見渡す。


「よ、よかった・・・・夢オチなんてありきたりな展開でほんとよかった・・・・」


ふーっと深く息を吐く。

朝からとんでもない夢を見たもんだ。あの凶暴幼女が180度態度変えた姿なんて想像しただけで気味が悪い。なにもせっかくの日曜にこんな目覚めをしなくてもいいだろうに・・・。げっ、まだ六時半かよ?寝よ寝よ。大好きな特撮番組までまだ一時間半もある。


ピンポーン


「・・・」


誰だ!こんなときに!俺は今機嫌が悪いのに!・・・・まぁここで怒ってもしかたないっすね。


「はーい、今出ますよ〜っと」


ガチャ


「・・・え」

ひなた

「おはよ」

「・・・」

ひなた

「・・・・・?」

「・・・はは、これは悪い夢だー。まだ覚めていないんだー」


バタン


ふぅ。なんだ、またひなたが出てきやがって。


ガンガン!!


「うおっ!?」

ひなた

「ちょっと、そらにぃちゃん!?いきなり閉めないでよ!!」

「・・・悪夢は現実となりました、か・・・・・はぁ〜」


ガチャ


扉を開けると不機嫌面のチビッコが一人。性は藤咲。名はひなた。


「よう、ひなた」

ひなた

「む。なによその嫌そうな顔」

「おまえさ、今何時だと思ってんの?」

ひなた

「・・・六時半?」

「はえーっての!!何でこんな早朝にきやがった!!?」

ひなた

「なによ!せっかくきてあげたのに邪魔だって言うの!?」


そういうひなたはスタスタと部屋の中に入っていった。ってなにぃ!?


「あ、おい!」

ひなた

「ふーん。けっこう片付いてんだ?意外〜」


なに物色してやがるこのクソガキ!


「で、なんの用?」

ひなた

「用がなくちゃ来ちゃいけないの?」

「あほか」


それは将来の彼氏さんのでも言ってやればいいんだ。ガキめ。


「あー、完全に目ぇ覚めちまった」

ひなた

「よかったじゃない」

「よくねぇ!」


まぁここで言い争っても仕方ない。冷静になれ、俺は大人だ・・・!


「で、来てどうする気だったの?」

ひなた

「ん〜、いや別に。ただなんとなく」


・・・ほぅ?ふん、少しいじめるか。


「なんだ。泣きたくなったから来たのかと思ったぜ」

ひなた

「なっ・・・!!?」


けけけ!ひなたが真っ赤にしてらぁ。みたか人間沸騰器!!


ひなた

「そ、そんなわけないでしょ!ばか!」

「うおっ!?」


ガシャン


「あああぁ!!?」

ひなた

「あ・・・・」


ひなたが投げたのは俺の大事なマイPC・・・・ってなんですとー!!?


「ひなたぁっ!!てめぇ許さーん!!」

ひなた

「うひゃぁぁっつ!?」


と、ひなたをひょいっと持ち上げた。いわゆるダッコの状態だ。


ひなた

「ちょっ、そらにぃちゃん!」

「ほーら、たかいたかーい!」


ひなたが湯気が出るくらい真っ赤になっている。ふっ、俺も子供相手にムキになる馬鹿でもない。ただひなたの嫌がることをするくらいなんてことない。


ひなた

「こらっ!降ろしなさい!」

「ははは!けっこう大きくなったなぁ、ひなた」

ひなた

「や、やめろ〜」


手足をじたばたさせるひなた。はは、こうすると可愛いな、この凶暴娘も。


ひなた

「ちょっとそらにぃちゃん!子供扱いしないでよ!」

「はいはい。擬人化ひなたん萌え〜」

ひなた

「ぎじんかって?」

「人みたいに言うこと」

ひなた

「なんですって!?」


けけけ、いかに暴れようと今の俺には無意味じゃ。それにしてもダッコするとこいつの反応はおもしろいな。これからは対ひなた用の最終兵器として活用しよう。『ダッコ』効果・ひなた無効化(消費SP20)。



 ***




ひなた

「そらにぃーちゃーん。ごはんまだー?」

「まだー・・・って少しは手伝え!このわがまま凶暴幼女!」

ひなた

「ダッコした罰だもん。それにあたしは幼女じゃないもん!」

「くっ・・・お前将来は悪女になるぞ」

ひなた

「大きなお世話だもん」

「はぁ・・・頭痛ぇ・・・気のせいだと思いたいぜ」


台所で朝ごはんを作りながらひなたと押し問答を続ける浅倉は大きくため息をついた、となんとなくナレーションしてみる。あんまり楽しくない。


「おい、勝手に俺の寝床を荒らすな」

ひなた

「いいじゃん。まだ眠いし、御飯できたら起こして」

「へーい・・・・・ん?」


まだ眠い?・・・いやちょっと待て。


「おい、だったらなんでこんな朝早くにきやがっ・・・」

ひなた

「すーっ・・・・」

「寝るの早っ!!?」


振り返るとひなたが俺のベッドの上で丸くなって寝ていた。猫みたいなやつだ。ひなた猫モード?・・・今朝の夢で言えば・・・ねこひなたん?・・・へっ・・・(汗)

いやいや、なに妄想してんだ、俺!今朝の夢とリンクさせる必要ねーだろ!


「つーかここはひなたの秘密基地ですかー?」


とか皮肉を言いつつも料理の手は抜かない俺もつくづくお人好しだと思う。


「よし、できた」


プレートにオムライスを乗せて隣の部屋に行く。・・・気持ちよさそうに寝てやがるし。


「おーい、ひなたー。出来たぞー」

ひなた

「すーっ・・・すーっ・・・」

「おいひなたー」


ダメだ。まるで起きる気配がねぇ。熟睡してやがる。


「ひなたちゃーん?あなたの大好きなオムライスですよー?」


ひなたの顔の近くに湯気がほてっているオムライスを近づける。おらどーよ、この見事なオムライス!


ひなた

「ん・・・・」


お。反応した。


「ほれほれ、早くしないと覚めちまうぞー」

ひなた

「ん〜・・・・」


寝ながらくんくんと匂いをかいでいる。あはは、ひなたに見せてやりてぇー、この間抜け面。写メで撮っておくか?


ひなた

「ん・・・そらぁ・・・・」

「あー・・・?」

ひなた

「・・・・・お手」


プチッ


あ、なんか切れた。


「ひなたー!!!」

ひなた

「ひぁうっ!!?」


ふたたびダッコ攻撃で目標を攻撃。

つーか夢の中で俺を犬と混同してたなこのクソガキ!さっきの擬人化発言の報復かこらぁ!


「ほーれ、世界一周ー!」

ひなた

「ちょ・・!そらっ!?」

「お、起きた?できたからさっさと食いやがれ、お子様もどき」

ひなた

「いいから降ろせ〜」


さて、いい加減遊ぶのもあきたし、そろそろ餌付けしてやるか。餌の時間だ、擬獣化ひなた。


「ほれ、食べな」

ひなた

「む〜」


もそもそと食べ始めるひなた。今度はうさぎを見ている気分だ。ひなたの動物百面相、か。ふむ、なかなかおもしろい。


ひなた

「・・・おいしい」

「あたりまえだ。誰が作ったと思ってる?」

ひなた

「そらにぃちゃんはほんと料理だけは上手いよね」

「だけ、は余計」


そう言って俺も自分のオムライスを食べ始めた。

しかし、なんだって日曜にひなたと朝ごはんを食べているんだ?やっぱひなたが関わるとペースを狂わされるな・・・。いや、問題なのは俺の貴重な休みがこんな小娘のいいようにされていることか・・・?・・・・・・やれやれ(苦笑)



「おっはー!そーらちゃんっ」

「おう、凛か。おはよ」


珍しく朝に凛とはちあわせた。相変わらず鈴の音が聞こえてきそうな声と元気さだな、こいつ。ほんとはどっかに鈴でも垂らしてんじゃねぇのか?


「凛がこんなに早く来るなんてどーしたんだ?」

「なによ、いつも違うみたいじゃない」

「遅刻魔だろ、凛は」

「やだなー、そんな冗談!」


いやいや、事実だろ。朝に弱いくせに。


「それよりそらちゃん。ちょっと放課後暇?」

「なんだ?デートの誘いならもっと上手く言え」

「調子のるんじゃない!」

「いてっ」


凛の手刀が脳天を直撃した。・・・これが脚だったら気絶してるな(汗)


「いいから付き合いなさいよ」

「えー?凛と二人かよー?」

「そーいう態度取るんだ?」


凛の目が細められる。なんだか嫌な予感が・・・。なんだ・・?なにをする気なんだ・・!?


「空ー!そうなのね!」

「・・・は?」

「さんざん私をもてあそんだ挙句に空き缶みたいに捨てるのね!!」

「げふっ!!?」

「空のばかっ!もう私のことなんて・・・っ!!うぅ・・・ひっく・・・・!」



ちょっ・・・!?こいつ嘘泣きスキルをこんなとこで!?

げっ・・!?なんだか周りから冷たい視線が・・・・!?


「凛!てめぇなにを・・・!?」

「あぁ、空がそんな人だったなんて!もう知らないっ!!」


くっ!そういう手段か・・!きたねぇぞ鈴娘!!


「わかった!放課後付き合うから捏造するのは止めろ!」

「ほんと?そら大好き♪」


一瞬で太陽のような笑顔に変わる凛。・・・・こいつ・・・・敵に回すとこんなに怖ぇのか(汗)


「・・・てめー、あとで覚えてろよ」



 ***



で、放課後。凛に腕を引っ張られながら甲斐谷アーケード街を連れまわされていた。この甲斐谷アーケード街は意外と多種多様の店が備わっていて、ファーストフードからショッピングまで楽しめるこの町で一番の娯楽街だ。まぁ、もっと年齢が低いやつらは新しくできた校外の遊園地に行くんだろーけど。


「よし、次あっちー♪」

「はいはい・・・」


何軒目だよ、おい・・・。つーか俺は荷物持ちじゃねーっての!


「あ、そらちゃん。これいいと思わない?」

「はいはい、そーですね」

「わーお!このネックレスも素敵ー!やっぱ巫女でもこれくらいのお洒落はいるよね?」

「はいはい、そーですね」

「・・・聞いてないでしょ?」

「はいはい、そーですね」

「このあほー!!」

「げふっ!!?」


凛の殺人的なつっこみが胸を貫いた。・・・いつか骨折れるぞ・・・これ(汗)



 ***



「いやー、買った買った。満足満足♪」

「よーござんしたねー」


凛は満足げに笑っている。そりゃそうさ、俺に半分も金を出させたんだからな、畜生。


「ねぇそらぁ。あと一箇所行きたいとこがあるんだけどいいかな?」


いいかな?って、どーせ俺に拒否権すら与えない気でしょ(汗)


「どこに行くんだ?」

「星見ヶ丘」

「・・・はぁ?」


あのカップルのデートスポットの?・・・凛と?


「なんでまた?」

「ん〜?だって今日はそらが彼氏なんだよ?」


いつの間にか呼び方がそらちゃんから、そらに変わっているし。何年ぶりかな・・・。


「そんな条件は聞いてないぞ」

「そうだっけ?」

「そうだ。賭けてもいいぞ?」

「でも今聞いたよね?じゃあ今から私たち恋人ね♪」

「なんでだよ?」

「そのほうが雰囲気でるじゃん」

「あのねぇ・・・」

「なーに?私じゃ不満?」


うーん。ビジュアル的にはまったく問題ないんだけど・・・これでも凛は美人だし。なにげに大学でも浅葱さんまでとは言わないがモテるらしいけど・・・。


「そうだねー。ただ・・・」

「ただ?」

「ちょっと色気が不足・・・がふっ!!?」


ちょっ・・・鳩尾・・・・っ!


「なにか言ったかなー?そーらっ?」

「い、いえ・・・素敵なお姉さんの一日彼氏権、よろこんでいただきます・・・・・」

「うんうん、素直な子は好きだよ♪」


・・・・何故俺はこの女に勝てない?


「あんた、魔女?」

「ふふふ」


意味深な笑みを浮かべる凛。

なんなんだ、一体・・・。


「なによ?まだなにか言いたそうね?」

「べっつにー。なんか凛が彼女って新鮮味がないなと思ってさ」

「そーだよね、一緒にお風呂もはいったもんね」

「ぶっ・・!!?」

「まぁ昔だけど。いまだっららお断りだわ」

「当然だ馬鹿!!」

「あはは♪焦ってる〜」

「・・・ボク、もう帰りたい」

「まだまだぁっ!ほら行くよっ!」

「だからひっぱんなって言って・・・どぅあっ・・!!?」




 ***


「いやぁ、綺麗だねー」


星見ヶ丘に着いた俺らはとりあえず天体観測している。えーと、あの星が・・・アルタイルだっけ?


「で、凛。用件はなんだ?」

「ムードないなぁ。もう少し仮想現実を味わおうとか思わないの?」

「なにか?ここでハグハグしてほしいとか言う気ですか?」

「あ、それもいいかも」

「それも、ってなんだ!それも、って!」

「まぁいいや。あのね、そら・・・」


凛は軽く息を吐くと、幾分か真面目な表情を作った。


「あのねー、ちょっとそらの男としての資質を見たかったんだ」

「・・・・・・・・・・はい?」


資質?・・・いったいなんの?


「ごめん、そら!でもどうしても気になって」

「つーか・・・なんで?」

「乙女の秘密♪」

「乙女ねぇ・・・」

「文句あるのかな?」

「いえ、べつにー」

「ははは!まぁほら、今までそらとは兄弟みたいな関係だったじゃん?だから一人の男としてのそらの実力はいかに、と思ってさ」

「それで今日一日、俺を彼氏にして試した、と?」

「うん。えへへ、ごめんね〜」

「言葉ほど謝る気はないだろ?」

「わかってるじゃん♪」


ため息しかでねぇ・・・。


「で、結果どうだったの?」

「んー、まぁ悪くはないかなー」

「あんまよくないなー」

「まぁ基本的にボケキャラだし、ノリはいいけど口は悪い。頭と料理の腕、それに弓道の腕は天下一品だけど、世界情勢には疎いし、なにより鈍い。典型的なマイワールド保持者よね〜、そらって」

「・・・凛・・・それは誉めているのか貶しているのかどっちだ?」

「結果言っているだけだよ〜」

「はぁ・・・」

「でもね・・・」

「あー?」

「彼氏としては結構いけてるかも。ちゃんと私相手でも気配りしてくれたしね。まぁフェミニストだからかな?それにそらは正直かっこいいしねー」

「・・・ま、ありがとうと言っておくよ」

「どういたしまして♪」


やれやれ、まぁたまには凛とこうするのも悪くないか。

そういや凛とは今まで何度もこうしたデートみたいなことはしてきたけど、彼氏彼女みたいなデートはしたことなかったしな。

今日は凛も腕を絡めてきたりとやたら距離が近かったしなぁ。

・・・ま、多少意識してたのは確かだけど。


「ま・・・・確かに私にはもったいない、かも・・・・・・・・・資格もないけど」

「あ?なんか言ったかー?」

「えっ?・・・あ、うん。なんでもない」

「へんなやつ」

「へへ〜・・・・うん、そだね・・・」

「まぁなんにせよ、今日は楽しかったぜ」

「はは、私といるんだから楽しいに決まってるじゃん」

「その性格が直ればねぇ」

「なんか言った!?」

「いえ、なんでもありませーん」

「まったく、その皮肉癖がなかったらいいのに!」

「お前こそ自信家過ぎなんだよ」


まぁ、それが一番心地いいんだけど。


「やれやれ・・・」

「ったく!そらの馬鹿!」

「うっせぇ!」


あー、馬鹿って言われるとどこぞのチビッコが思い浮かぶな。あのガキの口癖みたいなもんだもんな。


「ふー・・・んじゃそろそろ帰りますか」

「うん・・・そだね」


と、先行して帰ろうとすると・・・。


「あ、ちょっと待った」

「え・・・・って・・・!」


後ろからぐいっと引っ張られた。

そのままなにかにぐっと引き締められる感触が腰のあたりに広がった。

それが凛の腕だというのに気付くのに二秒もいらなかった。

それに背中には何かが押し当てられているような感触がある。いや、なにかというか、凛の頭だろうな。


「おい・・・凛?」

「えへへ〜、せっかくだから最後くらいいい思いさせてあげようと思ってね〜。この幸せ者っ!どーよ?凛ちゃんにハグハグされる気分は?」

「うーん、そうだね・・・けっこうドキドキですね〜・・・・って顔赤くして言うなよ」

「えっ!?」

「ばーか、なに焦ってんだ。後ろから抱きつかれて顔見えるわけねーだろ」

「あっ!?」

「おい、ほんとに赤くしてたのか?」

「・・・むぅ〜」

「ったく・・・」

「・・・」

「・・・」


き、気まずい・・・。相変わらず凛に固定されているから動くに動けねーし、この空気じゃなに言っていいかもわからん。

そういや凛とこんな雰囲気になるなんてなかったからな・・・あう・・・ど、どーすれば・・!?


「あのー、五十鈴凛さん?」

「なーに?」

「いつまでこのまま?」

「んーと・・・もうちょっと」

「もしかして凛がこうしていたいだけなんじゃ・・・」

「かもねー♪まぁいいじゃないか、少年よ!」

「同い年でしょ」

「きゃはは♪」


はぁ・・・・軽い拷問だぜ、こりゃあ。

それでもしばらくは、開放されなかったけど・・・・(苦笑)




 空

「じゃあなー、凛」

「ばーい♪」


私はいつもどおりの笑顔でいつもどおりの態度のそらちゃんを見送った。


「・・・はぁ」


そらちゃんの姿が見えなくなったと同時にため息がでた。


「・・・」


やっぱりそらちゃんはいつも通り、か。

少しは焦ってたけど、こんなにアピールしても多分気付いてないなー。

やれやれ。


「そらちゃんは皮肉屋すぎ。そして私が自信家すぎ、か」


たしかにこれじゃあ進展なんて望むのはおかしい、かな。


「あーあ、どうしようか」


今日は少し探りも入れる意味もあったけど・・・多分玉砕気味かな。


「なに焦ってるんだろ、私・・・」


いや、理由はわかってる。

知ってしまったからだ。

そらちゃんのことを想っている子がいることを。

確証はないけど、ほぼ確実だ。


「がんばらないとなー・・・・私も」


ひとりでよしっと気合を入れた。

もしかしたら、人間関係に亀裂が入るかもしれないけど・・・・でも、私だって諦めたくないことくらいある。


「でも・・・鈍い性格知っているだけ、これは大変になりそうだなー」


そう夜空にぼやいて、私も家へと帰って行った。


「でも、本当にいいのかな・・・?私は・・・」



 ***



「うー・・・」


眠−・・・眠いよ・・・・。

昨日は凛にさんざん振り回されたからなー。あぁ、節々が痛い。

・・・

それにしても・・・・


「・・・情けねー。まだ感触が残ってやがる」


昨日のあのとき、凛に抱きしめられた感触が抜けてない。一晩経てばなくなると思ってたんだけどなー。


「凛・・・」


なんだってあんなことを・・・。


「あの鈴娘め・・・」


まぁ、考えても仕方ない。ここはいつも通りに行くのが一番さ。どーせまた大学で会えばいつも通りになっているんだ。


「うし!」


気合を入れて布団から飛び出た。エネルギー充填100%!!


「うっしゃあ!気合入れていくぜー!」

ひなた

「どこに行くの?」

「あー?そりゃもちろん大学の講義・・・・・へ?」


ちょっとまて。こ、この声はまさか・・・。


「・・・」


ゆっくりと首を振り返らせると、そこには・・・。


ひなた

「おはよ」

「・・・」

ひなた

「・・・おはよ」

「・・・」

ひなた

「おはよ!」

「あぁ・・・・おはよう・・・・じゃねぇーーーー!!!!」


いたのはもちろん、神出鬼没の藤咲ひなた。つーかどこから入ってきやがった?お前は忍者か!?


「なんでここにいるんだ!?」

ひなた

「遊びにきたの」

「学校は!?今日は平日・・・」

ひなた

「創立記念日で休み」

「それはおまえのとこだけだっての!!小学校と大学の予定をリンクさせるな!」


な、なんだってこんなにいつもいつも突然現れるんだよ、ひなた。理由があれば聞いてやるから言ってくれ!


「・・・はぁ、もういい。なんか気分じゃないし、今日は学校さぼる」

ひなた

「いいの?」

「もとから無理にテンション上げようとしてたんだ。ま、ひなたのお陰でもとに戻されちまったけど」

ひなた

「ふーん」

「つーかさ、どうやって入ってきた?」

ひなた

「ばか?鍵開いていたわよ」


・・・マジ?そんなに動揺してたのか、俺。


「なっさけねー」

ひなた

「なにが?」

「いや、こっちの話」

ひなた

「・・・じゃあさ、そらにぃちゃん・・・」

「あー?」

ひなた

「りん、って誰?」

「がふっ!!?」


な、なぜこいつが凛の名を!?


「なんで知ってる!?」

ひなた

「だってさっき寝言みたいに言ってたじゃん」

「・・・・我ながら油断した」


頭を抱えてため息をついた。


ひなた

「ねぇだれだれ?」

「あーっと・・・・浅葱さんには会ったよな?そのお友達」


うん、間違ってない。


ひなた

「そらにぃちゃんとは?」

「あー、お友達」

ひなた

「へー・・・」

「ん?なんだその目は?」


なんだか思い切り疑っている目だぞ?そんな眼で見るな!お兄ちゃんは悲しいぞ!?


ひなた

「べっつにー?彼女ならそういえばいいのに」

「なっ・・・!?」

ひなた

「あ、図星・・・?」

「ははは!何言ってるんですかひなたさん!僕に彼女なんているわけないじゃないですか!」

ひなた

「そういうの、きょどーふしん、っていうんだよね?」

「うぐ!?」


なんて正確なつっこみだ・・・。

最近のガキはこんな言葉まで覚えてやがるのか・・・。あ、そういやこのチビッコはけっこう良いとこに通ってんだよな。


「はぁ・・・まぁとにかく凛とはなんでもない」

ひなた

「そ」

「ああ・・・・って・・・」


なんでこんな小学生相手に真面目に言ってんだ?なんか浮気がばれそうな男みたいじゃねぇか。

・・・なんか遊ばれたようでおもしろくないな。ちょっとからかってやるか。


「なんだ?そんなに俺が女といると気になるのか?」


と、いつもの調子を取り戻すためにそんなことを言ってみる。

ここでばかの一言でも言われればテンションもいつも通り・・・、Yeah!!


ひなた

「そりゃあ・・・」


・・・いつも通りにな・・・らないね。

・・・・・・・・って、なんですとー!!?


「あのー・・・今なんて言った?」


というと、ひなたがはっとなっていきなり顔を真っ赤にしながら叫んできた。


ひなた

「な、なんでもないわよ!んなわけないじゃん!ばかっ!!」

「・・・嘘くせー」

ひなた

「そんなことないもん!」


手足をばたつかせて否定している。・・・なんか頭が痛くなってきた。


「で、遊びに来てどうするつもりだったんだよ?」

ひなた

「えーと・・・遊ぼ?」

「だからなにして?」

ひなた

「うーんと・・・」


左右に首をひねりながら考え込むひなた。・・・今考えることかよ。それなら決めてから来いよ・・・。ここは児童相談所じゃねぇんだよ。


ひなた

「えっと・・・」


・・・・まぁでも、せっかく来てくれたわけなんだし。


「しゃーねぇ。どっか出かけるか?」

ひなた

「・・・うん!」


子供のお守りは趣味じゃないんだけどねー。まぁ仕方ないか、たまにはチビッコにかまってやろうかね。まぁひなたも嬉しそうだし、いっか。




ひなた

「うわー、すごいねここ!」

「オープンしたばっかだしな、それに平日だから客も少ない。いいときにきたな」

ひなた

「はやくいこうよ〜」

「引っ張るなっての!」


そんな感じで遊園地へと入っていった。この遊園地『独楽鳥ハイランド』は新興の娯楽施設として先月オープンしたばかり。そのためアトラクションもなかなかいいものが揃っている。

そのせいか、なんとなくひなたもいつもよりも子供っぽい気がする。いやまぁ子供なんだけどね。でもなんかいつもは背伸びばっかしてるからこうした素直な反応はむしろ珍しいかもしれない。もっと早くから・・・いや、はじめっからこうならよかったのに(苦笑)


「さて、それじゃなにから・・・」

ひなた

「あれ!」

「えーと・・・・・なっ!!?」


ひなたが指定したのは『超級怒涛!世界最高最速落下マシン、唸れ!!メテオストライク!!』という乗り物。

・・・・

・・・じょ、冗談じゃねーーーーー!!!そんなもん唸らんでいい!!


「・・あ、あのさ、ひなた?あれはちょーっと刺激が強すぎる気が・・・」

ひなた

「・・・そらにぃちゃん、怖いんだ?」


ひなたがニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。え、俺、舐められてる?


「はっ!この俺がこんな機械なんかで・・・」

ひなた

「決定〜♪」

「・・・・・・・・・俺の馬鹿ー!!」 ***



ひなた

「ぶーぶー!」

「そんなに膨れるなって」

ひなた

「だってー!」

「仕方ないだろ、身長制限なんだから」


ま、内心ひなたのチビに感謝していたけど。あと七センチひなたが大きかったら地獄を見ているところだった。つーかそこまで身長が伸びたらもうここにひなたとは来ないようにしよう。それにしてもひなたは絶叫マシーン平気なのかよ・・・。末恐ろしいガキだ・・・。


ひなた

「でも私は無理でもそらにぃちゃんなら乗れたんじゃ・・・」

「おっ!ひなた、あっちにおもしろそーな乗り物があるぜ、行ってみよう」

ひなた

「あっ!手引っ張らないでよ〜」


・・・セーフ。絶対そんなもんに乗ってたまるか!!



ひなた

「じゃあ・・・そらにぃちゃん、観覧車乗ろ?」

「観覧車ねぇ・・・」

ひなた

「なに?」

「いや、やっぱお子様はこういう乗り物のほうが似合ってるなと思っただけ」

ひなた

「むー」


膨れっ面をつくるひなたを横目で見ながら笑いを堪えた。はは、やっぱ子供だな、こいつも。


「ほら、行くぞ」

ひなた

「あ、待ってよー」


そういや観覧車乗るなんていつ以来かなー。


「よっと」


おもったより揺れるなー。


ひなた

「よいしょ・・・」


ひなたと向かい合わせに座った。ちょこんと座ったひなたは僅か数秒後には狭い観覧車の中をぐるぐると回り始めた。落ち着きのないやつだ。


ひなた

「はぅー」


体をくねくねとしながら四方八方の景色を眺めているひなた。籠の中を走り回るハムスターみたいだ。


「騒がしいやつ・・・」

ひなた

「あ、甲斐谷駅だ。こっから見えるんだねー」

「おーい、もうちょっと落ち着いたら?」

ひなた

「むー」


そういうとひなたはちょこんと再び椅子に座った。


「今日は素直じゃん」

ひなた

「いつも素直だよ」

「・・・素直って言葉の意味は学校じゃ教えてくれないのか?」

ひなた

「そらにぃちゃん!」

「あー、冗談だって」

ひなた

「まったく・・・ばかなんだから」

「はは・・・それにしてもなんか今日はひなたは感じが違うな?」

ひなた

「えっ?」

「いや、なんていうか・・・・」

ひなた

「なんていうか?」


・・・・はて?

上手い言葉が出てこないな。とげとげしさがなくなって、それでなんか前よりも素を出してくれているような感じ・・・・うーむ?

ひなたを見ると上目遣いに不思議そうな顔してこちらの返答を待っている。


「今日のひなたは・・・」

ひなた

「うん」


・・・・やれやれ。


「可愛いな」

ひなた

「・・・え・・・・」


ひなたの顔が急速に赤くなっていった。いや、まぁ言った俺もけっこう恥ずかしかったんだけど・・・。


ひなた

「な、なななに言って・・・・」


・・・まぁ毒を食らわば皿まで。正直に言ってあげようかね。


「今日はなんだか可愛いなって思っただけ。なんつーか、前はつんつんとしてたけど今はなんか普通に仲良くしてくれているじゃん?だからかな?でもそのほうがいいぜ。怒っているひなたもけっこう可愛いけど、今みたいに笑っているひなたのほうが魅力的だぜ」


目を丸くしたひなたが思いっきり真っ赤にしながら慌てている。わかりやすいな。

つーか沸騰器のメーターみたいだな。


ひなた

「・・・あ・・・ありがと・・・」

「いやいや」

ひなた

「・・・そらにぃちゃんも・・・」

「んー?」

ひなた

「そらにぃちゃんも・・・・かっこい・・・」

「え?なに?」

ひなた

「・・・なんでもない!」

「???」

ひなた

「むー・・・」

「なにふくれてんだよ?」

ひなた

「ふくれてない!」

「ふーん・・・」


ひなたがそっぽ向く。なんか機嫌を損ねたか?


「そういや・・・」

ひなた

「え?」

「ひなたって最近やたらと遊びに来るね?」

ひなた

「そう・・・かな」

「なんか週末ごとに顔を合わせている気がするぞ」

ひなた

「えと・・・・ほら、そらにぃちゃんには料理を教えてもらう約束だし」

「それにしたって・・・」

ひなた

「なに、それとも迷惑!?」

「いや、滅相もないです」


まぁ確かにたいした迷惑にもなってないけど。むしろ自慢の料理の腕を披露できて嬉しいくらいだ。


ひなた

「せっかく来てあげてるんだから文句言わないでよ」

「はいはい」


まったくこのチビッコは・・・。耕介はどういう教育してんだ?


ひなた

「・・・・でも・・・やっぱり迷惑・・・かな?」

「へ?」

ひなた

「あたし・・・邪魔かな?」

「そんなことはない・・・けど」

ひなた

「けど?」

「そんなこというのめずらしいな。どうしたんだ?」

ひなた

「・・・あたしだってそれくらいは心配するよ」

「ふーん、意外だ」

ひなた

「意外って・・・!」

「けどありがとな」

ひなた

「え・・・?」

「心配してくれて。でも大丈夫。イヤだったらとっくの昔に愛想つかしてるよ」

ひなた

「あ、うん。そっか・・・」

「そうそう。だいたいひなたがそんなこと心配する必要はないんだぜ」

ひなた

「そうなの?」

「だいたい子供のお守りは大人の役割なんだ。はっはっは!」

ひなた

「子供じゃないもん!」

「そういうのが子供の証なんだよ、ばーか」

ひなた

「うぅ・・・そらにぃちゃんにばかって言われた」

「普段は言う側なのにな」

ひなた

「ばか!」

「無理して言うことはねーだろ!」

ひなた

「ふん、っだ!そらにぃちゃんのひょーろくだま!」

「どっから覚えてくるんだそんな言葉・・・」




「・・・」

ひなた

「・・・」

「・・・おい、ひなた。もうちょっと離れろよ」

ひなた

「・・・だって」

「いざというとき動けないだろ」

ひなた

「ど、どんなときよ・・・!」

「だからいきなりなにか飛び出してきたときとか・・・」


ガタッ


ひなた

「きゃっ!!」

「ぐえっ!?」

ひなた

「あ・・・!?ご、ごめん、そらにぃちゃん」

「・・・頼むから内蔵を圧迫するのは止めてくれ」


うぅ・・・腹部を思いっきり締め付けやがって。

つーかここに入ったのは間違いだったか・・・。




つい数分前・・・・


「じゃあ次はお化け屋敷ー」

ひなた

「え・・・っと・・・それはまた!」

「ほぅ、怖いのか?」

ひなた

「こ、怖くなんかないもん!平気だもん!」

「じゃあ大丈夫だね。これは身長制限ないしー」

ひなた

「あぅ・・・・でもでも・・・」

「まぁひなたがそんなに怖がりなら仕方ないかな」

ひなた

「怖くないもん!!!ほら行くよ!」

「けっけっけ!馬鹿なやつ」



と、ちょっと意地悪してこのお化け屋敷『戦慄!絶叫!魑魅魍魎の館 轟け!!サイコハウス!!』に入ったわけだが・・・

ひなたの怖がりは予想を遥かに超えていた。

事あるごとにいきなり飛びついては思い切り締め上げるのでお化けより質が悪い。


「はぁ・・・物理的に心臓に悪い・・・」

ひなた

「うぅぅぅ〜・・・・」


相変わらずひなたは背後で丸くなっている。

仕方ない。


「ほら、手だせ」

ひなた

「あっ」

「これで幾分かいいだろ」


ひなたの手はわずかに震えている。ほんとにビビッてるんだな。


ひなた

「・・・ぁう」

「とりあえず手ぇ握っててやるから飛び掛るのは勘弁な」

ひなた

「う、うん・・・」

「ほら、もう少しだから行くぞ」

ひなた

「あ・・・」


と、ひなたを引っ張っていこうとしたとき・・・


ガタガタッ!!


「うおっ!?」

ひなた

「きゃああああ!!!」

「あ!おい!」


仕掛けに驚いたひなたがいきなり走り出しやがった。咄嗟のことでこちらの反応が遅れた。せっかく手を繋いでたのにひなただけ走り去ってしまった。

つーかここは迷路みたいなお化け屋敷だ。見失ったらまずい・・・ってもう遅いか。見失った。

どこに行った・・・?


「ひなた!」


・・・返事がない。


「あーもう!あのチビッコ!どこまで手間かけさせるんだよ」




ひなた

「あぅ・・・・どうしよう」


驚いてついひとりで逃げ出してしまった。

しかもどこをどう走ってきたのかわからない。


ひなた

「うぅ・・・そらにぃちゃん・・・・どこ?」


怖くてあまり大声が出せない。ほとんど独り言のような感じだった。


ひなた

「・・・こわいよぉ・・・・」


膝を抱えて物陰に隠れるように座り込む。

ダメだ。怖くて動けそうにない。こんなにも自分は怖がりだったのか・・・。


ひなた

「うぅ・・・」


怖いよぉ・・・・やっぱり入らなければよかったかも・・・。でもそらにぃちゃんとなら大丈夫だと思ったのに・・・。でも自分から離れちゃ世話ないかなぁ。


ひなた

「そらにぃちゃん・・・・」


でも多分ここで我慢してくれればそらにぃちゃんがきてくれるはずだよね?

あのときも来てくれたもん。だからきっと・・・。


『おまえか・・・』


ひなた

「ひっ・・・!!」


な、なに!?


『お前が悪いんだ・・・』


ひなた

「・・・っ!!」


悪い・・・あたしが・・・?



『お前のせいで・・・』



ひなた

「ひっ!?」


違っ・・・・悪いのはあたしじゃない・・・!


ひなた

「ひぁ・・・・っく・・・!!」


違う違う違う・・・!あたしは・・・・!


ひなた

「っく!!」


いてもたってもいられずに走り出した。


ひなた

「違っ・・・!あたしは悪くない!!」


そうだ、悪くない!悪くない悪くない悪くない!


ひなた

「はぁっ・・・はぁっ・・・・悪くなんか・・っ・・・ないもん!!」


イヤだ!もうここはイヤだ!!誰か・・!!


ひなた

「ぁうっ!!?」


バタッ


思いっきり転んでしまった・・・。


ひなた

「うぅ・・・・ひっく・・・・!」


ひなたの頬を涙が伝った。


ひなた

「私は悪くなんか・・・!!」

「そうだな、今回はお前を一人にした俺の責任だ」

ひなた

「え・・・・?」


ゆっくりと顔を上げた。

暗くてよくは見えなかったけど、そこにいたのは・・・。


「や、お姫様。お迎えにあがりました」

ひなた

「そらにぃちゃん・・・・」



 ***



「ったく、こんなとこでなにやってんだよ、ひなた」


思ったよりも時間をかけずにひなたを見つけられた。だけど・・・なにかおかしい?


「ひなた、どうかしたか・・・?」

ひなた

「ひっ・・・!!」

「・・・ん?」


なんでこんなに怯えてんだ?いくらお化け屋敷で一人になったからってこの怯えようは・・・。


ひなた

「あたしは悪くなんか・・・・っ!!」

「・・・ひなた・・・?」

ひなた

「そらにぃちゃん・・・あたしは悪くない・・・!悪くないんだから!!」

「落ち着けひなた。誰もお前を責めたりなんかしていないから」

ひなた

「ひっく・・・・あた・・・あたしは・・・!!」


・・・軽い錯乱状態になっているな。いったいどうして・・・?



『お前が・・・』



ひなた

「っ!!?いやっ!!」

「・・・ん?」


今のは・・・・館内の音響か。そういやさっきから聞こえている声だけど・・・。


「このせいか?」


ゆっくりとあたりを見回すと、天井のほうにスピーカーらしきものが見えた。


「悪いな。修理費は気が向いたら払ってやるよ」


ブチッ、とスピーカーのコードを引きちぎった。これであの声は聞こえないだろう。あとは・・・。


「ひーなた?」

ひなた

「・・・・っ!」


・・・・完全に怯えてるな。


「ひなた、俺がわかる?」

ひなた

「・・う、うん・・・」


よかった。とりあえずまわりは見えているみたいだ。


「もう誰も責めないから。とにかくここから出るぞ」

ひなた

「・・・うん」

「立てる?」

ひなた

「・・・うん。・・・あっ!」

「おっと」


だめだな。完全に腰が引けている。


「しゃーねぇ」

ひなた

「あっ」


ひょい、とひなたを持ち上げた。


ひなた

「そ、そらにぃちゃん!」

「出口まで連れてってやるよ。怖かったら目閉じてろよ」

ひなた

「・・・うん」


そのままひなたを抱えて出口まで歩いていった。五分ほどでようやく外の空気を吸えた。



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